1.視線が怖い異質人
端的に
この物語は…魔法と少しの謎解きそして主人公の好きな植物と植物毒以外も含まれます。
ゆっくり成長していく主人公。
そして主人公過去の、他のキャラクターの過去や葛藤などなどが楽しめると思います。
✢¦✢
夜を切り裂くように――薄明が薄くかかっている朝方の時間。
道路には豆粒ほどに見える大量の車が渋滞していた。
家からの照明が夜の街に差す。
道路には逃げようとする人も見える。
街の所々で焦りの声を上げる人達は、自分のことで精一杯の状態だった。
その混乱状態の中、地上から離れた高い場所。
暗闇に溶け込むように聳え立ち、目深にローブを被った人物は隠身していた。
「――これだけで、十分かな」
ボソッとした声で発せられる。
突然、虚空から現れた赤い柄の風鈴を、紐で右手首に通す。
冷たさの残る風にローブが揺らされる。
一瞬、風で乱れたフード奥から、赤眼が風鈴越しに正面を射抜く。
そして次の瞬間、四つの光球が襲いかかる。
間合い一メートルに入った瞬間、ローブの人物は手首を揺らす。
〝リン〟と風鈴は静かに響く。
音と同時に街の脅威は一時的に存在を消す。
あたりの景色がぼんやりと姿を現す。魔力の込められた球は霧のように一瞬で消え失せた。
そして一人、静寂の中に立つ人物。
そのローブ姿の人物は、風鈴を盾のように構え、無気力に見えながらも確固たる目で、次の攻撃を見据えていた。
✢¦✢
風格を感じさせる小さな家。
その一室に〝カタカタ、カタカタ‥カチ〟とキーボードを打っている音が鳴り渡る。
「今日の天気は全国的に晴れの予報となっております。気温の変化も少なく過ごしやすい一日となるでしょう」
部屋に設置されている小さめのテレビ。
音声部分から流れるニュースキャスターの声。
しかし、気にする様子もなく家の主・朱鈴はパソコンに釘付けだった。
「では次のニュースです」
ノートパソコンの画面に表示されている写真。口角を上げ目元を緩ませた表情をする。
耳の負担にならない声は次々に話を進め、天気から〝魔〟についての話題に移る。
「最近、魔獣化の発生件数が増加傾向にあります。昨日だけでも報告れている範囲で六件との情報がありました」
朱鈴の椅子下の床全体。
道の作られた本や図鑑が規則性に沿って置かれている。
似たような分野の本が積み重ねられ、踏み場が少しある程度に整頓された本。
そして意図的に光を遮るような部屋の設計をしている。
「市民の皆さんは十分注意が必要です」
鍵を閉め、光を断ち、音も抑える。
世界と自分を意図的に切り離そうという朱鈴の意図が感じられる一室。
パソコンとテレビの画面だけの、一部分の僅かな光を付けている。
足を椅子に上げ前屈みの体勢。
パソコン画面を見る朱鈴の視界には
――『謎解き不思議相談サイト』と書かれた掲示板が表示されている。
微妙に整えられた、ボサボサな寝起きの朱鈴は関係無しに作業を続ける。
キーボードとマウスだけを操作する。
目は画面を収め、二十秒程で返信分文を入力し終える。
送信ボタンをマウスでクリックした。送信を終えると、視線はそのまま画面の上部へ移った。
「んーま、眠気覚ましにはいいか。今は、六時か」
背伸びをしながら身体を捻る朱鈴は椅子から立ち上がる。
部屋を出た朱鈴は扉を閉める。
廊下に出ると、そこには壁には掛けてあるカレンダーを乾いた目で確認する。
そこで今日は週末初めの土曜という事を認識し、別の隣室へ。
カレンダーを日頃から見ようと思わないからな。
ま、それよりも着替えるか。
朱鈴はタタッと足音をたてて準備を始める。
ドアを開け、明かりもなしに入る。
服がぎっしりとハンガーに掛けられた空間が広がり、迷うことなくパーカーと短パンを手に取る。
近くに存在する全身鏡は無意味にも布で被せられている。
朱鈴は服装を着替え終える。
「どうせ誰も見ない。うん、大丈夫」
自分に言い聞かせる。
すると家のチャイムが鳴り、玄関が勝手に開かれる。
朱鈴はトコトコと近づく足音に合わせて部屋を出る。
「鈴さんよ。起きてるよねー。あ、おはよう」
部屋を出て視界に収めた朱鈴の前には声の主・紗綴の姿。
朝の明るい表情や雰囲気を撒き散らす本人。
「うん、良い子。じゃ行くよ。ご飯は後で裏に持ってくるから」
「楽しみにしておく」
大きな欠伸をしながらフードを深々と被る朱鈴に紗綴はため息を吐く。
「また朝からしてたのね」
「…ま、ね。知識は使わなきゃだよ」
二人は朱鈴の家を出て、十五分程度歩いていた。
朝早いこともあり人の通りのない道。
朱鈴はフード越しに顔を上げ少しの光や空気を感じる。
「にしても完全防御ね。春って言った春に近しいけど、暑くないの?」
自身で選んだ服装にハイカットのスニーカー。
パーカーのフードは特注で作ったのか?そう誰からでも不思議がられるような作りが施されている。
「うん」
「ま、鈴にとって最良なら良いんだけど。――あ、そうだ。最近さ魔獣化が増えてるじゃん」
魔獣化…そう言えば言ってたな。
確か朝のニュースだったような…。
付けっぱなしだったニュースさんには申し訳ない。でも本当に聞き流してたんだよな。
「そのせいでさ、学校で、ほとんどの魔法の授業が省略されてるんだよね。魔法を使える先生が出ないとだからさ」
「へえ、ん?――他の学校にも魔法の先生は少数だけどいるんじゃ?腕前は上位はいないだろうけど」
最近は魔法師になる人の数が激減しているのが現状。
ただ魔法師になる前段階の〝幼生〟段階の人は増加している。
要するに「魔法使いになりたい」そう思って志す人は多い。
話によると現魔法師の数倍とも聞く。
紗綴の通うゾンネ・ルーナ学院。
そこは魔法以外でも優秀な先生も多いらしく、中高大全てが連携している。
簡単に言うと人気校である反面、難点もある。
それは倍率が中・高・大のどこを取っても高いこと。
その分、相当な人数が毎年落とされているらしく、お疲れ様としか言いようがない。
「この頃は魔獣化する動物の力が、一昔前の平均を越したんだってさ」
「へー」
「なんか二倍以上に達してるって聞いたな。そのせいで魔法を使える人達でも、上位の人しか対抗が難しい状態らしいよ。リビードー先生大忙しだね」
「――ん」
世間話をしながら歩く二人の目の前には建物が顔を出す。
自然素材を基調にしつつもガラスや金属で、今時の要素をそっと取り入れた佇まい。
外観からでも分かるように自然の温もりが洗練された喫茶店。
正面の少し端には
『喫茶・森の猫鳥』と書かれた看板が設置されている。
「じゃ私は裏から入るね。表の扉を開けておいて」
「え、やだ」
「安心して。朝早いから誰も来ないよ」
朱鈴は嫌だと訴え掛ける目を紗綴に向ける。
しかし紗綴は一ミリも動揺を見せないまま、半ば強制的に置いてきぼりにされる。
裏へ歩みをそそくさと進める紗綴に、今すぐにでも駄々をこねたい朱鈴。
それでも意を決して、人がいない今なら――とパーカーのポケットから鍵を取り出す。
正面ドアの前に足を運び、一呼吸置く。
緊張の走る中、鍵を差し、カチッと音が鳴る。
良かったと安堵した朱鈴は肩の荷が下りる。
よし、終わった。じゃさっさと裏から中に…。
その時、朱鈴は背後に気配を感じ取る。
一人ではない。多分二人の人間の気配がある。
最悪だ。
確実にいる、誰かがいる。
朱鈴は足が竦み、動けなくなってしまう。
それにこの人達絶対、こ、こ、こ、こっち見てる!
どうしよう、どうすべきなの。
今は七時ぐらいなのに、なんで人が…。
まだ開店時間じゃないですよぉぉ!
「あの、ここのお店の方ですか?」
全く知らない人の気配に、朱鈴は通常の呼吸さえも難しくなる。
これやばいかも、
あ、水の中に潜っているような気分、
「あの、」
朱鈴はどんなに呼びかけられようと動かない。
いや一歩も動けない。
耳には無機質に、呼びかけられた声だけが反響する。
むり、無理、ムリ。
いやだ、私を、こっちを見ないで。
消えて、お願い!
すると、願いが通じたかのように鍵を開けたドアが開かれた。
サンクチュアリへの入口が内側から開かれ、反射的に瞬時に中へ入る。
朱鈴は止まること無く走って裏へ行く。
目的の場所にたどり着き、雑にドアを開ける。
内側から鍵を閉めて床に座り込む。
「はぁはぁ、はぁ」
胸が苦しい…。
呼吸、呼吸をしないと。
――あれ、呼吸ってどうやってするんだっけ。
酸素を取り入れて、二酸化炭素を…。
呼吸を整えようと胸の中心に拳を強く、何度も当てる。
力加減も考えずに、ただただ、早く落ち着くように、と。
「〝こんなんじゃ、強くなれない…〟」
堪え怯む表情に、拳と反対の片方の手はパーカーを力強く掴む。
シワが付こうとお構い無しに握り締める。
それから十分後
――呼吸、心拍も整い始めた。
落ち着かせる呪文のような言葉を朱鈴は内心唱えていた。
大丈夫、大丈夫よ。大丈夫…。
それにしてもこの感覚は久しぶりだな。
この一週間はずっと家にいたのもあるのだろうけど。
長く息を吐き、一定的な呼吸を自然と再開する。
立ち上がり、真っ暗の中、椅子を探し当てて座る。
机に置いてあるノートパソコンを開き、起動させる。
『謎解き不思議相談サイト』と書かれたホームページ。
朱鈴は投稿されている依頼を一件ずつクリックしていく。
何か面白いの来てるかなと淡い期待を持ち、朱鈴は机に肘を付く。
送られてきている数件の依頼文に目を通す。
朱鈴は、その前に、これこれ。とあることを思い出す。
パソコンの横に置かれていたある物を引き寄せる。
机の端に置かれているティッシュボックスから一枚取り出し、敷く。
それは茶葉とクッキーで、それぞれを少量ずつ取り出す。
朱鈴は傍で鼻を近づけ、匂いを確かめる。
独特な匂いだ。
「最高じゃん」
興奮から朱鈴の口角は表面的に薄く上がった。
✢¦✢
「あっ」
朱鈴と別れた紗綴は、裏に回って鍵を開けて中に入っていた。
そして調理場の食材を取り出していた時。
紗綴はハッと何かを思い出す。
そういえば、朝から課題を一緒にしようって。
まぁでも、まだ朝の七時だし、来るわけないよね。
それから材料を全て取り出し終えた紗綴は卵を片手に、割ろうとしていた。
しかしあまりにも朱鈴が室内に入ってこず、卵をボールの中に入れる。
正面ドアの方へと足を進める。
どうしたんだろう。
ただドアを開けて入ってくるだけなのに。
不思議に思い、正面のドアを内側から開ける。
すると紗綴の横をすり抜ける人影。
驚きから眼が追いつけない速度で誰かが真横を通り過ぎる。
え、――鈴?
「え、ど、どうしたの」
朱鈴はそのまま裏へと姿を消した。
紗綴は止める暇も理由も分からず、扉の外に視線を移す。
あ、やってしまった…原因はこれか。
そこには紗綴と課題の約束をしていた二人。
途端に悟った紗綴は、朱鈴に対しての罪悪感に襲われる。
それでも切り替えて二人に向けて言う。
「早くない?」
「朝ご飯も食べようかと思ってね、ダメだった?」
少し気まずそうな表情をして答える碧羽。
ブラウンの髪色は染めではなく地毛。
語尾からも髪色からも関わりやすい雰囲気を醸し出す。
もうなってしまった事だ。今回は仕方ない。
ただ、これからはここに来ることさえ拒否反応を。
ダメだ。考えないようにしよう、一旦は。
紗綴は首を横に振り、二人を室内へ招き入れる。
「大丈夫、中にどうぞ。朝食は作ってくるから好きな席で」
それだけを伝え、紗綴は調理場に戻った。
慣れた手付きで自分を除いた三人分の朝食を作り上げる。
まずは課題のために来た二人の元へ料理を両手に持ち、運ぶ。
「フレンチトーストでいいよね?もう、作った後だけど」
出来上がった料理を前にして聞く。
「うん、ありがとう」
お礼を言う碧羽は一般には冷たいと、言われるような顔立ちをしている。
ただ碧羽の地毛が顔立ちを緩和し、掴めない笑顔を振り撒いている。
そしてもう一人。ここに着いてから一言も発していない黒髪の人物。
無口という性格を顔からも醸し出す。
言葉数も多い方ではない柊霞。
「‥ん、おいしい」
ただ、意外にもきちんと感想を伝えられる人物。
「よかった」
「さっきの子って、ここのお客さん?店員さん?」
紗綴はどう言うべきなのか困り果てる。
なんていうべきなのだろうか。
鈴は自分のことをあまり他人に知られたくないだろうし…。
碧羽からの目線を完全に逸らし、紗綴は眉間にシワを寄せる。
名前や過去、他にも、どんな些細なことでも嫌がる。
勝手に知られたり、知ろうと歩み寄られる事も拒み、極端に嫌う…。
どう言えば――。
「まぁ店員側ではあるかな」
「そうなんだ」
「ただ、あの子について詳しくはちょっとね…」
愛想笑いの残像を残し、紗綴は調理場に一度戻る。
それからすぐに、朱鈴のいる裏へ行った。
鈴大丈夫かな。でもまずは、謝らないとだね。
誰も来ないって言ったからな。
紗綴は申し訳ないという気持ちが渦を巻く。
まだ朝早いからと油断してたな。
俯いていた顔を上げ、振り払うようにまっすぐ前を向き直す。
朱鈴のいるドアを正面に、料理を片手で持ちノックする。
「鈴、ごめんね。関わらせようとした訳では無いの」
「…」
ドア越しに声を掛けるものの中からは何も返ってこない。
「まさかが重なってしまったの。本当にごめん」
朱鈴は何も答えず紗綴は耳を澄ます。
微かに聞こえてくるのはカタカタという音。
キーボードを打っている音だけが聞こえる。
「鈴、ごめんね。本当に」
「…大丈夫だから、大丈夫」
やっと聞こえた朱ドア越しの鈴のか細い声。
返ってきた返事。
紗綴は安堵出来るはずなのに出来なかった。
ねぇ鈴。その〝大丈夫〟は誰に言っているの。
私?それとも――自分に?
「鈴」
静かに鍵が解除され、中からドアが開く。
朱鈴は顔を出し、紗綴の持っているお盆を「ありがとう」と言って受け取る。
開かれたドアから隙間から見える部屋の空間。
近くに積まれている本の上に紗綴が渡したお盆を置く。
「うん。それと鈴の事を聞かれたんだけどさ、」
「ん」
「嫌だよね」
視線で逃げる子だ。
誰かに自分の情報を……なんて以ての外だろう。
それは分かっている。それでも…。
「本心は……嫌」
それは、そうだよね。分かってはいた。
――ん?本心は?
紗綴は少しの期待感を抱き、朱鈴の言葉に疑問を持つ。
「でも紗綴がその人達を信じてるなら、私も少しだけ我慢する」
「…鈴」
「それと、これ」
お盆を本の上に置いたときから持っていた朱鈴は手を広げる。
茶葉とクッキーを両手で持ち、紗綴の前に出す。
「これって、お客さんからの」
確か朱鈴に止められたやつだ。
常連さんから貰った物で一度確認するからと。
店員である紗綴には時々多種類のプレゼントをくれる常連客が多い。
特に食べ物が多く、二番目にハンドクリーム。
ただその中には、意味の込められたものが数多くある。
本当に稀。いや、偶然にもストーカーのようになっていく人。
現状を見ても一割程度いるという現状が紗綴にはある。
紗綴もその事は否めなかった。
「これはダミアナの茶葉」
「ダ、ダミアナ?」
「うん、市販のなら良いけどこれは明らかに自家製」
それは飲んではダメってことで、あってるのかな。
結論から言わず、朱鈴は核を避けるような言い回しをする。
「このクッキー独特な土っぽい匂いしてるの。少し薬草っぽい匂いも。――気づいた?」
やっぱり朱鈴は思慮深い。
朱鈴は顔を上げ、互いの目に互いの顔を捉える。
「――え、…あ、そういえば」
確かに一緒にクッキーも貰った。
紗綴は茶葉と一緒に常連客から貰っていた。
三時のおやつにでもしてと言われて。
「この二つは辞めといて。クッキーの方はムイラプアマが多分使われている。この二種類のハーブは一説によると『媚薬ハーブ』なの」
「び、媚薬!!」
紗綴は目を見開き、少しだけ大きな声を出してしまう。
〝媚薬〟という単語に驚きを露わにする。
しかし目の前の朱鈴は淡々と一定の声。
一定の感情で声に乗せて話す。
「あ、でも。媚薬までの劇的な効果は多分ない。あるとしたら、プラセボとかね」
「あ、よかった」
ん?プラセボ…。?――流れに乗って安堵しちゃったけど。
「ハーブって言葉的には響きがいい。でも自家製は別。濃度管理が曖昧な所もあるから媚薬よりも健康被害の方。ま、やめといて」
「うん、分かった」
紗綴は朱鈴からいくら常連であっても、色々貰うな。そう前提に伝えられていた。
ただ紗綴はお客さんも大切だ。相手の善意を前に断れない。
ただ朱鈴も理解力を持っている。
対策として貰った場合は朱鈴に先に確認してもらう。
その一連が規則となっていた。
「ということだから、美味しくいただくね」
「うん、しっかり食べてね」
朱鈴は紗綴に茶葉とクッキーを渡し、扉を閉じる。
紗綴は貰った物を両手に持ち、廊下を歩く。
常連さんが、何の効果を期待していたのか。
媚薬…、か。自家製――。
一体どんな意図があったのか。
ま、それよりも鈴から許可が降りた!
媚薬の件よりも、嬉しさが募った。
紗綴は許可を貰えたことの喜びから表情が綻んだ。
「ふっふ。嬉しいなぁ」
紗綴はこれからが始まりなのかもしれないと。淡い期待を胸に抱く。
テンションの上がった紗綴は鼻歌交じりに表へ戻る。
✢¦✢




