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世界の狭間に猫は居た




……ミーンミンミンミンミン……ジー……



日光がコンクリートから照り返し、気温と体温を上げていく。


いつもの通学路で自転車を走らせていた雛子だが、しばらく経って違和感を覚えた。


いつもは10分で着くはずの駅までの道が、なぜかとても長い。


絶対に前に進んでいるはずなのに、流れていく景色はずっと同じだ。


「これは……一体どうしたというのでしょうか。」


雛子は道の脇に自転車を停め、時間を確認しようと鞄からスマートフォンを出した。


体感だと7:40くらいだと思っていたのだが、なんとデジタルの時計が表示していたのは、


「7:77」


そんな筈はないと何度目を擦っても、このあり得ないゾロ目の数字は変わってくれない。


ブラウン管テレビの要領で叩いたら直ってくれないかと思い試してみたが、それも徒労に終わった。


このゾロ目、パチンコならば熱い展開だが、生憎雛子は通学中の学生である。


嬉しくもなんともない。



「どうしましょう、このままだと学校に遅れてしまいます……。」



誰かに助けを求めようと家に電話をかけてみるも繋がらない。


電波の表示を確認すると圏外だった。


額の汗を拭って、雛子は周囲を見回す。


一見普段と同じ通学路であるが、よく見るとサイゼリヤの間違い探しくらい微妙に、いや、結構違うことが分かった。


今居るのは道路を挟んで両側に一軒家が並ぶ住宅街で、普段ならば通勤や通学のために人がちらほら歩いている筈だ。


しかし平日の朝にも関わらず、人が全く居ない。


それに加え、周囲の住宅の様子もおかしかった。


今は7月だというのに、玄関のドアにクリスマスのリースを飾っている家もあれば、門松が置いてある家もある。


時期も宗教観もめちゃくちゃだ。


まるで、いくつかの世界が「重なっている」もうな感覚になる。


その時、ふと、雛子の視界の端に動く物体が現れた。



「……わあ、猫さん。」



それは、ある家の塀の上を歩いていた悠々と歩いていた真っ黒な猫である。


成猫と思われる大きさで、毛並みは艶々、野良とは思えない綺麗さだ。


雛子は黒猫に近づくと、



「どうもすみません。

私、道に迷ってしまって…。

ここが何処だかご存知ですか?

ああ…猫さんは話せませんよね。

せめて、駅を知っていたら、連れて行ってもらいたいのですが…」



猫は矢継ぎ早に話しかけてくる雛子に気付くと、逃げようか迷うような素振りを見せた。


しかし彼女の目をじっと見つめ、


そして口を開き……




「……こちら側に「駅」はない」




雛子は耳を疑った。


確かに今、この猫が喋ったのだろうか。


しかし彼女も、なかなかに肝が据わっている。


驚いたのも束の間、雛子は目を輝かせて、黒猫をガシッと掴んで持ち上げた。



「すごい!喋る猫さんなんて初めて見ました!」


「おい、やめないか小娘!」


「声帯はどうなっているんです?

もしや、他の猫さんたちも本当は喋れるんですか?!」


「わかった、答える!答えるからとりあえず離せ!」



ジタバタと暴れる黒猫を塀の上に戻すと、嫌そうな顔で毛繕いを始めたので、雛子はしばらく待っていることにした。


毛繕いが終わると少し機嫌が直った様子で、(それでも不機嫌そうな顔だが、元々そういう顔なのかもしれない)黒猫は話し出した。



「……それで、結局何が聞きたい?」


「今一番気になるのは間違いなく、猫さんが何故喋れるのか、です。」


「こちら側にいるからだ。

人間の基準で言えば、あちら側ということになる。」


「こちらとあちら……?

あちこち行ったり来たりされると分かりませんよ」


「実際行ったり来たりしているのだから、仕方ないだろう。

小娘がいつも生きている世界を仮に「表の世界」とすると、今居るのは「裏の世界」だ。

尤も、それは人間の基準に過ぎないが……。

二つの世界はすぐ近くにあり頻繁に混ざり合うけれど、 「表の世界」の住人である人間に「裏側」は見えないし、まして来ることはとても難しい。」


「私が今ここに居るのはイレギュラー、ということですか?」


「少なくとも、我はこちら側で「人間」を見た事がない。

人間は自分の見ているものが全てだと信じ込んでいる……その思い込みが、自身の瞳を曇らせている事には気が付かないらしい。」



黒猫は、ふん、と鼻で笑った。


どうやら人間を馬鹿にしているような言い方だが、雛子は特に気にせず話を進めた。



「でも、猫さんだって「表の世界」に生きているじゃありませんか。

此処について詳しいのは何故なのです?」


「猫は皆「裏側」を知っている。

思い出してみろ。

猫を追いかけていると、急に路地に消える事があるだろう?

そもそも追いかけるな、と言いたいが。」


「まあ……その節は人間たちが失礼致しました。

確かに、煙のように消えてしまいますね。」


「そういう時は大抵、「裏の世界」に逃げ込んでいる。

人間は追ってこられないからな、まんまと逃げおおせるという訳だ。」


「なるほど、謎が一つ解けました。」


「それでも、自分の好きな時に行ったり来たりできる訳ではない。

「世界の交わり」には大小がある。

我のように小さな「交わり」でも感知し、実質自由といえる行き来ができる猫は少ない。」


「すごい!猫さんは普通の猫さんより能力が高いのですね。そんな特別な猫さんと会えるなんて光栄です!」



その瞬間、猫の鼻の穴が少しだけ広がった。



「特別?……別に、そんな大したものでもないが……」


「いやいや、すごいことですよ!もしや、猫の中でも王族や貴族なんじゃありません?」



猫に階級意識があるのかは謎だが、黒猫はまた鼻の穴を膨らませた。


その時、ふと思い出して、雛子は手を叩いた。



「ああっ、そうでした!私は学校に行かなければいけないのに。

「特別」な猫さんなら、「表の世界」に戻る方法を知っているのでは?」


「……生憎だが、さっきも言ったように、我は「人間」が裏側に居るのを見るのは初めてだ。

戻る方法は知らない。」


「そんな……このままだと学校に遅れてしまいます。」


「……どうしてもと言うなら、一緒に探してやってもいい。」


「そんな、いいんですか?」


「だからさっきの、もう一度言え。」


「さっきの、と言うと……?」


「「と」?」


「と……「特別」?」


「そうだ。「特別な」?」


「特別な……「特別な猫さん」!」


「宜しい。」



もはや合言葉のようになっている。


黒猫は満足気に頷いた。




…………

結局今回の作品にも、結構重要な役割で猫が登場してしまった。


犬派なのに……

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