日常
「んー…もう朝ですか…。」
いつもと同じ、不快な目覚まし音が部屋に響き渡る。
朝の7時を告げる目覚まし時計は、寝るのが何よりも大好きな雛子にとって、常に時間に追われて生きる現代社会の忌まわしき象徴にすぎなかった。
今日は7月3日の木曜日。
1週間も折り返しだが、まだ週末には遠いという何ともやる気の出ない曜日である。
7時起床、7時15分出発という朝のハードルーティンをこなさなければいけない雛子は、(それも全ては睡眠時間を少しでも延ばすため…)勢いをつけて布団から出ると、急いで階下のリビングに向かった。
「おはよう、ご飯出来てるわよ。」
「ありがとうお母様、ヨーグルトだけいただきます!」
「じゃあ、おにぎり作っておくわね。学校行ってから食べて。」
母の優しさに感謝しながら、いつもお決まりのブルーベリーヨーグルト蜂蜜がけを特段味わわずに胃に流し込む。
何となく、朝にヨーグルトを食べると健康になれる気がしているのだ。
(尚、今のところ、プラシーボ以外の効果は感じていない。)
急いで最低限の身だしなみを整え、制服に着替えてリュックに荷物をまとめる。
長い廊下を抜け玄関を出ると、広い庭が待っていた。
「ああ…っ、こういう時に家の敷地が広いというのもっ、考えものですねっ」
息を切らして駆け抜けながら、雛子は何とも贅沢な文句を垂れる。
そう、何を隠そう彼女は、かの有名な櫻木グループ会長の一人娘。
櫻木家の当主、櫻木陽一といえば、この町で知らない者は居ない程の資産家である。
彼はその経営の才覚から一代でのし上がり、櫻木グループを食品から宇宙事業まで幅広く手を出す巨大財閥にまで発展させた。
都内ではないにしても、都心へのアクセスもかなり良いこの町で立派な豪邸を構えているのも、櫻木陽一の威光あってこそできることなのだ。
雛子はそんな櫻木家に生まれ、小さい頃から何不自由なく可愛がられ育てられた。
整っているがどこか人懐っこさを感じさせる顔立ちで、行動ひとつひとつに品の良さが滲み出る、絵に描いたような「お嬢様」。
それが櫻木雛子という人間である。
尤も、抑えきれない好奇心ゆえの猪突猛進が少々玉に瑕だが。
雛子は現在高校2年生で、私立中高一貫の
女子校(これもいわゆる、「お嬢様学校」)に通っている。
両親からは車での通学も勧められたが、雛子はなんとか「これも社会経験ですから!」で押し通し、自転車と電車で通学させてもらっていた。
あまり公共交通機関に慣れず生きてきた彼女は、「電車通学」というものに憧れていたのだ。
駐車場に止めてあった自転車に飛び乗り、ペダルをぐっと踏み込む。
自転車は彼女の合図に答えるように前進した。
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