3、名前
都会の学校はとても立派で大きい。
私たちは庶民向けの手頃な価格の飲食店でお昼ご飯を食べた後、ロゼッタを学校へ連れて行った。あの汁麺は美味かった。晩ご飯もあそこで食べよう。
「やっぱり、いーやーだーー」
「あらあらまあまあ、ご家族と離れるのが寂しいのですね」
ここはロゼッタが入る学校の入り口。
50代くらいだろうか、立ち振る舞いが美しい女性の先生が迎えてくれた。思わず見惚れてしまうほど。都会はそこにいる人も凄いのね。
学校への入学手続きなどは村にいる時にほとんど終わらせているため、書類を提出し、名前と出身の村を言えば入学完了だそうだ。
全寮制なので、中にいる子どもとはほとんど会えなくなるという。休日に外出許可を貰えば会えるそうだが優秀な生徒のみにしか許可は出ないらしい。本当に都会は怖い。
「妹よ、飛び級制度があるらしいから、気合い入れて頑張るのだ。卒業したら一緒に外国を旅行しようね」
「う…」
いろいろ事情があるロゼッタだが、村長の養子という事になっているため、私アヴリルとは姉妹関係という事になっている。
「お、お姉ちゃんもお仕事がんばって…」
…………お姉ちゃん…………良い
「では、よろしくお願いします」
「お任せください」
学校の入り口で先生に挨拶をし、ロゼッタと別れる。
「さて、私も頑張らねば」
村に来ていた商人に聞いた例の住み込みで働けるという酒場へ向かう。
通行人に道を聞きながら辿り着いた場所、それは大通りから外れた少し汚い路地にあった。慌ただしく人が行ったり来たりしている。
「申し訳ありませんがここは立ち入り禁止です。この先に行かれるのでしたら別の道からお願いします」
「え」
目の前にその酒場があるのだが、そこを含めその付近の道は封鎖されている。近くにいた野次馬らしき人に何があったのかを聞く。
「あー、ここね、出身国問わず従業員を募集して人を集めて、流れ者を裏社会の奴隷として売り飛ばしていた悪い商人がいたらしいよ。でもお役人が捕まえてくれたから大丈夫」
「わお、都会まじ怖えぇ」
妙な事に巻き込まれなくて良かったけども、どうしたものか。せっかく来たのに日帰りが濃厚になってきた。
「どこかに仕事はないものか…」
「ん、お前さん働き口を探しているのかい」
思わず出てしまった独り言を拾われてしまった。
すぐ横にいたのは長身の男性で、目は昼の空の色、長い髪を後ろで結っていて、色は昼間食べた汁麺の汁のようないろいろなものが混ざった濃い緑色。父よりは若いだろうが無精髭が少し老けて見える。服装は町にいる人がよく着ている、動きやすさを重視したこれといって特徴のない布の服。
「えぇ、この酒場で仕事を貰えるって聞いたのですが」
「それは危ない所だったね。オジサンさぁ、良い働き口を知ってるけど興味ある?」
「……」
都会は危ない所だ。この人も怪しい。とりあえず村に帰った方が良い気がする。
「ドゥーザン、お前警戒されてるぞ」
「えー、だって、アスラくんちょうど女のコが欲しいって言ってたじゃんかー」
オジサンとは別の整った顔立ちの男性がもう一人。身長は私よりも少し高いくらいで、琥珀色の目に、薄い紫色のさらさらとした短い髪。たぶん私よりも若い。こっちの人も特に目立たない質素な服装。
でも見た目はどうでも良い。
「貴方たちの声に聞き覚えがあるんですけど、どこかでお会いしましたっけ」
「「?」」
彼らは互いに顔を見合わせ怪訝な顔をしている。
「はっ……今のは逆ナン!?」
「え」
「やだーーーアスラくん、オジサン逆ナンパされるの初めてなんだけどーーーーーッ」
「うるさい、黙れ」
アスラという若い男性がドゥーザンという年上の男性を下がらせる。
「お前に聞きたい事がある。ついでに俺たちに協力してくれたら報酬も出そう」
都会、お金必要、知らないオジサン、怪しい、無職、報酬、聞き覚えのある声の二人、好奇心、気になる気になる気になる…
「お話は人通りのある所で…!!」
「まぁ、聞かれて困るようなもんでもないしな。いいだろう」
「じゃあ、あそこにしようよ汁麺屋さん。オジサンお腹空いちゃったし」
向かった先は昼にご飯を食べた所だった。
「ふーん、アヴリルちゃん東にある村から来たんだぁ」
汁麺屋の店内は他の客も数組いるが、昼の多い時間帯ではないので空いてる席もそこそこある。
窓際の四人掛けテーブル席に、私は彼らと向かい合うように席についている。オジサンは汁麺をすすりながら、私と青年は温かいお茶と菓子をいただく。互いに自己紹介を終え、今は世間話をしている。
「お二人はここに住んでいるんですか」
「今はな」
「オジサンたち元々東の国出身でね、五年くらい前までそっちにいたんだけど…」
ドゥーザンがずるずると音を立てて麺をすすってるのをアスラが睨んでいる。二人はどういう関係なんだろうか。
「ほら、聞いた事あるかもしれないけど東国の例の事件」
「一夜にして…っていう?」
「あんな事があったから怖くてさ、こっち来ちゃったわけよ。なははは」
笑っているけれど、どこか遠い目をしている。
「いつかは戻るんですか」
「どうかなぁ、戻りたいけどね」
「……」
アスラは窓の外を見ている。外はたくさんの人が歩いている。
「ところで聞きたい事って何ですか」
目の前の二人は黙ってこちらをじっと見てくる。すぐに口を開かない所を見ると聞きにくい事なのだろうか。聞かれて困るような事だったりして…
「昼頃か、お前が外壁の門近くの広場にいる所を見かけたのだが」
ちょうどここに到着した時くらいか。
「連れていた少女はどうした」
「………………」
あ、危ない人かな。
「何でそんな目で見る」
「この人、幼女好きなんだぁやっぱり危ない人だわ、イケメンなら何しても許してもらえると思うなよコノヤロー、みたいな?」
汁麺を食べ終えたドゥーザンは頬杖をついてニヤニヤしている。
「は?」
「まぁ似たような感じです」
「ーーーーーッ」
アスラは机を叩いた。右手を額に添え、ため息をついている。
「俺たちと一緒にいた『仲間』が、お前の連れていた少女に似ていただけだ」
「ほぉ」
「そうそう。で、今は一緒にいないみたいだからどうしたのかなぁって気になってたんだよ。ほら、最近物騒だし」
ここに来るまでにロゼッタの話を聞いた。彼女と一緒に行動していた人たちの名前も聞いた。でも目の前にいる人たちの名前とは一致しない。
「『妹』はここの学校に入学させました。当分は私でも会えないです」
「そうか、では心配いらないな」
「妹ちゃんの名前、教えてよ」
先程まで麺をすすってた男性がにっこり笑うが、それに対して首を振って拒否する。
「ふふふ、信用されてないねェ」
「別に名前に興味はない」
ドゥーザンは紙切れとペンを取り出し、さらさらと何かを書いている。その内容を見たアスラが彼のペンを持つ腕を掴んで制止する。
「何を考えている」
「腹を割らなきゃ協力してくれないでしょ。それにオジサン、彼女は大丈夫だと思うよ」
一緒にいたあの子の顔を見たでしょ。と真剣な顔して言いながら、何かを書いた紙を私に見せた。
「………………」
「あれれ?」
「すみません、その文字読めません」
「ぶはっっ」
今のやり取りでお茶を飲みかけていたアスラが吹いた。体を震わせて笑っている。
メモに書かれていたモノを見た事はある。ロゼッタが書いてるのを見た『文字』だ。でも読めない。ここの国の文字ではないのだろう。
「なっはは!そうだったこっちので書かなきゃね」
ドゥーザンはせっせと書き直し、再度メモを私に見せた。
「……!」
こっちの文字で書かれたものを見て、認識した。その時ドゥーザンが持っていた紙切れは音もなく燃えて消えていった。
「ふふふっ、読んだね、認識したね、嘘をついても駄目だよー」
そのメモには彼らの本当の名前が書かれていて、ロゼッタから聞いていた名前と一致した。
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