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2、手を繋いで

 この世界は中央と東西南北にそれぞれ国が分かれている。私達がいるのは五つある内の一つ、中央の国。

 今は平野に流れる川に沿って出来た大きな都市、国の中心地である首都へ向けてだだっ広い草原の一部に敷かれた石畳、その道を移動中。


「馬車かと思いきや徒歩とは」

「お金がないもの」


 徒歩移動のため必要最低限の荷物しか持ってきていない。学生さんの生活費は国がお金を出してくれるそうなので、ほとんど私、アヴリルの荷物である。幸いな事に日帰り出来る距離なので、うん。

 見た目が五歳の少女ロゼッタは残念そうに隣を歩いている。彼女の出身国である東の国では移動に便利な空飛ぶ椅子などがあったりするそうだ。上手く乗れないと振り落とされるとか。落馬ならず落椅子…


「まあまあ、近くの遺跡からひとっ飛び出来るからそこまで頑張って!」

「むう」


 道標を頼りに歩き続けること一時間、それらしき遺跡が見えてきた。石の門を過ぎるとすぐに目的地。

 隣を歩いていたロゼッタは急に立ち止まる。


「アヴリルさん」

「うん?」

「私が赤子になる前の記憶、話しましたよね」

「うん、出発前に聞いたね」

「えぇ」


 彼女の記憶、それはあまり愉快なものではなかった。


 一夜にして滅亡に追い込まれたという東の国。その日、王族と城にいた衛兵たちは素性の知れない黒いローブを着た集団に襲撃され、ほぼ全員が侵入者に気付く前に殺されていたらしい。

 ロゼッタは東国の王子とその護衛の魔法騎士と共に外出先から戻った所で異変に気付き、王子をその場から逃がしたそうだ。

 一人で城に残って生存者を探したが、運悪く襲撃者に見つかった。治癒術師一人でどうにもならず殺された。彼女の記憶はここで終わる。


 でも、今はこうして生きている。死ななかったのか、死んで何かが起こったのか、どうして赤子なってしまったのか、それは分からない。


「現状何も分からない状態ですが、これだけは分かります。私に関わると危ない事に巻き込まれる、と」


 目の前の彼女は私を心配してくれている。少女の姿とはいえ、もとは東の魔法王国の治癒術師。簡単な魔法は使えると言ってたから一人でも身を守る事は出来るのだろう。

 だけど私は、


「私は戦う事すら出来ないけれど、ロゼッタ、貴女を見つけたあの日にもう巻き込まれているのだよ」


 少女の目線に合うよう屈んで彼女の手を握り、ニヤリと笑う。


「こんな可愛らしい子を見つけて、その子の過去を聞いてしまって、それで関係ないフリなんかもう出来ない」

「でも…」

「まあまあ、私はいつか村を出るつもりだったし、今はロゼッタと向かう先が一緒という事で。そう、目的地が同じではなくなるその日まで、一緒に冒険しようではないか」


 それに…


「まだ必要でしょ、保護者」

「うう、確かにこの姿では動き辛い面もまだまだあります」


 彼女はそれ以上何も言う事はなくなったようで、一人先へ歩いて行った。私はのんびりと後を追う。


 少し進んだ先でロゼッタは立ち止まっていた。目の前にあるのはとても大きな穴。


「底が見えませんけど、何ですかコレ」

「これが噂の首都へ行く道でございます、ふふふ」

「まさか…」

「大丈夫、穴に飛び込むだけ。首都の近くにある遺跡に飛ばしてくれるんだ。便利でしょ。慣れたら楽しいし」


 こういうのって時間をかけると怖くなるだけだから勢いで行くのが一番だと思うのよ。


「ちょっ、待っ」


 彼女の手を引き、ちゃちゃっと飛び込んだ。


―――――――――


 暗闇の中、聞こえてきたのは知らない男性たちの声。


「よし、まだ生きているな」


 こっちは若そうな男の人。


「そんなものを取り出してどうするんですかい」


 もう一人はお父さんくらいの男性の声。声だけで年齢までは分からないけども、そこは雰囲気で。


「まだ、死んでもらっては困る」

「虫の息ですよ、もう休ませてあげましょうよ」

「何を言っている、死ぬまで俺のために働け。死なせはしないが」

「うわー最近の若い子は怖いなぁ。オジサン定年退職後は静かに暮らしたいんだけど」

「という訳だロゼッタ、こいつの老後のためにも気合いで戻ってこい」


 ロゼッタ……これはロゼッタの記憶かな。暗くて何も見えない。何も…


――――――――――


 眩しい。目を閉じていても分かる明るさ。

 私は、私たちは遺跡にある穴に飛び込んで、それからたぶん目的地近くの遺跡に飛ばされたはず…何だか重いのだが。


「むぎゅ」


 うつ伏せの私の上にロゼッタが仰向けで倒れている。


「うう、いきなり穴に飛び込むなんて正気ですか」

「知ってる人はぴょんぴょん飛び込んでるけどね」


 体を起こして辺りを見る。朽ちかけた遺跡の石壁、出入り口付近に木の板で場所の名前が記されてある。よしよし、首都近くの遺跡だ。


「これなら昼までには着けそうだね」

「ここからも歩きですか」

「うん、もうちょっと頑張ってね。運動後のお昼ご飯は美味しいだろうなぁ」


 遺跡を出ると広がる大草原。この付近は少し丘になっていて、遠くまで見渡せる。


「あれですか?」


 ロゼッタが指差す先、障害物もなく直線距離で歩いて十分程の場所、そこに見えるレンガ造りの外壁は首都を取り囲むものである。


「うん、見えてるのはほんの一部分らしいけど」

「その言い方、もしかして…」

「中に入った事はないのですッ!」


 遺跡を使ってここまで来た事、ここからの景色を眺めた事も何度かはある。この先へ行った事はない。


「さぁ行くぞー」


 遺跡から首都まで続く道、少しばかり曲がりくねっていて、それに沿って歩くのは時間がかかりそうだし面倒だ。


『アヴリル、首都に行くなら守って欲しい事がある』


 出発前に父に言われた事を思い出す。あの時の父の顔、とても真剣なものだった。


『遺跡から出たら道に沿って歩くんだ。近道しようなんて考えて道を逸れてはいけない。大変な事になる』


 そんな事を言われたが、見た感じ何もない。平和そうな草原だ。

 道を外れて一歩踏み出そうとした所で、手を引っ張られる。


「アヴリルさん、ダメと言われた事を未成年の前で平然とやらないでください」

「中の人は立派な大人なんでしょ」

「世間的には純粋なお子様です」


 ロゼッタは引っ張っていた手を離す。


「まぁ身をもって知るのが本人にとって良い事もあります。大丈夫、こう見えて治癒術師としての腕は健在です。さぁ思い切り飛び込んでき…」


 その時、ふわふわした茶色の小動物が足元をすり抜け、目の前の草原に入って行った。すると…


「!!」


 人間って驚くと声が出ないんだね。

 突然草原から大きな植物のツルが現れて小動物を絡め取ると、草原に引きずり込んだ。小動物の悲鳴らしきものが一瞬聞こえた後、辺りは静かになる。全く見えていなかったが、風で草が揺れる音だと思っていたものは植物が動く音だったようだ。


「さぁ行きましょうか」


 私はロゼッタに手を引かれるまま道を進んだ。小動物が引きずり込まれた方を見ながら。あの下、どうなっているのだろう。


 首都に着くまで鳥や小動物が草原に呑み込まれていくのを見た。


「都会怖い」

「そうですねー」


 町の中に入る頃には心がだいぶすり減ってしまった。でも帰らない。たくましく生きてみせる。

 草原の道から進んで外壁の門を越えると、屋台が並んでいる広場があった。雑貨や食べ物、いろいろな物が売られている。そして、この広場の先に見える道が町の中心へ続いているようだ。


「さすが国の中心地、賑やかですね」

「都会怖い」

「たくましく生きるんじゃなかったんですか」


 少女は嫌味ったらしく、笑いながらそう言った。

 都会初体験、私はドキドキしています。

読んでいただきありがとうございます!

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