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妄想でも迷惑

 東の丘へ向かう途中、お昼ご飯のパンを買いにお店に寄った。お店のおばちゃん達に孤高の賢者様の話を聞いてみる。


「賢者様かい?時々屋敷からこのあたりまで食料を買い付けにくるね」

「人嫌いでね、週一回の買い出しを定期で職業紹介所に依頼を出しているけど従者すら雇わないんだよ」


 という近寄りがたい情報が出たかと思えば


「この街を交易で賑わう仕組みを作ってくれた、とっても賢いお方だよ」

「今は隠居しておいでだが、一昔前に隣国であった戦争を止めた英雄だって聞いたことあるね」


 という凄い人物だとも聞く。故郷の件を考えると、あながち的外れな噂とも思わない。また、お客で来ていた若い女性達も、おばちゃん達が孤高の賢者様の話をしていると分かると加わって来た。


「私もう、あの瞳で見られると息が止まりそうになるっ超カッコイイんだもん」

「わかるー、それにあの声!声がまたクールな感じっていうか大人な感じっていうか!」

「ハハハハうちで小遣い稼ぎの手伝いに来てる若い子は皆あの方目当てだからね」

「わぁこの店に来るなら私も働きたい!」

「わたしもわたしも!」


 きゃいのきゃいのと騒がしくなってきたので私は丸いパンを齧りながら店内から出た。


『人嫌い、クール、英雄……ね。モテモテね孤高の賢者って』

「むぐ、そうだね。お礼を言うだけだけど、会えるのかな」

『行ってダメなら、次の街へ行けばいいじゃない。リーフがお店に入らない限り、この街じゃもう情報なんて入らないわ』

「そうしよ。次の街に行けばいっか」

『お店に入る選択肢は無いのね』

「もっと大きな王都とかのお店で聞き込んだ方がいいと思う」



 街はずれの丘に向かうと徐々に建物も減ってきた。丘の周辺には建物はなく、あるのは遠くに見えるお屋敷だけだった。平民の私からしたら小さなお城のような家に向かって歩いていく。


『英雄と呼ばれるだけはあるのかしら、お金持ちのようね』

「あんな大きな家に一人とか、頭のいい人の考えることは分からないね」


 屋敷の前に立つと、ちょっと大きさに引いてしまう。レンガ造りの洋館といった感じの豪邸。図書館など国の建てる公共施設のような佇まい。


「思ったより遠くに建ってたんだ……」

『小さな丘に見えたのに結構歩いたものね』


 遠近法が狂う程度には立派な屋敷、開かれたままの門をくぐり、玄関に着けられている来客をしらせる金具。獅子が咥える金属の輪がとても大きかった。

 ソレを手に取り打つ。この輪は下の金属に打ち付けられることで屋敷の中に来客を知らせるのだが、大きなほど響くため屋敷の大きさに比例したものが付けられる。

 通常私のような女の手のひらサイズでも10LDKの屋敷には大きすぎるという呼び鐘の金具であるが、この獅子の輪は私の上半身ほどの直径を誇っていたのだった。


 ゴィィィィン……ゴィィィィンと教会が正午を伝える鐘の音よりも響く低い音が周囲に鳴り響いた。


「こーんにーーちわぁーーー!!!」

『声が届くとは思えないわ。きっとそれ無駄よ?』


 中からの反応がない。

 獣耳を立て集中して音を探る


 響く鐘の音の余韻が煩い程に小さな音も聞き漏らすまいと四つ耳全てで集中していた。

さわさわっと柔らかい毛ざわりが足元にまとわりつく。


「おわっ、びっくりした」


 鐘を鳴らす時には居なかった黒猫が体を寄せていたのだ。青く輝く瞳を向け初めて会う私にこんなにもすり寄ってくるなんて、人懐っこい猫だなと頭をなでようと屈むとピョンと肩に乗ってきた。驚く程体の軽い猫が耳にすりよってくる。


「ふふふ、かわいい」

『あら?この子、どうも私の眷属のようね』


 途端に可愛くなくなる発言で緩みかけた頬が硬直する。


『依り代もなく、長い時を地上で過ごして疲れているようね』

「セルティの眷属……」

()んだ者の想いが強すぎたのね。その楔、解いてあげるわ。さぁ、お(かえ)りなさい』


 声もなく喜びの声をあげるように口を開くと、ぺろりと頬をなめ肩から私の薄い胸元に向けて飛ぶと体に溶け込むように消えていった。ふわりと、私の頭に、誰ともしれない少年と共に過ごしたイメージと、それが決して悪くなかったという温かな気持ちがよぎったが、手を離した呼び鐘のキイキイ揺れる音に意識を戻され、そのイメージも気持ちもすぐに消え去った。



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇



 煩い


 余程の事でも無ければ街の者には鐘を鳴らすなと伝えてある。

 現在、屋敷の使用人であるすべての人間は町で青い目をした黒猫を探すよう命じ出払っている。僕自身は連日夜通し探し続け、久しぶりに睡眠をとったばかりだというのに。


「何者だ……」


 魔力を薄く広げ空間を満たしていく。門の前に何かが居る。


「高い魔力に……揺らめく邪悪……人ならざる者か」


 スッと椅子から立ち上がると自らの魔力や気配を悟られぬように窓際からカーテンを開け玄関口を見下ろす。そこに居たのは少女だった。少女に限らず女性が戯れに訪ねて来る事など珍しくも無かった。しかし扉を叩く者は少ない。万一そのような事をされれば都市の領主から叱責していただけるよう依頼している。


 しかし今、眼下に居る少女は少し趣が異なった。


 黒髪に黒い凛とした猫の耳を持ち、見間違いで無ければ一瞬だが見えたその瞳が青く揺らいでいるように見えたのだ。その肩に、見紛うことない探し人ならぬ探し猫がいた。瞳に魔力を集め遠視の効果で見つめる。間違いない、青い炎を宿すような瞳をした僕の相棒だ。相棒と少女は同じ瞳をしていた。

 僕にしか懐かない、僕が()んだ、僕だけの相棒。悠久の孤独から救い上げてくれた救いの化身。その相棒が僕以外の、それも人に、僕以上に懐いている。呆気にとられ見つめていると相棒は少女の胸に溶けるように消えていった。少女は青い目瞬かせると、相棒と同じ黒く凛々しい耳を立て僕の屋敷を見渡し、再度呼び鐘を鳴らす。


 孤高の賢者は魔力を足に込め部屋を駆けた。扉には風の塊を当て吹き飛ばし階段を飛んだ。判断力などを高める思考加速に魔力を割き身体能力の底上げに残りの魔力を注ぐ、賢者の一足ごとに床は砕け進む勢いで屋内に強風が吹き荒れ調度品の壺などが床に落ちては砕かれた。


 その勢いそのままに扉を開く



◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇




「ん?なんか割れた音がしない?」

『そうね。けれどそんなことよりも逃げた方がいいかもしれないわ。この魔力量、ちょっと常軌を逸しているもの』

「ふぇ?魔力――」


 バァァァンと耳に響く大きな音と、吸い込まれそうな風を立てて扉が開け放たれた。


 深い紺色の髪をした水色の輝く瞳の男性、背丈は私より頭一つ分は高い、冷たい印象を(もたら)す整った顔立ち。……あぁ確かに。私はパン屋での若い子たちのやり取りを思い出していた。


 その男性は気が付くと目の前にいた。見ていたはずなのに、いつ移動したのか分からなかった。彼は、そのまま私を抱きしめた。


「クロだろ?分かるよ……俺の為に……」

 

 孤高の賢者だろう男性は私を抱きしめたまま私の獣耳に涙を落としていた。それより何故私の渾名(あだな)を知っているのか……黒猫のクロ、クロ子、クロなんとかというのが何処に行っても私の渾名(あだな)だった。


「そうだけどっ、ちょ、離してよ!」


「俺の為に……人になってくれたんだね……もう俺はクロを離さない」


 何の話か知らないが、クロ違いであることだけは確信が持てる。


「離せッこのッ!」


 いきなり抱き着く無礼の塊。

体型だとか、精神性だとか、呪いだとか、修羅場産まれだとかを除けば私だって女子だ。

 顔がいいからとか、みんなに人気だからとか、金があるからと言って何をしたっていいわけじゃない。少なくとも私だって、そんな勘違いメンタルをした野郎、どんなイケメンであってもごめん被る。


 非礼を悔んで地に伏せろ

 腹部へ渾身の一撃を繰り出す――


「ふふ、猫パンチも人型になると重くなるんだな」


 と言うと先ほどよりも、きつく抱きしめられてしまう。


「このッ離しなさいよっ何か多分思ってるのと違うから!!」


 ドスドスと何度拳を当てても、意にも介さない様子で男の両腕が離れることがない。この野郎……呪われろ!!


「ん……さすがクロ、フフけどまだ人になりたてじゃ俺には通じないな。……解呪」

『リーフ、この男には勝てないわ。こないだ会った救世主が成長した上で本気を出したようなスペックよ彼。何を比べてもリーフの百倍じゃ、ちょっと足りないわね』

「なっなんで、そんなに強いのよ!?」

「お前を喚んで賢王って呼ばれてた頃からすれば大分衰えただろ?引きこもり過ぎたかな」


 セルティへの問いかけだったんだけど本人が答えてくれた。

『賢王……ね。私の庭で這う程度の大悪魔の中には、その二つ名には手を焼いたと零す者もいたわね。私の敵には成り得ないけれど』

 どうも、本当にどうしようもないらしい。これはもう説得して逃げるしかないのに、今や最大のコミュニケーションツールとなっている拳術が効果ないとか、どうしよう。


「知らない!ほら離して、私をよく見て!!」


 聞いてくれた。ようやく解放された……

孤高の賢者の眼を睨みつける


「私はリーフィア!クロとか黒猫っていうのは私の渾名(あだな)で、私は貴方の事なんて知らないの!初対面!」

「揺らぐ蒼眼に、この耳……そうかクロはリーフィアって名前だったんだな。猫の言葉が分からず、気づいてやれなくてすまなかった。けれど今、その名を刻もう。そうだな、リーフィアなら、リーフ…かな?僕も愛称で呼び親しみを込めるよ」


 話を聞け


「私は四ツ耳族の最後の生き残りなの!猫じゃないの!四ツ耳族の都市からここまで十日かけて旅して来ただけ!!」

「はは、そんな嘘ついても無駄さ。四ツ耳族は絶滅したはずなんだ、この街でも感じた荒れ狂う邪念。あれは大罪の化身を召喚した証拠だ」

「な……なんで知ってるの?」

「ゲヘナの炎の気配がした。(クロ)が飛び出して気配を感じたんだ。僕も知っているよ、種族の終わりと万の命を捧げなければ大罪の化身は姿を現さない」

『そうね、その通りよ』

「けれど召喚主は失敗したようだな、大罪の化身は喚べたようだが契約を果たしていないようだ」

「なんでわかるの?」

「大罪の化身と契約していれば、もっと大きな力を感じるはずだからさ。それこそ、大戦期の僕でも到底適わないほどの力をね。けれど、感じた気配では、現時点なら僕でも通用する。(もっと)も、これから先は分からないけれど。でも、儀式を成功させたのは間違いないのだから四ツ耳族は滅んだ。つまり、リーフは四ツ耳と同じ特徴をもつ何か別の存在となる。揺らぎ蒼瞳(あおめ)に強い魔の気配、十日というのもクロがいなくなった時期と重なる」


 また抱きしめようと開いた両腕の手首を掴む……


「黒髪蒼眼なんて探せば沢山いるじゃない!貴方の勘違いよ!!」

「よそよそしいよクロ、いや今はリーフだったね。クレス、そうよんでくれないか?」

「い、や、だ!」


 無駄に力が強い……抱きしめるならパン屋の女の子にでもしてください。


「黒髪に蒼の揺らぎ眼、高い魔力、その耳に、懐ききらない態度……クロ以外にいるはずがないだろ?」


 がばっと抱きしめられた。話せこのヤロウ……

 拳に怨念を込め打ち付けるが、まるで効果がない


『諦めなさい…今のリーフじゃ何一つ勝てる要素なんてないわ。私もお手上げ、いいじゃないしばらく玩具になったあげれば。ルックスといい愛の重さと言い良い物件じゃないかしら?あなたの妄想する王子様そのものといってもいいわ』


 フザケルナ……この飼い猫狂いの玩具になる?

孤高の賢者が聞いて呆れる。ちょっと特徴が似てる女が来たら妄想炸裂させる莫迦の何処が賢者か……


 飼い猫狂い?


 そうか


 そこだ



「……離してクレス」


 落ち着いた声で囁くように告げる


やっぱり(・・・・)クレスは騙せないね」


 クレスの両腕が解かれる、澄んだ水色の双眸からは涙があふれ出ていた。


「私はね……一度死んじゃったの。もう昔の私じゃないの」


 そう私は死んだ。セルティの保証付きだ。魂を傷つけないと話し、セルティネイキアなどという訳の分からないものと同化されて連れ還されたから復活しただけだ。この部分には嘘は無い。


「今日はお礼を言いに来たの」

「クロ……」

「四ツ耳族を救おうとしてくれて、ありがとう。クレスは優しいね」


 そっとクレスの頬に手を添える。

 クレスは涙を流し膝から崩れるように座った。頭の良さで定評があるのなら、この会話の流れから先が読めているのだろう。


「人になったのはね……」

「い…いやだ…グスッ……禁術に触れてもお前を連れて行かせやしない」

「ダメだよクレス。クレスは優しいままでいて?」

「行かないでくれ……」


 別れを告げて追わないでと言う会話の流れ、その冒頭から結論まで一気に到達するのはヤメテいただきたい。会話がいきなりクライマックスになるから、私の中で持っていきたい流れを全部くみ取っていきなり結論スタートするのは頭よくてもコミュニケーションとしては失格だから。


 セルティに向け心の中で強く想う

“セルティ、あの黒い霧っぽいのが出るやつだして”

『呪詛強化?いいけれど呪詛がないと魔力を頂くわよ?』

“何だっていいから早く”


「ふふ、最後に(・・・)クレスとお話しできて良かった」


 体を黒い霧が包む。足に腕に全身に力が漲ってくる。


「い、いやだ!!クロ!!」

「笑ってクレス。最後は笑顔で見送って?クレスの優しい、優しい笑顔で」

『演技派ねリーフ。呪詛の質が高いだけはあるわね』


「ほら……力を抜いて……笑ってクレス……」


 膝を付きながら何かを想うように孤高の賢者クレスは、その体から力を抜いていた。涙が零れ堕ちるせいで笑えないクレスは目を閉じながら天を仰いでいた。



  好機



“セルティありったけを力に変えてくれる?”


 クレスの頭に手を置き、ぽんぽんと髪を撫でながら背後へ回る。


 周りを見渡すと……

あるじゃない……手ごろなのが


「クレス、ほら力が入ってると……私も笑ってさよならできないでしょ?」


 背後から耳元で囁く



 足元の石は漬物石ほどの大きさだった。


――許さない

 決めつけや押し付けでの好き勝手を私は許さない

 私を飼い猫の様に飼おうとしたことを許さない 

 自分の判断しか信じない態度を私は許さない

 乙女に断りも無く抱き着いた事を許さない

 力ずくで何度も抱きしめた事を許さない

 人を嫌い猫に依存する弱さを許さない

 私の奥の手を防いだことを許さない

 耳を涙で濡らしたことを許さない

 突然抱きついたことを許さない

 拳打が効かない事を許さない

 妄想の押し付けを許さない

 飼いネコ扱いを許さない

 私は、お前を許さない

   

   

 想いの丈を石に込め

 恨みの意志で身体を満たし


 私は少し距離を置くと全身全霊の力で地面を蹴る!


 重力を見失うほどの勢いを空中で回転に変えながら迫る

 体には強い呪詛強化の黒い霧を纏わせ魔力も力に変え 

 漬物石には回転の遠心力と昏い昏い怨念を込め迫る


声には出さず心で叫ぶ――


“喰らえ妄想野郎!!”



 ゴシャッッと音をたてクレスの後頭部に全力で打ち付けられた漬物石は砕けた。クレスは打撃が強すぎたのか力が抜けていたからか勢いが伝わって前のめりに勢いよく倒れ、地面にヘッドバットをかましても尚勢いは止まずに跳ね返り仰向けになり大の字で空を仰いだ。



…死んだんじゃないかと思って獣耳を胸につけたが心臓は動いている。

やり過ぎたとは思うので頭に手を当て残りの魔力で治癒術をかけておく。

これでどうかなっても、もう知らん。この街も去るのだから犯人不明で解決してくれることを祈っておこう。やり過ぎたけれど後悔はしていない。


地面に割れた石の破片で書置きを残しておこう


(不届き者の妄想野郎へ

 私は、あなたの飼い猫ではない。

 女の子に急に抱き着くな!! 

            リーフより)


 私は爽やかにかいた汗を掃い丘を駆けおりた。


 さようなら交易都市リューン

 これからも栄え続けて交易都市リューン


 きっともう来ないけれど

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