城塞都市への帰還
リーフたちがそれぞれに別れ戦い始める少し前。
赤鯱の一団を率いるゴンズ、そして黄金の剣のグレイマンは筋肉の塊に鉄を纏わせたような体に見合う足の太い大きな馬に乗ってガングリオン領を通過し王都に向かい、ようやく大将、いや、ウルザが手紙に示した意味を理解した。
「ガハハハハ!ゴンズ!なぁ!見えっか!?」
「なぁオイ!オイ!ゴンズ!!やっぱ大将は大将だなオイ!」
「うるせぇぞアンドレ、カンドレ!酒臭ぇテメェらが前走んじゃねぇブッコロスぞ!見えてんに決まってんだろボケ!大将の晴れ舞台を見逃す訳ねぇだろ!」
今や赤鯱のボス、それこそ大将になったはずのゴンズは空を見上げながら顔がニヤケてしまうのを止められなかった。
空に浮かぶ暗雲には大将が惚れたっつー禍々しい嬢ちゃんと嬉しそうに喋り倒すウルザの大将が見える。ウルザの大将を疑うなんて馬鹿は赤鯱には居ねぇ、大将が白っつーならカラスも白いし、大将が宝石っつーなら道端の石ころもダイヤモンドだ。その対象が王都で戦争が起きるっつーんなら起きない訳が無ぇ。
「ブハハハハ!戦争が起きるっつーから駆けて来てみりゃ、起きるんじゃなくて起こすの間違いじゃねぇか大将!」
「ガハハハハ、大将はテメェだろボケゴンズ!」
「なぁおい!あんの人だかりの東ん方にいんの化け物どもじゃねぇかオイ!ありゃ旨そうだなオイ」
「ガハハハ、テメェ何でも酒のつまみに見えてんなクソアンドレ」
「あぁん!?テメェなんつったクソカンドレ!先にノシイカにすんぞオイ」
「あ?やってみろボケ」
「上等だオイ、こんカスが」
「やめねぇかボケ共、ブッコロスぞ!」
馬上で酒の瓶を投げ合っているムダ毛まみれの大男共、アンドレとカンドレの頭を槍の石突で小突くと足で馬の腹を蹴って速めると隣にグレイマンが並んで来た。眼前からこちらにかけて来る蟻の大群のようなのは多分王都の人々なんだろう。そこに先に向かって先駆けするグレイマンを見送り王都全体を眺めていると空の映像が消えフッと炎が東へ流れたのが見えた。ついで西は吹雪と落雷という異常気象に包まれる。
「おおぅ!耳かっぽじって聞いとけ赤鯱のクソ共!!大将席の預かりだったゴンズ様からテメェらに命令だ!!東の化け物どもに突っ込む!いいかぁ東の戦場だぁ、気合入れとけクソ共ぉぉぉ!!」
「「「おおおおおおおおぉぉぉ!!!」」」
お上品な身なりの民衆はグレイマンが誘導してくれた。東にながれた炎はウルザの大将に違いない。東からは城壁を伝って南にながれて来る化け物、これを討って大将と合流する。傭兵稼業も戦火が少なくなってから上がったりだったが、まさか戦争がないなら戦争を起こすなんてよ、やっぱり大将にゃ敵わねぇ。
集団で魔物が群れる王都東に傭兵団を向け、勢いそのままに魔物どもに槍を振るう。臓物を晒し、血を浴びてブチ撒けられた糞尿の悪臭が回りを満たす。矢が向けられ火の球が飛んできて命のやりとりが正気を狂気に塗り替えていく。
「ブハハハハハハ!こうじゃなきゃ生きてるって気がしねぇのよ!!」
「ガハハハハ!最高だ!最高だぜウルザの大将!!」
「オイオイオイオイ!楽しいなオイ!!やっぱ最高だなウルザの大将!!」
血を浴び、魔物の臓物を撒き散らせながら傭兵団の誰もが赤黒い血に塗れ自身の怪我を喜ぶように口角をあげ魔物の群れに食らいついた。自分より大きな大蛇が隣の人間の上半身を食いちぎろうが笑い声をあげて大蛇の腹を食い破る。鯱がクジラを食い破るように血に塗れた鯱たちが赤く染まった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
戦いを終えフレアを抱きかかえ歩いていたウルザだが今は首根っこを掴まれ反対にフレアに引きずられていた。
「まったく、チがたりぬとはナサケない。ウルザおぬし、わらわがいなかったらどうするつもりだったんじゃ」
「いや、マジで面目ねぇ……」
ズルズルとウルザの踵が地面に二本の線を残しながら南の方へ向かう。周辺の魔物達は焼き払ったし、襲い来る奴らはウルザが倒すか炭になったけれど、人間の匂いがしたのか多くの魔物が南に向かったのも分かって入る。南からは運ばれてくる血なまぐさい風を受ければ嫌でも南で戦闘があったことが分かってしまう。
「たいしょうクビをとったのじゃ、まぁこのくらいよかろう。よいかウルザ、リーフさまにはフレアは、だいだいだいだいだーいかつやくじゃった!と、そうつたえよ。かならずじゃぞ、かならず」
「わーった、わーったから。もうそれ十回は余裕で聞いたっつーの」
「お、ひとじゃ。ひとがみえてきたぞ。おーい、こっちじゃ!」
竜の尾でバタンバタンと地面を叩きながらフレアが手を振るうと程なく血まみれになった馬に跨った同じく血まみれの面々が集まってきた。
「ブハハハハ、それみたかテメェら!やっぱ大将はコッチであってただろ!」
「オイオイオイオイ、珍しくやるじゃねぇかゴンズ、なぁオイ!」
「珍しいが余計だボケ!ぶっとばすぞ」
「あ?オイオイ上等じゃねぇか」
「あー、何つーか久しぶりに顔見たと思ったら本当にウルセェなテメェらは」
「ガハハハハ!大将は久しぶりに見ても血まみれだがよ!」
「テメェらもだろうが。人のこと言える恰好じゃねぇだろ」
ゴンズにアンドレ、カンドレが馬を下りウルザを囲む。フレアは何故か得意げに胸を張りウルザの首根っこを離さないが、ゴンズを始め誰も気にすることなく引きずられているウルザの周りに集まって来る。
「大将、やっぱオレにゃ赤鯱を連れ回すのは難しいですわ」
「ガハハハハ!聞いてくれ大将!ゴンズのヤツ、大将がいなくなってから毎日半泣きの顔でよ!そりゃ見物だったんだぜ」
「言っただろ、俺ぁもう大将じゃねぇって」
「オイオイオイオイ、皇子に着いて来たオレらの大将はウルザの旦那以外ないぜ、なぁオイ」
「馬鹿野郎、テメェ知らねぇ嬢ちゃんの前で要らんこと口にしてっとブッ殺すぞ」
「まぁ、何にせよ馬鹿が治ってなくて何よりだ。悪ぃんだが、この嬢ちゃん、フレアと一緒にガングリオンまで運んでくんねぇか」
「そうじゃ、ウルザの火のシショウである。わらわのこともテイチョウにあつかえ」
ウルザがゴンズに背負われ項垂れるように寄りかかる。ウルザの上から血まみれのマントを被せ更に首元にはフレアが肩車のように跨り顔を隠した。馬が走りだすと一段高いところから翼や尾をしまったフレアがキャッキャッと声をあげる。走っている最中も常にやかましく酒臭く、血なまぐさい体のまま街道を南下していくと、やがて歩いている一団に追いつくが、誰も彼もが顔をしかめ道を開けた。
「ブハハハハハ!このツラ見てっと生きて帰ってきたっつー時間がわくな!」
「このロクでも無ぇツラみて喜んでるのはゴンズ、テメェくらいのモンだっつの。ワリィが、このまま癒し手の温泉郷っつー宿に向かってくれ」
「あぁ、なんかさっきからやたら名前を聞くところですね。ほら、オレたちもココに来るまでに看板を見てまして、黄金の剣の旦那ともハグレっちまったらソコで落ち合おうって」
「あ?なんでルルちゃんがいるトコ知ってんだ……あっ!?」
ウルザが血まみれのマントを少しめくり周囲を見渡すとガングリオンに近づくほどに避難先癒し手の温泉郷と書かれた看板が目立つようになって来ていた。声をひそめ周りの民衆がどこを目指しているか聞くように頼むと、誰に聞いても行くあてなどないのだから看板に従うと答えている。
背筋を伸ばしゴンズの肩越しに城塞都市ガングリオンを見やると既に先頭集団はガングリオンに到達しているように見えた。
「リーフのバカたれ……俺ぁ知らねぇかんな」
王侯貴族を含めた全王都民が今、一様に目的もなくガングリオンに入っていく。行くあてもない民衆、まさに避難民たちに対し、百や二百じゃ利かない数の看板たちが避難先を案内している。
「ルルちゃん、俺じゃ無ぇ、俺は関係無ぇかんな」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ルル!今度は侯爵様よ!!はやく、はやくエントランスに来て!!」
「侯爵如きが何を生意気な!!そんなもの捨て置いて構わん。ルル殿、我々王家ゆかりの公爵家に、まず一等良い部屋を頼みたい」
「公爵が何だというのかしら、妾達王族を差し置いて先に声を挙げるなんて、貴方、マナーから学び直してはいかがかしら」
リーフさんが去ってから、美味しいものでも食べてと言われたので金貨一枚位おいてあるのかな、高級下着まで買ってくれちゃうくらいだから私の月給より多い金貨があったらどうしよう。そう胸を躍らせて扉を開けた数か月前。扉の向こうは金貨が床を埋め壁によりかかり小指の先ほどで一食分になるという魔石にいたっては拳より小さなものなんてなく置き場がないからなのか暖炉の中にまで押し込められてあり、魔物の素材については血がしたたる竜の生首などがテーブルに飾られていた。
そっと扉を閉めて上司に、いやオーナーに報告しなければと歩を進めるごとに冷や汗と動悸が止まらなくなったのが今や懐かしい。
「……棺引きって二つ名、冗談じゃなかったんですかリーフさん」
確かに言っていた。難しいダンジョン踏破して凄くお金貰ったけど半分おいて来たって。行って帰ってくると毎回ダンジョン踏破してるって話してたから、もはや聞き流してたけど数日後に難攻不落の破滅の園が消し飛んだというニュースが街を駆け巡った時から嫌な予感はしてた。
ホテルを臨時休業にして金銀財宝を従業員総出で掻き出してからオーナーに棺引きから、このお金で食料を買い込めるだけ買うよう言われていることを伝えると何故か真っ青になったオーナーがホテルの景観も無視して裏庭に急きょ倉庫を建造し穀物から保存食など、買える限りの食料を買いつけた。
「腐ってもいい、盗まれてもいい、私は買った、きちんと買ったんだ」
と買い付けたオーナーは震えていた。
その後になんて言ってたか。そう、お世話になったから沢山お客さん来るようにするね、だ。王様だとか公爵だとか、もう肩書が聞いたことないような人たちばかりで何が偉くて偉くないんだか分からなくなるほど部屋を案内した。しかも偉い人ほど決まって私指名での来館だ。
「来すぎ!!来過ぎです!!来過ぎですらリー――フのバカあぁぁぁぁ!!!」
真っ青だったオーナーが真っ赤になって貴族に頭を下げつづけ、次から次ぐにくる人を案内するが、さっきエントランスではもう普通の民家で民泊を始めても足りず、すっとんで来た領主には王命が下ったとかで、今やこの宿が臨時の王城として機能し城壁都市の外側に居住地を設けるよう指示が下っているらしい。
今が何時なのかも分からないほど、呼ばれては走り、走っては呼ばれ、我慢の限界で叫び出しても周囲の騒音で誰も気づかない。やってられるかと不貞腐れて窓の外を眺めていると、この騒動を起こしてくれた縮んだ姿の犯人が笑顔で手を振っているのが目に映った。