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悪の一手

『リーフ後ろから炎弾三つ、救世主君は右の壁の向こう。天井をブチ抜いて二階に上がりなさい』

「次からっ次へと!」


 大剣を頭上に向け振り抜き土煙に向かって飛び上がると足元から火の手が上がる。着いたばかりの足元をズシンと建物を揺らす衝撃が襲いかかる。


『剣士君に補足されてるわ。窓から向かいの建物の屋根まで跳びましょう』

「四人でよってたかってって良心の呵責とか何で無いのよ!」

『王都を襲った主犯なんだから四人で済んで良かったとも言えるわね。その辺に鎧の子達を数体出して』


 特に焦る様子もなくいつも通り応えてるセルティに歯がみして、内界の黒沼から動く鎧の魔物を呼び出し、窓を開け窓枠から隣の建物の屋根に飛び移る。さっきいた部屋が真下から噴出した溶岩に飲まれ建物自体が崩れ始めた。


「リィィィフ!今更どこへ逃げるつもりだ!!」


 ビリビリと肌に刺激を感じる程の怒気を含みレイドが怒鳴り声をあげている。エレオノーラも周囲一帯を溶岩で染め上げ次々と建物を崩壊させていく。セルティの声に従って、一度やられてほとんど戦闘力のない鎧の魔物を次々だしながら屋根を駆け距離を取る。


『リーフ、出来るだけ遠くを意識してノワールを出して、レゼルも一度沈めて同じ場所に。大丈夫、あと数秒は逃げられるわ』


 ふわっと胸元が軽くなりスカートの中がスースーしたかと思うと、久しぶりに血の染みが抜けない木綿の下着に変わったことが分かった。言われるがまま、意識出来る限り先にノワール達を呼び出すと一礼したあとでどこかに走っていってしまった。


「ちょっ大丈夫なの!?ノワールなしでレイドみたいなヤツら呪えるの?」

『大丈夫よ。呪わないもの。あら、思ったより早く見つかったわね。振り向きざまに二本とも叩き込んで』


 内界から少し熱の抜けた大剣の柄を掴み大剣を二本とも体に巻き込むように引っ張り振り向くと同時、なりふり構わず何もない屋根に力いっぱい振り下ろす。するとガガガガと建物の存在なんか無視して突っ込んできたレイドを丁度叩き落すような形で大剣が重なり剣を振り抜く前のレイドを打ち落とすことが出来た。大剣の重さをもろに受けたレイドが輝く剣の軌跡を残し床も打ち抜き建物の下の方へ消えていった。


『ふふ、やるじゃない。けれど油断してはならないわ。今のうちに一気に戻ってリーフ。聖女たちを襲うわよ』

「うぇ?ちょ、変な声でちゃったじゃない、なんでローザ様を襲うのよ」

『大丈夫よ、どうせ怪我なんてさせられないわアイツ(・・・)の加護を受けた子がすぐに戻ってくるもの。本当、趣味が悪いわよねアレ』


 変な声を出しつつも大剣を内界に沈め全力で屋根を踏み砕き戻っていく。セルティの指示に従って途中燃料が切れたようにのほほんとしている羊や地竜を呼び出して羊たちに不転の呪いもかけて行く。


「あの子達に呪いかけて何かいみあるの?」

『ええ、リーフの呪力で仮初の受肉をしているのだもの、呪いを被せればより闇の気配が強くなるのよ』

「なにそれ、私が闇の気配つよいみたいじゃない」


 飛んでくる火の球を跳んで躱し、宙に浮いたところに吹き付ける炎は壁を蹴って躱し、背中から斬りかかってくる剣閃を避けると隣の建物の窓ガラスを枠ごと叩き壊して中に転がる。


『ふふ、気配が強いなんてもんじゃないわ。ほらソフィが言っていたでしょ、闇そのもののようだって、あ、リーフそこ避けて、上から来るわ』

「うぇっ!?」


 轟音を立て天井が崩れると輝く剣が私の喉元めがけて伸びて来る。大剣の陰に隠れるように突きを受けるとビリヤードの球になったようにレイドが突っ込んできた勢いで壁を砕き外に飛び出していく。

 突撃を受けた手のしびれ、背中を撃ちつけた痛み、ゆっくりと落ちる浮遊感が同時に襲い来るなかで再び視界が蒼く染まっていくと、土煙から飛び出した私に向け上下左右から炎と溶岩の塊が向かって来ていた。ゆっくりとした流れの中で大剣を振ると剣が当たったものから爆発し消えていく。


『ゆっくりでいいわ、いずれ使いこなせるもの』


 すべてがゆっくりに動き、上手く話すことも出来ない青い視界の世界でセルティだけが普通に話し続ける。


『まだ少し耐えてリーフ、聖女が聖光を降ろしているけれど大丈夫、眩しいだけよ』


 セルティの声を聞いてから空中で身体を捻り視界を空の方に向けると厚い雲に大穴をあけ雲を晴らす勢いで太陽のように輝く光の玉が地上に向かってきているのが見えた。青い視界の中でもエレオノーラの炎の球より早く、近づくほどに大きくなっていく。

 再び近づく緊張感に猫耳が反応し更に体を捻るとレイドがゆっくりになっているとは思えない速度で突撃してくる。レイドに合わせるように大剣を巻き込み体を捻り尽くし大剣をぶつけるとレイドを弾くことが出来たが反動で地面に向かい体が進む。

 視界こそゆっくりだけど、足を伸ばし地面に着いたものの鉛の塊に押しつぶされるように体は止まらず石畳を砕き足が地面に突き刺さっていくのがスローモーションに見える。


 ドシンと岩が落ちたような衝撃音と振動が青い視界を晴らすと体のあちこちが痛みだす。怒りや苛立ちを力に変えてくれているノワールや膂力をあげ支えてくれるフレアのありがたみが身に染みて来る。


「ぐぐッ!はぁ……はぁ……大分離れた?逃げられそう?」

『走って逃げるって意味なら無理じゃないかしら』

「はぁ、はぁ、ふぅ。これ本当に何とかなるのセルティ」

『順調よ。現に今だって羊たちに気を取られてすぐに位置が分からなくなってるわ』

「でも逃げられないんでしょ?」

『そうね。さぁ、辺り一帯に血外斥力の呪い、出来るだけ広範囲に』

「信じてるからね」

『言われなくったって分かってるわ』


 誰も居なくて何にもならないのにとは思うけど、セルティの言う通り地面に黒い波紋を立て周囲一帯に血外斥力の呪いをばら撒く。空から迫ってきている光が街を飲み込みだし呪いはかける端から塵となって消えていく。光があたったところで痛くもかゆくもないけど、眩しくて真っ白に染まる視界の中、それでも最大出力で呪いを放出する。続く戦闘と立て続けて羊や地竜を読んでるせいで手足の先が冷たくなり力が抜けていくのが分かる。


『救世主様は光の中がお好きなようね。リーフ正面から来るわ。一と言ったら縦に、二と言ったら横に振る。覚えてるかしら、一!』

「えぇ、体が勝手に反応するくらいは、ねッ!」


 両の大剣を背中に背負うように構え体を丸めて思いっきり振ると地面に着く前に強い衝撃が走りズシンと衝撃音が鳴るとともに眼前に迫ったレイドが影を作り大剣を受け止めているのが見えた。


「リィィィフ!聖なる光で、その邪悪な力と共に滅びろォォ!」

『二!当てなくていいわ、反動で振り上げて一よ!』

「このっ、話も聞かない!ボンクラがぁぁぁ!!」


 肩から体当たりするよう突っ込み後ろに退くレイドを置き去りにした大剣を引っ張り叩きつけようとするが更に距離を取られ空振る。その剣を勢いのまま振り上げ誰もいない眼前に叩きつけようとすると合わせるように突進して来たレイドが再び剣で受け止め衝撃で石畳を砕いていた。


「がぁぁぁ!!」

『こっち向きで受けちゃダメ、剣を沈めて避けて』

「かんったんにッ!出来るもんじゃないのよ!!」


 弾き飛ばされた大剣を飛ばされた先から黒い沼に沈め右に左に跳んで避ける。いくつかの髪を切り裂き眼前や首の前を剣が通過する。大振りになった瞬間に体当たりでもしようと思えば、罠であるかのように剣閃が舞い腕や足に切り傷が増えていく。


「諦めろリィィィフ!もう逃げ場なんて無い!」

「そう言われて!諦めたヤツみたことあんの!?」


 振り抜いた手を押さえに飛び込むと私の重さなんてないかのように振り払われた体が地面を二度三度と弾む。再び青く染まる視界の中で迫るレイドの前に大剣を呼び出し、ゆっくりとしか動かない体で弾かれた剣を受け止めレイドの剣撃に応える。


『いいわリーフ、そのまま彼と反対になるまで回り込んで!』

「くっ、簡単に言ってくれてっ」

「野望と共に滅びろリィィィフ!」


 手先や脛に鮮血が舞う、二本の大剣を重いなんてまるで思わず紙のように振り回してるのに両手で剣をもつレイドの方が速い、周囲の光が収まると呼び出した子達も王都中にかけた呪いもきれいさっぱりなくなっているのが分かる。

 カキンカキンと金属が撃ちつけ合う音とズシンというとても剣をぶつけ合うような音ではない衝撃音を立てながらも息も乱れないレイド。かたや魔力もセルティのいう呪力、呪う時に使うエネルギーも、もはや体力も限界に近い私。


『よく頑張ったわリーフ、合図をしたら私が変わる』


 息があがり応えも出来ない中、諦めずにレイドの剣についていく。セルティは起きたばかり、力も沢山使ったから寝ていたものだと思ってたけど憑依できるならもっと早く変わって欲しかったのに!

 時々タイミングを見計らって一、二とセルティの掛け声に合わせ剣を振りながら生傷を増やしていくと、上手くタイミングのあった剣がレイドを弾き距離が生まれる。


「あの世で王都の人たちに詫び続けろリィィィフ!!」


 前進から光を放ちレイドの足元が爆発したその時、セルティの声が響いた。


『いまよリーフ!』

「『憑依!』」


 浮遊感の中、自分の頭を後ろから眺めるような視点になるとセルティがレイドに負けない速度で立ち向かうと、そのままレイドの突きに横なぎの大剣を振るう。一瞬空気が剣に集まったかのような錯覚が起きた直後、レイドもセルティも正反対の方向へ建物何て無視しで吹き飛んでいった。


『ちょっ大丈夫なのセルティ!!』


 セルティが離れたかと思うと突然凄い力で引かれセルティとともに吹き飛ばされていく、いくつかの建物は吹き飛んだセルティが柱を砕き崩壊していった。しかもセルティは私の少ないなけなしの力で呪いをばら撒いて闇の魔力で体を強化して飛んでいくので、どう考えてもこの先がない。


 やがて転がって止まった体を声にならない声を出しながら身体をゆすろうとしても反応がない。魔力も尽き、力も無くなり体が徐々に縮んでいく。

 しぼんでしまった体を土煙のなか誰かが掴んだ。がらがらと瓦礫のなかから私の体を引き抜くとまだ無事だった建物の奥に体を持って行ってしまう。


『ちょ、ちょっと私の体!セルティ起きて!!』


 視界の悪い土煙の中、フードを被った二人組を追って奥に向かうと埃の少ない建物の奥でフードで頭を隠したノワールが私の体の埃をふき取り同じくフードのレゼルがケガを治療していた。


「リーフさま、このレゼルにも見えませんがここからは我々にお任せを」

「ふぅ、ふぅ、リーフ様をッ、こんなに痛めつけるなんて……」


 ノワールが血でも流しそうな程目を充血させ体を拭き、レゼルが目につく傷を治療するとドレスから血の染みたワンピースに着替えさせ余った裾や袖を引きちぎる。ドレスは自然と黒い沼に沈み、治療を受けた体がうっすらと目を開いた。私の体は青いハズの瞳が鮮やかな赤に染まり、血の気が引いたかのように肌が一層白くなっている。


 がらがらと音を立て誰かが建物の中に侵入してくる。セルティが二人は地竜なんかより強いとは言ってたけど、とても勝てるような相手ではない。

 瓦礫を蹴飛ばしているのが石の塊がゴロゴロところがる音が響いた直後、木の扉を開けられカイトが剣を突き出した。バッと服が風を切り裂くおとを立てレゼルが両手を開いて立ちはだかる。


「妹たちには、絶対に触れさせません!」


 私の体を強く抱いたノワールが充血した瞳から涙を零しカイトを睨み付ける。レゼルが突きつけられた剣に自ら一歩歩み出て首元に切っ先が触れると、我に返ったカイトが剣を下げた。


「街を、王都をめちゃくちゃにして……この私たちが何をしたっていうんですか!」

「い、いや悪い、その街を壊して回ってたやつが」


 カイトがしどろもどろになって剣を納めると後ろからエレオノーラが、次いでローザが建物に入ってきた。


「カイト?どうしたの?」

「エレオノーラ、助かった。生存者だ!ローザ怪我の手当を!驚かせて悪かった、俺達は助けに来たんだ」

「生存者!?みんな逃げたんじゃ……」

「逃げられるワケないでしょ!外は人が押しあって、小さな妹もいるのに出られるとでも思う?ようやく静かになったとおもったら街は火の海。瓦礫が降ってくるほど建物も壊れて!見える?この子の痣、頭にだってあたってるわ!力も入らなくてずっと、ずっと目を覚まさないんだから!お前たちの……お前達のせいなんだから」

「ノワール!」


 ノワールが畳みかけ涙を流し始めるとローザがそっと傍により私の体に癒しの力を流し込んでくる。セルティを通して冷え切った手先まで温かくなり痛みが消えていくのが分かった。


「ここは危ないわ。私達と一緒に外へ。カイト、この子達を連れて行ってあげて。私とエレオノーラはレイドを探すわ」

「おう」


 パラパラと瓦礫が落ちる中でに二人が戻るのを見届けるとカイトが振り向き頬をかきながら気まずそうに声をだす。


「っつーわけだから、悪いようにはしない。着いて来てくれ。南の方は大丈夫そうなんだ。街の外まで送る」

「剣を向けてきた人の言葉なんて、この私、信じられません」

「いや、それはその……頼む。着いて来てくれ」


 カイトが扉を開けて二人を呼ぶとセルティが目を覚ました。赤い瞳をぱちくりとさせノワールの顔を見上げる。


「大丈夫ですか?痛いところはありませんか?」

「ノワール!大丈夫よ。もう怖くないんだって。そうでしょう?剣士さま」

「あぁ」


 レゼルが睨むように振り向くとカイトが力強くうなづく。ノワールに抱えられレゼルと共に外に出ると、そこは南門にほど近い建物の中だったらしい。壊れた城門跡地から外に出ると遠くに多くの人影が見える。


「あの人だかりについていけば大丈夫だ。俺達が追っ手を向けさせたりしない。本当だ、助けに来たんだ。勇者レイドの仲間として勇者に誓って嘘じゃない」

「……勇者さまに誓うのであれば、本当だったのでしょう。この私、取り乱してしまい申し訳ございませんでした」

「いや、仕方ないさ。それじゃあ俺も街の中に戻る。追っては向けさせねぇが気を付けてな」

「はい、ありがとうございました。さ、ノワールも」

「私は……私は許さない」

「……すまない」


 カイトは眉を寄せ頭を下げると、振り返り街の中へ戻っていった。レゼルとノワールも踵を返しガングリオンへの道を歩き出す。

 しばらくするとレゼルが小声で叫ぶようにノワールに詰め寄り始めた。


「ちょっノワール!妹に敬語なんておかしいでしょ!」

「だってリーフ様のこと傷つけたんだもん」

「セルティさまに言われてたでしょ!?」

「そうだけど、あんなにボロボロになるなんて、それにボロに着替えさせたら何だか昔のことまで思い出しちゃって」

「ノワール……」


 レゼルがノワールを抱きしめ頭を撫で始めた所、すっと地面に下りセルティが歩き出す。つられて再度歩き始めたレゼルとノワールと手をつなぐと、ニッと口角を上げた。


「どうリーフ、私の作戦勝ちよ」

『どう見ても負けてたじゃない!死ぬかと思ったんだから!』

「だって、ほらごらんなさい。生きているわ」


 ガングリオンに着くまでは誰が見ているか分からないからと二人と手をつなぎながら歩くそうだ。

 セルティの話を聞くと救世主との戦いで力を使い果たし、最後憑依と呪いで搾り取って小さくなったところをレゼル達と一緒に避難するといった作戦だったらしい。レゼルもノワールも過去の記憶から演技以上に入りこんでしまったとのことで私ですら演技しているようには見えなかった。


『けど、二人のことを利用してるみたいで……』

「あら、いいじゃない。だって私達、呪怨の女帝なんでしょ?悪が悪いことして何か不都合でもあるのかしら」

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