蒼い視界と深まる誤解
屋根を壊し煙突を砕き瓦を吹き飛ばしながら屋根を駆け抜ける。流れ込んでくる大勢の恐怖が力になり一歩を踏み出す度に力が漲ってくる。それでも城を吹き飛ばし呪いを王都中に撒いた高揚感を伴う力の奔流に比べれば小さいけれど、何もかもを呪力に変えて空っぽになったさっきと比べれば万能感すら覚える。
「ここまで予定どおりだったのに!ここまで上手くいってたのに!」
東西の最難関ダンジョンから溢れた魔物達が王都を蹂躙する。その様子を災厄の悪夢は、ギルバートは必ず見にやってくる。そこで一矢報いてやろうって思ってたのに、南の方から流れて来る恐怖は今や穏やかになり、身の危険を感じるほど身を削ってかけた呪いが南門付近で気配を失っている。
「どこの馬鹿よ!今呪い解いちゃったら、みんながケガするってゆーのにッ!セルティ、何とかならない!?」
南に近づく程、呪いの気配は失われ時間が経過するほど流れて来る恐怖は薄らいでいった。
「セルティ?ねぇセルティったら!?」
いつもはすぐに返事のあるセルティが王都襲撃の段階から静かになっている。確かに少し力を溜めるからって話していたけど、近くにいる気配も話しかけに全く反応がないなんてことは無かったのに今はセルティの気配すら感じない。けど今はセルティに気を配る余裕すらない。
一際大きな教会のモニュメントを砕き三階建ての屋根よりも高い教会の屋根から飛び降りる。私の一世一代の呪いを、みんなのための呪いを消すなんて、どこのどいつだ!
「呪いを解くのをヤメろぉぉお!!」
裂帛の気合と共に両の大剣を掲げ呪いの気配が消える広場に飛び降りると同時、大剣を振り下ろそうとすると桃色の髪、桃色の瞳、いつか見た聖女様が視界に映り手が止まってしまった。
しかし、勢いが消えることは無く着地と同時に不壊不屈の魔剣たちの重さに耐えられなかった石畳はドシンと爆発音を立て砕け散り足をついた地面は抉れ土煙が舞った。
「ローザ……さま?」
舞落ちる石礫が地面を叩く音で誰にも聞かれぬほど小さな声で呟いた。かつて街を出たばかりの私をとても嫉妬によりとても強くしてくれた聖女様、レイドを叩いたあと話してみたら綺麗で柔らかな雰囲気で可愛い、私の理想の女性像。
「ローザに近づくなぁぁぁ!」
土煙を吹き飛ばす勢いで背後からカイトが迫って来ていたが、瞳の中が揺が揺らめくような感覚、目の前が薄く淡い蒼い炎越しに見えるような感覚と共に周囲の世界が止まっているかのように見えた。静かで何も動かない世界で自分だけが寝起きの気だるさの中、寝返りをうつようにゆっくりと動くことが出来る。
憤怒の形相で剣を掲げるカイトに振り向くと蟻が進むような速度で近づいてきているのが見える。私に近づくカイトの軌道を逸らそうと、そっと魔剣の峰を添えるようにゆっくりと近づける。
剣が触れると同時、ドゴンと岩が落ちたような衝撃音が響き、青みがかった視界がクリアになるとゆっくりだった世界が動きだし、目にも止まらぬ速さでカイトは吹き飛び近隣の民家の壁をぶち破っていた。岩が落ちたような衝撃音は大剣があたった時の衝撃音だっただと遅れて気が付く。
「カイトに何てことを!死んで償え炎弾!」
「ちがっ、私は、クッ」
広場に繋がる大通りからエレオノーラの声が響くと人の体を呑み込むほど大きな炎が迫って来ていた。体を捻りながらあえて近づくように足を運び、巻き付けた腕が軋むほどに力を込めて両の大剣を振り炎の塊を斬りつける。玉の形は霧散したが熱気がチリチリと髪を焦がした。
「リ、リーフさん……本当にリーフさんなんですか?」
弱々しくも、どこか怯えたような声でローザが呟く。かつて向けられた嫉妬とは異なる、明らかな恐怖。炎の球をかき消されたエレオノーラからも弱くはあるが確実に恐怖に似た感情が流れ込んでくる。
「えぇ、ローザ様、そのリーフなんだけど少し話を聞いて」
ザンザンと大剣を地面に突き刺し手のひらをローザに向ける。これは不幸な行き違い、ほんの小さな誤解なんだと、そう言い訳をしたいところだけど結果だけを見れば既にカイトをぶちのめしてしまっている。私達がしてきたことを説明しても信用を得ることは難しい、それでも呼吸を整える。
一歩を踏み出すとローザが同じだけ後ずさり、エレオノーラの周囲には炎の塊がいくつも浮かび上がった。
「聞いて!これには理由があるの。呪いにだってそう、王都の人たちのために必要な事なの!」
「ッ、人々を混乱と恐怖に陥れ、平穏を乱すことが必要だって言うんですか!?」
「王様にだって事情を説明したし、私達が王都の人たちを救うにはこれしかなかったんだもん。ローザ様、ううん、ローザ、お願い話す時間を――」
「ローザ駄目よ!隙を見せては駄目!燃え盛り猛り狂う炎の御霊、ここに下りて自由を喫っせん!死に晒せ火炎連弾!!」
ローザに更に近づこうとした所、一目で二桁中盤はあると確信できる量の炎の球が押し寄せた。
危ないと、そう思うと同時に体の中で炎が灯り、瞳の中でも炎が揺らめくような感覚が再び訪れる。全身の力を使い搔き消した炎の弾幕が、蟻の行進のようにゆっくりと迫ってくる。体をずらせば、どれ一つ当たらずにやりすごせると思うけど、きっと街の中がぐちゃぐちゃになる。それならひとつひとつ斬って消そうと、地面に刺した大剣を再び両手に持つ。
考える余裕すらある。ゆっくりと、でも炎が近づくよりもずっと速い速度で右の大剣を振るうと蝋燭を消すように火の球が消えた。ゆっくりと動くコツを掴んできて左の大剣を振るえば一つ奥の火の玉まで消し飛んだ。剣を横に向け腹で風を仰ぐようにすれば三つ奥の火の玉まで消えていき、余裕のできた火の球との距離に足を出して体をコマのように回転させながら両の大剣を同時に振り抜いたら見える火の球の悉くが消え去った。
「きゃっ」
「うわっ、ちょっと!?」
炎の弾幕が消えたと気が抜けると同時、周囲を砕けた石畳を巻き上げながら暴風が吹き荒れた。風圧によりローザは長い袖で顔を覆いながらうずくまり、エレオノーラは炎の弾幕を放った体制のまま暴風に晒され尻餅をついて転がった。
「聞きなさい!いい?王都を襲っているのは東西の最難関ダンジョンから溢れた魔物達、スタンピードなの。要塞都市は壊滅してるし、ペアレンテージのようにきっと誰も生き残ってない」
大剣の先を蹲るローザと尻餅をついているエレオノーラに向けながら声を張る。南のガングリオンだって災厄の悪夢が思い描く通りだったのなら破滅の園がスタンピードを起こして壊滅してるはずだった。南のスタンピードだけは押さえられたけど、それって同時にスタンピードを狙っていたのなら東西は手遅れだったってことなんだもん。
「な、なんてことを……」
「そんな、そんな非道なことって」
エレオノーラは瞳孔が点のように小さくなり、大きな瞳を開きローザは顔色を失った。
「受肉した魔物達に王都を襲わせて人々を喰らわせ力をつける。そんな計画を――」
止めるためにと口に出しかけた時、モニュメントを砕いた教会が爆発しドゴンという轟音と共に輝く剣閃が垣間見えた。青色に染まる視界の中でも確かな速度で迫る剣閃を大剣を差し込むと衝撃波すら伴う一撃に踏ん張りが効かず地面を転がった。
「リーィィィフ!!なんて……なんてことを!罪もない王都の人たちを!!君は何を考えているんだ!!」
青い視界で捉えた地面を転がりすぐに大剣を構え前を向く。カイトじゃない、彼の気配は獣耳を立てて魔力の動きがないか探っていた。それにこの威圧感……
怒気と共に溢れだすエネルギーで周囲の土煙すら払った剣閃の主、レイド=アレイスターが右手に輝く剣を手にこちらを睨んでいた。
「リーフ、貴女を見誤っていたわ。王都を襲う前に要塞都市の人間まで皆殺しにしていたなんて」
「なっ!?」
エレオノーラが立ち上がると同時、レイドの隣まで歩みながら口にした言葉に、衝撃で息が詰まった。
「王都の平穏だけじゃなく、王国を守護する要塞都市を……ペアレンテージのような……リーフさん、いえ、呪怨の女帝リーフ!私は、私は貴女を許さない!」
違うと、そう口にだす間もなくレイドが石畳を蹴り砕き向かってくる。一直線に向かってきたレイドを右の大剣で横薙ぎに打ち付ける、質量の暴力である大剣を払うように剣で弾くレイドに向け左の大剣を打ち付ける。
ズシンズシンと到底剣を合わせて立つような音ではない重低音と石畳を砕き走る衝撃が地面を揺らした。
「違う!私じゃなくてっ、この!」
「リィィィフ!君がこれ以上罪を重ねる前に、俺が君を討つ!」
ズシンズシンと一撃ごとに重みを増すレイドの剣を大剣を重ね受けると同時、横から飛んできた炎の塊が爆発して視界が炎に飲まれ気づけば、どこかの壁を砕き地面を転がっていた。
「ローザ、カイトを見に行って!こいつはここで仕留めてやる!紅蓮に輝く惨禍よ、火口より溢れ焼灼の讃歌を上げよ!骨まで溶けこのクソ野郎っ溶岩噴出」
「リィィィフ!!」
立ち上がる足元が溶けるようにぬかるむと石畳が赤熱に染まり、地面を砕くように大量の溶岩が建物を呑み込むような勢いで溢れだした。淡く蒼に染まる視界で溶岩の流れを読み避けられない部分に大剣を叩きつけ、押し返される大剣を踏み抜き赤熱に染まる地面からの脱出を図り大剣を黒い沼に落とす。
転がるように立ち上がると既に迫りくるレイドに向かって手に持つ大剣を背負うように構え投げつけ、先ほど内界に落とした大剣を黒い沼から抜き放つと手のひらを焼いた。レイドは事もなげに投げた大剣を弾いたが弾いたことで重心が上がり生まれた隙に救い上げるように大剣を叩きつけエレオノーラの方に向かい弾き飛ばす。
「話を最後まで聞いてって言ってるでしょ!私じゃ無い!私じゃ無いの!!東も西も南のことも!!」
額を伝い流れて来た血を大剣を持つ手の甲で拭い再び声を張った。
「ギルバート!私の故郷を襲った元領主よ!あいつが計画したのを防ぐために王都の人たちを逃がすためだったの!」
「何を馬鹿なことを言ってるの?これだけの人たちを襲っておいて?頭に虫でも沸いてるのかしら?親とはぐれた子どもが逃げる人に蹴り倒され大ケガをしていたわ、恐慌して転んだ老人はローザがいなかったら頭の中で出血して死んでいたのよ?」
「馬鹿はお前だ!この馬鹿!何が賢者よ!せっかくそうならないように王都中の人間を呪ったのに!誰も転んだり押し合ったりしないはずだったのに!」
言い返すとエレオノーラは青筋を浮かべ詠唱もなく周囲に火の球を浮かべ出した。エレオノーラの背後からは意識を取り戻したカイトとローザも駆けつける。
「リーフ、いや、呪怨の女帝!貴様は傷つけた人のことなど何も考えていないんだろう、俺達に追い詰められ根拠も証拠もない戯言で逃げられるなんて思っていないだろうな?認めるよ、君の見た目や境遇に同情した俺が馬鹿だった」
レイドの全身から輝きが溢れ、全身が光り輝きだす。目そのものが光りで覆われた瞳をこちらに向け、圧倒的な敵意を込めた剣先が私に向けられた。