浄化の聖女
「ローザさん、こっちから来る者たちも全員呪われています!」
「チッ、地竜にこの羊どもやたら硬ぇな、ローザぁコッチから来る奴らも全員黒いモヤが絡みついてやがる!」
追い立てるように迫りくる魔物達から我先に逃げて来る王都の住人。最初の爆発で南門は城壁ごと吹き飛び、その出入り口は跡形もなく幸い押し合うように流れ込んでくる人たちが詰まることなく外に出られていた。
先を走るレイドを追って皆で来たのだけれど追いつくや否や肝心のレイドは爆発と落雷で撃ち落とされるし、中央まで戻ろうにも街中に負の気配が沸き上がり気づけば濃い呪いの気配に包まれた多くの人が南側に押し寄せて来たのだ。
「ハァ……ハァ……穢れ清まり祓いたまえ、解呪」
ローザがローブに風を受け長い袖を風に乗せるように舞うと杖先から光そのものを振り撒かれ周辺からは黒いモヤが消え去り近くを通った人たちが纏う呪いも消えていった。しかし、風に溶けるようにふわりとした桃色の髪も汗でべったりと顔に張り付き、その瞳からは既に精細さを見出すことはできない。
呪いを解けども解けども次々人が波のように押し寄せてくる。レイドがあれくらいで死ぬなんてことは無いと思うけどレイドのもとまで行こうにも行けない程の人混みと終わらない解呪で先に進むことが出来ていない。
「……祓いたまえ、解呪。ハァハァ」
「ローザさん、無理しないでください!全員は不可能です」
「そうだぜローザ、くそっレイドのヤツが先走んなきゃ魔物共の処理も追いつくっつーのに」
「いえ、いけません。こんな、こんな呪われた人たちを放っておくなんて」
呪いを解かれた多くの人達が押し合うせいで転んで怪我をする者も大勢いる。ローザが振り向けば大人たちに弾かれて怪我をする子どもや周りを押しのけて先を急ぐ者、中には道を開けろと剣を抜く者までいる。
恐怖に囚われ混乱に飲み込まれ逃げる民衆、解呪ですら手が回らないのに怪我をしている者の手当なんて出来ようはずがなかった。まだ戦う意志があるものは魔物達に立ち向かってはいるが剣聖とまで呼ばれるカイトでさえ硬いと嘆く魔物達に冒険者が敵うはずもない。
仮に私が解呪に集中したとしても魔物をせき止める壁に、外に出た民衆を誘導する者、避難先に先導する者、これだけの数を逃がすのには圧倒的に人が足りない。
「くそっオイ!テメェら騎士だろうが!何逃げてんだ!」
カイトの怒号が飛ぶように民衆に混じって鎧に身を包んだ騎士まで逃げ出している。中には戦馬に乗ったまま周りの人間を押しのけるようにして逃げるものまでいる始末。その姿を見て周囲の人たちが一層不安に駆られてしまっていたのだ。軽装にも見える動きやすさを重視した革製の鎧に普通にしか見えない鉄の剣を持ったカイトが魔物達に立ち向かい、重装備の騎士が逃げ出しているのだ。
「解呪!ハァハァ、せめて少しでも落ち着いてくれたら」
膝に手を置き息を切らせながらローザが振り返ると城壁の遥か向こうの方に土煙が上がっているように見えた。
「ねぇエレオノーラ、カイト、あれ見える?」
ローザの様子を心配して側に駆け寄った二人に問いかけるようにして指をさすと遠くの方から多くの人がこちらに向かっているのが見えた。その人たちは王都から逃げる人たちのまえに広く展開すると、人々の足を止めているようであった。眺めていると、その集団に出会った部分から混乱が収まり落ち着いて集団行動をとりながら先を目指すようになっているように見えた。
「あれは……傭兵団か?先頭のヤツは騎士か?ガタイがいいな」
「混乱を納めてくれているところを見るに援軍と見ていいんでしょうけれど……あまりにタイミングが良すぎます」
散り散りに逃げていた大勢の人たちが街道に沿うように列を成して南へ向かい進むようになる様子を見送ると傭兵団と思わしき集団は王都の外側から東へ向かいだしたようで、しばらくするとカイトの位置からは傭兵団の存在は見えなくなった。
「落ち着け!!南に逃げれば大丈夫だ!!もう先に行った奴らは歩いて移動してる、こっちに向かって来る奴らは俺達に任せろ!!」
カイトは後ろを気にしながら今も逃げ惑う住民に大声で伝えると住民の後ろから迫る大蛇や武器をもった鎧の魔物に向けて駆け出す。剣閃が瞬いたかと思えば冒険者がいくら斬りつけても傷一つつかなかった鎧の魔物はバラバラに砕けた。
「ここは聖女に剣聖、賢者である私達が守ります!燃え盛り猛り狂う炎の御霊、ここに下りて自由を喫っせん火炎連弾!」
緑色のサイドテールを文字通り尻尾のように振り大きな眼鏡がズレることも気にせずエレオノーラは人を吞み込む程の火の球を数えるのも馬鹿らしいほど大量に魔物達へ撃ちつけると、火柱をあげ黒い地竜も赤めの羊たちも次々と消えていった。
「みなさま、落ち着いた行動を」
緑の宝石が先にはまった木製の杖を掲げると更に弾幕とも呼べる火の球が打ち出され住民たちを追い立てていた魔物たちが消えていった。
「チッ、いいところはいつもレイドかエレオノーラだ」
チンッと鞘に剣を納めた音と共にカイトを囲んでいた鎧の魔物が同時にバラバラに砕けると南門にほど近い広場に立つローザから見える魔物はいなくなり、いくぶん落ち着いた住民たちが広場に駆け込んでくる。
「ふふ、戦闘であれば剣聖様には、とても敵いません、しかし戦場であれば私の独壇場。強い個体が現れた際にはお任せいたします」
「あーあー、人前だからって剣聖様はヤメてくれ、いつもそんな呼び方しないだろ」
「あら、では二人の時のようにお呼びしましょうか?」
「あー、それも今はなしで頼む」
周囲の魔物を殲滅しカイトとエレオノーラが軽口をたたく中、ローザは体力を振り絞って舞い続けた。ペアレンテージのように穢れた土地とはいえ呪い自体はほとんどない場所を浄化するのと異なり、生きた人間に、それも視覚化するほど強力な呪いを解き続ける作業はローザの体力も精神力も削り続けていた。
「はぁ、はぁ、穢れ清まり祓いたまえ、解呪」
「おい、ローザ無茶のしすぎだ!もうやめとけ!ここを切り抜けてから南で落ち着いて浄化すりゃいいだろ」
「そうです、今聖女が倒れたらこの後だってどうなるのか分からないんですから」
息を切らしながら一度深く呼吸を吸うとローザの瞳に輝きが戻る。しかし、吐く息と共に舞を続け解呪を止めなかった。
「この呪いが後でどうなるか分かりません、一人でも不幸になる人を減らせるのなら、私は今、私に出来ることをしたい。後のことを考えて何もできない位なら、私は今も後も出来る全てをもってあたりたいんです」
目の前のことに常に全力なレイドの隣に立ち続けるために、と言葉を続けず想いを胸に通り過ぎる全ての住民の呪いが解けるように舞い続ける。
「強情な聖女様には参るな、レイドォォオ!どこで寝てやがる!!早く戻ってこい!!」
止まらない聖女から目を離しカイトが叫ぶ。カイトもエレオノーラも、当然ローザもレイドがあの程度で負けるなんて思っていない。戻ってくるのが当然であるかのように、今自分たちが出来ることに目を向けていた。
少し走ってくる人が少なくなったと思ったら、波のように再び多くの住民が多くの魔物に追い立てられてローザ達の元へやって来る。南門が吹き飛び出口が広くなっても人々は押し合い転び血まみれになり、それでも少しでも早く、少しでも遠くへと逃げて行く。
レイドがいなくても、せめて逃げ惑う人を襲う魔物達だけは食い止めなければならない。ローザは怪我を治す薬を飲んで体力を回復させながら、エレオノーラも魔力を回復させる薬を飲んで魔力を回復させながら、二人とも薬で胃の中が満たされても更に飲み下しながら南の広場を守り通す。
体力や魔力ではなく、それぞれの精神力との戦い。そんな様相を呈して来た時にカイトがハッと顔を上げたかと思うと必死と言った形相で二人の元に駆け戻る。
「二人とも下がれ!!なんか知らねぇがヤバイ気配がする!」
カイトが二人の前に立ち正眼に剣を構えると同時、正面の建物のずっと奥、それも上部からドドドドドドドドと爆発が立て続いて建物が砕けるような音が響き出した。そして南の広場に向けて建つ大きな教会の屋上、教会のシンボルが砕けると同時。
「呪いを解くのをヤメろぉぉお!!」
いつか聞いた事のある声で黒い髪をふり、青い目に炎を宿し、翼化と見まがうほどの大剣を広げ上空に映し出されていた元凶が飛びかかって来たのだった。




