王都襲撃 表
大きな振動のあと、王都に一瞬の静寂が訪れた。
人で賑わう王都は、どこに出てもこれまで以上に多くに人行き交い、多くの人が暮らしていた。その喧騒が、ほんの一瞬止まり裏庭の扉を開けた時には私の足音と開かれる扉の蝶番が擦れるキィっという音がやけに響いた。
『いよいよね』
「うん、あ、その前に」
裏庭に続く扉を閉める前に爪先に魔力を集め、伸びた青い刃で分厚い木の扉に“南に逃げて”と大きく刻む。扉を閉め裏庭から正面に見える王城を見上げると同時、静寂を吹き飛ばし地面を揺らすような叫びや悲鳴、怒号が沸き起こると自然と拳に力が入った。
『緊張してるのリーフ』
「ううん、これで災厄の悪夢に効くって考えると体の底から力が沸き上がるの」
裏庭の石畳が割れる程強く踏み込み駆け出すと塀も生垣も飛び越えて一直線に駆け抜ける。貴族の敷地も街道も関係ない、ただ早く、ただ速く。
「おいで!始祖に元祖!」
飛ぶように掛けると眼前に空に向かう道路のような高い城壁が聳え立つのが見える。でも、そんな障害物に今更構ってなんていられない。駆け抜けながら両手に大剣を呼び出すと剣を翼のように構え塀に向かって二本を投げつける。大剣が暴力的な重量で城壁に当たると同時、堅牢に見える壁を砕き突き刺さる。
「いくよセルティ!換装、呪いのドレス!」
『ふふ、シルクの震えて喜ぶ様、リーフにも見せてあげたいわ』
ドンッと、衝撃で王城前の道が陥没するほどの蹴り込みで飛び上がると突き刺さった大剣を足掛かりに上へ、さらに上へと駆け上がる。大剣は踏み抜くと同時に内界の黒い沼に落とし二本目を駆けあがり遂に城壁を眼下に見下すほどに飛び上がると、城壁の上に立つ髪が銀色に染まりかけたクレスと目が合う。
「待ってたよリーフ。クフフ、吹き飛べ!荷電粒子連弾」
滞空中の浮遊感に包まれる中、クレスが突き出した手先から人を呑み込めるほど大きな光の玉たちが目にも止まらぬ速さで放たれると同時、ドンドンドンと目の前に広がる視界を覆う程大きな王城の最上階を砕き吹き飛んでいった。
「さぁ、始めようかリーフ。氷盤、巻き上がれ風渦」
「ありがとうクレス!」
ふわりとスカートが膨らむ程度に体が落ち始めたると下が透けて見える氷の板に着地、すぐに吹き荒れる風の渦に巻きあげられ、ゆっくりと氷の板が上へ上へと昇りだす。屋根を失った王城の中で私を見上げ腰を抜かしている王冠を被った男や、髪の束が頭からずり落ちた豪華な服をまとった男、尻餅をつく甲冑の兵士たちが声も出ない様子で私を見上げていた。
「穿ち貫き臓を灼き、踠き跑く遺志すら残さず――」
響き渡るクレスの声に呼応して私の立つ氷の板を囲むように光の幾何学模様が広がると陽が傾き紅く染まり始めた空を塞ぐように空を分厚い雲が覆い始める。
「――集い巡りて髄を焼き、怯え逃げ出す意志も許さじ――」
私を囲む幾何学模様が分裂し数を増やすと、空に向け青い光の筋を立ち上げた。雲間に光の筋が届くと、ゴロゴロと腹の底に響くような音を立て青い稲光が走り空を暗く覆い隠した雲から地上を照らす光が瞬いた。
王城内が俄かに騒がしくなり、王をどうのとバタついたあと杖を持った一団が私や空に向け杖を向け火の球や水の球を思い思いに打ち出すが、私を取り囲む幾何学模様が揺らめくとバチバチと電気が走り打ち出された魔法どころか掲げられた杖までも砕いた。
「クフ、クフフフッさぁ、さぁっ、さぁっ!ご自慢の兵力とやらで俺の魔法をかき消してみなよ!ねぇ、ねぇっ、ねぇったら!こんな大昔の魔法なんてどうってことないんだろ!?クフ、クハハハハ、さぁ、さぁっ、さぁっ!猛り狂える姿を映せ幻影展覧!」
クレスの笑い声をかき消すように混乱しきった王城からは、蜘蛛の子を散らすように人が散っていく、俯くように下を見たまま視界を少し前に移せば貴族街のいたるところで豪奢な屋敷の庭から空を見上げる人がいることが分かる。
目を瞑り大きく息を吸って呼吸を整える。クレスの思い描いた通り暗雲に走る稲光、吹き飛ぶ王城最上階、あとは私に掛かっている。台本だって覚えてる。きちんと我こそは呪いの魔王から始めてやりきってやる。災厄の悪夢ギルバートの思い描く絵図を破りきるために。
ヴヴンと音を立てた方を薄く目を開いて見やると王城よりも大きく私の全身を映した像が見える。幻影の像が映ると同時に心臓が跳ねる程の衝撃が全身を駆け巡る。嬉しくて楽しくてたまらない、笑い転げ大騒ぎしたい、頭の先から足の先まで包まれる歓喜。
『ふふふ、恐怖。それもとびっきりよ?なにせ、王国中の人間が何が起きたか分からない不安を今、リーフ、貴女に向けているのだから』
フフ、ククク、アハッアハハハハハハ――
心地いい――
不安に駆られ恐怖に竦む心が、平和を壊し平穏を崩すことへの恨みが、空を覆い光を閉ざされ暗闇に対する慄きが、そのどれもが日常を壊している中心にいる私に向いている。
アハハハハハハハハハハハハハハハハ―――
どこからか聞こえてくる笑い声、それを自分が発しているなんて気づきもしなかった。恐怖が力になり全身から溢れだす。意識する間もなく溢れだした力の奔流は拡声器の魔石を満たし、私の笑い声が王国中を包むように湧き上がる。
歓喜に支配され抑えれなかった衝動に呼応するように呪いのドレスは波打つリボンを伸ばし広げ、私を遠巻きに囲むようにこれまで出したこともないような規模で内界顕現の黒い沼が膜の様に広がった。
「怖い?ねぇ、怖いんでしょ?」
笑い声が収まり語り掛けるような声が王都にくまなく響く。誰も彼もが一言も発していないような静けさの中、私の声だけが響くと、震えるほどの快感が全身を駆け抜ける。あまりの快感に瞳を蕩けさせるようにして微笑みかける。
「昨日までの平和は楽しかった?今日までの平穏には感謝した?今までの日常を泣いて喜んで生きて来れた?」
持っていることを忘れるほど軽い大剣を小指に引っ掛けるようにしたまま人差し指で唇を撫でた。
楽しさが伝番するように内界顕現の黒い沼から黒い汚泥に塗れた羊の頭がぼたぼたと地上に落ちていく。羊の頭を追うように牛程の大きさから更に一回り大きくなった地竜が同じように落ちては着地と同時に城壁を砕いた。
「フフフ、アハハハハ、終わりなの!もう何もかも、平和な日常も、平穏な生活も、王国の歴史も何もかも」
王城に庭に集まった集団が恐怖に包まれながら矢を射かけて来る。王城のバルコニーに集まった集団が火の球を集め炎の渦を噴きつけて来る。内界の黒い沼から赤い塊が炎の渦に向かって飛び出すと爆ぜるようにして炎が掻き消え、代わりに地上から王城の高さに迫る火柱が立ち上がり飛来する矢を焼き尽くした。火柱が収まると中から出てきたフレアが被膜の翼を羽ばたかせ私の傍に落ちたち跪く。
「知ってる?ペアレンテージという街は、一人残らず魔物の餌、誰も逃けられず死に尽くしたの。知ってる?ガングリオン領の破滅の園が大氾濫するほどの魔物と共に氷漬けになったこと」
両の大剣を真上に掲げるとウルザが向かう予定の西門に目をやり片方を振り下ろす。微かに聞こえるクレスの声と杖の光に呼応するように遥か西の彼方で空から雨のような落雷が落ち轟音を響かせたと思えば、落雷があった大地が逆襲するかのように地上から天に上る雷が立ち上がり王都全体が微かに揺れた。
東に目をやりもう一本も振り下ろすと、遥か彼方にも関わらず氷柱が落ちる様子が目視で観測できた。氷柱が落ちる度に落雷に負けない轟音が響き、大地を揺らした。ゴゴゴゴゴと徐々に音が大きくなると氷の粒が稲光に反射しながら広がっていくのが見える。その奥の方にこれまで無かった氷山が形成され王都からも見える程大きな姿を現した。
「アハハハハハハ見える?ねぇ見えた?東からは深淵の闇が、西からは絶望の軍勢がここを目指してきてるの。くふ、ふふふふ怖いんだ、怖いんでしょ。はぁ心地いい、みんな、みんな私が怖くて仕方ないのね」
人々の不安が、恐怖が、日常を壊した恨む心が私に集まる度に笑いが堪えられなくなる。私の笑い声に反応するように周囲に浮かぶ湖面のようになった内界顕現の黒い幕がどんどん広がって行き黒い汚泥に塗れたような砕けた鎧や折れた剣、輪切りにされた大蛇の死骸が空から落ちていく。
黒い湖面はそれだけでなく黒い霧を発生させ王城から貴族街、貴族街から市民街に爆発的な勢いで広がって行き王都を呑み込む。王都は今や薄暗い黒い霧に満たされていく。誰もが空を見上げ顔を上げている。建物の屋根や高台にボタボタと落ちた汚泥に塗れた者たちが周囲の黒い霧を集めるかのようにして体を作っていく。目を紅く光らせた首だけの羊は体とくっつき、ふすまに刻まれた地竜は生前より大きな体を得て空に向けて雄叫びをあげる。
「さぁ、さぁっ、さぁ!逃げてみせなさいよ、アハ、アハハハハハハ、私の魔物たちから!東西の軍勢から北の大帝国から!!醜くとも踠いて跑いてみせなさい!!」
落雷が城壁を崩す。建物の屋根から地竜が羊が、破滅の園で屠って来た甲冑の魔物が地上へ飛び出すと地を踏み鳴らし、呆然と立ち尽くす周囲の人間を威嚇する。
「怯え震えて逃げまどえ!我こそは呪怨の女帝リーフ=セルティネイキア!!」
街中に満ち溢れる黒い靄が全ての人間に纏わりつくと、手足を振るおうが離れる様子のない靄にそこかしこから恐怖で喉がヒクつくような短い悲鳴が上がる。黒い靄を厚く纏い地面を踏みしめるように前に出て牙を、蹄を、剣を打ちならす魔物達の姿についに一人の女性が悲鳴を上げた。女性の悲鳴を皮切りに王都は音叉のように共鳴する悲鳴で阿鼻叫喚の様相を呈した。
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