始まりの合図
たくさんの人で賑わう王都入り口付近の露天街を抜けると石組で丈夫に作られた民家が立ち並ぶ市民街に出た。どの家も丈夫な作りをしているように見えるのは、万が一外から攻められるようなことがあった時に壁になる役割もあるんだと思う。露天街は真っすぐ抜けられたのに市民街はグルグル回らないと向こう側に行けない作りになっていた。
「それにしても広いね。王都っていってもガングリオンよりちょっと大きい位かなって思ってた」
『王政を敷いているのなら、最大の都市で最大の防衛能力があるはずよ。それこそガングリオンが陥落しても耐えられなければ国の存亡の危機に陥ってしまうもの』
「それにしても大きすぎるんだけど」
『フフ、心配になってきたのかしら』
「ううん、呪いの魔王さまとしては上等って感じ」
『あはは流石ねリーフ。なんだかこうしてリーフとだけいるのも久しぶりな気がするわ』
小さくなっていても不安に駆られてもやることもやれることも変わらないんだから、むしろここで私たちが上手くやれば災厄の悪夢に大打撃を与えられると思うと楽しくすらなってくる。
口角をあげて足取り軽やかに街を進んで行く。猫耳は最大限寝かせてるから外からは少し跳ねた髪のようにしか見えないようにして石やレンガで組まれた民家を抜けていくと露天街とは違う民家を改造したようなお店が姿を現す。野菜や果物、肉を売っていたり布地や薬草などを生活に根差したものを売っている市場、そこから先は木造の家も目立つようになってきた。遠くに見える王城を目印に木造の家々を抜けていくとパァッと視界が開ける。
石畳が敷かれた大きな広場では足に馬車も多く目に映る。馬は足に何か履いているようでカポカポと鳴る音が小さく聞こえる。広場にも多くの人が行きかっていて奥の方に剣や槍、鎧や盾を軒先に並べるお店も見せる。
「街を抜けて来たのに、また街に入ったような気がする」
『王城を囲うように何重にも防御陣が組めるように街がつくられているのね。クレスも王城を中心に同心円上に街が作られてるって言っていたじゃない』
「だいぶ歩いたと思うのに王城までまだまだある……これ王城の向こう側にも同じくらい広がってるってことでしょ。学校とかすごく遠い子とかいそう」
『リーフのところと違って学校も沢山あるんじゃないかしら。それにこの先にある貴族の子達なら送迎や寮がある学校に通うのでしょ。どこの世界も金持ちの利用する仕組みなんて似たようなものよ』
広場を武器が並ぶ軒先に向かって進んで行く。剣や槍を携えた通行人も増えた気がする。
たくさんの人が行きかうのは、どこを歩いていても同じだけど広場を抜けた先は王都に入ってすぐの市民街より大きな岩のような石組で組まれた大きな建物が目立つ。冒険者風のグループが行く先を眺めていると奥にカウンターがあり冒険者がたむろする建物があるのに気づく。ガングリオンにあった冒険者ギルドよりずっと立派な冒険者ギルドだった。
「ガングリオンよりも身綺麗なのが多い」
『その感想もどうかと思うけれど、そのようね』
ガングリオンの冒険者どもといえば私を棺引きなどと呼びやがった半裸の筋肉ダルマや顔に傷を付けている割には小心者の中年剣士のような奴らしかいなかったが王都の冒険者ギルドは美男美女もいる。長身に長髪を靡かせる剣士に、これから川にでも入るのかといった下着のような服を着てマント靡かせる女性、風も吹いていないのに風感を表現するのが王都の流行りなんだろうか。
「筋肉もなさそうなのが多いけど、強いのかな王都の冒険者」
「おっと、聞き捨てならないことを呟くお嬢さん」
口を突いて出てしまった疑問に対し、ただの人混みと化していた男が反応した。首からは銅色のプレートを下げ、金色の長髪を手で掬いながら私の前に来ると上から下まで眺めてから手のひらをあげ見下すように溜息を吐く。
「どこの田舎から出てきているか知らないがお嬢さん、王都の冒険者ギルドこそこの国最高の冒険者が集まる場所さ。田舎の肉体労働者のような冒険者と違って力をあげる魔道具、足を速める魔道具、荷物を軽くする魔道具、炎にも冷気にも効果を発揮する鎧に木をも斬り倒す切れ味を持つ剣。それらを揃えられるようにならなければ王都では恥ずかしくて冒険者なんて名乗れないんだよ」
突然語りだした金髪の長髪野郎の後ろから似たような恰好をした男が前に出て来る。
「見るからに君はどこかの召使い、王都ではね金もなく力も無く、こき使われるだけの存在が、高尚な我ら冒険者を目にするだけでもありがたいと思うべきなんだよ。君が年老いるまで働いても買えないような武具を身に付け、王都の危機を自発的に取り除きにいく我々を敬ってしかるべきだ。なんならその体で労ってくれても構わない。君が奉仕したいというのなら受け入れてあげなくもないよ」
「いいえ、失礼なことを言ってしまったのなら謝るわ。ごめんなさい、私急いでるの」
冒険者ギルドの入り口を中を見ながら横切っていくと、鎧や剣、斧に魔石を嵌めた冒険者が目立つ。これまで見てきた冒険者は武器は武骨だし、ウルザの槍も魔石が入っているらしいけど見えるところにないから気にしてなかったけど、王都の冒険者は煌びやかな人が多い。
足早に冒険者ギルドを横切ると近づくほどに見上げるような王城に向かう。後ろからさっきの冒険者が嘲笑うのが聞こえる。
『いいのかしらリーフ、ぶっ飛ばさなくて』
「うん」
石畳の敷かれた広場を抜けると豪華な建物が広がる区画に出る。周囲は道幅も大きく、どの屋敷も堅牢な作りでお城に向かう道を塞ぐように立派な庭付きの邸宅が軒を連ねる。
貴族街とかいうところなんだと思うけど、身近にいた貴族が怨敵ギルバート位しか思いつかないし、引きこもっていたギルバートについては授業で偉い人だって習う位で何がどう偉いのかイマイチぴんと来ないけど、まわりの庭で働いている人たちはルル先生から借りた服より立派な服に身を包んでいるのに箒で門の周りを掃いていたり、買い物かごを下げて歩いていたり、すれ違いざまに鼻で笑うような人もいた。人とすれ違う度に少し気分が晴れるのは……
『これは蔑みね。見下して馬鹿にしてるようね』
「それで気分が晴れやかになるって色々まずくない!?」
『公言してしまうと変態の仲間入りね』
「セルティまで認めちゃダメじゃない!」
ウルザの言うヤバイ奴感が別の方向にも食指を伸ばしたようなヤバイ奴な気がする。セルティと久しぶり二人で話していると特に大きな庭の広がる屋敷の前で恰幅のよい女性が腕を組み足先をパタパタといら立ちを露わに周囲を見渡している。
バチッと音が立つかのような目の合い方をするとツカツカとこっちに向かって歩きて来る。
「遅いじゃないか!どこをほっつき歩いてたんだい?本当なら、あんたみたいなのは即刻解雇なんだけどね、今は人でも時間も惜しいから仕方なく雇ってあげるんだ。行くよ!」
「あの、ちょっと多分人違いだと思います」
「うるさいね、こんな時間そんな格好で手ぶら、それに最低限使用人の恰好までして何言ってんだい。この顔をよく覚えておきな、あたしがメイド長だからね。ほら、ついてきな」
背丈も男性のようにある恰幅のいい女性。髪をひっ詰めた団子に白いカバーを被せ、メイド服の下に鎧でも着込んでいるのかという肩をいからせ私の手を掴むとグイグイと進んで行く。何度人違いだと言っても遅刻の理由にしてはお粗末だと取りつく島もなく、引かれるに任せている内に大きな庭を横切り屋敷の裏側へ連れていかれた。
「いいかい、良くお聞き。今このお屋敷にはね、この国を救わんとする、それは偉ぁいお人がお使いになっているんだ。この裏庭をご覧」
立派な屋敷の表側は綺麗なバラや形の良い植栽で彩られていたが、目の前に広がる裏庭は高い外壁で囲まれ同じ位広さがあるにも関わらず切れ込みの入った石像、石畳はほとんどが割れいたるところに穴が開き、私の体ほどの大きさがある岩がいくつも立ち並んでいるが形も歪で近くには砕けた岩が転がっていた。
「本当はね、あんたには午前中にここの岩を片付けてもらう予定だったんだ。それがみな、もう真昼も過ぎて陽も傾いてるじゃないか。初日とは言え、あたしゃ容赦しないよ。転がってる石片を寄せるなりなんなりして片づけな。それと夕方にはこの辺をお使いだってことだからこの大岩、二つくらいどけておくんだ。いいね。終わるまであんたにゃ夕飯を出さないからね」
こっちの反論を許さず、話し出そうとすれば手を出して止め、言いたいことだけ言って恰幅の良い女性は肩をいからせ屋敷の中へ去って行った。
「いやいやいや、だって私じゃないんだもん!」
『丁度いいじゃない、クレスにも潜伏しているよう言われたけれど、リーフ、貴女上手に隠れているなんてきっと無理よ。さっきの冒険者みたいなのに絡まれて手がでるより余程隠れるのに向いているわ』
「誰彼構わず手を出すみたいな言い方やめてよ。私だって、ちゃんと考えてるんだもん」
ちゃんと考えた結果、クレス、ウルザは成敗することにしたんだけど、誰彼構わず殴り倒してるわけじゃないんだもん。
でも、セルティの言うようにお城もここからなら走ればすぐ着く。クレスが騒ぎを起こしたら城に突っ込めって言われてるんだけど、それまでまだ結構時間がある。目立たず騒ぎにならず城も近い。うん、確かにありにはありなのかも。
「どんな合図か分かんないけど、ここで時間つぶすの悪くないかも」
『でしょ?なら最低限、それらしく振る舞わなければならないわね』
「そうね。とりあえず石砕いていこ。おいで一号、二号」
足元の黒い沼から黒く大きな全身甲冑二体が腕を組みながら現れる。ズズズズと音が聞こえるような威圧感を発しながら全身が出ると二体は突然がっぷりと手のひらを合わせながら押し合いを始めた。
『我こそが元祖!不朽不壊の魔剣、一号!!』
『我こそが始祖!不朽不壊の魔剣、一号!!』
ガンッと鈍い音を立て手を離すとお互い全身をしならせるようにしながら拳を繰り出す。全く同じ動きでお互いの兜を捉えるとズシンと衝撃が膝に響くような音を立てながら殴りあいを始めた。
『リーフ、一号二号ってこの子たちのこと?』
「同じような剣だし、分かりやすいでしょ」
『駄目よ、番号付けたら一を取りに行きたくなるじゃない。』
ドシンドシンと音が立つたびに石畳のヒビが増えていく。兜の大きな牛の角のようなものを掴み合い頭突きをしだすと、ただでさえ大きな音が余計大きくなってくる。
「うるっさいね新入り!!あんたぁなぁに考えてんだい!!」
ばぁんと音を立て扉が開くのに合わせて魔剣たちを黒い沼に落とす。何とか魔剣たちは沈み切ったけど、メイド長の怒りは足音に現れるくらい上昇中みたい。
ただでさえ広い肩幅を左右にいからせるように歩いてくるとメイド長が声をあげた。
「ここはねぇ!お貴族様たちのお屋敷がズラーっと建ち並んでるんだ!バカのあんたにも分かりやすく言っておいてあげるよ!いいかい?近所迷惑だから、もっと静かにやんな!!」
「はい」
流石に私じゃ無いとは言い出せない。私じゃない訳でもないし……
メイド長が同じ歩き方で屋敷に帰っていくのを見届けて黒い沼から大剣を引き抜く。右の大剣からは我こそが元祖、左からは我こそは始祖ってさっきと同じ思いが伝わってくる。
「じゃあ元祖と始祖でいいかな。ほら、石砕くから気合いれて」
『ふふ、いいのねそれで。魔剣も納得したみたいよ』
厚みのある大剣を振るう。以前よりも重くなっている気がするけど、なんだかずっと振りやすくなった気もする。拳ほど厚みのある峰で岩を打つと爆発するように岩が砕け散っていく。
「うそっ、ふっとんだよセルティ」
『そうね見てるから分かるわ。言ったじゃない強くなってるって』
バカンバカンと音を立て私の身長程ある岩が次々と砕け散っていく。不朽不壊の魔剣、元祖と始祖の振り心地を確かめている内に目に映る岩も石像も全て石ころに姿を変えた。
近場の数個を片付けておけって言われてたけど、目につくの全部壊してしまった……うん、大丈夫。バレない内に出ていけば大丈夫。
内界の黒い沼を足元に広げ両手の魔剣を沈めていくと誰かを呼んだ覚えもないのに何かがゴポゴポと音を立てせり上がってくる。眺めていると銀の美しい長髪を緩くウェーブさせ黒いドレスを身に纏う女性が私に背を向け肩を震わせた状態で現れた。
「リーフ様、わたくし以外のものに袖を通すなんて酷い仕打ちですわ……」
美人なんだけど幸の薄そうな令嬢。そんな印象の令嬢がさめざめと涙を流しながら振り向いた。ある種の中毒性のある魅力、嫉妬深そうな目つきで眉を寄せ振り向くと同時に飛び掛かってきた。
「もしかしてドレスの?」
サッと抱きつこうと飛び掛かって来た令嬢を避ける。令嬢も機敏な動きで避けた先を追って飛びかかってくる。
「そうですわ!このシルクこそがリーフ様を最もお守りしているのに、そんな布切れ引き裂いてやりますわ!」
「落ち着いて、落ち着いて、えっと……シルク?」
睨み付けるようにルル先生から借りた制服に飛び掛かり引き裂こうとする令嬢の両手を受け止めると、呼びかけに反応して見る見る険しい表情が和らいでいった。
シルクは落ち着かせると、昔王都の貴族から婚約の証として贈られたドレスを身に纏い婚約発表の会場に行くと婚約者と見知らぬ女性から身に覚えのない罪を着せられ会場で毒をあおり亡くなった恨みから呪いとなったことを胸を張って話しだしたんだけど、エピソードが雰囲気に合い過ぎててどう反応していいか分からない。
「という訳で幸せになる私の勝負服だったのに、私以外がこのドレスを着て幸せになろうとするのを阻んでいたらリーフ様との運命の出会いを果たせた訳ですの」
「うん」
「リーフ様との出会いわたくし忘れられません。臓腑が腐り落ちる呪いも、全身が壊死しはじめる呪いも、一日の半分は呼吸が出来なくなる呪いもどれもリーフ様を元気にするだけだったなんて。わたくし、あの日、あぁわたくしの運命の人はリーフ様だったんだって、この人をお守りするためにわたくしは生まれたんだって心から生まれ変わる思いがしましたの。一度死んでるんですけれど、ふふふ」
シルクを落ち着かせ座らせた正面で話を聞くと、あの商人本当にとんでもないの贈ってきやがったらしい。そりゃあルル先生も青ざめます。
「リーフ様のお力で、わたくし今ならリーフ様以外が着ようものなら三秒でミイラに出来ますわ」
私の手を握ると目をキラキラさせながら話す内容が物騒。ウルザの言葉どおりなのが癪なんだけど、もっとこう、もう少しまともな子いないのかな呪物の子たち。
明るく不幸話をするシルクを半眼で眺めていると、またガチャリと屋敷の扉が開く音がした。慌てて足元に黒い沼を広げよとしたがスクッと立ち上がったシルクが私を手のひらで制し扉を開けて出てきたメイド長に向かって歩きだす。
「新入りぃ、またうるっさいんだよあんた!って、お見苦しいところ、失礼いたしました。どちらのお嬢様か存じませんが当屋敷に何か御用がおありでしょうか?当家のメイドが案内もしなかったようで大変失礼いたしました」
「フフフ、いいんですわ。わたくしこそ挨拶もせずに敷地に入ってしまいお恥ずかしいわ。通りを歩いていたら不思議な音に導かれて、こちらのリーフ様の働きぶりに魅入ってしまったんですの。こんな働き者いないわ、貴家は余程良い人材の伝手があるのね。わたくし羨ましく思うわ」
「へへぇ、いいえ勿体なきお言葉、ただ、どちらの令嬢様か存じ上げませんが当家は王国勇者様方の屋敷、留守の間とは言え前触れのないご訪問はお控えいただければ幸いに存じます」
「全く、わたくしったらはしたない真似をして迷惑をかけてしまったわね。すぐにお暇するわ。けれど、勇者様方がお留守ならもう少しリーフ様のお仕事ぶり拝見しては駄目かしら。大丈夫よ、わたくし勇者様方に取り入るつもりなんてありませんもの。ほんの数刻で結構なのだけれど、お屋敷にだって入ったりしないわ」
メイド長を前に凛とした佇まいで当然のように我が儘を通そうとするシルクは、どこから見ても良いところのお嬢様であった。メイド長は遠回しに出ていくように促していたが、どれも聞く耳を持たないといった返答を重ねるシルクに対し、ついにメイド長が大きなため息をついて折れた。
「新入り、リーフとか言ったね。あんた、早めに外の作業進めるんだよ!早くだよ、それにあんた、し、ず、か、に、ね!シルク様、リーフも雇われの身です、中の仕事に戻るまでの間は結構ですが、決して御止めにならないようお願い申し上げます」
「えぇ、勿論ですわ」
にこやかに返すシルクを見てメイド長はバツが悪そうに裏口から屋敷に戻って行った。
「すごいじゃないシルク!私、あの人に無理やり連れてこられたのに」
「ふふ、我がままを通す時ほど優雅に、笑顔で圧をかけてがコツですわリーフ様。今日の晴れ舞台、わたくし一世一代の呪いを持ってリーフ様をお支えする所存ですの!」
ルル先生とは違った女子力を感じさせたシルクだったが、やはり呪いのドレスに変わりなかった。ヤル気に満ちたシルクはヤル気が行き過ぎたのか再び服を裂こうと飛びかかって来たので黒い沼に沈んで退場いただいた。いつかお礼をと思っていたのにお礼を述べさせる隙も与えない残念感。レゼルやノワール、フレアそれぞれに思うところがあるけど、シルクも負けてない事だけはハッキリした。
『普段は、とてもいい子なのよ。呪えば呪うほど強くなるリーフを見て、次はミイラ化の呪い、次は爪が剥がれ落ちる呪いって次々新しい呪いを編み出してリーフを支えて、ドレスとしても強くなって』
「ちょっと待って、シルクって私にそんな呪いかけてるの!?」
『そうね。精神崩壊に壊死、五感喪失に短命化、ミイラ化に爪剥ぎ、呼吸封印に……あと何だったかしら』
「死ぬ死ぬ、死んじゃうじゃない!」
『呪われれば呪われるほど強化になるんだからメリットしかないわよ?』
ルル先生が、着たら死ぬって冗談だと思ってたけど、冗談じゃないほど呪いてんこ盛りだった。というか呪われれば呪われるほど強化されて、恨みつらみ嫉妬で強くなるって。
「私ヤバイ奴じゃん!」
『冒険者の世界じゃ化け物って褒め言葉らしいわよ』
「冒険者の世界じゃないところで、いつか普通に暮らすのが理想なの」
『アハハハハ、リーフの冗談も中々のものになってきたわよね』
冗談じゃないのに、と話しながらめぼしい石を集め終わると陽も段々と傾いて来た。屋敷の裏口を開けると雑巾を柄の先に付けた道具を構えメイド長が待ち構えていた。
「うるっさいと思ったけど、ずいぶん早いじゃないのさ。きちんと仕事はおわったんだろうね。さっきのお嬢様は帰ったんだろうね」
「石は片付け終わったしシルクは帰っていったわ」
「口が裂けてもお貴族様を呼び捨てにするんじゃないよ。はんっまぁいい、着いておいで」
メイド長は鼻を鳴らしてツカツカと歩き出した。後をついて行くと屋敷の奥の方にある古びた扉を開ける。
「ほら、入んな」
おそるおそる中を見ると、メイド長に似た服を着た女の子達が数人、木製の長机に座ってこちらを見ている。
「ほら、どうしたのさ。早く入んな。みんな良くお聞き、この子が新入りさね。遅くに来た割には仕事は早いよ。外の大岩を一刻と掛からず片づけたんだからね。あたしも目を疑ったよ」
「あははは、メイド長こわかったでしょ、ほらこっちに座って。一緒に食べよっ」
「ふふ、メイド長と初めて会って泣いていないなら貴女きっとここでも上手くやっていけるわ」
「あんた達ね、あたしゃみーんなに優しくしてるだろうが」
「メイド長にはお世話になってますけど、初めての子には伝わらないんですよ。だって怖いんだもん」
数人いるメイド達が一斉に騒ぐ中メイド長に手を引かれ背中を叩かれる。
「さ、あんた自己紹介しな。この子らがあんたの仕事仲間さね」
「……リーフ、ここに来るまでは冒険者をやっていたわ」
メイド長に促されるままに名乗る。ここに来るまで冒険者をやっていたのも嘘は言ってない嘘は。ただ今も冒険者と名乗っていいのか分からないし夕方からは呪いの魔王ですとも言えない。
「えー!すごい!お話きかせてっほらココ座って」
「食事を済ませて仕事終わった夜にしな。あんた達、あとでリーフ部屋に案内してって、頼まなくてもしてくれそうね。リーフといったね、いつまで立ってるんだい。早く座んな」
キャッキャと話す女の子達にダンジョンの話の中でルル先生も引かなかった鎧を着たやつをお湯に沈めたり、部屋に入る前に槍を投げておくと安全といった話をしながら質素な食事をとり、今度は女の子達について窓掃除をしながら屋敷を回って行った。
メイド長に岩を砕きすぎたことを叱られたり、買い出しの荷物持ちをしたりしている内に陽が傾き始める。食堂でニンジンやジャガイモの皮を剥いているとメイドの女の子達が楽しそうに話し始める。
「ここね、今勇者さまや聖女さまが使ってるんだけど、すっごくカッコイイの。何かの間違いで私も仲良くなれないかなぁ」
「あんたねぇ、ものすごく美人な聖女様たちがいるのに私達なんかに見向きする訳無いでしょ」
「えー夢みたっていいじゃない。あ、でもリーフ……呼び捨てでもいい?」
「えぇ、もちろん」
「リーフは整ってるよね、私メイド長に連れて来られた時にドキッとしちゃったもん。瞳がキレイ……なんて……いうか……」
『リーフ、目を逸らせてあげなさい。貴女に魅入って意識が遠のいてるわ』
何それ!?私、普通に目が合ってるだけで、このメイドさんの意識とばしかけてるってこと?ヤバイ奴どころか、もう危ない奴になってるじゃない。慌てて首を振り目線を逸らせると眠そうになっていた子がまたはきはきと喋り出す。
「そうそう、もしリーフが勇者様たちに話しかけられたら私達にも声かけてね!もしかしたらのチャンス、独り占めしちゃダメだからね」
「もう、この子ったら、そんなので呼ばれてもチャンスなんてないわ。リーフも、この子の言う事なんて真に受けなくていいの。さっ手を動かして仕事を終わらせてしまいましょ」
この屋敷は勇者とか呼ばれているパーティーの屋敷らしい。前に救世主ご一行様とは会ったことあるけど、結構どこにでもいるものなのね勇者。
王都の冒険者ギルドから何となく王都の人ってお高くとまってる印象だったけど、一緒に皮むきをしてる子たちは普通だった。私がペアレンテージにいてもこうやって働いてたかもって思える空気が今は少し遠くに感じる。
窓に目をやると少しずつ陽が落ち始めている。夕方にはまだ少し時間があるけど、もう遠くない。そうやって窓を眺めているとドタドタドタと裏口の方から大きな足音が響き一人の女の子が走って皮むきをしている私たちの居る食堂に来て深く腰を折った。
「お、遅くなって申し訳ありません。馬が何故か怯えて馬車が進まなくて、走って来たんですけど、こんな夕方になってしまって、ごめんなさい!」
私と違い、メイド長やみんなと同じ服を着たその子が大きな声で謝り倒すと騒ぎを聞きつけたのかメイド長も息を切らせながら走って来る。
「あんた達、勇者様方がお戻りになるよ!ほらエントランスに並びにいくよ!ん?なんだいあんた」
「あ、あの、私、今日からここでお世話になる――」
「詳しい話はあとで聞くからあんたもおいで!ほらリーフあんたも行くよ!」
メイド長に急かされて今来たばかりのメイドさんも一緒に広いエントランスに向かうとエントランスでは、こんなにいたんだって思うくらい沢山の使用人が列を成していた。押されるがままメイドの列に並ぶと同時、玄関となっている大きな扉が開く。
「「「お帰りなさいませ」」」
「げっ」
多くの使用人が声を揃えて頭を下げるのに合わせて慌てて頭を下げる。街を歩く時から最大寝かせている猫耳を更にギュっと力を込めて髪にくっつける。
勇者や聖女って単語が飛び交うから、故郷ペアレンテージを出てからすぐに出会ったから、クレスの話でも昔からいるような話があったから、だから勇者って言うのは敬称か何かなんだって油断してた。
『あら、久しぶりね。相変わらず神の眷属が受肉したかのよう。いえ、以前よりもっと磨きが掛かっているわね』
獣耳狂いのレイド=アレイスター、まさかこんなところで会うなんて。これまで強い相手や勝てない相手っていうのは散々忠告してくれてたけど、唯一セルティが天敵とまで言った相手。
綺麗な髪を靡かせる聖女ローザ様に、賢者エレオノーラ様、それに猫耳狂いのレイドを運んで行ってくれたカイトさんまで……間違いない、勇者一行ってレイド達のことだったんだ。
頭を深く下げ少しだけ後ろに下がり周りの子達に紛れ込みながらレイド達が通り過ぎるのを待とうとすると、皆が一斉に姿勢を正す。ぎょっとする内心を表に出さないように同じく姿勢を正すと、それぞれ一歩下がり小さくお辞儀をした後で持ち場に戻っていくようだった。
『チャンスね。今しか去るタイミングが無いわ』
ガバッと体を起こすと一瞬レイドと目が合ったような気がしたが、すぐに体ごと振り返り裏庭に繋がる方へ一歩を踏み出す。力み過ぎて震えるほど猫耳をたたみ進もうとした時、あっと驚きを口にしたレイドの凛とした声がエントランスに響いた。
「レイド、どうかしたのか?」
「カイト、あの子だ。君、黒髪の君だ、ちょっと待ってくれないか」
自分ではないと割り切って歩みを進めようとするとメイド長が立ちはだかり私の腕を掴むとレイド達一行の前に一歩出た。
「お館様、新しく入ったものでございます。ほら、あんたお館様に挨拶をおし!」
「ぐっ」
『これは不味いわねリーフ』
仕方ない、目を瞑ったまま振り返り即座に頭を下げる。すると、先ほど息を切らして遅れてきたと話していた子が前に歩みだし同じように頭を下げた。
「あの、お館様のご高名は兼ねてより伺っております。わたし、その馬車が動かなくなってしまい初日なのに遅れてしまって大変申し訳ありませんでした。その、これから精いっぱい頑張りますので、よろしくお願いします」
「あ、あぁ馬車が遅れてしまったのなら仕方ないよ。うん」
「私も今日からお世話になります。作業がありますので失礼します」
あの子のおかげで流れにのって挨拶だけするとメイド長の腕を振り切り裏庭の方へと速足で歩いて逃げる。良かった、なんとかごまかせた。どうせ走ると文句を言われるのだからギリギリ許されそうな速足で廊下に差し掛かった時。
「待ちなあんた達、そんな挨拶があるかい!ほら、きちんと挨拶をおしリーフ!」
メイド長の一喝でレイドやカイト、ローザ、エレオノーラ、そしてリーフの動きが時が止まったかのように固まった。遅れてきた子とメイド長だけが動ける世界の中で話声こそ聞こえるが、誰も微動だにしない。
「リーフ……?」
レイドの呟きに振り向きかけたその時、窓から強烈な光が射しこみ地面を揺るがせるほどの衝撃が屋敷全体を襲った。一拍遅れてドォンと腹に響く重低音が鳴り響く。
「きゃあっ!」
「な、なんだ!?何が起こったってんだ!」
「落ち着け、みんなもまずは安全なところに!」
頭を押さえ身を屈める聖女、カイトも腰の剣に手を伸ばし玄関扉を乱暴に開け放つ。周囲の使用人全体に声を張り上げて隠れるよう指示を出しながらレイドも外へ出ると王都の南門の方角から、王城に近いここからも確認できる様な大きな土煙が立ち上がっていた。
「始まったわね」
『えぇ』
誰もが玄関から外を眺めている中、一人裏庭に向かって走り出した。