到着・潜入
「もういい加減諦めろってレイド」
「いや、もしかしたら王都に来ているかもしれないだろ?」
王都にある冒険者ギルドでレイド達四人は達成していた依頼の報告をしていた。聖女ローザが桃色の髪を揺らしながらカウンターで状況を説明し、悩ましいスタイルをしている賢者エレオノーラが胸を持ち上げるように腕を組みながらローザの報告を補助する。
「もう何か月も前に、少し会っただけだったろ?それも派手に嫌われた相手なんだ。見つかったって脈なんて無いんだから」
「いや、俺はリーフの無事を確かめたいだけで、やましい気持ちなんて無いんだ」
赤い短髪を掻きながらカイトは溜息をついてカウンターに向かう。カイトを見送ることなく王都にある冒険者ギルド本部の広間をレイドは眺め続けた。
王都のギルドから依頼を受けている途中、交易都市領主からの要請を受けペアレンテージの異変調査に向かってから数か月、凄惨な状況であったこともローザが不眠不休で浄化に努めたことも報告している。リューン領主への報告だけでなく、無論王都のギルドにも王城へ報告を上げるよう伝え状況を伝えた。
「唯一の生き残りかもしれないのなら、これからは平穏に生きていて欲しい。ただ、そう願っているだけなんだ」
誰に話すわけでも無くレイドは一人呟く。
確かに認めているところはある。レイド自身、動物が好きで特に犬や猫といった人懐っこい動物を愛してやまない。しかし、男としての好みは普通の女の子が好きだ。獣人族のように動物の特徴が大きく出ている種は人として見ることは出来ても異性としては見られない。
交易都市リューン領主の依頼も、初めは受けるつもりだって無かった。
神殿から神託として今代の勇者であると見初められ、聖女ローザや今代の賢者エレオノーラ、それに幼馴染で常に剣を打ち合った相棒のカイト、彼らとパーティーを組み王族や神殿の依頼を受けることにやりがいを感じている今、一領主の依頼をいちいち受けていたらキリがない。
大陸全土に影響を与える神殿の教皇から、高まる魔王再出現の対抗手段として日々腕を磨き、異変を調査するために冒険者や騎士では到底達成できないクエストを受ける日々の中で、そんな暇なんて無いことくら自覚もしている。
だけど、ペアレンテージの調査は外に一切姿を現さない四つ耳族という種族の無事を確認するといったものであった。人としての見た目に猫や犬などの獣耳を生やし、特い力もないことから自給自足で生活するという情報。普段であれば一介の冒険者が調査に出ただろう。しかし、この依頼は異変を感知した孤高の賢者が気にしているといった特殊性から、リューン領主が気を回し近くにいた僕らに声がかかったものだった。
見て見たい。
ただそれだけの想いが全身に走った。
愛してやまない動物たちの耳をつけた種族。獣の特性としては耳、中には尾をもつ者もいるがそれ以外は人と変わらない種族。そんなの絶対に可愛い。
そして向かった先で出会ったリーフ。全身が痺れるような衝撃に駆られた。ボロボロになりながらも強く生きようという意志、ピンと張った猫耳、街を襲った奴を強く恨むも復讐を誰に頼るでもなく自身で達成しようという決意、黒く毛並の良い獣耳、程よい肉厚でこれまで出会ったどんな猫よりも大きな猫耳、音や気配に反応して向きを変える獣耳、向きが変わる度に揺れる耳先の猫毛。手で触れ毛並や弾力を確かめたい猫耳、甘噛みでの噛み応えも確かめたい獣耳……
「ハッ……いけない。少し思い出に飲まれるところだった」
ギルドカウンターでの報告を終えたローザが大きな瞳を優しく緩め戻ってくる。ローザにも猫耳があればいいのに。おろしていたローブを被せローブの端をつまみ猫耳型に整える。うん、絶対に可愛い。
バチンっと頬から音が立つ、気づくと頬を膨らませ顔を赤くしたローザに頬を打たれたようだ。
「もうっレイドのバカ!行きましょエレオノーラ」
「はぁ、勇者様。妄想に飲まれるのまでは見逃すのですが、聖女様に失礼ですよ」
後ろからやってきたカイトに背中を叩かれ先に歩くローザ達について王城に程近い大きな屋敷への帰路につく。周囲を見渡しても獣の耳をつけた人間がどこにもいないことにレイドは誰よりも深いため息を吐いた。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ピクピクと揺れる猫耳の先を手で押さえながらキョロキョロと周りを確認する。人の気配も魔物の気配も正体不明な脅威の気配も何も感じないのに何故か緊張感で猫耳がこわばる。
「あ?どうしたよリーフ」
「何か、すごく嫌な感じがしたの。特にこの耳に」
地面に座り込み槍を布きれで磨くウルザが腰を上げ槍を握り左右に目線を走らせたあと、私の回答を聞くと眉根を寄せ、また槍磨きにもどる。
ガングリオンを出て走り続けること半日、少し小高い丘からは高い壁に囲まれた王都が見渡せる。これまで見てきたどんな都市より大きくて、まだかなり距離があるはずなのに向こう側が見えないほどに大きい。高い壁の中も遠くて一つひとつは見えなくても沢山の短手者が隙間を埋めるように建っていて、建物の数よりもずっと多くの人が生活してるんだと思う。
「こんな大きなとこなんて思ってなかった」
『ふふリーフ、自信でも無くなったのかしら?』
「ううん、全然。だってセルティの言う通りアレも出来たし」
『転ばない呪いに比べたらどうということは無いわ。でも折角リーフの力になるものをワザワザ使い捨てにするなんて勿体ないと思うけれどね』
ガサガサと木を揺らし木々を飛び移るようにしてクレスが戻って来た。ウルザは地面に座り込み槍を磨きながらクレスに顔を向けた。
「うん、やっぱり今日は、ここらへんで野営にしよう」
「クハハ東西にゃ魔物の軍勢が迫ってるっつーのに王都の連中も悠長なもんだな」
「街の中じゃあ、まだ要塞都市の情報は一切出回ってなかったからね。さて、それじゃあ最終確認をしておこう」
座り込むウルザの前にクレスもしゃがみこみ手に取った枝で地面に大きな円を描く。近くに行って円を眺めていると中央に小さく四角が追加された。
「この中央の城を囲う様に貴族街って言って貴族たちが住まう屋敷が並んでる。屋敷が広いのは万が一王都を攻められた際に防衛兵器や兵士を配置するためだからここら辺は広くなってる。ウルザの買い集めた拡声器の魔道具をまずは王城の周辺にあるここら辺に設置して来た」
クレスが四角の近くにバツ印を四つ、上下左右に書き足した。枝で更に周囲にバツを書き加えながら開いている左手の手前を輝かせインベントリから細い鎖の細工を取り出す。細くキラキラと輝く銀色の鎖の先にはソフィがいた怨霊の祠で拾った青くキレイな魔石が繊細な銀細工に嵌め込まれ見事なネックレスになっている。
「それでこれが拡声器の魔道具に声を届ける発信源」
「おいリーフ、クレスが我が物顔で出してっけど、拡声器集めたのも、このネックレスの仕立て頼んだのも俺だかんな」
「チッ、いいだろソコは口を挟まなくて」
「舌打ちすんな腹黒賢者、ナチュラルにリーフの首にかけようとしてんじゃ無ぇ」
ウルザがクレスの手からペンダントをもぐように奪い取ると私の前に突き出した。ゆらゆらと揺れる度に青い魔石がキラキラと陽の光を返し輝く。
「装飾品の一つも無きゃサマんなんねぇだろ。ま、こりゃ実用品だがな」
「魔力を集中させれば周囲五百歩以内の拡声器の魔道具が反応する。拡声器の魔道具が反応すると連鎖的に更に遠くの拡声器も反応していくって仕組みなんだ。今、ソフィが連鎖用の魔道具を市民街にも仕掛けてくれてるから後で迎えにいかなきゃね」
ウルザの手からキラキラと輝くネックレスを受け取りまじまじと見つめたあとで二人の顔をみると自然と言葉がこぼれた。
「ありがとう。すごくキレイ。きっと大事にするから」
ペアレンテージに住んでいるころからアクセサリーなんて貰ったことがない。そりゃ少しは憧れてはいても必要でもないものなので買おうとも思ったことがなかったけど、ラピスがいつも装飾品をみるたびに楽しそうに話していた気持ちが少し分かった気がする。
「おう、テメェの作戦が上手くいったら今度は実用品じゃねぇの贈ってやらぁ」
「リーフ、今度は僕が指輪を贈るから指は空けておいてね」
再びクレスの枝が地面の図を書き足していく。ソフィにはアイテムボックスになっている小さなカバンを持たせてクレスが置いた大型のものに比べ拡声音量こそ小さい卵程の拡声器の魔道具を大量に市民が住む建物で屋根が高い建物に設置を頼んでいるらしい。空を飛べることと魔力を使うとダンジョンにいた時の様に見つかりにくくなるとかでソフィ自ら役目を買って出てくれたらしい。ソフィって神さまの使徒とか言ってた気がするんだけどセルティや私の手伝いして大丈夫なのかな。
「話は戻るんだけど、リーフが登場するのは王城の真上になる」
「真上って、あの大っきなお城の屋根に登るの?」
図から目を離し王都を眺める。大きな城壁の他、どの建物だってほとんど判別つかないけど、奥の方にあるお城だけはハッキリ形が分かる。確かに見晴らしは良さそうではあるんだけど結構な高さな気がする。
「いや、もう少し上だね。邪魔な城壁をどけて上下を魔法で挟んでしばらく浮いて貰うことになる」
「なにそれ、私飛ぶの!?このドレス、スカートなんだけど」
『大丈夫よリーフ、ドレスの子も頑張るから任せてって言ってるし』
スカートを押さえながら反論するけど、ドレスの子はヤル気らしい。けど、頑張って何とかなるものなんだろうか。自動修復に汚れもしないし鉄よりも防御に優れるって優秀過ぎる気もする。ドレスの子には一度きちんとお礼をせねば。
「むしろ、そのドレスで出来ればリーフが時々だす黒い霧を纏うようにして浮いておいて欲しい。そのドレスも破滅の園にいた時のように少し派手な感じになってると一層良い。見た目の印象も大切だからね」
「クハハ、呪いの魔王様っつーインパクトが大事ってこった」
背中の帯が大きく膨らんで帯が膝の裏位まで伸びてくる。どうやらドレスはヤル気らしい。クレスやウルザを見ても服のことなんて当然といった感じで既に図に目を向けており、今更めくれないものに着替えたいとは言い出しにくい空気になっている。仕方なく図の近くに屈みこむとクレスの説明が再開される。
「蒸気を巻き上げて王城の上に雲の層をつくる。ここにリーフの様子を大きく投射する。光と幻惑の魔法に少し時間がかかるから何とか上手くごまかして見せるよ。上空に投射できたらいよいよリーフの口上だね。その魔石に魔力を籠めて始めてね」
「ま、実際始まっちまえば俺は暇ってワケだ」
「僕も口上が始まったらあとは魔法陣起動させるだけだし、手が空くから特等席で眺めるって言いたいところだけど、僕とウルザは念のため東西の城門に待機になる」
トントンとクレスの持つ枝が王都を示す円の左右を叩く。その更に左右を囲むように三角形が先を東西の城門に向ける形で書き加えられた。
「東から深淵の大洞の、西から絶望の塔の本隊が来るかもしれない。それもウルザの言う骨格標本みたいな奴が完全な状態でね」
クレスが左右の三角の先にバツを打つ。その後城門までの間にもいくつかバツを書き加えていく。
「雑兵は良い、先行部隊を吹き飛ばしたみたいに出来るだろうからね。けど、ダンジョンコアを宿した主は、きっと生きてここまでたどり着く……当然、勝てるんだろ?」
骸骨王と戦っていた時、何度も何度も諦めそうになった。ウルザだって勝てないからクレスを待とうとした。あれだけ強かった骸骨王も力をつけてから災厄の悪夢の元へって話してた。力を付けた骸骨王みたいな奴が王都を目指してるんだ。
ウルザが口角を上げ槍を握り直し立ち上がる。クレスが睨むようにしてウルザを見上げると、堪えられずといった様子でウルザが笑い始めた。
「クハハハハハ、おうおうおうおう、任せとけ!ちったぁ強くなったって所を見せてやんぜ」
「いや僕も反対側にいるから見えないしリーフも作戦が大詰めだから見られないんじゃないかな」
「言葉のあやだっつーの。テメェこそ舐めてかかって負けるなんてこたぁ無ぇんだろうな」
「もう舐めてかかったりしないさ」
クレスがそう言って口角をあげるとウルザも楽し気に声を出して笑った。
二人が東西の流れを止めている間に私には私にしか出来ないことをしていく。災厄の悪夢ギルバートが思い描く絵図を引き裂いてやる。
「決行は陽が傾いてから。それまで王都にバラバラに紛れこんでおきたいんだけど、僕らよりもリーフはそれまで服も変えて全然違う様子で紛れ込んでた方がいい」
「私服全然ないんだけど」
「あ?さすがにその戦闘服だけってこった無ぇだろ」
「クレス、ちょっと向こう向いて背中かして、換装、普通の服。いいでしょセルティ?」
『まぁ仕方ないわね』
クレスの背中に回りこみ久しぶりに袖を通す元は白かったワンピース。ルル先生の渾身の洗濯でも落ちることのなかった返り血の染みがスカートを柄物のように仕立て上げている。
「あのドレスと無事な服はこれくらい」
「あー王都じゃなくても門番で止められんなソレ」
「ふふ、そんなこともあろうかと思ってルルさんに服を借りておいたから」
「どんなこともあろうかと思ったんだクレス」
インベントリの光の中からルル先生が普段来ている仕事着が出て来る。どうもクレスの話だと、ルル先生に相談したら制服を貸してくれたらしい。良く働くルル先生のメイド服に着替え直したけど少し胸のあたりが緩いので襟元の紐をきつく結んでおく。
『ドレスと違ってシンプルね。けれど似合ってるわリーフ』
「ふふふ、似合うと思ってたよリーフ。リーフはきっと何を着ても似合うから王都に入ってから一緒に服を買いに行くのもいいね」
「おいコラ色ボケ賢者、テメェがバラバラんなって王都に潜伏しとけっつったんだろうが」
丘の上から王都を目指し再び歩を進める。誰ともなく足早になり走り出すと霞むほど遠くにあった王都が近づくにつれ城壁が自分の目線よりも高くなり王都に入るために並ぶ人影がみえるようになるころには城壁は見上げるのに首が痛みそうな程大きなものとなっていた。
行列の最後尾にならび周りに歩調を合わせ城門をくぐる。金色の冒険者証を見せると門番に敬礼され前に並んでいた人達のようにあれこれと聞かれることも王都に入るために支払うお金もとられなかった。
城門はくぐると四頭立ての馬車が三台縦列になってもまだ向こうまで少し馬車を走らせなければならないほどに分厚く重厚な石造りとなっている。歩いている私達だと入り口にはいって手を前に出せば出口が手のひらで覆えるほどなのだから、何に備えているんだろってくらい堅牢な城壁であることが窺い知れた。
「この門を吹き飛ばす。それを開始の合図にしよう」
普段にこやかなクレスが真剣に話すその眼を見つめウルザと頷き王都の中へ入っていく。二人が両側に散会していく中、王都の雑踏、その人の多さに思わず歩む足を止めて見入ってしまった。
霞むほど奥に見える王城までの道を塞ぐように多くの人が行きかう街は活気があり、声を大きくして売り込む露天商、和気あいあいと話しながら買い物をする女性達、鉄の兜に槍を携え巡回する兵士に剣を携え街の奥へと駆けて行く冒険者。まだ踏み入っていない奥には更に多くの人がいて、そこには確かに人の生活があるんだと思う。
今日、この視界に入りきらないほど多くの人が暮らす王国の首都を、私は襲う。




