不退不転
「ふははははー我こそは呪いの魔王、小さきものどもよ!私の恐ろしさを思い知ったか」
「キャッキャ、ふしぎ。ねぇなんで?なんでぇ?」
「リーフねぇちゃ、リーフねぇちゃみてみて」
「リーフ様、流石です!このレゼル、リーフ様のお力に見惚れてしまいます!」
ガングリオンで賑わう市場の裏、食材が入っていた木箱や荷物を運んでいた台車、燃料となる薪の束が置かれた場所で遊ぶ子どもたちに交じって王都襲撃の練習に励む。
「キャッキャッなんで?なんで、ころばないんだろぉふしぎー」
「フフフ、すごいでしょ。私の特訓の成果なんだから」
『リーフ、素で答えてどうするのよ。ちゃんと呪いの魔王として話しなさい』
リーフの腰ほどまでしかない女の子と、その子の弟らしい更に頭一つ分小さな幼児たちが小さな木箱に登っては丸くころがる細い丸太に飛び乗る。当然、細くとも丸太は転がり幼児たちはステンと足を滑らせるが、次の瞬間には何故か地面に反対の足がしっかりとついてバランスを崩すことなく見事な着地を見せている。
「ふはははーすごかろー、お前達には転べない呪いをかけたのだー我が力に恐れをなすがいいー」
「すごいですリーフ様!このレゼル、リーフ様の魅力で転げ回ってしまいそうです」
木箱によじ登る小さな男の子が木箱に登るのを手伝いながらレゼルは両目をキラキラと輝かせている。練習の結果、大体クレス特製台本は覚えられた。
『リーフ、ノワールが語尾を伸ばさないように、お姉ちゃんの監督じゃやっぱり駄目だから変わりたい、とのことよ』
だってノワール子どもの相手したとき、どうしていいか分からなくてフリーズするんだもん。レゼルの話だと子どもとか可愛いものが好きなノワールは何かの拍子で傷つけたらどうしようと動けなくなっちゃうらしいから子どもウケの良いレゼルに見てもらっている。でも、セルティが動きながら呪いも口上も呪いの魔王の役に入る練習も必要だっていうから練習してるのにレゼルったら褒めるばっかりなんだもん。
街に戻ってギルドで冒険者呪ってみたり慌てふためくギルド職員呪ってみたりしてたけど効果が見えにくいから、ぶらついてたら市場で裏で遊ぶ子どもたちが転げ回って泥だらけで遊ぶのが見えて思わず手を出してしまった。子どもはすぐに異変に気付いて気持ち悪がられるかと思ってたけど、自分の身に何か不思議なことが起きたってキョロキョロしていた子と目があったら、迷うことなく指をさしてくるから……あとは成り行きで遊びに加わって数日、フレアを追ったウルザも戻らずクレスからの連絡もないまま今に至る。
「いいですか小さきものたちよ、このレゼルがリーフ様がいかにすごーい人か教えてあげましょう。金級冒険者にしてエンプレスのリーダー、あらゆる苦難を単身で超える女傑、覚えて帰ったら友達に自慢するといいですよ」
「じょけつ?ってなぁに」
「なんでしょうね。このレゼルにも分からないことはありますが、リーフ様のお尻のかた……トプン」
「キャッキャッ、白いおねぇちゃんしずんでっちゃったーあははー」
レゼルはレゼルで子どもの面倒見も扱いもいいんだけど、調子乗って喋らせておくと危ない。油断すると自分がいかに魅惑のボディラインを死守しているかとか、ワケの分かんない下着としての貢献ポイントを語ろうとしだすから、なるべく早めに沈めないとマズイ。子どもたちの教育上というより私の精神衛生上。
「ふはははー見たか小さきものたちよ、私の力で愚かなるレゼルは地の底へしずめてやったのだ」
『私の力じゃなくて我が力じゃないかしら、ブレが多いとまたノワールの監督が厳しくなるわよ』
「すごーい、もういっかいやってーもういっかい」
レゼルを再度呼び出そうとすると、こちらを見つめる視線に気づいた。ニコニコと笑みを深めながらキラキラオーラを出しまくって視線の主がこちらに向かってくる。
「わ、リーフねぇちゃ、ねぇちゃみてみて、あの人すっごいかっこいい」
弟が指さす先を見て女の子は目を輝かせる。どうしたらコイツが妄想変態野郎だと伝えられるんだろう。と言うかいつから見てたんだろう。今更だけど、見られてたと思うともの凄く恥ずかしい気がするんだけど。
「な、何よクレス。これも練習の一環よ。何か文句でもある?」
「ふふふ、ないよ。何も言ってないでしょ?ソフィに頼んでリーフを探してたんだけど、練習に忙しそうだったからね」
クレスが黒い沼から再度現れたレゼルに目配せをすると、レゼルが子どもたちの手を引いて親が商売をしている市場の方へ誘導していった。セルティもクレス達が来たのなら、あとは本番まで休ませてと気配を消してしまった。私の頑張りを理解している二人がいなくなっちゃうとコレ私、子供と遊んでるようにしか見えないんじゃなかろうか。
「本当なんだからね?遊んでたわけじゃないんだから。そもそものぞき見なんて趣味が悪すぎる」
「だ、そうなんだけど先客のウルザさんはどう思うのかな」
クレスが上を見上げると建物の屋根の上で胡坐に頬杖をついてニヤニヤしているウルザが姿勢を崩し飛び降りてきた。
「クハハハハ、いいや同じようなもんだっただろクレス」
「げっ、ウルザも見てたの!?っていうか何で半裸なのよ、キモッ」
「キモってオイ、テメェが放したコイツに焼かれたんだっつーの。いくら俺でもシャツまで防火性じゃねぇんだよ」
着地したウルザが背負っていたフレアの首根っこを掴み突き出してくる。フレアは満足そうな顔のまま起きる気配がないので抱き留めた後、そっと地面に下ろすように内界の黒い沼に沈めて行った。
『ふふフレアの特訓、無駄じゃ無かったようね』
「フレアの特訓、収穫あったってこと?」
「まぁ、それなりだ」
そう言うとウルザは手をヒラヒラと振って槍を抱えるようにしてひっくり返した木箱に腰を下ろしクレスに視線を投げた。つられてクレスに目を向けるとクレスは手元に生み出した収納魔法の光から一枚の大きな紙を取り出し大き目な木箱の上に広げた。
「実は、ちょっと不味いことになってるんだ」
「ちょちょちょ、ちょっとなんかじゃありませんクレスさま!」
クレスの鞄から飛び出したソフィが広げられた大きな紙、ガングリオンや王都と書いてかることから地図なんだと思う。その上で小さな両手を大きく広げて王都と書かれたところから東にある方の森の上に立ち騒ぎ立てる。
「リーフさま、ここから私見たんです。こうグワーって地面が黒くなっちゃうくらいたくさんのまものがコッチに向かってきてるんです!」
「あの辺は吹き飛ばすからいいんだけど、思ったより相手の侵攻が早いんだ。もう少し打ち合わせを重ねておきたかったんだけど、出来れば今日中に王都に向かいたい」
サラッと魔物の軍勢を吹き飛ばす前提で話を進めてるんだけど、クレスなら出来そうで怖い。そう思って地図から目を上げるとクレスと目が合った。
「大丈夫、破滅の園を壊すよりも簡単だからね。で、その軍勢なんだけど、僕らが居るガングリオンはここ、南側だね。王都の西側にも同規模の侵攻があるとみてる。本来、破滅の園の大氾濫と合わせて王都を包囲する予定だったんだろうね」
全然大丈夫じゃない不穏な発言のままクレスが説明を続ける。難関ダンジョンから同時に魔物を進行させ王都を一気に殲滅する予定だったのは間違いないみたい。クレスの話と骸骨王の話から、やっぱり王都に集結して力を付けて北の大帝国を目指すんじゃないかってことだった。
「目測だけど、魔物の大軍勢は先行部隊と合わせて四日後には王都に着く。だから、その前に計画を実行に移さないといけないんだけど、先行部隊を蹴散らすことも考慮すると明後日、それが王都襲撃の最適解だね」
「クハハハ、上等じゃねぇか。王都襲撃に魔物の大軍勢、これで燃えなきゃ男じゃねぇだろリーフ」
私は女だボンクラウルザ。喉まで出かかった言葉を飲み込み地図に目を落とす。
クレスは言わなかったけど、王都の東西にも要塞都市があるし沢山の人が住んでる。いや、住んでいたはずなのに、そこには何も触れなかった。私が受けたあの惨劇が、私の手の届かない所でまた起こられたんだと思うとギリリと食いしばる歯に力が入る。でも、ガングリオンは落とさせなかった、南の軍勢は一匹も残っていない。
行ったことないけどガングリオンのような要塞都市や、これまで訪れたどんな街よりも多くの人がいて、どこの街よりも大きい王都までギルバートの思い通りにはさせてやらない。足元から黒い煙が上がる。
「行きましょ」
地図の上の王都を睨みつけ指をさすと地図が中央から黒く染まりだす。
何もかも奪って、何もかも出来るような万能感に浸ってるんでしょ。何もかもが思い通りに運んで、何もかも手に入れられる優越感に満たされているんでしょ。
「ふふ、私が、ううん、私達がギルバートの、災厄の悪夢の好きになんてさせてやらない」
何も奪わせない。何もさせない。何ひとつ思い通りにさせず何も手に入らない悔しさで、優越に満たされ、万能感に浸るギルバートの顔を歪ませてやる。
私がなってやる、災厄の悪夢、お前自身の災厄であり悪夢のような存在として私が、私達が立ちはだかってやる。