獣耳狂いで空中乱打
ようやく人里の気配が感じられるところまで来た。
悪夢にうなされ夜闇を過ごし、道具が無くなってからは素手を溶かされながらスライムの核を砕くこと三度、足をつっこみ蹴り砕くこと二度、酸による傷は火傷のように熱く疼いたが道すがら治癒の魔法を施し歩いた。
靴なんてとうに溶け、破れ、素足のまま歩き、石が刺されば治癒術、路面に擦切られて血が滲めば治癒術と繰り返しようやく遠くに家屋らしきものが見えて来たのだ。
「生きて……生きて辿り着けたんだ私」
涙が滲んだ。ここまで血と涙と汗でいえば圧倒的に血を流していたが、今溢れているのは涙であった。
『いい経験になったじゃない、ほら』
リーフ=セルティネイキア
生命力(HP) 15 魔力(MP)15 体力 15
攻撃力(AT) 15 防御力 15 速度 15
スキル:聴力強化 両手剣Lv3(1LvUP) 拳術Lv2(1LvUP) 筋力強化(小)
魔 法:アイテムボックス 治癒Lv2(1LvUP) 呪術Lv2(1LvUP)
特 殊:大罪の化身
「こんなの二度と経験したくない!!」
『それだけ元気なら走った方がいいかも。リーフのこと見てる蛇、毒飛ばしてくるのよね』
擦り切れ、血豆が潰れ地面に赤い斑点を残そうと必死で走った。
死ぬかもしれない恐怖で走っていたが、連日連夜死と対面しながら私はやり遂げたのだ。ついに人里に着いたのだ。
『リーフ、ちょっと耳を澄ましてくれる?』
「ま、また何かあったの?何か出るの??」
私は普段畳んで髪と同化させている大きな猫のような耳をピンと立てた。
木々のざわめきや、すぐ近くの民家の中で食器を洗うカチャカチャといった音が聞こえるだけだった。人に見られては差別の対象となることがあるため私たち四ツ耳族は基本的に耳を畳んで閉じている。今や私たちというか私だけなのだけれど。生死の狭間に身を置き続けているせいで、一人残されたものだという悲劇に蹲る暇がないことは救いだ。
『とりあえず、このまま宿の近くにある酒場まで行きましょうか』
「なに?セルティどこに宿あるとか分かったの?」
『あら?なんでリーフは分からなかったの?とりあえず真っすぐ進んでいけば左手にあるハズよ』
私は、もうへとへとだった。
確か多少のお金はあったはず。一泊程度ならば痛くもない程度にはあるのだから早く休みたい。
『まって、そこの酒場にはいってリーフ』
特に抵抗は無かった。これまでセルティに従わなければ私は何度死んでいるか分からない。二度は全力で呪ったとはいえ、その後のスライムもセルティ無くして私の命は無かったのだから。
『いい?リーフ、言う通りに動きなさい』
「へ?もぉ死なないのなら何でもいい……用事済ませて寝たい」
酒場の両開きの扉を押し開ける。
夕方に差し掛かる前だというのに多くの人がいた。冒険者然としたものが目立つ気がしたが、私は用を済ませて早く寝たいのだ。中の客が私を見て息を飲んだのが分かる。口々に「可哀想に」だとか「夜盗の玩具にでも」など好き勝手言っていた。
『前だけを見て…そう、いいわそのまま眠そうなまま……爪先から優雅に歩くの……そこで止まって』
店内の中ほどで足を止める
『瞳はそのまま前を向いて、そうねリーフ右耳だけ立てられるかしら?その猫の耳』
言われるがまま右だけピンと立てる
『いいわ…フフ素敵よ。ゆっくり閉じたらカウンターに座りなさい』
言われるがままカウンターに座る。マスターが憐れみの眼で私を見ながら「飲みな。俺の奢りだ」と温かいミルクを出してくれた。
宿に併設され、にぎわう酒場のカウンターの後ろでガヤガヤと話し声が聞こえる中、ひときわ目立つ声。
「見ろ…俺たちが間に合わなかったばかりに、犠牲者が!!はやく邪悪な気配の下へ駆けるべきだったんだ!!」
「レイドっ落ち着いて。馬車の馬たちも疲れ果ててこれ以上走れなかったじゃない」
「まぁ座れってレイド。邪悪な気配自体は既に姿をくらましている。どんなに急いだって手遅れだったって話したろ」
「それでもだ!!」
透き通るような声ながら語気を荒げた人がこちらに近づいてくるのが分かった。
『その眠そうな目のまま首だけ振り向いて…そう、その彼を睨み付けて……微笑んであげなさい』
「ッッ……あ、貴女は、その、大丈夫ですか?」
瞳に映る青年は端的に言って格好良かった。
髪は金髪と言うより、深い黄色と言うか靡く黄金色をしており、瞳は蒼と緑が常に瞳の中で揺れ動くような吸い込まれそうな瞳をしている。すらりと伸びた背に透き通った鼻筋、引き締まった口元。一瞬で心奪われても可笑しくない程に美しさすら讃える青年。その青年は隣の筋肉質な赤毛の短髪青年に諫めされていた。
私も悪夢の最中、安眠への渇望さえなければ心の一つも動いただろうに。
「レイドっやめておけ……誰にも声をかけて欲しくない時ってもんがあんだよ」
「いや、カイト……誰かが救わなければならない、なら俺は俺の信じる道を行きたいんだ」
何だかドラマってる二人の好青年の背後では、煌くような薄桃色の髪を靡かせる眩いばかりの美女が居た。聖女というのは、きっとこのような見た目をしているのだろう。その後ろにいる深い緑の髪をサイドテールに束ねた胸の大きさの目立つメガネの女性。おろおろとしているが、独特な魅力を放っていた。
桃色の美女が私の前に来た
「もう…大丈夫ですよ『天使の息吹』」
足元から腕などのまだ疼いていた火傷のような痕が消え痛みも無くなる。何度擦り切れたか分からない足裏からも痛みが引いた。
「ありがとう……」
癒し天使さまの力か、痛みが消えると眠気が襲ってきた。桃色の天使の後ろではイケメン二人が言い争っていた。
『リーフ、出ましょう。出がけにね、あの金髪のを通り過ぎる時こう言って欲しいの――』
ようやく解放される。
隣の宿が私を待っている。
すくっと立ち上がり出口へ向かう。
セルティの言う通り金髪の美男子の横に立つと大きな獣耳をピンと立て下から睨むようにし
「私は誰にも穢されてなんかいないわ。この心も、この体も、この魂も。貴方の下卑た勘ぐりのようなことなんてないのよ。恥を知れ屑が」
よし寝よう。
もう私を邪魔するものは何もない。
あのセリフに意味があるとも思えない。
たしかに裸足で服もボロボロ。
夜盗がどうのって会話も聞こえたしね。
鞄も何も持たないボロボロの服装をした女の子を見たら、どんな想像をするか位、私にだって分かるけど。
隣の宿に行くとおかみさんらしき恰幅の良いおばさんが目に涙を溜めながら部屋を空けてくれた。なんだか、どうのこうのといっていたけれど知ったことではない。人がいる安心感。殺意に囲まれてない安堵は私を安眠に誘った。
『おはようって時間じゃないけれど起きてリーフ』
辺りはまだ暗かった。
「もうすぐ朝?」
『いいえ逆よ夜闇が深まるのはこれからね。貴女が寝て二時間もたってないもの』
「なんで起こしたの?まだ寝たりない」
『さっきの男が来るからよ、ほらそこの鏡を見て?せめて髪ぐらい梳かしておきなさい』
私は姿見に映る自分を見る。
スカートは下に近づくほど穴が増え、左右が中ほどまで裂け、長袖だったシャツも引きちぎられたかのように肘辺りから生地がない。しかし何より驚いたのは私自身の容姿、特に瞳だった。
「あれ??私の目、青くなってる?」
姿見を掴み顔を寄せる。もともと私は黒髪に黒耳、濁ったような黄色い瞳で友達からは黒猫という渾名で呼ばれていた。
その瞳は今、サファイアのような深い蒼の中にアクアマリンのような淡い水色がゆらゆらと揺れているのだ。
「なに…この目……キレイ……」
『リーフあなた自分の姿をそんなに間近で見ながら、その呟きは見る人が見たらあまり好ましくないかもしれないわ』
確かに。
鏡から離れ、とっちらかった髪を手櫛で整えつつも、私は鏡の中の私と目を合わせていた。ゆらゆらと千変万化する瞳の青。血の地獄から綺麗な物なんてまるで見ていなかったけれど、この瞳だけは綺麗だと素直に思えた。
「そういえば、さっきの男って?」
『最後、屑呼ばわりした彼よ。私は恥を知れまでしか言ってなかったのだけれど』
「あー!あの人かっこよかった人?なんで来るの?」
『変態だから?で合ってるのかしら?』
「は?」
『自分の嗜好に逆らえないからとでも言うのかしら』
屑と吐き捨ててはきたものの目の覚める美男子だった。その人に向かってセルティは変態呼ばわりをしている。
『どの世界にもいるのよ。リーフのその耳。そうそれ。そーゆーのがね堪らなく好きな人が、さっきの彼、村に入った時から四ツ耳族を救うだなんだと喚いていたのだけれどね、ちょっと邪念を感じたの』
寝かせた獣耳から力を抜くと自然に立耳となる。私の住んでいたところでは犬っぽい耳や熊のような丸いものまで、多種多様な獣耳が住んでいた。しかし多くの人間は耳が四つあるということを気味悪がっていると聞いて育ったのだ。
『だからちょっと擽ってあげたのよ。彼に向けるように耳を立て、彼にだけ妖艶に微笑み、冷たく突き放す。鞭を与えて突き放したけれど、清い体のままだという言葉の甘味が、そろそろ心に溶けだすころ……クスクス』
泥をかぶり、砂に塗れ、血の池に転んでここまで来た。鏡に映る私も汚いものだった。そんなところにわざわざ来るのだろうか。
「つまり酒場に行ったのは、セルティの趣味?」
『そうよ?楽しいじゃない』
「あのね、あんな天使のような美女が居るのになんで私のとこにくるの?あり得ないでしょ」
『なんでって、その耳をはむはむしたいから?ほら彼、撫でたい触りたいはむはむしたいって、キリッとした顔しながら邪念が溢れてたじゃないの』
……もし本当なら確かに変態だった。
あれだけの美女や悩ましい体の女性に囲まれているにも関わらず外に目が行くのだとしたら、あながち屑を付け加えた私も間違っていないと思う。
コンコンっとドアを叩くノックが響いた。
「あの、夜にスマナイ。君がここに泊まると聞き、先ほどの非礼を詫びたくて来てしまったんだが、少し話せないだろうか……」
『ね?来たでしょ?』
扉に近づくと、そぉっと開けた。青と緑の混じる不思議な瞳を下から見上げる。
「……今は話せません」
「な、何故だい?その、悪かったと言いたくて」
「ならここで結構です。旅の汚れも落としていませんので」
「な、ちょ、待ってくれ。そうだ、なら宿の食堂で待っている。せめて一食奢らせてくれないか!?」
『ほら、必死でしょ?それにさっきから目が合わないでしょ?』
そう扉を開けた瞬間からコイツは畳まれた耳から一度も目線が離れていなかったのだ。しかし、一食が浮く。この誘惑は大きかった。手持ちのお金は多くは無い。この宿ならば一か月半は過ごせたとしても、そこまでだ。
「……話くらいでしたら」
「あ、ああ!!待っている。急がなくてもいいんだ、そうだ俺はレイド、レイド=アレイスター、レイドと呼んでくれると嬉しい!では、また後で」
言うだけ言って彼は階下へおりて行った。
「はぁ……かっこいい人だから緊張した」
『あーゆーのが好み?変態よ?スペック的には凄いのでしょうけどね』
「強いの?」
『ええ、本物よ彼。いえ彼らね。女性陣は聖女に高位の魔法使い、もう一人の男の子は魔法剣士でしょうね。で、彼、救世主とでも言うのかしら。神の眷属が体を持ったような存在ね』
どうも凄い人だったらしい。どうしよう私その神の眷属とやらに向かって暴言を付け加えたんだけど。
「まぁいいや。体洗って着替えよ。アイテムボックス!」
同じシャツとスカートの新品を出す。これ多分貰って来た屋敷の従事者が着る制服的な物なのだと思う。あと10セット位あるし。
服を持って下に降りると宿の女将がシャワーまで案内してくれた。なんだか久しぶりのシャワー。流れる水が赤く染まるのは髪や肌に残る血糊の名残。石鹸が無くなるほどに何度も洗ってようやくキレイになった実感が持てた。
考えてみれば私、見た目もだけれど匂いも相当キツかったのではなかろうか、それにも関わらず傷をいやしてくれた聖女さま……綺麗だったな可愛くて優しそうで大きな瞳にふっくらした唇。かたや私は黒猫と渾名が示す通り、ややキツめの目つきに薄めの唇。根性ないくせに気が強そうに見られて、見た目で得をしたことがない。
溜息をつきながら髪や体を拭きシャツに袖を通す。すると女将さんが現れ
「お古だけどね、つかっておくれ。見るに堪えないんだよ」
とデッキシューズのような革靴をくれた。今日はもうアイテムボックスを呼べないので、靴下は明日出そう。耳の内側の水滴をとっていると背筋に寒気が走る
『超見られてるわよ。あれ多分、思考加速系のスキルまでつかって体感時間伸ばしているわね』
食堂横を通り過ぎる時ちらりとみると顔の前に手を組み真剣な面持ちで、こちらを見るレイドと目が合った。目が合った瞬間微笑みかけられたが、その目線が怪しかったので、そのまま一度部屋へ戻る。
「なんだかセルティの言ってることが本当な気がしてきたんだけど」
『嘘吐く必要が無いもの』
覚悟を決めて食堂に行く。
レイドがいくつも料理を頼んでくれたおかげで久しぶりの温かい食事は非常に豪華だった。考えても見れば、セルティが変態などと宣わなければ奇跡のような美男子と二人きりで食事と言う人生初の快挙だとも言えたのだが、セルティのせいで視線が気になって仕方がない。ピコピコと耳を振るうと彼は口元を手で隠しながら瞳を輝かせた。
「そんなに珍しいですかコレ」
「あ、あぁ珍しくて、つい。気を悪くしたのならスマナイ」
と言っていたが、私みたいな魔法覚えたてでも分かるほどの魔力を瞳に宿らせている程度には、何か色々と漏れ出していた。
食事を終え、私は視線に耐え切れずお礼をいうとさっさと切り上げて来た。思わぬところで一食ご馳走になれたのはセルティのお陰でもあった。セルティは『いいわねぇ、欲に染まった瞳で見つめられるって中々に気分が良いもの』と上機嫌だった。
おかみさんに木製に獣毛で作られた歯ブラシを打ってもらい、ハーブの歯磨き粉で歯を磨くと、私はそのまま朝までぐっすりと眠ることが出来た。
翌朝の事だった。
レイドが仲間を連れて宿の食堂にいた。彼は手を上げ立ち上がり私を呼ぶのだが、聖女様の目線は昨日の様に優しくなかった。痛いような聖女様の視線、重ねる様に睨む悩ましいスタイルの賢者様、カイトと呼ばれた魔法剣士は溜息をついていた。
「リーフ、ここで一緒に食べないか」
遠慮願いたい。私にも分かる。聖女様はレイド大好きだこれ。
「遠慮します」
「はは、いいよ気にしなくて。席も取ってあったんだ」
カウンターに向かう私の手を取るレイド。聖女さまの視線は既に刃のような感情を乗せ私を射抜いていた。……部屋に帰りたい。
食事を一緒にしたが私に聖女様がローザと言うこと、賢者様がエレオノーラということ、溜息をつく男性がカイトと言うこと程度しか頭に残らなかった。この名前も出来たら早めに忘れたい程、痛い視線を浴びていたのだ。
セルティだけは相変わらず『いいわね。妬みに嫉み……美しいものの嫉妬ってなんでこんなに甘美なのかしら』と踊ってでもいるかのように機嫌が良かったが、私は逃げるように部屋に帰った。
『リーフ、聖女の嫉妬、とっても悦かったぁ……屑魔物どもとは偉い違いよ……ほら』
リーフ=セルティネイキア
生命力(HP) 20 魔力(MP)20 体力 20
攻撃力(AT) 20 防御力 20 速度 20
スキル:聴力強化 両手剣Lv3 拳術Lv4 筋力強化(小)
呪詛身体強化Lv2(←New)
魔 法:アイテムボックス 治癒Lv3 呪術Lv4 怨念Lv1
特 殊:大罪の化身
なんだか大幅に強化されていた。最早身体能力など倍だ。
「呪詛身体強化って何?」
『ほらリーフって激情で戦うでしょ?その気持ちが体に現れるようにしてあげたの。持ってる人少ないのよコレ』
何というか禍々しいラインナップになって来たなと思う。死ぬ思いの街道よりも楽に強くなれたのだから、ここは喜んでおこう。
とりあえず私は、武器や生活雑貨を揃えて無事に旅をして順調に強くなる支度をしたい。強く、あいつを殺せるほど強くならなければいけないのだ。
街に出てナイフや鉄の剣を購入し、マントや衣類、替えの靴を購入し、災厄の悪夢が向かった方向を目指し交易都市リューンに向かう乗合馬車を待っていた。遠くからレイドの声がする。
「リーフ!リーフ待ってくれ!!」
駆けて来たレイド、遠くの仲間たちは歩いて来ていた。
「リーフやはり、君みたいな女の子が一人で旅をするのは危ないしよくない。俺たちと一緒に行かないか?」
追いついてきたカイトは溜息をついていた。聖女の桃色の瞳からは恨むような念を感じる。
「私みたいな町娘では、役に立てることはありません」
「いや、君の仲間がいるところに着くまで一緒に旅をしようってだけさ」
「私の仲間は、もういません」
「ほらレイド諦めろ。悪かったな、俺たちはそのアンタの故郷四ツ耳族の都市に向かうんだ」
「もう滅んでいて死体しかありません」
「それでも…さ。聖女が供養してくれるだろうさ」
「そ、そうだローザが浄化をしてくれる。一緒に弔いをしないか?」
レイドが言葉を吐くたびに強まる嫉妬の刃、友情からなのか共に睨む賢者の視線も痛い。
「行きません。私は、まだ酒場の事を許してもいませんしね」
「な、ならば君の気のすむまで殴ってくれたって構わない!俺は決めたんだ。君を守るって」
『あははは凄い、凄いわ、聖女様の嫉妬が心地良く刺さるわね』
ほう……私の感謝する天使様の目線が、貴様のせいで悪魔の経験値になっているというのに、度を超えたイケメンだが空気が読めないを地で行くタイプらしい。こんな美人を二人も連れて、まだ女に目移りさせて、血に汚れた私にすら優しくしてくれる聖女様の想いも仲間の意志も撥ね退けて、そのとばっちりで私が居た堪れなくなっているというのにキラキラキラキラ輝きやがって……
「ならレイド、私の怒り……受け止めてくださいね?」
―悔め
自分の行いが常に正しいと信じている思考を悔め
仲間の思いやりに気づかぬのぼせ上がりを悔め
周りの視線から何も感じぬ思考の停止を悔め
愛されているという自覚が持てぬ心を悔め
劣情に身を任せて私を誘ったことを悔め
趣味嗜好に走る己の未熟な精神を悔め
聖女に嫉妬を覚えさせた愚行を悔め
棒立ちのレイドの足の間に右足を差し込み地面に拳を擦らせながら全身全霊の力を振り絞る。体から黒い煙が立ち上っている。拳に昏い念がこもっていることが分かる。広背筋がメキメキと音を立てるのも構わず全霊の拳を鳩尾に叩き込む
「オォォォォォォォ!!」
レイドの脚が地面から離れる、衝撃に目を見開き口から息が漏れる音が耳に響く
鳩尾の拳を振りぬきレイドを宙に回せる。伸びきった反動を使い左の拳を打ち下ろす。重心の下を狙い打ち抜きざまに体の下に潜りこむと後方宙返りをする要領で全身のばねを使って背面に膝蹴りを食い込ませる。再び宙を舞うレイドの顔に掌打、臀部に廻し蹴り、頸椎にアッパー
「地に下してやるもんか!!
聖女様の苦しみを知れ!!
賢者様の心配を知れ!!
親友の心労を知れ!!」
連打連撃、治癒魔法を体にかけ痛む筋肉を無視して、当てた拳の痛さを無視して、宙に舞う救世主を体力の続く限り打ち続けた。
「ラストォォォ!!これは私のことを見ず!!猫耳ばかりに執着した己の恥をしれぇぇぇ!!」
落ち行くレイドの体に向け前方宙返りにより近づき、その勢いのまま天高く踵を上げる。これまで向けられた嫉妬の念を、邪魔だという痛烈な想いを、そのまま返すが如く踵に怨念の魔力を集め落とす。
ガッと聖女ローザ様の杖と魔法剣士カイト様の鞘で踵落としは止められた。
「もう…十分です」
「ハハ、やるなアンタ。スカッとしたぜ」
私は晴れやかな目を向けた聖女様と固い握手を交わした。
「聖女様……お気持ちお察しします」
「ふふ、ローザって呼んで。レイドは一直線だから中々振り向いてくれなくて」
「見ているこちらが恥ずかしい程のアプローチに気付かない酷な人なんです」
賢者様の痛い視線も無くなっていた。
「コイツが軽い気持ちで油断しきってたところに痛快なラッシュ。見事だった。リーフって言ったか?俺んこともカイトって呼んでくれ、なんとなくアンタとは話が合いそうだ」
レイド以外のまともな面々と握手を交わし合い私は馬車へ乗った。きっと今頃拳打に混ぜ込んだ各種呪いに苦しんでいることだろう。私は交易都市リューンへ想いを馳せていた。
ふとセルティが呟く『ふふ、いいわぁ彼クラスを打ちつけ呪うなんて……素敵、私と同化してるから貴女自身が完全に彼らの討伐対象だというのに、あんなに深く印象を残しておくなんて。リーフの、その自分を追い込む狂気、たまらなく素敵よ』
……どうか二度と会いませんように。