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狐疑逡巡

 ドンドンドンと地面を蹴る度に爆発音を立てフレアを追う。背に槍を担いだままでも、かつて追い込まれないと出せなかった炎を足元に集め、ウルザは空を翔るフレアに地上から追いつき始めていく。


「オイオイオイ、どこまで行くんだドラゴンの嬢ちゃん」


 追いついて来たウルザにチラリと視線を落とすと身に炎を纏いながらフレアは森の中に落ちるように突っ込んで行った。一呼吸の間でフレアが着地した場所にウルザも着く。


「ドラゴンの嬢ちゃん。リーフが連れ帰れっつーから着いて来たんだが、一緒に帰っちゃくれねぇか?」

「ふん、たやすくよんでくれるなボンクラめ。リーフさまのところへは、きちんとかえるわ」


 フレアはウルザを睨みつけると両翼を広げビタンビタンと赤いドレスから覗かせる尻尾で地面を打ち付ける。尻尾が打ち付ける度に地面からは火花が飛び、辺りに火の粉が舞いだした。


「ウルザ、きさまナニをおそれておる。われらケダかきリュウの、それもエンリュウのイノチをヤドして、そのテイタラクはナンじゃ!」


 ビシッとウルザを指さし、八重歯が目立つ歯を食いしばるフレアの口元からポッポッと火が漏れる。


「あ?この槍んことか?いやいやいや、嬢ちゃんに言ってもしゃーねぇんだがよ、俺ぁこれでもそこそこな槍使いなんだわ」

「ウツケかボンクラめ!ぼうフリのことなぞ、わらわにわかるワケなかろう!」


 バシンと一際大きく尻尾が地面を打つとフレアの背丈よりも大きな火柱が立つ。


「火じゃ!ホノオじゃ!わらわがドウゾクがキサマのようなコワッパの火アソビにしかつかわれぬとは、わらわはガマンならんのじゃ!」

「いやいやコワッパってオイ。はぁ、またえらくマセたガキんちょだな。リーフんトコの奴らはこんなのばっかだな」


 溜息をついて額に手を当てるウルザの様子が気にくわなかったのか、タシンタシンと尻尾を打ち付けては火柱を上げ辺りの火の粉も徐々に増えていく。


「わらわをガキとは、ボンクラめ。なんびゃくねんとたたねばオトナにこそならんが、これでもキサマのバイはいきておる!バカにするでないわオクビョウモノ!」

「オクビョウモノって、いやマジか」


 しゃがみこんでウルザが目線を合わせるとエッヘンといった様子で腰に手を当てるフレア、ウルザがその両頬をつまみグニグニと伸ばす。


「な、なにをすふ!このぶれいもの」

「コレで俺の倍生きてるっつーのか、またワケの分かんねぇのが増えたな」


 ウルザの手を掴んでもグニグニとされるのが止まらないし、フレアが拳を突き出してもウルザの顔に届かない。フレアはギリッと歯を食いしばらせると、瞳孔を縦に細め大きく息を吸い込んだ。

 胸いっぱいに吸い込んだ息を吐きだすようにフレアの口元から炎が噴き出した。ウルザは炎に飲まれる直前、ドンっと地面を爆発させて横に跳び出し難を逃れる。


「あ、危ねぇなオイ」

「ナゼよける、このボンクラめ」


 再び息を吸いこむと数歩離れたウルザどころか背後の木々まで届く炎をウルザに向けて吐き出していく。


「コラ、テメェ危ねぇだろうが!いい加減にしとけ」

「あぶない?あぶないワケなかろう。ウルザ、おぬしの手にはエンリュウのイノチがあり、おぬしジシン、火をはくリュウもヤドしておる。シンのゾウフにオウカクをもつヒャクマのオウとしてのジカクがない、だからボンクラだというておるのだ」

「オウカク?ヒャクマ?」

「オウのカクでオウカク。いち、にぃ、さん、しぃのヒャク、ヒャクのマモノのオウじゃからヒャクマのオウじゃ」


 胸に手を当てるとウルザは居住まいを直しフレアと向かい合う。ウルザの様子を見てフレアも口角を上げた。


「フレアっつったか、嬢ちゃん。もう少し詳しく教えちゃくれねぇか。嬢ちゃん、こういったコト知ってんな?」


 トントンと親指で胸を指しながら問いかける。フレアは瞳孔を細めたまま笑みを深めた。


「オウカク、おぬしらのコトバではダンジョンコアじゃったか。つよいシントかコウイのアクマがトキをかけてソレをうみ、メイキュウをつくったあとどうするかシっておるか?」

「いや、知ら無ぇ。つか嬢ちゃん呂律(ろれつ)が回らねぇなら無理しなくていいぞ」

「ウルサイ!」


 ゴウッとウルザに向けて炎が吐き出されるが、動きを読んでウルザは事もなげに炎を避ける。


「ダマッてキけ、ボンクラめ。そだったオウカクじゃが、つよいシントはシレンをこえたモノにチカラをあたえるためにつかう。じゃが、アクマはソダったオウカクをジシンにつかってサラにコウイのアクマとなる。オウカクをミにヤドしたマモノ、これをおぬしらはマオウ、そうよんでおったはずじゃ」


 破滅の園(ガーデンオブルイン)の骨格標本も確かにダンジョンコアを胸に宿してから格段に強くなった。それこそ、そんじょそこらの魔物とは別物と思えるほどに、だ。それをフレアは魔王と呼ぶ、だけど伝説にしか出てこないような魔王というのは、もっとどうしようもない印象だ。


「魔王ねぇ、骨格標本も確かに強かったが魔王っつーほどの印象は無ぇなぁ」

「ふん、オウカクをてにしただけで、マオウのアカゴのようなもの。そだててこそじゃ。いまのおぬしとおんなじじゃ」


 再びフレアの口元からチロチロと火が噴き出す。


「おぬしのヨワさは、おそれにある。ウルザよ、火をおそれるでない」


 大きく息を吸いこんだフレアが噴き出す炎を横薙ぎに周囲の木々を焼き払う。ウルザも地を蹴り、木を蹴り炎の動線を避けていく。時にドンと槍先を爆発させ炎を防ぐが次第に木々に燃え移る炎が増え逃げ場が無くなっていく。


「おそれるな!火はワレらとともにあり!!」


四方を炎に囲まれて逃げ場のなくなったウルザの視界を、容赦のない炎のブレスが紅く染めあげていった。



◇ ◆ ◇ ◆ sideクレス=ウィズム ◇ ◆ ◇ ◆



 輝く杖が地を突くと、杖先から光が流れるように地面に幾何学模様が描かれていく。先へ先へと伸びる線は時に重なり、時に別れ、時に止まり、生きているかのように地に描かれる幾何学模様を広げていった。


「これで大体仕掛けは終わったんだけど、困ったな。思ったより早かったみたいだ」


 王都から遥か東、国境にほど近い深い森の奥。クレスは地を突いた杖を握る手に小さな振動を確かに感じていた。数百の兵士が野を駆けたとしても、木々の根に阻まれた森を揺らすような揺れは起こらない、千の騎兵が足並みを揃えても見えぬ距離から存在を感じさせるには森はあまりに深すぎた。鎧兜に身を包んだ兵士よりもっと重く、甲冑を身に付けた騎兵よりもっと大きく、数百数千よりもっと多い軍勢。


「ク、ク、クレ、クレスさまぁぁぁ!たたた大変です!」


 森の遥か上空から森の外を見張っていたソフィが慌てて胸元に飛び込んで来た。胸に当たったあと広げた手の平に尻餅をつきながら両手をバタバタしながら顔を青くしている。


「遥か遠くに魔物の大群でもいたのかな?」

「そそそ、そう!そうなんです!すごい数の……ってアレ?クレスさまごぞんじだったんでしょうか」


 リーフが言っていた、破滅の園(ガーデンオブルイン)(ヌシ)は南を任されていたと。北の大帝国ににらみを利かす王都は国の中央より北側にある。そこで流通拠点としてリューンは国の中央に近い位置に構えた。北への警戒は確かなものなのだろう。だが他はどうだ。小国になど負ける訳が無いと放置、小都市といえペアレンテージ崩壊など帝国とのにらみ合いに比べれば些事としている王国政権だ。

 ガングリオンは王都から南、だからあると確信していた。王都の東西、破滅の園(ガーデンオブルイン)に並ぶダンジョンがある。深淵の大洞(ケイブオブアビス)絶望の塔(タワーオブディスピア)、だけど東西にも要塞都市があり宰相の言う近隣諸国に負ける訳のない防衛力があるはずだった。


「知っていた訳じゃないけど起こるハズだと、そう思ってたんだ」


 リーフの言う通り、王都を餌場とするのなら、王都からそう離れていないガングリオン領にある破滅の園(ガーデンオブルイン)より東西のダンジョンを先に変容させ、最後に南のガングリオン側から合流させ東西、そして南から同時に襲撃するのが確実。

 なら東西の要塞都市は僕らが破滅の園(ガーデンオブルイン)にいるよりも早く襲撃があったハズなのに、王も宰相もそういった話もしなければ、要塞都市が襲撃されていることを隠すような腹芸の気配も感じさせなかった。


「どどど、どう、どうしましょうクレスさま、こ、このままじゃたくさんの人が……あわわわわ」

「落ち着いてソフィ、まだ間に合う。ちょっと急ぎにはなっちゃいそうだけどね」


 杖をしまいソフィの髪をなでながら思案する。

 こうなることを見越して王都を囲むように魔法陣を仕込んだ。それこそ並み居る軍勢を吹き飛ばすような魔法が合図と共に作動する。今地面を揺るがす先行部隊程度、どうということもなく吹き飛ばせるだろう。だけど、この魔物たちはまだまだいるはずなんだ。周囲のダンジョンから集め、最難関ダンジョンから大氾濫させ、魔物たちは要塞都市を陥落している。それも急報を知らせる兵士すら一人も逃がすことなくだ。

 リーフやウルザが対峙したダンジョンコアを宿したような特別な魔物が、受肉し、血肉を喰らい力をつけた魔物の群れを引っ提げてやってくる。

予想はしていた。しかし、王都で力を付けてという話から、要塞都市などにもしばらく滞在するものだと、そう計算していた。喰らった血肉が体に馴染み、湧き出る力を我が物として、自身たっぷりに王都へと向かうものだと、悪魔たちの思考に沿うと、そう思っていた。


「ソフィ、しっかり掴まって。急いで戻ろう」

「ははは、はい、クレスさま!」

「アクセラレイト」


 周囲の景色を置き去りにして森を飛び、木々を蹴り、空を飛ぶように樹上を駆けて行く。眉根をよせ、苦い表情になっているのが分かる。


 迷いが無いと言えば嘘になる。

 リーフの計画が上手く行けば間違いなく多くの人を救うことができる。僕自身、それが最善だと分かっている。


 だけど


 誰にも感謝されず

 誰にも認められず

 誰にも理解されない


 そんな役回りをリーフにさせてしまうことに心が痛む。代案はあった。僕自身が王都で暴れ狂っても良かったんだ。だけど、リーフがそれを良しとしなかった。これは私の復讐、私の道なんだから、か。

 もう少し時間があれば、もっといろいろできたかもしれないけれど、状況は思ったより悪い。もう迷っていられる時間はない。


 グッと拳を握りしめ歯を食いしばると、自然と足に入る力も強く、速くなっていった。


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