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内界顕現、赤の問題児

「はぁ、また大将がワケの分かんねぇこと言って来てらぁ」


 男は溜息を零し筋骨隆々な体で項垂れながら額に手を当て読み終えた手紙を机に置いた。


「ガハハハッ大将っちゃあテメェのこったろうが、えぇゴンズさんよぉ」

「馬鹿かテメェ、首から生えてる飾りにゃ何にも入っちゃいねぇのかオイ。大将っちゃ大将に決まってっだろうが、なぁオイ、そうだろゴンズの旦那ァ、なぁオイ」


 項垂れる男の執務机に寄りかかるようにして床に酒瓶を転がす男たちが怒鳴るように声をあげお互いを小突き合う。


「メルトキア領、赤鯱のゴンズ。女に負ける槍使いからの手紙、確かに渡したぞ」

「あぁウチんトコの大将が、えれぇ面倒かけちまった。大将に変わって謝らせてくれ。すまんかった、アンタみたいに身綺麗な騎士様に大将のこった、きっとどえれぇ失礼な態度とってんだろ」

「ガハハハッ大将は口悪ぃからな、ゴンズも手を焼いてんだ」

「あぁん?てめぇゴンズを大将っつったろうが、表出ろ、お?」

「ガハハハハ、あぁん?上等だテメェこら、お?」


 執務机の前の男どもも立ち上がると、騎士の鎧に身を包んだ黄金の剣(ゴールドソード)のグレイマンと並ぶほど体格が良く、赤らめた顔のまま太腿のような太さの腕で殴り合いを始めた。

 グレイマンが眉を寄せながら苦笑いを浮かべるとゴンズと呼ばれた男が立てかけてあった槍を手に取り石突きで二人の頭を突き飛ばし床に転がす。


「うっせぇぞクソ共!大将の寄越した客だっつってんだろ、テメェ、あ?やるか?おぉコラ」

「ガハハハハ上等だコラ、ゴンズ!長物持ったからって調子乗ってんじゃ無ぇぞ」

「おぅおぅ上等じゃねぇかオイ。オレも混ぜろや、なぁオイ、鎧の旦那もやっか?楽しいぞ」

「馬鹿かテメェ、喧嘩に客誘う馬鹿がドコにいんだボケ」


 コホンとグレイマンが咳ばらいをすると、ようやく三人の様子が少し落ち着いた。グレイマンの影に隠れるように革鎧の軽装にバンダナの男とローブにロッドを携えた女性、弓を背負った細身の男は身をすくませている。


「エンプレスのウルザから受けた依頼は達成した。これで我々は帰還する」

「いやいや騎士様、迷惑かけちまったがすまねぇ、どうもそうは行かねぇんだ。オイ、クソ共テメェらがいると話が進まねぇから先に表でてろ、後でブチのめしてやっかんな」

「ガハハハハ、早く済ませて出てこいよ!」

「あ?上等じゃねぇかゴンズ、なぁオイ、オレァ今日こそテメェの顔に新しい傷きざんでやっからなオイ」


 執務机前で騒がしくしていた男たちは酒瓶を煽りながら部屋の外に出て行った。


「あぁすまねぇ、座ってくれっかい?なに汚れちゃいねぇさ。安心してくれ」

「依頼は達成したはずだが?」

「間違いねぇ。だがよ、大将の手紙にゃ、大将の私財売っぱらって食料をかき集めてリューンの引きこもり賢者んトコとガングリオンに手分けして運べっつーことと、ほれ、ここ読めるかい騎士様?」

「いや、私は騎士という訳では無いのだが……」


 体格のいいゴンズとグレイマンが対面に座る。ソファは広く、グレイマンの後ろに隠れていた三人が座ってもまだ余裕があった。


 メルトキア領、赤鯱傭兵団の事務所。街に入ると早速ごろつきが鎧がどうだこうだと舐めるような視線で絡んで来たが赤鯱のゴンズに手紙を届けに来たと告げると居住まいが正され丁寧な言葉遣いに変わり道案内までされた。

 周辺諸国との小競り合い、領主同士の内紛の際、臨時の兵力として、時に自領の兵士を摩耗させたくないとして代わりに各地の戦場に出る傭兵。戦争屋と揶揄(やゆ)され魔物より人を殺すことを生業としたならず者、それが傭兵だ。戦争がない時には冒険者でもやればいいものを生粋の傭兵程それを良しとしない。ゴンズも先ほどの二人も相当の実力者だが冒険者特有の空気ではないとグレイマンは感じていた。


 しかし、戦争屋、その中でもとびきり幅を利かせている赤鯱のボスはデカイ体を小さくして困り果てている。本来届けるだけで見るべきでない手紙を読めと見せながら何度も手紙をなぞるのだ、それも困り果てた顔をしながら。気にならないはずが無い。


「リーダー、おれたちにも分かるように聞かせてくれませんか?」

「すまなかった。内容は先の通り、メルトキアだけでなくハウスブルクも含めて日持ちのする食料をガングリオンとメルトキアに集めろといった内容だ。それも傭兵団全体で取り掛かれというものだ、それと、ふむ」


 ごつい顔をしたゴンズが太い眉を寄せ困り顔でグレイマンを見ながら手紙の端に後から書き足されたところを指さす。


「それと何です?」

「フッ、槍使いめ、やってくれる。手紙には、食料を運び終えたら赤鯱は手紙を持って来た男の指示に従え、戦争が始まる。だそうだ」

「騎士様、なんか聞いてっかい?」

「私は騎士ではない、冒険者の端くれに過ぎない者でしかないが、ウルザからは帰りがけに王都から地方を目指す人を見たらガングリオンとリューンに行くよう案内をして欲しい、そうとしか聞いていなかったが。フフ、そうか、戦争かフフ、フハハハハハやってくれたなウルザめ!」



◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ックション、べらんめぇ。この感じは野郎に噂されてんじゃ無ぇか」

「くしゃみで占いとか気持ち悪いから止めていただけませんか」

「言い方ァ!ちょっと待てリーフ、丁寧に言われると逆に響くから、せめて普通に言ってくれ。んで、何の用だったんだ?」


 部屋にドサドサと魔石の嵌った石像みたいなのを運び終わったウルザを呼び止め、ルル先生に許可を取って中庭に呼び出す。セルティが赤い子がウルザに用があるって言ってたから一度呼んでみようと思うんだけど、変わった子というのが気にかかる。


内界顕現(ないかいけんげん)……なんかウルザに用がある子がいるんだって」

「いるんだってって何だオイ。何でリーフが知らねぇんだよ」


 だってレゼルやノワールを呼ぶときには着けてないといけないんだもんとは言えない。セルティも普通の着させてくれればいいのに、変なところで(こだわ)るんだもん。ちょっと休むって言ってたのに、普通の下着への換装はさせてくんないし。

 足元に沸き立つ黒い沼から金の髪を二つに結んだ頭がのぞく。そのままコポコポとゆっくり全身が出て来ると金髪をツインテールにしてフワフワと広がるスカートをした真っ赤なドレスに身を包んだ炎竜のランジェリー、その化身。


「なんだぁオイ、えれぇ小せぇのが出てきたな」


 私の腰ほどの女の子、赤の子は何故か腰に手をあて胸を張るようにして現れた。瞳を閉じたまま金色の長い睫毛(まつげ)(なび)かせ、エッヘンといった様子での仁王立ち。そういえば下着屋さんも幼くしてどうのこうのって言ってた気がする。


「ぬふふふふ、そうカタくなるでナイ。わらわがアルジ、リーフさまよ。よぅわらわをつかってくれること、カンシャしておる」

「えぇ、まぁ、うん。いつもありがとう」

「ぬふふふ、もっとじゃ、もっとわらわをつこうてくれてカマわん。レゼルやノワールよりわらわこそがキョウアク、キョウボウなリーフさまにモットモふさわしいのじゃ」

「ううん、ちょっと待って。私は普通、普通だから狂暴でも凶悪でもないからね、えっと」

「フレア、わらわの名じゃ。リーフさまはトクベツによびすてでよいぞ」


 フレアはそういうと体の向きを変えウルザの方へ向き瞳を開ける。少し釣り目で、輝くルビーのような瞳をぱっちりと開きウルザを見つめると、ビシッと指をさす。


「ウルザよ!おヌシ、けだかきリュウのいのちをヤドしたヤリをもつというのに、そのテイたらくはなんじゃ!」

「お、おう。いや、体たらくって意味わかってんのか嬢ちゃん」

「むむむ、たかいところからシャベリおって、このボンクラめ。リーフさま、ん!」


 ウルザが腰を折りフレアを覗き込むと、地団駄を踏んで私の方へ向き直り手を広げるフレア。んっ、と声をだすたびに手を広げ直すんだけど何なんだろう。


「リーフさま、はようはよう。このボンクラにいってやりたいんじゃ」

「えっと私は何をすればいいの?」

「きまっておろう、だっこじゃ。レゼルもおらん。リーフさましかできなかろう」

「あ、そこは年相応なんだ。んと、これでいい?」

「うむ、ぬふふふふリーフさまにだっこされたとあとでレゼルにもジマンしてやろう。して、ウルザ!キサマわらわたちリュウをバカにしておるのか!」


 フレアを抱っこすると左手で私のドレスを掴みながら体を捻り再びウルザを指さす。


「馬鹿にしておるのかって、また偉くマセたガキんちょだな」

「このボンクラめ!わらわをガキんちょとは、リーフさまのまえでなければヤキはらってやろうものを」

「ちょっと、ウルザ。こんな小さな子が頑張って話してるんだから黙って聞きなさいよ」


 小さな子が大人っぽく話そうとしているように見えるフレアは、背伸びしようとしている様子から話し方まで可愛い。セルティは扱い辛いって言ってたけど何よ、こんなに可愛い子ならもっと早く呼ばせてくれたらよかったのに。フレアは余程イラだっているのか動き回るのでぺシペシと足に衝撃が走る。


「キサマは、エンリュウのマセキをもってして、ちいさな火をおこすばかり。いや、イマはキサマじしんマセキをもっておるのに」

「おいおいおい、リーフ大丈夫かオイ」


 足にあたる衝撃が徐々に大きくなってきた。フレアは怒りの形相からツインテールの結び目付近から黒く輝く角が生えている。抱いている手もモゾモゾすると思っていたけど、よく見たら赤く硬質な鱗に固められた翼が生えてきている。


「トックンじゃ!ウルザ、キサマにリュウの、それも、けだかきエンリュウのホノオというものをおしえてやろうぞ!」


 バシンバシンと音を立てて土煙が立ち始めたので足元をみると大きな赤い尻尾が地面を打ち中庭の石畳にヒビをいれだしている。尻尾を辿っていくとフレアのスカートから生えている。掴んでいる小さな手もいつも間にか黒く鋭い爪がドレスに食い込んでいた。


「ちょ、フレア落ち着いて、何これどうしたの!?」

「リーフさま、わらわはこのボンクラにケイコをつけてやるんじゃ。とめてくれるな。ついてこいボンクラ!」


 私の手を解くように飛び出したフレアだったが地面に着地することなくバサバサと翼を広げルル先生のいるホテルの屋根程の高さからウルザに向けて再び指をさす。翼は更に大きさを増し、尻尾は更に大きく、ツインテールから生えた角も伸びだすとフレアの翼が炎に包まれ、ホテルを飛び越し街を囲う外壁の方へ飛んで行ってしまった。


『ふぁ~、あらフレアがそっちに行ったと思ったのだけど』

「セルティ!ちょっとしっかり起きて!フレア飛んでちゃったんだけど」

『ウルザに稽古をつけてやるって息巻いていたものね。いい機会だと思うわ。ウルザにはフレアの相手をして貰いましょ』

「おい、リーフいいのかアレ」


 そんなこと私が聞きたいわ、とフレアが飛んでいってしまうのを眺めてしまった。レゼル達が暴走しだした時のようにアイテムボックスにしまうイメージをするものの全然反応がない。レゼルたちは地面にいたから沈んだけど、あの子飛んでるんだもん。


「良くない!追ってウルザ!ウルザに用があるんだし、ちゃんと連れ帰って来てよ」

「いやいやいやテメェが呼び出したんだろ、つーかいつもみたいに沼に沈めらんねぇのかよ」

『駄目ね。あの子、なかなか言う事が通じないのよ。放っておいても、あの子リーフ大好きだから戻ってくるでしょ。さ、リーフは原稿の暗記に戻るわよ』

「ぐっ、私には私でやることがあるの。それに戻せないみたい。後はよろしく頼んだわウルザ」

「ったく、しゃーねぇな。また貸し一つだリーフ」

 

 ドンと地面を打つ音を立てるとウルザの姿が目の前から消える。ドシンという音で振り返るとホテルの壁に飛びつきドンドンと足元に衝撃音を立てながら壁を昇り飛ぶように走り去る姿が見えた。


「……セルティの言ってた意味、少し分かった気がする」

『ふふ、フレアは良くも悪くも子どもなのよ。真っすぐで可愛いでしょ?』


 可愛いには可愛いけどね。目線を手元に戻すと意識もしていないのにコポコポと黒い沼からノワールが現れ腕に抱えた紙束を差し出してくる。


『さぁ、リーフにはリーフの今できることをするわよ。明日、王都に向かうまでには、せめて全部暗記しなきゃならないわね』

「……リーフ様、このノワールもお手伝いいたします。がんまりましょう」


 クレスの準備が整い次第、王都で合流。クレスの話では一週間で準備は整うみたいで、明日ガングリオンを発つ。


「えぇ、えぇ、がんばります。がんばりますよーだ」


 紙束を開かずに内容を口にする。大体言わなきゃいけないことは覚えた、あとは。


「リーフ様、語尾を伸ばしてはいけません」「リーフ様、変なところで区切ってはいけません」「リーフ様、息継ぎはもっと自然に」「リーフ様――」「リーフ様――」


 あとはノワールの厳しい指摘を減らすだけなんだから。


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