準備の準備
「わーれーこーそーは、のーろーいーの、まおー。おーそーれ、おーのーのーき、何これもうちょっと簡単な文章になんないの」
『賢者の考えた演出なんだから、そのままが良いんじゃないかしら』
「リーフ様、お声もお姿も素敵です!このレゼル、リーフ様のお声をお聞きできているだけで感動です!」
「ぼそぼそ……お姉ちゃん…何でも褒めれば良い訳じゃないと思う」
外に出て呪いの実験をした結果、特に問題なく私の呪いはクレスに効いた。眠くなるとか体が重くなるとかではなく、むしろプラスの効果だと思うんだけど、どうも呪いというのは誰かにとって不都合なことがことが起こるっていうのがポイントみたい。
それと実験が終わった後、クレスの講義のもと魔法の練習をしてみたんだけど、どうも私これまでと違って何でも覚えていけるって訳じゃなくなっててクレスが言うには呪いと闇魔法以外使えないらしく、それなら練習は一人でも出来るからって王都襲撃計画に必要になるはずだって口上っていうのかな、皆の前で読む作文みたいなのを作ると覚えるようにって渡したあとクレス単身一足先に王都に向かって行った。
『せめてもう少し流暢に言えるようにならないと人前に姿を現すのに紙原稿読むことになるわよ』
「うっ、分かってるもん。えー、我こーそーは、のーろーいーの、まおー……これ、私王都の人たちに向かって呪いの魔王ですって自己紹介するの?!なんかすごくヤバい奴みたいじゃない」
「リーフ様、大丈夫です!このレゼルがリーフ様のヤバさを保証致します!」
「ちょ、お姉ちゃん落ち着いて、それ褒めてないから」
で、私は何をしているかと言うとクレスの作った口上を上手に言えるように練習してるんだけど人前でやるのは恥ずかしいし、けど誰かに聞いてもらわないと出来るようにならない気がして、入り口が吹き飛んで周囲がただの広場と化した誰も来ないダンジョン、地竜の巣の前でセルティが名付けた内界顕現で呼び出した白黒姉妹のレゼルとノワールを前に口上の練習をしてるってわけ。
魔力を使って生き物を出すから召喚魔法使いみたいってはしゃいでたのに、セルティが全然違うって強く反発した結果、内界顕現って名前になったんだけど、その練習も兼ねて地竜の巣の中に向けて地竜と羊も放って自由にさせてもいる。羊や地竜も半分は地竜の巣へ潜って走り回ってるみたいだけど、何故か半分くらいは口上を聞いてメェメェグワッグワッと反応してくれている。
「おーそーれ、おーのーのーき、目にやーきーつーけーよ。えーと、何なに、ここで羊とトカゲをたくさん出す。へぇ、ほら皆いい?私がここまで読んだらちゃんと出てきてよ?」
「「グォォォォオオオオ!!」」「「めぇへへへへぇ!」」
『ここまで読んだらってリーフ、既に原稿ありきになっていては駄目よ。覚えなさい』
覚えるっていったって、結構な量があるんだもん。しかも、こんな時にはこうするとか、もしものこととかまで書かれてるけど覚えられるわけないじゃない。
「リーフ様、私達はリーフ様がお披露目なさっている際は、いかがいたしましょう。このレゼル、必ずやお役立ちしてみせますわ」
「私もお姉ちゃん……いえ、姉と共にご期待に沿えてみせます」
『この二人、リーフと一緒に力を付けてるから少なくともトカゲたちよりは余程強いわよ』
「えっと、ちょっと待ってね。それどこかに書いてあった気がするの」
どこだったかな。クレスの特製原稿をペラペラとめくっていくと、あったあった。これこれ、えーと何々。
「えっとね。クレスのには『口上を述べていると王城の特記戦力などが応戦してくる場合が考えられるけど王城の特記戦力程度ならリーフの敵じゃない。けれど必ず数体は護衛を置いて、そうしたものには、あえて目もくれずに護衛があしらうことで戦力差を思わせるようにすること。』って書いてある。二人は私の護衛でどう?」
何なら普段から護衛してくれてると言えなくもないけど、言葉も通じるしセルティお墨付きなら丁度いいんじゃないかな。
「はい!はい!このレゼル、リーフ様に近づく何もかもを必ずや排除してみせます!」
座って聞いていたレゼルが立ち上がって喜びを露わにする横でノワールも胸の前で手を組んで目を輝かせてくれてるし、二人が喜んでくれてやってくれるなら任せてよさそうね。
「ねぇセルティ、呪いの装備の子たちってみんな強いの?」
『そうね。この子たちのように顕現させれば狂化している地竜よりは余程強いわね』
「なら、普通の服にしてドレスも赤い下着もレゼルやノワールみたいに出て貰ったほうがいいじゃないかな」
『赤の子は出る事よりも戦い、それも強敵を求めてるからリーフに使われたがってるのもあるけど、何より少し変わった子なのよね。ドレスの子は自分が守らないと素っ裸になりかねないリーフを心配してるわね』
「うっ、確かにそれは困るわね」
王都中の注目を集めた上で素っ裸になんかなったら死ぬ。少なくとも社会的に。呪いの魔王でなく痴女王とか呼ばれかねない。
『でも赤い子はウルザに少し用があるみたいだし、また後でだしてあげてもいいわね。さぁ、そんなことよりリーフは練習よ。少なくとも暗記出来るまで寝かさないわよ私』
「無理無理、無理だってば!」
『王都で色々頑張ってくれてるクレス、道具集めや情報収集に奔走してるウルザ。貴女の計画に協力してくれている二人に恥じない姿を見せなさいリーフ。エンプレスのリーダーとしても、ね』
「わ、わかったわよ。レゼルもノワールも、どうしたらいい感じに聞こえるか教えてね」
それから目をキラキラとさせている二人と羊や牛程に大きなトカゲの群れに向かって真っ暗になるまで原稿を読み続けた。
◇ ◆ ◇ ◆ sideウルザ=ストーム ◇ ◆ ◇ ◆
「ウルザ様、ご依頼内容ご確認いたします。メルガスト領、傭兵団赤鯱に対する書状の送付およびこちらの通信用魔道具の配送でよろしかったでしょうか」
「あぁ特急で頼みてぇ。ゴンズっつー男によ、女に負ける槍使いからだって渡してくれりゃいい。早さと確実性、俺が求めんのはそんだけだ」
そう言って机に金貨を積む。冒険者ギルドのカウンターで金貨を十枚に重ねたものを一つ二つと増やしていくと受付の目が大きく開かれていく。近くでカウンターを眺めていた冒険者たちも見える金貨に椅子から腰が浮く。
「は、配送にそれほどの報酬が必要となる事はありません!」
「そうかい?じゃあ、これだけの報酬に見合う奴に頼んでくれ。あとは任せたぜ嬢ちゃん」
十枚一組の金貨が三つ程積まれる。金貨の価値は決して低いものではない。一枚あれば安い宿であれば一月は余裕を持って暮らせる。月に金貨二枚も稼げれば甲斐性のある男と見込まれ女性の方から寄ってくる。それが三十枚、それもハウスブルクの一つ向こう、馬車でだって一週間もあれば到着するところへ手紙と両手に乗る程度の大きさの水晶で出来た魔道具を届けるだけで良い依頼だというのだから冒険者への依頼としては破格だ。
「な、なぁ今の話、お、俺が受けも……」
カウンターの話を聞いていた筋肉質なスキンヘッドが席を立とうとすると、その肩をガントレットに覆われた大きな手が押さえた。色めきだとうとしていた冒険者たちはガントレットの持ち主、黄金の剣のリーダーを見て治まった。
「随分な話じゃないか。この街のダンジョンには飽きたのか槍使い」
「あ?あー……あんたは、あ、最強のパーティーの旦那じゃねぇか」
全身ガントレットで体格のいい男、黄金の剣のリーダーの後ろからウルザの態度を見て苛立ちを露わに前に出ようとする軽装備に身を包んだ男をガントレットを前に出し制しウルザの前に進み出る。
「フッ、破滅の園が恐ろしくて見に行く事も出来ない我々に対する嫌味かね、エンプレスのウルザ=ストームよ」
「いや、欠片も嫌味なんて無ぇよ。破滅の園だってたまたまだ。旦那だって行きゃあ何とかなったかも知んねぇだろ」
「フハハハハハハ、腹の探り合いは止めよう。我々では門をくぐったら最後、二度と陽の光を浴びることが無くなる。その位、弁えているつもりだ」
ウルザの横に並び立つと全身を甲冑に包んだ黄金の剣のリーダーはウルザを見下ろすような体格差があるが、一切蔑む様子もなくウルザを真っすぐに見る。
「ガングリオンにおいて貴殿らこそが最強。異論を挟む者などもう居ないのだ。で、その最強のエンプレスがお使いの依頼と来たら気にならぬ訳が無いだろう」
「ハッ、大げさだ。お使い依頼つっても、これでも大慌てなワケよ。俺ぁ俺でやらなきゃなん無ぇことだらけ、それこそ金に糸目をつけてる場合じゃ無ぇ位にゃ、よ」
「貴殿ら自身が行けぬ事情か……何か大きな動きがある、どうしてもそう勘ぐってしまうな」
「ま、外れちゃいねぇんじゃねぇかな」
黄金の剣のリーダーがカウンターに光沢が無くなる程、小さな傷に覆われた金色のギルドカードを置く。
「半額でいい、我々にその依頼を受けさせてもらえはしないか。夜を徹して届けてみせる。金ではない、いつぞや貴殿らの主、棺引きを気狂いと見下した。その償いをさせて欲しい」
低く、真剣な様子で甲冑の大男がウルザを見つめる。ウルザは口角を上げて金貨を男の前に押した。
「クハハ、あんた男だな。名前は?」
「ふ、ふははは、ようやく名を聞いてくれたな。グレイマン、しがない冒険者の集まりでしかないが黄金の剣の長をしている」
ガントレットで覆われた手をグレイマンが差し出すと、ガシッと音が鳴る程に勢いよくウルザは強く握り返した。
「グレイマン、あんたを男と見込んで追加で頼みがあんだが、お使い代金と同額で交通誘導なんてやっちゃくれねぇかい?なぁに内容自体は簡単なんだ。帰りがけに、ちょちょいと人をまとめてくれりゃ良い」
「フッ、ならばそれも含めてお使いの依頼として半額で受けよう」
「後で安かったなんて泣きつくなよ?」
「そう思える程の事態ならば私の名が広がる機会ともなるのだろう?」
握手を離したウルザが拳を握るとグレイマンもガントレットを握りしめ拳同士をぶつけ合う。
「もっと早く、あんたの事を覚えておきゃ良かったな」
「最強の一角の覚えがこれで良くなったのなら僥倖だ」
周囲を見守るようにしていた筋肉質な半裸や傷だらけの鎧に身を包んだ剣士たちが口元を緩め男同士のやり取りを眺めていた。
「あ、あの、ギルドのカウンターですのでギルドを通した契約を……」
受付カウンターの向こうでは正規手続きを求める受付嬢の声が響いていた。