計画転覆計画
ぶつかり合った光の玉で空を照らすほどの光の柱が立ち上がり、ほんの一瞬ではあったが闇夜を青空にするほどの光が放たれた。
「言ったでしょ?効果なんかないって」
光が収まると、変わらぬ姿勢のままセルティがクレスに微笑みかけると、硬い表情を崩し溜息をついたクレスが光の中に杖をしまった。
「はぁ、知っていましたよ。リーフの体から出ている状態で聖域展開を放った時にも全く影響がありませんでしたからね。そもそも傷つけるつもりなんてありません。それでも、僕らだけじゃなくリーフまで騙しているように感じたので、こうでもしないと気が収まらなかっただけ、ただの八つ当たりです」
「ふふ、浄化だったかしら?聖なる力や、こうした魔法が意味を成すのはあるべき世界を持たない魂くらいだもの」
「死霊や悪魔であれば効くんですけどね」
「正確では無いわね」
セルティが紅く染めた爪を魅せるように人差し指を口元に当てながらクレスたちに向け歩き出す。
「貴方達、人は死んだら何処へ行くと思っているのかしら?」
「魂の輪廻ですか?善きものは天へ、悪しきものは地へ」
「あ?んなもん、天国とか地獄ってことだろ?ま、死んでみたけど俺は行かなかったがな」
ふふっと声をだしながら二人の前に立って口元に当てていた人差し指でクレスとウルザを指さす。
「天国でも地獄なんて、誰かの天国は誰かにとって地獄のようかもしれないでしょ?そんな曖昧なものじゃないの。人は、肉体から解放されると、あるべき世界に行くのよ。天国に行くと信じたものは想像した天国に、潜在意識でも何でも地獄に行くと信じたものは本人の想像通りの地獄に、無に還ると考える者は何も無い暗闇に。人はね、死んだ時に生前行くと信じた先に行くの」
「ハッ、また聞いたことも無ぇ話しを、教会の奴らが聞いたら青筋立ててキレそうだな」
「宗教なんて、死後の世界を規格化させる洗脳に過ぎないわ。人は死んだら死んだ本人が作り上げた世界に閉じこもるのよ。意識にしろ無意識にしろ、想像通りのあの世をつくるのは個々の魂によるものよ」
セルティが言うには人同士の戦争で勝利を収めた英雄と敗戦国の将で、英雄は天国へ、敗戦の将は恨みを残して地獄へ行くというのも、自身を天国に行く英雄と定義した本人と自身を地獄で苦しむべきだと定義した敗戦の将自身、殺した罪の対価に左右されるものではなく、それぞれが作りあげたあの世に行くだけだと話した。
良いことをしたから天国へ、悪事を働いたから苦しみにあふれた地獄へいくのではなく、そうなると信じた魂がつくりあげた世界に閉じこもるのだと。
「私たちはね、その本人が持つ世界を内界、そう呼んでいるわ。貴方の魔法のように浄化が出来るのは、こうした内界を持たない擦り切れた魂や、この世に留まる魂の残滓にしか効果がないの」
「その話が本当ならセルティさんの話には矛盾がありますよね。リーフは内界を持っているのだから死んでも、貴女の世界、その新しい住人にはなり得ない」
また首を傾げセルティが微笑む。リーフの体で屈託なく微笑むが、リーフとは違う底の見えない瞳と目があうと背筋が冷えるような緊張感が走る。
「内界だけではなくて天界や地獄界と呼ばれるものがあるのは真実よ、何層にも世界を重ねるようにしてね。人が死んだら行く場所としてではないというだけ。内界の質によって魂の循環のために質にあわせた天界の浅層や地獄の浅層を転がるから魂が直接行く訳ではないというだけでね。内界を破れるものだけが行けるのが天界や地獄界、リーフはもう内界に縛られることはないわ。解脱とはよく言ったものね、あの子はそこから脱する存在になったのよ」
妖艶とすらいえる表情を緩め手を組み背伸びをするようにセルティが体を伸ばす。
「この世、人間界としましょうか。ここは中心にて芯なの。ここを包むように何層もあるのが天界や地獄界ということになるのかしら。本来区別なんてないのに、私達を定義するのは、いつだって人間。私はね、飽きてしまったの。変わらない顔ぶれで変わらずに同じような内界を持つ魂を転がして、永久に続く変わらない日常にね」
「なら何故リーフをそこへ連れていくなんて……」
「だって可愛いじゃない。あら?勘違いしないで、私これでもリーフの事を大切にしているのよ。それこそ娘のように。記憶のことも思考誘導もリーフの成長の為でしかないわ」
窓をあける、外に出て来るといった人が次々と建物から外に出て来だし俄かに街がざわつきだした。
「突き抜けるような考えや一直線なところ、こんな子が傍にいてくれたら永久につづく退屈も変えてくれそうでしょ?死のその時までに、誰かのために許せないって気持ちを募らせて、命の灯が消える瞬間まで呪詛を吐き続けたのよ。いい子だと、そう思わない?」
「ハッ大罪の化身っつーことは大悪魔みたいなもんなんだろ?それが良い子も糞も無ぇだろ」
「あら、それだって勝手だわ。罪の化身、その子たちより深い層にいただけだもの。言ったじゃない、悪魔だとか神だとか、定義するのはいつだって人間でしかないわ」
「ま、何にせよリーフの味方っつーのが答えなら構わ無ぇ。ちっと考えたら本当にセルティさんが味方なのかって疑っちまって悪かった。な、クレス」
「いや、でも、それが事実なら……神と何が……」
思考の渦に捉えられたクレスに背を向け口元に指を当て、それ以上言わないようにとでも言うように微笑んだ。
「ふふ、定義するのはいつだって人よ。宗教が違えば視点も違う、それだけよ。リーフにだって何度も言っているわ、いつか神とだって比肩させてみせるって。さぁ騒がしくなってきたわ。帰りましょう」
そう言って歩き出したセルティだが、歩くたびに階段を下りるように背が縮みだす。
「二人に頼みたいのだけれど、リーフのこと運んでくださらない?それと今日の事は私達だけの内緒にしておいてくれる?私、リーフに嫌われたくないもの」
そう言うと、ウルザの腰ほども身長がなく靴をぶかぶかに浮かせながらセルティは憑依を解いた。呪いのドレスこそ何故か一緒に小さくなっていたが、ぶかぶかの靴を放り出すように倒れ込むリーフの体をウルザが受け止める。
「あー、この縮んじまった理由は何て言やぁいいんだ」
「…………」
「コイツもか、おいソフィの嬢ちゃん、どうせ聞いてたんだろ?悪ぃがクレスは頼むわ、引っ張って宿に連れてってくれ」
動かずに思考に没頭するクレスを半眼で睨み、ソフィに投げかけるとクレスの腰にあった鞄から震える小さな手だけが出てきて指先で丸をつくって応えた。どうもセルティの圧にやられてコイツも使い物にならなかったらしい。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「おはようございます、リーフ様ぁ朝ですよー、ご朝食ご用意出来ています。お姿からクレス様ウルザ様とご一緒されると思って、お二人の部屋に運んでありますよ」
ルル先生に開かれたカーテンにより窓から差し込む光を遮ろうと目元を覆おうとした手の小ささに目が見開かれる。
「……なんでまた子どもみたいになってるのよ」
その声すらも普段より高く、口に出しておいて恥ずかしくなる。ガバッと起きてボサボサの髪のまま猫耳を立て鏡に飛びつくが、どこからどう見ても小さな子どもになっていた。
「と、いうワケで何でかまたちぢんでたの」
椅子によじ登ってクレスとウルザに向き合うものの眼の高さに机の縁が来てしまうので椅子に立って二人に説明する。
「ふ、くふふ、コホン。不思議だね。変異がまだ安定していないのかもね」
「クハハハ、いやホレ何で俺だけ睨むんだクレスだって笑ってんじゃねぇか、オイ、ちょ、馬鹿フォーク投げんなっつの」
テーブルに置かれていたサラダ、パン、スープを食べようにも、ちょっと手が届かない。しばらくするとガチャっと扉が開けられジュウジュウと音を立てながらカートに乗せた料理を押してルル先生が入って来た。カートを机につけるやいなや
「リーフさまー、リーフさまの席はコッチですよー、ほぉらお姉さんが抱っこしてあげましょうねー」
「ちょ、ルル先生!わたしちぢんだけど、べつに子どもになったワケじゃないの!」
有無を言わさず後ろから抱きかかえられ、視界に映るものの無視していた丁度向かい側のホタテを模したような水色の背もたれに角が丸まったヒトデや、口元をにっこりさせたウミガメに飾られた、座面がやたら高い椅子に座らされてしまった。
「今日はリーフさまが食べやすいように切り分けてあげましょうねー、ほら、あーん」
「ルルせんせ、ちょ、あむ…自分で食べれ、むぐむぐ」
眺めている二人がこらえきれずに笑い出したけど覚えてなさいよ二人とも、私はお前達が笑ったことを忘れないんだから。
そう想いを込めて睨み付けていたけれど、食べ終わって口元を拭かれるまでルル先生にいいようにされてしまい、食べ終わる頃にはむしろ忘れて欲しいとすら思うようになっていた。
「うぅ……朝から、すごくはずかしめられた……」
「クハハハすげぇマセたガキにしか見え無ぇな」
「しねウルザ」
机につっぷしていたが、肩を揺らしてて口元を押さえるクレスを睨み付けるが、頬を膨らましたかと思えば耐え切れなかったようで声をだして笑い出した。
「アハハハ、ごめん。くふ、フフフ。そのマーメードなチェアも凄く可愛いと思うよ……くふ、くっくっく」
「クハハハハハ、いや似合い過ぎだわ」
机をバンバンと叩き抗議しても呼ばれたと勘違いしたルル先生に座り直させられてしまい火に油を注ぐ結果となってしまった、苛立ちを露わに二人を睨み落ち着くのを待つ。
「んで、我らがエンプレス様は、何か話があっから笑われても耐えたんだろ?」
「わかってんなら笑ってないで聞く姿勢みせなさいよ」
「ふふ、ごめん。それでリーフ、これからのことで合ってるよね。リーフは、これからどうするつもりなのかな?」
ようやく居住まいを直した二人に、それぞれ視線を送る。
考えていたことがあった。災厄の悪夢は、まずは国に帰り戦火をと言って王都の方向に飛んで行ったけど、王都を守る要塞ガングリオンに来ても王都が戦火に包まれたなんて噂すらない。ううん、なんなら破滅の園で骸骨王が言っていたようにこれから何かあったんだと思う。
「災厄の悪夢、ううん、ギルバートが言う国って私この王国じゃないんだと思う」
王国のことは私達四つ耳族は、あんまり習ってない。けど、破滅の園より北にいっても深い森がつづいたあとで隣国。
準備から見て、王都を襲おうという意志は見える、けど骸骨王は崇拝するようにギルバートの事を話していた。なら、王都を魔物に溢れさせるような仕組みは何に使うのか。
「あいつは、多分この国の王都なんてついでなんだと思う。きっと、こんな国なんて手駒になる魔物たちの餌場程度にしか考えてない」
受肉した魔物は血肉に飢える。魔力で出来ていた体が肉体を持つからなのか、肉体を構成するための栄養が欲しいのか、肉体を持った時に使った魔力を補充しようとするのか、とにもかくにも魔力をもった生き物を好む。多少なりとも魔力があって肉量もあって、なにより数が豊富な街なんて格好の標的になる。
血肉を蓄え、魔力を補充し、受肉個体をより強力な魔物にして、それからが本番なのだとしたら、三百年間かける用意周到さ、ギルバートは私たちの故郷を生贄に力を、きっとこの国を犠牲に兵力を整えて本命を目指すつもりなんだと思う。
ガングリオン以外のダンジョンも同じように狂わせて、多くの兵力と共に本命を目指すなら私が挫く。その考えを、その計画を、その第一歩を。
「だから私、王都を襲おうと思う」
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