賢者の追及
「そっか、全然突然なんかじゃなかったんだ。もしかしたら、ううん、多分私の故郷ペアレンテージって禁断の儀式のためだけにあったんだと思う」
ペアレンテージ生誕三百年祭、四ツ耳族の理想郷を築いた偉大なるギルバート=ペアレンテージに感謝を捧げ、みんなで食べて歌って、今代のギルバート様のご尊顔を拝見しよう。
確か、そんな前宣伝だったと思う。先生はここ百年誰も外に出て行っていないようなことを言っていたけど、こうも言っていた。もし、外に親戚や知り合いがいるなら三百年祭のこの時だけは戻って来いと手紙等で伝えるようにと、そう言われても誰も知り合いなんて外にいなかったけど、もし手紙を出す人が居ても先に殺すつもりだったんだ。
「うん、ありがとうクレスおかげで何もかもがハッキリ思い出せた」
「役に立てたのなら良かった。リーフ、何を思い出したのか僕らにも教えてもらえるかな」
初めから仕組まれていたんだと思う。そう思えた理由、ペアレンテージでの学校で習うこと、私達四ツ耳族のこと、三百年祭で起きた事を思いつく限り話した。以前、破滅の園で伝えた私の旅の目的、どこに向かうかも不明瞭な始まりから今までより、更に前に起きていたことをクレスとウルザに伝えた。
災厄の悪夢ギルバート=ペアレンテージ、私達はアイツが禁断の儀式に臨める条件が整った時に生きていただけに過ぎない。アイツにとって、その時に誰がどんな風に生きているかなんて関係無かった。パパをママを、ラピスを、学校のみんなを、ありとあらゆる四ツ耳族を殺したことに毛ほども良心が痛むことなんてないんだ。ギルバートにとっては、ただ確実に種族を全滅させられる、その条件が揃ったに過ぎなかっただけなんだから。
ぎりりと、歯を食いしばる。無為に散っていった私達を見下ろす災厄の悪夢、アイツの笑い声を忘れることだけは絶対に無い。
「うし、話はとりあえず分かったからよ、今日のところは寝ろリーフ」
「そうだね、休んだ方がいい。これからの事は明日話し合おう。……だから、泣かないでリーフ」
そう言われて目元を指先で触ってみても、特に濡れてもいないし、涙がつたう感覚もない。
「泣いてなんかないでしょ」
「涙がね、流れてなければ泣いてないなんてことは無いんだよ」
「クハハ、賢者様は詩人だな。ひでぇ顔してっから寝て出直せってこった、剛力の谷で動いた疲れもあっからテメェが良くても俺ぁ先に休ませて貰わぁ」
困ったような顔をしたクレスだったが、運ばれてくる飲み物に何やら魔力を流しだした。私が飲めるように頼まれたぶどうジュースの水面がもぞもぞと動き出すとコップの水面からぶどうジュースの色をした小さな魚が跳び跳ねた。魚が何匹か水面を揺らした後、同じようにジュースの色をした小さな犬が駆けまわり、続いて羊たちが何匹も現れると私の方を向いて水面に並びだした。
「わぁ、何これすごい」
「ふふ、表情が明るくなったね。リーフも考えてることがあるようだけど、それは明日ウルザも揃っているところで聞かせてくれるかな。もし僕の考えと同じ王都に関することなら尚更ね」
クレスが指先に幾何学模様の弾を浮かべる。テーブルが明るく照らされるほどの明るさを放つ飴玉ほどの魔力の塊を指先に浮かべながらクレスが続ける。
「きっと、リーフの役に立ってみせるよ。ほら手を出して。これから先はリーフに魔法の使い方も教えるから期待していてね」
私が何となく出した手の平にクレスが光の弾を落とすと、ふわっと温かさが手のひらに広がっていった。
「ふふ、元気のでるおまじない。それじゃあ僕も広場にでも出てこようかな。まだこの街にもあまり詳しくないからね。僕も今日のリーフはもう休んだ方がいいように思うから、おやすみリーフ」
呆気に取れれている私を笑顔を向けて言いたいことだけ言ってクレスもテーブルを離れて行った。丁度着飾られたソフィが逃げて来たようで、カバンの中にソフィを迎えて食堂から出て行った。
『リーフ、あら?クレスはもういないのね』
「あ、セルティ。もぉまだ聞きたいことあったのに」
『何もかも一度に言ったって伝わらないでしょ?それにリーフ、貴女も疲れてるはずよ』
「ありがとう。うん、そうね少し早いけど私も今日は休ませてもらおうかな」
ほどなく逃げたソフィを追って戻って来たルル先生の案内を受けて、久しぶりにゆっくりとお風呂に使った後、柔らかいベッドに身を投げた。災厄の悪夢ギルバートのこと、これからのこと、考えなきゃいけないこともやらなきゃいけないことも今までよりハッキリしたけど、もう私は一人じゃないんだから。
一緒に考えられる、相談できる仲間がいるってこんなに安心できるんだなってクレスやウルザのことで一人で悩まなくてもいい安心感に包まれて泥のように眠ることが出来た。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「残念ねクレス、私やレゼルやノワール達に浄化の魔法は効かないわ」
「効くなんて思ってませんよ。ただ呼び出す効果位はあるんじゃないかと、そう思っただけです。セルティさん」
日も暮れ暗くなり、人通りも無くなった広場にある噴水の縁に座り、まるで来ることが分かっていたかのようにリーフではなく、セルティと、そう呼んだ。
「リーフは?」
「あの子は寝ているわ。本人の意志を無視した憑依って、あまりいい気はしないのだけれど、リーフに浸透するような浄化の魔法を見ればクレス、貴方が私に呼び掛けていることくらい気づくものよ」
クレスは手元に出した光の中から使い慣れた銀色の杖を取り出し、向かい合うように立つセルティにその先を向ける。
「禁断の儀式、その成否はきっとリーフが口にしたギルバートが成したんでしょう。だけど、僕にはまだ納得できないことが二つある」
「ふふ、私で答えられることだったら答えるわ」
首を傾げ妖艶に指先を口元にあて微笑むセルティの表情をクレスは鋭い目つきで射抜く。
「一つは、リーフがあれだけ恨むギルバートの名前を今日まで思い出さなかったこと。リーフは、さも当たり前のように災厄の悪夢と、そう呼んできた。僕は最初、僕の知らない時代の流れで、それが正式な呼称かと思っていたんだけれど、誰に聞いても何を調べてもそんな呼び名、見かけることがなかったんだ。でも、リーフの故郷のについてペアレンテージの名前も領主ギルバート=ペアレンテージの名前も、調べなんてすぐにつく。何故思い出させてあげなかったんですか?」
リーフの体で爪の色が紅く染まる。赤い光を帯びた夜闇に指先の軌跡を残しながらつり上がるほどに口角が上がる。何か面白いものでも見るように、瞳を細めるセルティは何も答えない、ただ続きを促すように首を傾げ口元に当てていた手を前に出し続きを促した。
クレスは対照的に表情を硬くし、射抜くような視線でセルティを見つめ、杖を握る手に力を込める。
「二つ目は、何故リーフは誰にも助けを求めなかったのか」
クレスが杖のさきに肉眼で観測できるほどの濃密な魔力を集め出すと、魔力に呼応するように広場全体が薄っすらと輝きだす。特にセルティの立っている周辺の輝きが強くなりいくつもの幾何学模様が見えるようになると、逃がさないとでも言うように幾何学模様が浮かび上がりクルクルと回転を始め、セルティを光の玉が囲んだ。
広場の輝きに照らされる中、セルティは肩を揺らし、ついには声を出してお腹を押さえるようにして笑い声をあげだす。
「アッハッハッハッハ、あー可笑しい。くす、くふ、クフフフ、アハ、あー駄目、はぁー笑わせてもらったわ、そうね、でもその前に、それも無駄よウルザ」
音もなく気配もなく、いつの間にか背後から槍を突きつけるウルザに対しても、まるで初めから分かっていたように、振り向くことなく応える。
「リーフの体なのだもの、どうせ傷つけるつもりなんて無いんでしょう?」
「チッ、分かんねぇだろ?心臓取り換えちまうような事があるかもしんねぇだろうが」
「クレスもよ。言ったじゃない。いくら強いものであっても浄化は私には効かないの」
「試してみないと納得できないところがあってね。それで、答えて貰えるのかな?」
ウルザは槍を降ろすとクレスの隣まで歩き出した。もう槍で突くといった素振りを見せても無駄だと悟ったかのように、噴水の縁に腰を下ろしセルティを眺めた。
「そうよ。私がリーフに思い出せないようにしたのよ。魂を体に固定する時に、ただ憎いだけの敵で、ただ許せないだけの相手、そう思うように。私が焚きつけたのよ、皆の恨みまで私が晴らしてやるんだってリーフの想いを」
「何故そんなことをした」
クレスの声に呼応するようにセルティを照らす光の玉が増えていく。昼間よりも明るく照らされた広場で、それでもセルティの愉快そうな表情が崩れることは無い。
「貴方達、勘違いしてるわ。こう思ってるのではなくて?私はリーフの復讐を手伝っているんだって」
「あ?違ぇなんてこたぁ無ぇだろ。それの何が可笑しいんだ」
ついには頬杖をついて成り行きを見守るウルザが口を挟む。クレスも同様でウルザと同じ思いだった。
「くふふ、あはははは、そんな訳無いじゃない。ギルバートだったかしら?興味が無いのよ。どうだっていいわ、何をしても何になっても、全く構わないの」
「なら、何故リーフの復讐を半端に手伝う。交易都市リューンに来る前に辿り着いた先で多くの人に窮状を訴えるべきだった、救世主と邂逅した際に自身に起きた全てを伝えるべきだった、僕と会った時にだって救いを求めるべきだったんだ。僕たちと一緒になるまで、何故そうした行動を取らなかったのか、貴女の目的も含め理解が出来ない」
再び落ち着きを取り戻したようにセルティが紅く染まる指先を口元に持っていくが、深くつりあがった口角、妖艶な瞳がリーフの面影をかき消す。
「リーフには私になって貰おうと思っているの、正確には私のように、かしらね。大罪の化身セルティネイキアを引き継いで、地獄の門、破滅の層の向こう側、その新たなる住人にね」
瞬間、微笑むセルティに向け、光の玉が殺到し強烈な光が夜闇を真昼のように照らした。