災厄であり悪夢
ガングリオンに戻ったあと、女子力講師ルル先生にそれはもう連れ回された。湯あみして着替えただけで再度湯あみ、また着替えといった着せ替えループ。ようやく食堂に辿り着いて落ち着けると思ったのになぜか食事までも全介助してこようとして来る。
何度も見た目だけ縮んだだけだと説明して付き纏いが止まらないので、心苦しいところだが私は仕方なくクレスの鞄に手を突っ込んだ。
「り、リーフさま、な、なにを!?」
「ごめんね、ソフィ」
クレスの方針で、なるべく人目を避けて来たソフィを掴んでルル先生に差し出す。
「ルル先生、この子、この子も一人分の料金を払うわ。小さいから子どもの客と同じように扱って欲しいの」
「な!?クレスさま!クレスさま、たすけ――」
「リーフ様!お任せください!これまで気づけなかった非礼も含め誠心誠意おもてなしいたします。当店のサービスで衣類の提供も出来ないか検討したいと思いますので、しばらくお借り、いえ、しばらく別室にお連れしてもよろしいでしょうか」
「えぇ、頼んだわルル先生!」
可愛いは正義と主張するルル先生は、お客として扱うはずのソフィをガシッと掴むと風のように去って行った。かーわーいーいーと廊下から謎の怪音が響いた気がしたが、気にしなければどうと言うことは無い。
「おいクレス、いいのかアレ」
「いいんじゃないかな。リーフも満足してるし、ソフィも可愛がってもらえそうだし」
「可愛がっちゃ貰えるだろうよ。リーフ、おめぇその着替え何回目だ?」
「これ?これは多分七回目」
どこから取り出して来たのか、自作ストックでもあるのか、明らかに宿の備品じゃないだろう服が次から次に現れ、今は白のヘッドドレスに白い子供用のゴシックドレス、腰と背中に編まれるリボンは鮮やかな青で、同じ青い色をした大きなリボンが胸をかざっている。
「ふぅようやく落ち着いて話せるわね」
「クハハハ見た目がそれだと、すげー生意気なガキにしか見え無ぇな」
「うるさい、好きでこうなってるわけじゃないんだもん」
「ふふ、これはこれで可愛いんだけどね」
クレスとウルザと共にテーブルを囲むが足は椅子からブラブラしてしまうし、テーブルに置かれたパンを取ろうにも手が届かずにクレスに取ってもらう始末。セルティが言うように食べて寝れば治るなら、たくさん食べて早く治してしまいたい。セルティはまた休むといって内界とかいうところに寝に行ってしまった。
でも、このまま私まで寝てしまうなんて悠長なこともやっていられない。剛力の谷で得た魔石や魔物の死骸を冒険者ギルドに納めて来たので、金貨が袋一杯分位の報酬は貰えた。剛力の谷も崩壊したって伝えたらギルドマスターが涙目でバタバタしだしていたけど、私達には関係なさそうなので帰って来てしまった。当面お金の面では問題無さそうなのであれば、早く先に進みたい。
「これからの事なんだけど」
「なんつーか、その姿だと締ん無ぇな」
「黙って聞いて。これから私、一回王都に行くべきだと思ってるの。多分、災厄の悪夢、あいつは居ないと思うんだけど」
「ペアレンテージを滅ぼしたヤツだね。リーフ、以前に聞いた時から思っていたんだけれど一つ聞いていい?」
クレスが今の手でも掴みやすいパンを選んで渡しながら何気ないように口を開く。
「災厄の悪夢って本当に突然現れたのかな?」
これまで、考えたこともなかった一言に頭の奥がひりつくような緊張感が走る。私の中で災厄の悪夢は突然現れた災害のような感覚でいた、その感覚が揺らぐように感じる。
「僕が思うに、それじゃあ整合性が取れないんだ。禁断の儀式には一つの種族を絶滅させなければいけない。突然やって来て種族全員を殺し尽くすなんて不可能なんだ。たまたま出かけていたヤツは?遠くに出かけてる人は?本当に街の中にいる人たちだけで全てなんて分からない。けど、セルティさんも禁断の儀式で呼び出されただけではって、つまり儀式は成立していたんだ」
記憶を覆う曇りガラスにひびが入りガラガラと音を立てて崩れるような気がした。種族全てが街に引きこもるなんて、普通に考えれば有り得ない。力もなく魔力もない、ただ獣耳と人の耳があるだけの四ツ耳族が搾取もされず、魔物一匹狩るのに全力をもってしても死にかける四ツ耳族が魔物の脅威なんてどこ吹く風と平和に暮らせるなんて。
「もう一つ気になることがあって、セルティさんは万の命を捧げてって言っていたけど、リーフの話では、もっと多くの人が故郷にいたように話してるんだ。それこそ、王都並、数万の人が暮らしているようにね。リーフの故郷は、本当に四ツ耳族しかいなかったのかな」
ラピスと過ごした日々、パパやママと遊んだ街、思い出せなかった、ううん、思い出したくないと思っていた過去を今鮮明に思い出そうと記憶に集中する。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
外に出た今だから分かるんだけど、思い返してみればペアレンテージの街はおかしかったんだと思う。
学校の授業で、パパやママが学生の時も同じく、私やラピスは王国史いわゆる歴史の授業で習う内容はこうだ。
「いいかぁ、大戦期、これは大昔に魔物が跳梁跋扈していた時代だな、これを乗り越えて王国が出来たのが今から大体四百年前だ」
「せんせぇーちょーりょーばっこの意味が分かりませーん」
「おぉそうかそうかぁ、先生はお前が歴史の前の国語の授業で寝ていたことが分かってしまったがなぁ、特別に理解できるように宿題を出してやるから安心しろぉ」
クスクスと教室に笑い声が響いた。木の長机が何本もならび、同じく質素な横長のベンチが備え付けられたそこで、同年代の子どもが集まって授業を受ける。簡素な小屋のようなそこが学校で、純血の四ツ耳族だけが授業を受ける学校。全校生徒と言っても百にも満たない人数だった。
「大戦期、われわれ四ツ耳族は、そりゃぁまぁ弱かった。純粋な獣人のような身体能力も、長命種のような魔力もない、特徴のない人間族のような数の暴力も持っておらず、戦争に参加しても、せいぜいが獣耳と人耳を使った敵襲警戒の手伝いだったわけだ」
「えぇ、おれたちにも英雄はいなかったのかよぉ」
「まぁ獣人族と人間族それぞれが祖先の新種族だからなぁ、獣人の英雄も人間族の英雄も我々の英雄だとおもって良いだろぉ。でだ、戦争が終わると、まぁ分かりやすく虐げられたのが我々の祖先だ。ここで我々の救世主が現れるわけだぁ。誰か分かるかリーフ?」
「へ?わ、私?」
「まぁお前じゃぁないのは確かだが、誰か知ってるだろうなぁ?」
あはは、と私を笑う声が響く教室で隣に座るラピスが肘でつついて二人で一冊という教科書、学校の所有物でしかない古くしなびた本の一文を指さす。
「ぎ、ギルバート卿、ペアレンテージの初代領主さまです」
「おっ、ちゃんと分かってるじゃないかぁリーフ、偉いぞぉ。そう、ギルバード=ペアレンテージ様、我々四ツ耳族が虐げられているのをお嘆きになった彼は四ツ耳族の楽園となる都市を築かんと、自身の領を解放し、どこよりも好条件で受け入れてくださったワケだぁ。今も世襲制で名を受け継いでおられる領主さまだなぁ、今代のギルバート様も名君で在らせられるなぁ」
ぴちゃぴちゃと、とこちらも振り返りもせずにギルバート=ペアレンテージの功績について大きな木板に薄墨で書き込んでいく。日直として、あとで薄墨が見えなくなるまで拭かないといけない熊耳の女の子は、先生が書き込むほどに項垂れていった。
「ありがとラピス」
「ふふ、リーフ興味無さそうだったから絶対聞いてなかったでしょ」
「だって、昔のことなんて今なんの役にも立たないじゃない」
ひそひそとラピスと話していても木板に描き込む先生は筆を止める様子が無い。先生は人間族でギルバート領主が派遣してる人なんだけど、第何代のギルバート卿が何をしただなんだという歴史の専門家なのか知らないけど、皆同じ名前の領主なのに別の人として覚えるなんて私には無理。もう一言、ギルバートさんがこの街をつくりましたでいいと思う。
「まずだぁ、今の高い街壁を立てる公共事業を行い街を囲ったぁ。壁は魔物たちから我々を守るだけでなく、たとえ今後戦争が起きても籠城できるように今も強化補修が繰り返されてるなぁ。これに従事してる両親をもつやつも多いだろぉ」
私のパパも壁の補強が仕事だから、その点を考えればギルバート領主はパパの社長みたいなものなのかもしれない。けど、見たこともないんだよね領主様。パパも会ったことないらしいし。
「交易の仕事などはなぁ、ギルバート様が人間族を使って他の都市とやりとりしてくださるぅ。ギルバート様は、割のいい仕事を優先して四ツ耳族にあてがってくださっているわけだぁ。お前らの知っている家で、外に出てった奴があるかぁ?ないだろぉ?」
先生の話では、外に出ても稼ぎも生活の質も下がるからここへ帰ってくるか、力も無いのに無謀にも冒険者となって命を落とすからしく、少なくともここ百年は一世帯も外に出ていって無いらしい。三百年前には外に出ていた世帯があったけど、他の種族と結婚した奴らくらいで純血種は、もうこの街にしかいないらしい。
「まぁ最近は物騒でなぁ、魔物が街の周りに集まることが増えているらしくぅ、街を出てすぐ亡くなってしまう事故が続いてるからなぁ、万が一街を出る用があるときは、きちんと届をだすようになぁ。うん、今日はここまで、明日は今代のギルバート様の公共事業についてやるから両親に聞いて予習してくるようにぃ」
そう、パパとママに聞いても、パパとママも子供の頃に親に聞いた内容と同じ。この街にいる四ツ耳族まギルバート様に守られて幸せに暮らせる。ギルバート様の庇護から離れると魔物に襲われたり、外では虐げられるだけだからリーフもペアレンテージの中で暮らせるように、いつかできるリーフの子どもに苦労させないためにも四ツ耳族の男の子にお嫁に貰ってもらうのよ。
ペアレンテージにいる時は、それが普通、それが当たり前だったから何の違和感もなかった。街が出来て三百年、みんながずっとそうしてきた、みんながずっと受け継いできた、私達の普通。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「……ギルバート=ペアレンテージ」
思い出せ私、あいつは何て言ってた?
災厄の悪夢、あいつが地上に降りて口火を切った時、感慨深くこう言っていたはずなの。
ようやく、ようやくだって、ようやく?そうよ、あいつは待ちわびていたかのように、そう言ってた。とても感慨深そうに、とても長い時間が掛かったように、ついに達成したぞという達成感に包まれるように。
思い出せ私、あいつは何て言ってた?
災厄の悪夢、なんで私は災厄の悪夢がアイツの呼び名のように、当然のようにそう呼んでるの?口火を切る前……なんでみんなで外にいた?
「そうだ、そう、あの日はお祭りだったんだ……ペアレンテージ生誕三百年祭、みんなでギルバート領主を囲むように広がる出店や出し物が沢山……」
そう、街の中心にあるギルバート領主邸、まわりの誰も見たと聞いたことが無い領主様からご挨拶があるからって、四ツ耳族の救世主を一目見ようって、生まれてから見た事もないほどの賑わいを見せる中で領主邸の扉が開いた。
「お祭りの挨拶をするためにって領主邸の扉が開いて……そしたら」
そう、そしたら扉が開くと同時、辺りが一気に暗くなった。なっている楽器の音は止んで遠くから悲鳴が上がる。振り返ると頭がいくつもある二階建て程の大きさがある狼や、一口で数人飲み込んでしまう大蛇が暴れ回っていた。
周りの人間族が出していた出店は次々と爆発して、人間族の店員は自分の皮を剝ぐように体を裂くと骸骨の化け物になって剣を持って襲い掛かって来た。
そう、その時よ。あいつが、領主が現れたんだ。笑いを堪えられないようにフハハハハハと高笑いしながら、ゆっくりと歩いて、阿鼻叫喚となっている周囲を見渡すと満足そうに手を広げて。
『フハハハ、私こそが貴様ら屑の終焉を齎す者、私こそが四ツ耳族、お前達の“災厄”であり“悪夢”そのものだ!私の覇道のために、これまでの恩を今日、返してもらうぞ』
災厄であり、悪夢そのものだ。
そう、そう口上をあげたのよ。
そしてあの悪夢が実現したの。
「ギルバート=ペアレンテージ……私たちの街の領主、あいつが災厄の悪夢なんだ」
瞳の中の青い炎が燃え上がるように煌くと、ふつふつと沸き出す怒りと恨みが身を焦がす。いつの間にか普段の大きさの手に戻ると、自然と呪われた漆黒のドレスを纏っていた。