重い想いの実証検証
「この剣をもってすれば竜だって真っ二つに出来る」
「この剣であれば騎馬を鎧ごと斬り伏せることだって出来る」
生まれてすぐに聞いた声は、賞賛に満ちたものだった。
強固な敵を強固な守りごと切り裂き、堅牢な竜であっても両断を可能とし、荒れ狂う魔物の群れの中であっても決して壊れることなく全ての敵を斬り伏せることが出来る。
「使いこなす事さえできればな」
食の都と呼ばれる土地で生まれた、話題作りの大剣。
あそこの店には竜を切り裂き、騎馬をも両断する剣が売っている。そう言った客寄せのためだけに生み出された鍛冶職人が掲げる看板のようなものだと知るまでに長い時間を要することは無かった。
最初こそ、さぞ名品があるのだろうと訪れる者があったが、持ち上げることすら敵わず、まして振るといった無理難題に応える者など現れることすらない。詐欺だ、鉄くずだ、見かけ倒しだと罵倒され地に落とされ蹴飛ばされ、ついには悪評が広まっては困ると鍛冶職人にすら見放され裏庭に放り出され地に突き刺され放置された。
それから、どれだけ多くの雨を眺めていたのだろう。
腕は決して悪く無い鍛冶職人が丈夫さだけを追求して作られた。竜の鱗を粉にして、混ぜると強くなるという魔石を砕き、騎士の魔物の死骸を溶かし、ただただ丈夫で強固であることだけを求めて作られた。
決して折れることの無い、不屈の大剣として作られたというのに、千の雨に打たれても万の露に覆われても我々が大剣として振るわれることは一度として無かった。
このまま、剣として振るわれることなく、いつか鋳潰され、ただの鉄に戻されることを悔しく思う。ただの鉄ではなく、生まれ出でた賞賛に応える姿を取れたらと、ただ漠然と願うようになったのはいつの頃からだったのだろうか。
「いい?リーフ、貴女を鍛えるにも、貴女が使うにも、こうした丈夫な剣をお勧めするわ」
光が射したのは、底の見えぬ闇をまとった少女の一言からだった。
持ち上げられたことすら数える程しかなく、打ち捨てられてから雨に打たれるだけの日々が唐突に終わりを告げた。雨の粒を弾いていただけの身で矢を弾き、土に刺さるだけの刃で盾を貫き、刃で以って敵を両断した。
切っ先が光を帯び、銀線が舞うように、空を翔るように我が主に迫る艱難辛苦を斬り裂いた。
我が主は、我らのことを欠けることなど無いと思った、折れることなど無いと信じた、砕けることなど想像すらしなかった。雨に打たれる鉄くずに過ぎなかった我らを、我が主は不壊不屈の大剣であると信じて疑わなかった。
我らと変わらぬ程の厚みをもつ戦斧を砕き、地を這う竜を百と言わず二百と言わず、文字通り一刀の下に両断した。それでも我らは、我らに光を見せた主に応えるべく、決して欠けず、決して砕けず、信頼に応えるべく忠義を尽くした。
この先も、主に降りかかる艱難辛苦の全てを斬り裂き、ありとあらゆる敵を斬り伏せてみせよう。我らの意志は我が身より硬く、主が我らに望む限り、この先も不壊不屈で在り続けてみせよう。
……
…………
「え?何これ重いんだけど」
『ね、ほら意志を持ってるでしょ、魔剣化してるわ』
「そうじゃなくて、何これ今のなんだったの?」
セルティに言われて、いつも使っている大剣を両手に持って大剣を自分のものだと強く思えといわれたからやってみたら頭をよぎる重い想い。ただでさえ重い剣だというのに、内面まで重いタイプだった。確かにこれまで丈夫そうだから壊れるなんて想像もしたことなかったけど、まさかこんな風に受け取られていたなんて、受け止め方も重い。
「これまでも何度かあったけど何なのこれ」
『残留思念や物が宿す意志よ。リーフは、そもそも呪いって何だと思っているのかしら』
「呪いって、相手を不幸にするみたいな、なんかそういうの」
『間違っているとも言えないけれど、呪いはそもそも強い願いよ。こうあって欲しい、こうなって欲しい、そうした願いが形として現れたもの。不幸にするなんて、因果すら操作するような願いを形にしたものよ?ほら、神の御業のようでしょ?』
願いが形になれば、そりゃあ神様のようだけど、マイナスなことしか起こさないんだから間違いなく良い神様ではないんだと思う。
「けど、私が使ったって怠くなるとか体を重く感じるとか、その程度じゃない」
『それはリーフが相手が弱くなることを漠然と願っていたからに過ぎないわ。かといって死を願ったところで即死するようなものでもないのだけれど、これからは使い方にも意識を置くべきね』
近くでクレスが次々と出す氷柱を、ウルザが炎を纏ったまま次々と砕いていく。
剛力の谷では馬の体に筋肉隆々の人の上半身を持った牛頭、ミノタウロスが沢山現れた。クレスやウルザでもミノタウロスの胸のあたりまでしか身長がなく、私の剣と同じくらい厚みを持った戦斧を振り回し暴れていたが正直、今更どうということはなく最奥まで蹴散らして行った。
破滅の園に比べたら温いというか、ミノタウロスしか出ないから隠れたところから魔法を撃ってくるとか矢を放ってくるということもなく、戦斧にしたって振り抜けば隙だらけ、正面から当たったって斧を砕き楽に牛の頭とマッチョ上半身と馬の体の三枚おろしが出来てしまった。
「クレスさまぁ、もう少しです。なんとかとれそうですダンジョンコア」
「さすがだねソフィ、ダンジョンコアがあればダンジョンを作り出せるってことだよね」
「うんと、すごくすごく時間がかかりますけど、こういうダンジョンにしたいって設定すればあとは魔力のながれと時間をかければ好きなダンジョンができます」
ダンジョンの最奥、ミノタウロスに腕が増えたようなヤツが何だか喋り出してたけど、名乗る前にウルザが突き刺したら光の粒子になって消えて行った。クレスが辺り一面をピカーって光らせると全身真っ黒で蝙蝠の羽を生やした人型の奴が宙に現れて降りて来たけど、クレスが着地より先にバチバチ音がする電気の球を撃ち込んだら消し飛んでいった。
残ったダンジョンコアについて、ウルザの心臓についたように何か使えるなら持っていきたいというクレスの提案により、元ダンジョン管理人だったソフィがコアを取り出せるか挑戦したところ何とかなりそうらしく、待っている間に変化した体の変化を確かめていた。ウルザは体に炎を纏うのが楽になったと言うけど、私は特に何が変わったかまだ実感が持てない。
「どのくらいの時間があればダンジョンになるのかな?」
「んと、自然にまかせちゃうと、このくらいのダンジョンだと二百年くらいかかるとおもいます。でも、神さまの試練のコアとは少しちがいましたけど、あくまのダンジョンコアも似たようなものなんですね」
『それはそうでしょ。この世に干渉する仕組みなんて神も悪魔も無いわ。隔離された世界から干渉するんだから条件は同じよ。つまり、出来る事だって同じようなものってことね』
セルティが言うには神の試練も悪魔のダンジョンも特殊な魔石を元に空間を拡張させて好きな構造を表してる点では同じなんだから、構造だって同じだとなんとか。何だか難しいから私には分からないけど、同じことをするから同じ作りって事みたい。
「そんなことよりセルティ、私も変化したなら何かこう必殺技とか出来ないの?」
ウルザやクレスと一緒にいて思った事がある。二人にはパッと見て分かる派手な技がある。ウルザは火を纏ったり槍を燃やして爆発させたりするし、クレスは氷の杭を撃ち出したり雷を落としたりする。
そんな横で私といったら重い大剣を振り回すだけ。二人が戦ったあとはキレイさっぱり跡形もなく魔物も消し飛んでいたり派手に戦うけど立つ鳥跡を濁さずで戦闘後は綺麗なものなのに、私と言ったら血肉を飛ばし内臓をぶち撒け脳漿を飛び散らせて戦うという、戦いは地味なのに戦後が汚い。
『必殺技って、呪いを乗せて大剣で暴れるのも十分脅威よ?』
「そういうのじゃなくて、なんかこうドッカーンってなるようなのとか、パッと見てキレイってなるやつとか」
「おう、何だか頭の悪ぃ会話してるように聞こえんだけど調子はどうよリーフ」
「頭が良い人にしか理解できない会話をしてるの、理解できないなんてウルザきっと頭悪いのよ」
「耳がピンとなってる時っつーのは図星突かれた時だ。違ぇか?」
「嘘!?」
慌てて猫耳を手で確認する。意識していない所で、そんな癖があったなんて。ラピスがよくリーフは分かりやすいって言ってたけど、気づかない癖でもあるのかな。猫耳をにぎにぎと確認するけど別にピンとなっているような気はしない。
「なってないじゃない」
「クハハハ、んで、何悩んでんだ?」
『リーフじゃウルザに口で敵うなんて不可能そうね』
ぐっ、と呻く事しかできない。これからのことを考えて、どうしても何か派手で分かりやすい技が欲しいって話してみる。ソフィにコアを任せたクレスも近くで聞いて何か考えてくれている。
「あぁ、あれかクレスのデケェ魔法や俺の絶槍みたいなやつか。つっても俺も追い詰められた時にしか出来ねぇ火事場の馬鹿力みてぇなもんだったんだけどなアレ」
「普段とどう違うの?」
「なんつーか、俺は魔法なんて使え無ぇんだが、体が追い込まれると少しだが火がつかえんだ。それをこの炎竜の槍に乗っけてようやくっつーヤツだったんだ。まぁ槍の師匠がまだ生きてたらアレでも粗いって言われるようなもんだがな」
火が出る槍に火の力を重ねてるってことなら、私だって呪いの魔剣に呪いの力を乗せてるんだけど、全然そんな派手なことにはならない。せいぜい黒い湯気がたつくらいなのに。闇の魔力や呪いの力を集めて撃ち出せるようになるとか、なんかそういった不思議な力に目覚めたりしないのかな。
ものは試し、手を突き出して矢の雨や剣劇の合間を駆け抜けるときのように闇の魔力を手先に集めてみる。
「こう、なんか力を集めて、波ァ!みたいなことできないの?」
『変異をしたって昨日の続きの今日に変わりないのよ?けれど、力を集めても何も起きないってワケでもないわ。もっと集中してご覧なさい』
セルティの言う通りに魔力を手に集めていく。冷え切った手先をお湯につけた時のようにジンジンとした感覚がしてくる。両手を突き出して指先を開いて更に力を込めてみる。以前より少し魔力が集めやすい気がする。これなら何か撃ち出せるのかも。
「波ァっ!!……何も起きないんだけど」
『そんなことないわ、ほら指先を見てみなさい』
特に何も起きなかったから降ろした手を見る。セルティの言う通り指先を見て見るけど特に何もないじゃない。
そう思って指を曲げてみると爪の色が変わっていた。瞳と同じ綺麗な水色に青色が爪の付け根から形を変え、炎のように揺らめいている。
『ね?キレイでしょ。』
「で、これで何が出来るの?」
『何も無いわ。色が変わっただけよ』
ガクッと膝から崩れ落ちて両手を地面について項垂れてしまった。せっかく集中してたのに、集中力すら霧散するように魔力が散ると指先も元の桃色に戻っていく。セルティがルル先生なら泣いて喜ぶ能力だと全く心に響かない励ましをしているが変異の結果、ちょこっと力がついたのと使えない能力が増えたことしか今のところ判明していない。
アイテムボックスから出した大剣に寄りかかるようにして立ち上がると考え込んでいたクレスが思わずといったハッとした表情と共に組んでいた腕を解いたところだった。
「ねぇリーフ、いやこれはセルティさんに聞いてみて欲しいんだけれど、それ、そうその黒い沼みたいなやつだね。それは何なんだい?」
「何って、アイテムボックスでしょ?何でもしまえるし、思ったものを取り出せる道具箱の魔法だって聞いてるもん」
「いや、アイテムボックスは本来道具に付与されるもので、こうした収納の魔法は普通インベントリって呼ぶ筈なんだ」
そう言ってクレスが手元に出した光から銀色の杖を取り出すとクルクルと回した後で手を放し落とすように、また光の中に杖をしまった。
「亜空間、今いるこの世界を包む隣の世界って言えばいいのかな。その世界で自分っていう存在が領有する自分へ紐づけられた場所に、この世界で存在する自分の領域からアクセスすることで収納を可能にする。隣の世界の自分を定義する空の場所への収納だから自分の大きさがインベントリの最大容量なんだ。だけど、リーフのソレは明らかに違う。その魔法、いや、ソレは一体何なんだい?」
意味の分からない難しい話をされたんだけど、荷物を持たなくて良いように生まれて初めて覚えた魔法なのに、クレスから見たら何か少し違うのかな。
『流石、賢者といったところかしら。いいわリーフの力にもなることだもの。リーフ、少し代わってくれる?』
「ん、クレス。セルティから何かあるみたい。憑依」
ふわりと、体が軽くなったような感覚とともに自分の黒髪を後ろから眺めるような視点に変わる。
『セ、セルティ!なんかいつもと違う!』
「ふふ、そうでしょうね。それが私の視点よリーフ」
今までの体の自由が利かないのと違って、体自体はセルティが動かしてるんだけど私は私で周りを見ることも顔を向けた方の音を聞くことも出来る。手を伸ばせば半透明の手が視界に映る。けど歩いたり移動は出来なくて、自分の体にどこかが触れていないといけないみたいで離れることは出来ない。
セルティが私の方に振り返り、はしゃぐ子供を見守るような、私の顔とは思えない大人びた微笑みを見せる。
『わぁ、わぁ不思議な感覚。なんだか水の中で浮いてるみたい』
「ふふ、私はもう少し自由が利くのだけれど、リーフもいつかもう少し自由が利くようになっていくわ」
「リーフの体でリーフに語り掛けている、ということはセルティさんで間違い無いね。答えは聞かせて貰えるのかな」
「えぇ、その前にクレス、貴方のインベントリの解釈に補足を入れてあげるわ。世界を多層で捉えるだけでなく、次元で考えることも必要ね。亜空間にある自分の領域に次元を加算すれば容量が自身の容積を超えることも可能よ?」
次元がーとか、空間がーとか、頭を良さそうに見せるためだけに作られたような単語に彩られた謎会話が続くので放っておいて、ふわふわと浮かびながら辺りを見渡す。
ドンドンドンと地面を爆発させ走って行ったり戻って来たりしているウルザ、壁を蹴って真上に跳んだあと天井を蹴って、と立体に動いてるんだけど何あれ、最早人間じゃない気がするんだけど……あ、転んだ。あはは、見られてないかコッチ確認してる。ふふふ、転んだのバレないようにしながら歩いて来てるけどセルティが見てなくてもバッチリ私が見てたんだから。
「それで、クレス。貴方への答えなのだけれどこれは、貴方達がインベントリやアイテムボックスと呼ぶ魔法では無いわ。これは、そうね。内界への扉、といったところかしら」
「あ?そういやリーフが内界に落ちたとかどうとか骨格標本を叩いてた時にも言ってたな」
何だか自然に話に混ざって頭いいフリしてるけど、私はバッチリ転んだの見てたから!くふふふ、恥ずかしいの誤魔化してるんでしょウルザ。
近くに来たウルザを半透明の指先でつつく、当然触れないしウルザも気づかない。触れられるような現実だと絶対できないことでもこれならバレずに出来る。
「貴方達の呼ぶ収納魔法とは、そもそも根本から違うの。これはリーフの魂に紐づけされた。リーフの持つ世界との橋渡しよ」
「魂……リーフの持つ世界……」
クレスが再び難しい顔をしながら腕を組んで考え込んでる。セルティに触れながら、近くに行って顔を覗き込む。真剣な顔をする前で手を振っても気づかない。何これ、ちょっと楽しいかも。
振り返って自分を見て見るとセルティは何だか苦笑いを浮かべているように見える。こう見ると私って、黒髪黒猫耳に黒ドレスって真っ黒ね。スカートふわふわだけどコレ本当に大丈夫なのかな。黒に換装してるときは良いけど、赤とか、特に白、見えたりしないのかな。自分の体の前に戻ってスカートを覗き込もうと見上げるけど、なかなか中が見えない。
「……リーフ、貴女にも関係あるんだから真面目に聞きなさい」
『げっ、もしかしてセルティには見えてるの私』
「げって、もう少し女の子らしい反応出来るようになりなさい。見えてるに決まってるでしょ」
ぐぅの音も出ない指摘をいただいてしまった上に、ウルザをつついたりクレスにちょっかいをかけてるのも見られていたと思うと実体がないのに顔が熱くなるのを感じる。
『そ、それで何の話?』
「アイテムボックスが進化したって解釈でいいわ。見た方が早いわね」
セルティが手を翳すと足元に広がった黒い沼から大きなトカゲの足が浮き上がる。びちゃびちゃと黒い沼の表面を荒らすように長い尾が出た後でザパァっと刺々しいワニのような顔、牛のように大きな全身が姿を現す。それは、姿こそ黒ずんで瞳こそ赤く染まっているものの地竜そのものだった。
「内界に沈めた形をもった呪いを現実に喚び出す。これがリーフの能力よ」
セルティが手で輪を描くと黒い地竜が自分の尾を追いかけるように回り、手のひらを挙げるとジャンプして明らかにセルティの言う事を聞いている動きを見せる。
「呼び出せるのは呪いの根幹を理解したものに限られるし、形を変えるものもあるわ」
『なんで……なんで地竜が……』
「狂おしい程の戦闘意欲、リーフが全て受け止めてあげたじゃない。狂化が形をもった彼ら、なかなか頼もしいわよ?」
「つまり、呪いを取り込んだものであれば召喚できるという理解でいいのかな」
「ええ、概ねその理解で間違いないわ」
私のことなのに、私が理解するよりも早くクレスの方が内容がわかったみたい。でも呪いの理解って、理解できた呪いなんて思い浮かばないんだけど。
「ほら、取り込むときに頭に何か思い浮かんだことがあったでしょ?あぁいったものは呼び出せるってこと。あとはお互い死力を尽くして戦ったものも同じね。命を賭して理解しあったようなものだもの、地竜なんて最たるものじゃないかしら?」
「リーフはウルザの心臓を取り換える際に自然に出しているように見えたんだけど、セルティさんの様子を見るに覚えていないのかな」
「覚えていないでしょうね。正気にも見えなかったもの」
うっ、確かに全部が全部覚えてるわけじゃないけど、そういえば心臓を取り出す時とか、アイテムボックスからじゃなくて何かが運んでくれてた気がする。
「あとは試していけば分かるわ。戻すわよリーフ」
セルティの周りをふわふわふらふらしていたが、吸い込まれるように体に戻った。以前の眠りから覚める時のような感覚より、もっと瞬間的に戻ったのが分かる。それに以前ほど消耗したという感覚もない。
『以前より楽になっているハズよ。ただ、今度は私の負担が増えるから頻発は出来ないけれどね。これまではリーフが寝ている時くらいだったけれど、これからは疲れたら私も内界で休ませてもらうわ。安心なさい、換装やアイテムボックス程度は機能させておくわ。今日のところは、おやすみなさい』
「ちょっとまって、そもそも内界って何!?ちょ、セルティ?ねぇセルティったら」
「リーフ、その様子だとセルティさんが普段と違う感じになってるのかな?」
「いつもくっついてる感じなんだけど、なんか内界?とかいうとこで休むって、ねぇセルティ?もぉ説明が足りないのに」
後は試していけば分かるって言ったって呪いのことが分かってるのなんて全然ないと思うんだけど。
「何だか良く分かん無ぇが、とりあえず試せっつーんだからリーフも試してくしか無ぇんじゃねぇか?俺も、ようやっと何が変わったか掴めて来たトコだしよ」
「そうだね。まずは実験かな。幸いまだダンジョンは維持されているし、ソフィ?あとどれくらいかかりそうかな?」
「そうですね。もう少しなんですけど、まだ三十分はかかるかと」
そうは言われても覚えている呪い……思いが頭をよぎったものねぇ、何かあったかなぁ。そう思って胸に手を当ててみて思い返すと、そもそもこの下着って呪いの品だったような気がする。 なんだったかな、この白いのは、そうそう黒い妹を守りたかったって――
瞬間コポコポと足元に沸き立つ黒い沼が出来たかと思うと胸を締め付ける感覚が消え、下半身がスースーしだす。地面には真っ白の手が生えたかと思うとずるりと全身真っ白な女の子が出てきたが、とりあえずそんなことより!
「換装、赤!」
「リーフ様ァ、このレゼルお会いしとうございましたぁー!」
アイテムボックスの黒い沼から腰に届くほど長い純白の髪に蝶や花があしらわれたドレスを身に付け、私の猫耳があるような位置に白い蝙蝠の羽を付けた女の子が飛びついて来た。いつかどこかで見たことがあるような気がしないでもないけど、何これ?何なのコレ?
「な、おい何だソイツ!?」
「私だって聞きたい!セルティが言っていたように呼び出してみたのに」
「リーフ様ぁー、あぁ我々姉妹をお救い頂き誠、このレゼル感謝の念が絶えませぬ!!」
「ちょ、ちょっと落ち着いて?レゼルさん?貴女、本当に……あの」
まさか今の今まで着けていた下着なの?とはウルザにクレスの前では聞きにくい。まずは落ち着くように肩に手を置いて引きはがす。非常に惜しそうに眉をハの字に寄せながらべりべりと音がたつように引きはがされると、ドレスの裾を食むように咥え悔しそうに座り込んでしまった。
「それで、レゼルというのは君の名前かな?君はリーフの何なんだい?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくださいました賢者クレス。私こそがリーフ様を最も近くでお守りする者。知っていますか賢者クレス、リーフさまはこう見えて以外に胸が「沈めえぇぇぇ!!」
クレスの問いかけで一気に息を吹き返し、要らないことを言おうとしたレゼルは間違いなく呪いの白下着で間違いなさそうだ。足元に広がったアイテムボックスの黒い沼にも勢い良く沈んでくれたけど、黒下着も赤下着もこうならないように気を付けよう。
「リーフ、非常の気になるところで話が途切れたんだけど、もう一度喚んでもらえないかな」
この馬鹿賢者、と睨み付けると足元が再度コポコポと泡立ち、黒い影がクレスに飛び掛かる。サクッと音を立てクレスの頬に三本の傷がつくと、たらりと紅い鮮血が流れ出す。
シュタシュタっと周りを飛び跳ね私の肩に乗った黒猫は、炎が揺らめくような瞳で咎めるようにクレスを睨み付けていた。
「ク……クロ」
頬の血が流れ落ちるよりも早く、零れるようにクレスの頬を涙が伝って落ちていった。