えんぷれす
「何だろう、今度は力が湧いて来る感じなんだけど」
冒険者ギルドに足を踏み入れると空気が変わった。それまでガヤガヤと依頼の募集が張り出される板を見る筋肉ダルマ達や、素材買取口で文句を言っている顔の怖い中年、待合のテーブルで持参して来た酒をあおる傷頭のハゲなど、声を掛けるのも躊躇われる顔ぶれが騒いでいたのに急に静かになった。
「体の奥から力が湧いて来るっていうか、大剣でも振ってないと落ち着かない感じ」
『これは恐怖ね』
ちょっと待って、怖いのは私なんだけど。こんな奴ら街であっても目も合わさないどころか視界に映らないようにしようとすら思うのに、何で私が怖がられてるのよ。
「リーフ、また何かあったのかな?」
「……なんでか怖がられてるせいで力が漲って来てる」
「なんつーか言葉にするとヤベェ奴感がハンパ無ぇな」
「ぐっ……そんなことないでしょ。ほら、これきっとウルザやクレスが近くにいるからじゃないかな」
『リーフに向けられたものしか力になったりしないわ。私が魔物を倒してもリーフの力にならないのと一緒よ』
あれ?なにそれ、じゃあこれ本当にここにいる筋肉ダルマや顔面極道みたいな奴らが私みたいな小娘を怖がってるって事?
「死骸も逃げ出す棺引きなんだろ?そりゃビビる奴ぁビビんだろ」
「ちょっと待って棺引きって、頭のおかしい冒険者なんでしょ?私会ったこともないんだけど」
「確かにギルドマスターも皆が呼んでいるだけで本人は知らないかもしれないって言ってたけど、僕も棺引きはリーフだって聞いてるよ」
暗闇の奥から鬼の死体を引きずり回して現れるとか、斬り飛ばした魔物の首を投げつけて魔物頭を潰す化け物とか、ゴブリンを掴んでコボルトを殴り倒す鬼人だとか、聞くだけで頭のオカシイ奴がいるんだと思ってたんだけど、流石に私じゃ無い!
人があんまり入っていないダンジョンのことを聞きに窓口に来たんだけど、木の冒険者証をくれた時とは思えない狼狽え方をする受付嬢さんに駆け寄る。
「あ、あの!こ、棺引きって知っていますか?」
『何でクレス達に物怖じしないのに普通に話しかけるのには緊張するのかしらね』
「ぞ、存じ上げております!リーフ様の二つ名、当ギルドで知らぬ筈がございません!」
受付嬢さんが目に涙を貯めていくほど戦いの中でテンションがあがるような高揚感に襲われていくが、頭の中では街で一番ヤバイ奴と名高い棺引きの黒塗りに赤目のイメージ画が崩れ去り、これまでに攻略して来たダンジョンで自分がどうであったかが思い出された。
「うわぁ……」
「り、リーフ様それで本日はどういったご用件でいらっしゃったのでしょう」
「駄目だコイツ。嬢ちゃん悪ぃがコイツぁ人の入って無ぇダンジョンの情報貰いに来たんだとよ。あと、事のついでにパーティーの登録もしちまいてぇ」
「パーティーの登録ですね。では、登録する方のギルドカードをお預かりしてよろしいでしょうか」
ウルザとクレスがカードを出す。何だか分からないけどウルザに急かされて一緒に銀のカードを出しておいた。
でも酷すぎる。まさか、常軌を逸する戦闘狂みたいな扱いを受けていたのが私だったなんて。確かに、ギルドの外に立って情報収集してる時には棺引きの噂が聞こえてたけど、私が中に入ってる時に聞いた覚えがない。
「では、リーダーをリーフ様……あの、クレス様ではないのでしょうか?」
「あぁ、僕じゃ無い。僕たちのリーダーはリーフ以外にはあり得ないかな」
「か、かしこまりました。差し出がましい口を挟んでしまい申し訳ございません。リーフ様にクレス様、ウルザ様ですね。パーティ名はいかがいたしますか?」
「クハハハ、そりゃ決まってんだろ」
「ふふ、あぁそうだね。じゃあパーティ名は――」
ちょっとショックで立ち直れそうにない。受付嬢さんの方は二人が上手くやってくれているので、そっと後ろを振り返ってみる。私達が入る前までは沢山いたゴツい人が既に半分くらいになっていた上に、強面の人や筋肉ダルマは目があっただけなのに私の中に戦いの中でテンションがあがるような高揚感が沸き上がる。どうも間違いなく私は怖がられているらしい。
「オイ、嬢ちゃんが今日の用件聞いてんぞ」
「少しそっとしといてください。人が行かないダンジョン教えてくれたら、しばらく篭るので……その、棺引きって誰が名付けたんでしょう……」
「そうですね。二つ名は何か成した方を呼ぶ際に付くことが多いのですが、リーフ様の場合は、ここに通う冒険者様が自然と呼ぶようになって」
お前らか!バッと振り返って睨み付ける。この筋肉ダルマども、どこをどう見てこんな物騒な名前をつけやがったのか、ちょっと足を持って振り回しながら問いただしてやりたい。
睨まれた冒険者からの恐怖が流れ込んでくると俄然やる気が湧いて来た。足元にアイテムボックスの黒い沼を沸き出させると、大剣を取り出し両翼のように構える。
カコンっと乾いた音が響く。痛っと反射的に口にして振り向くと槍の柄で頭をつつかれたらしい。
「コラ馬鹿たれ、何しにココに来たんだ」
「だからダンジョンの紹介を」
「あの、リーフ様は破滅の園に向かわれるのではありませんでしたか?」
「そこ、壊れてなくなっちゃったので」
「は?あ、いえスミマセン。あの、ど、どういうことでしょうか?」
「なんていうんだろ、あの外に出てきた親玉を倒すときに崩れたのかな。でも、崩したのって」
「リーフ、ここからは僕が説明しようかな。破滅の園は崩壊したんだ。受肉したダンジョンボスを倒すと同時にダンジョンコアを失って、氷に飲まれてただの岩山になったんだ」
ペンを落とし、声すら出ないように大きな口をあけたあと、床を転げるようにして受付嬢さんが奥の部屋に駆け込んでいった。奥の方からギルドマスターと壁がびりびりするほどの大声が聞こえた。
そこからはギルドマスターにクレスが、これまでは真に攻略されたものではなく、真のダンジョンボスを倒すと同時にダンジョンコアが砕け散りダンジョンそのものが崩壊したとか何とか、それっぽい説明をしていた。ダンジョンコアはウルザの心臓にくっついてるし、ダンジョン壊したのはクレスなんだけど。クレスに騙されてるギルドマスターは感動で目に涙まで溜めてるし、任せておけば大丈夫そう。
「あれ、そういえば呪われてないものは全部溶けたって言ってたのに何でこの剣なくなってないんだろ」
『とっくに魔剣になってるわよ?』
「魔剣?なんでよ、ただの鉄の塊なんでしょ?金属のお金は無くなったのに」
『千を超える生きた魔物を切り刻んで、万に迫る命を刈り取って、リーフの呪いを乗せて闇を被せて、戦意高揚を一身に浴びながら相手の呪いを刃を通して貴女に届けていたのよ?これが呪いの魔剣にならないなら何ならなるのかしら』
確かにそう言われてみると、最初の頃よりも青紫がかってきていたり、同じ重量の戦斧を斬り飛ばしたり、おかしいといわれればおかしい事が起こっていた気がしないでもない……
『クレス達の話も終わったみたいね。丁度いいわ、変異を遂げたリーフに何が出来るのかも試したいし、ダンジョンコアを身に宿したウルザがどうなったかも確かめたいもの。ダンジョンに行くのは良い案かもしれないわね』
振り返るとギルドマスターが受付嬢さんや他のギルド職員さんに色々指示をだしているようで、クレスやウルザもこちらに歩いて来ていた。
「ほれ、これがリーフの新しい冒険者証だとよ」
ウルザが投げてよこしたカード。錆びない金製品のカードには名前の上に見慣れない文字が刻まれている。
「ねぇ、なにこの“エンプレス”って」
「ふふ、僕ら三人、いやソフィやセルティさんも含めた僕たちのパーティー名」
「どういう意味」
「リーフみてぇなヤツを表す褒め言葉ってとこだ。ほれ、行くぞ。剛力の谷っつーダンジョンが受肉個体が増えて手がつけらんねぇんだとよ。リーフがリーダーなんだ、俺達の一歩にふさわしい号令を頼むぜ」
褒め言葉ならいいのかな?いいんだよね、クレスも否定してないし褒められてるなら良しとしとこう。でも号令って、リーダーって何それ、それにハードルあげてくるこの感じ、緊張するからやめて欲しい。
「私がリーダーっておかしくない?」
「どう考えてもリーフ以外にないかな」
「ハッおかしいワケ無ぇだろ。テメェ以外にあり得無ぇだろ、ほれ行くぞエンプレスのリーダー」
「わ、分かった。うん、コホン、えーと……」
『リーフは本当に戦ってない時は残念ね』
うるさいな。こういうの弱いんだもん。みんなの前に立って喋るとか避けるだけ避けてきたんだもん。
「エンプレス、しゅっぱーつ」
外を指さして言ったものの二人の反応が無い。顔が熱くなってきたのを感じつつ振り返ってみると口元を押さえ笑いを堪えるクレスと残念なものを見る目になってるウルザそれぞれと目が合った。
「もうちょっと、こう、何かあんだろ」
「くふっごめん、もう大丈夫。十分かわいいから僕的にはリーフらしさが出てて良いと思うよ」
「うるさい!もう私先に行くから!」
足早にギルドを去ると二人もついて来た。一層足を早めさっさと街の外にでるが未だに距離をつめてこない二人に振り返る。
「早くしないなら置いてくから」
「ハッ、それでこそ俺達のエンプレス様だ」
「ね?やっぱりしっくりくるだろ?」
暗い夜道でも昼間の様にずんずん進み深い森の中、谷間に空いたダンジョンの入り口に入っていく。破滅の園に比べたらダンジョンから受ける圧力も弱い。
両の手に大剣を構え魔力を乗せていく。ガキンガキンと重低音を鳴らし、地響きすら起こす衝撃波を打ち鳴らした。
ただ、そうした衝撃音が響いたのは魔物との激戦ではなく、エンプレスの意味が女帝だと分かったことの苛立ちを乗せた私の大剣と、大剣を防ぐウルザの槍やクレスの杖がぶつかる音だったわけだけど。