小さな変化
「ねぇ!見て、ほらアレ!何あれ、食べれるの?食べていいのアレ!」
「見てる、見てる。見てるっつーの。だから服引っ張んな」
約束を果たしてもらうために小楯ぐらい大きなステーキが出る店に来た。ルル先生の宿からは離れるけど、冒険者ギルドの近くで賑わうその店はステーキ以外にも果物も野菜も沢山並べてあって、見たことも無い果物達がひしめき合っていた。
「ねっ!あれ、私もアレ食べたい。何あれ!」
「服を引っ張んな、いや違ぇ」
『あれはライチね。白の身が甘くて香りもいいわ』
席を確保したら、並んでいる野菜や果物を指定するとコックさんが適度に盛り付けて金額をつけてくれるらしいけど、今日は全部ウルザの奢りだから金額は関係ない。気になるものを片っ端から注文していく。
「ほら!ねぇ、あれ!あれも!」
「服引っ張んなら、せめて俺の服を引け!さっきから引っ張ってんのはクレスのローブだ!つか、なんでテメェまで来てんだよクレス!」
「忘れたのかい?僕だって先に道を譲ったんだから一緒に決まってるだろ?」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
クレスが途中倒れながらもウルザを運んでガングリオンに戻って来れた。疲労感からルル先生のいる宿に直行すると、全てを投げだして寝た。超寝てた。私も一日以上寝てたけど、二日たってもウルザが起きなくて、ルル先生が医者にも診せたけど原因不明、クレスもウルザが何故生きているのか分からないと言っていた。
「考えたって分かんないなら水でもかけてみたらいいのに」
と、アイテムボックスに湯を入れてかけようとしたところで医者にもルル先生にもソフィにも止められたのでやめておいた。仕方なく水は止めてウルザの所持金で薬屋にあるだけの傷用ポーションを買ってから、クレスに作ってもらった氷で冷やしてぶちまけてみた。
「カハッ、ば、馬鹿か!心臓が止まったらどうすんだオイ!」
「止まんないんじゃないかな」
『止まらないわ。頭が吹き飛んでも心臓だけは』
ガバッっと起きたウルザに刺されて止まった心臓を、拾った心臓に交換したって説明をしたあたりから、よく喋るウルザが頭を抱えて無言になっていた。怪我も治って心臓も動いてるんだから早くご飯食べて直した方がいいでしょ?さっさと起こしただけなのにルル先生とソフィが顔を青くして驚いていた。
「――と、いう訳で僕の知る限りリーフが受肉変化中の魔物の心臓に、破滅の園の核を合わせて、多量の魔石を喰わせた心臓になってる。何でソレが適合させられたのか、何故ソレで生きていられるのかは僕が聞きたいくらいだね」
「あー、なんつーか、とりあえず分かった。リーフが馬鹿だっつーことだけは良く分かった」
「な、何でよ!?刺されて心臓止まってたんだもん、動いてるのに変えただけじゃない!」
「馬鹿かテメェ!何で交換できると思うんだソコで!聞いた事無ぇぞ心臓変えるなんてよ」
「変えられないって聞いたことだって無いでしょ!」
その後、クレスとルル先生が医学的に適合がどうのとか、血液型がどうのとか難しい話をしてくれた。ソフィのたとえによるとトマトの苗にリンゴを接ぎ木したようなことになっているというので何となく分かったけど。あれ?じゃあ、何でウルザ生きてるの?
ルル先生は青い顔をしたままそっと退室し、ソフィもよろよろとクレスの鞄に潜ると、聞かなかったことにしようと呟いて眠ってしまったようだ。
『ふふ、私も予想できなかったわ』
「い、いいじゃん!生きてるんだもん」
「いいじゃん、じゃ無ぇわ!確かに生きてんだけど、まぁソコは感謝しか無ぇ、そこんとこだけわな」
「ただ、僕の見立てでは明らかに人間ではなくなってるんだけどね」
クレスの話をまとめると、魔物と動物の違いは魔石の有無で、魔石を持つ人間は魔族ってことになるらしい。ウルザは眉間に皺を寄せるように指先で眉間を寄せて難しい顔をしている。
「じゃあウルザって魔族になったの?」
「魔石なら魔族なんだけど、ダンジョンコアだと何なんだろうね」
「あはは、ウルザわけのわからないものになったんだって」
「何でソコで笑えんだオイ、テメェのせいだっつってんだろ!」
『何なのか分からないものになったのはリーフも一緒よ』
病気とかしたときにお医者さんに診てもらえるのかな私。本当だ、笑い事じゃないかも。昔学校で食べた物は血、肉、骨になりますって聞いてたけど、何食べたら魔石に良いのかなんて聞いたこともないし、魔物から抉りだした魔石食べようとも嚙めるとも思えない。
「でも、生きてるんだしラピスが言っていた通り私は私。ウルザだって同じで、別に何になったってウルザはウルザなんだからいいじゃない」
「ふふ、リーフは前向きだね。だ、そうだけどウルザはどうかな?」
「なっちまったもんは仕方無ぇだろ。戻れんのかコレ」
「少なくとも死んでも無理なんじゃないかな」
ウルザとクレスが、やいのやいのと言い合っている間に部屋の隅に置いてある革スリッパの履き心地を確かめる。うん、何とか外出てもおかしくなさそう。
「さ、ウルザも起きたんだし出掛けましょ」
「あ?目が覚めた、いや違ぇか、無理やり起こされた重傷者だぞ」
「怪我自体は僕が何とかしたから大丈夫だけど、どこに行くのかな?」
「約束したじゃない。小楯くらい大きなステーキを食べに行くって」
破滅の園で痛くても辛くても頑張れば貰えるご褒美として楽しみにしていた大きなお肉。この宿のご飯だって、すごくおいしいけど小さなお皿に綺麗に盛られたものを少しずつ食べてばかりじゃ元気でないんだもん。
「そうだったね。リーフの事は任せてウルザは安静にしていると良い」
「約束したのは俺だっつーの、おうおう連れってってやらぁ。言いたいことは山のようにあるけどよ。まぁとりあえず、まずは飯に行くか」
ベッドから足を降ろし靴を履くウルザを急かす。靴の様子がどうとか奥に布が詰まってどうのとか、どうでも良いことを言うウルザに早く準備するよう言って陽が傾き始めた街に繰り出した。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「何これ?まだ青いじゃない、このブドウ。美味しいのこれ?」
「それはマスカットかな、美味しいから食べてごらん」
「おいクレス、テメェが勧めんのもオカシイだろ」
ハウスブルクでは、セルティと話しながら食べる度に行けないお店が増えて行ったけど、ここなら誰も変な目で見てこない。クレスの説明やお店の人の説明を聞いて果物を取っては食べていく。麦と豆、鶏肉と野菜が主だった私からすると考えられない程、色とりどりの果物にじゅうじゅうと音を立てて焼かれる分厚いお肉は眺めるだけで、うっとりと夢のなかにいるような気持ちにさせてくれる。
ひとしきり各種果物を食べたところで、ぱちぱちと油を弾かせジュワァっと蒸気を伴う音を立てながらウルザの言う通り小楯くらい大きなお肉が席に運ばれてくる。
「おうおうコレよ、コレがメインなんだけどよ」
「うん」
「あぁ、その何て言うのかな。リーフ、お肉いる?」
「その……そう!気持ち、気持ちだけで十分!」
「クレス、はっきり言ってやれ。前菜食べ過ぎて満腹なんてガキかってよ」
「違うもん。ほら、血流しすぎたウルザに譲ってあげようと」
「ならテメェの分も注文すっからな、食えよ?」
「リーフは僕と半分こしようか、ほら、あーん」
「おい色ボケ賢者、お前は俺がいてもお構いなしだな。何で今俺に気付いたような顔してんだ、テメェ頭ン中どうなってんだコラ」
やいのやいのと騒がしいウルザを見るに、とりあえず元気になったんだと思う。クレスも、ウルザも初めて会ったときは頭のオカシイ人たちだったけど、悪い人じゃなかったのかも知れない。
ウルザやクレスが、食べている間にクレスの鞄を机に置いて果物やステーキを切り分けてはソフィに食べさせる。ダンジョンの中だと、すごく避けられてたけど小さな体で抱えるように食べるのが可愛い。
「リーフさま、リーフさまはもう食べないんですか?」
「うん、お腹いっぱいだもん」
『ソフィ、戦ってない時のリーフなんてこんなものよ』
「セルティさまとソックリな気配がするのにフシギです。ポン村のコツ族でいらっしゃるなんて」
「なにそれ?」
『分からない方が幸せよリーフ。中々言うわねこの天使』
ポン村出身でもコツ族でもない、何ならペアレンテージの四ツ耳族ですら無くなったらしいけど、今は何になったのかな。机に体を預けるようにして、お皿に残ったブドウを指先で転がしていると、じりじりと体の奥が温まるような感覚に襲われる。
「なんか今ヘンな感じがした。セルティなにこれ」
『あら、今のが分かるようになったのね』
美味しいものを食べた時とはまた違った体の芯から湧き出るもの。何だか少し楽しくなるような元気のでるこの感じ、何なんだろう。
「リーフ、どうかした?何か飲み物でも取ってこようか?」
「ううん、何でもない。と思う」
クレスが気遣うように席を立って近くに寄ると、更にチリチリと体の奥から元気が出て来る。何なのかな、この感じ。思わず口角が上がるほど、何だか楽しい気持ちが急に湧いて来た。
『これは“嫉妬”ね。周りを見渡してご覧なさい』
セルティに促されるままに興味の無かった周りのテーブルを見渡してみると、睨むようにしている魔法使い風の女の人や、剣を携えた女性の集団、中には鎧を着たままの女性憲兵と目があった。睨むだけでなく目が合うだけでチッと聞こえるように舌打ちまでされる始末。
「何、なにこれセルティ!?」
『言ったじゃない。嫉妬されてるのよ。気分良いでしょ?』
「どういうこと?」
『ほら、クレスもウルザも見目麗しいじゃない。少なくとも見た目だけでいえば一級品ね。そんな男を二人も侍らせチヤホヤされているからじゃないかしら』
嫉妬される理由が聞きたいワケじゃなくて何で嫉妬されると気分が良くなるのかが聞きたいんだけど、そんな風に見られていると思うと何だか気まずい。
『妬み嫉み、リーフの不幸を願う負の感情。中々悪くないでしょ』
「どこをどう聞いたら悪くないのよ!」
『嫉妬は、そうね何だかウキウキしてくるじゃない』
「ウキウキして来てるのも問題なの、どういうことなの?」
『変わってないわ、人の恨みや怨念、瘴気に呪い、リーフを強くするものは負の感情を伴うエネルギーよ。ただ、それを自覚出来るようになったみたいね』
つまり、これまでも負の感情が向けられると力になってたけど、今は負の感情を向けられてるって自覚できるようになったってことらしい。嫉妬されると気分良くなるとか……
「なにそれ私ヤバイ奴じゃん」
「あ?急にどうしたリーフ、自己紹介か?」
「死ね、ウルザ」
「辛辣だなオイ!もっとこうあるだろ、大体生き返らせたのがテメェだろが。んで、どうしたんだ急に」
「なんか私、嫉妬されると元気が出るようになったらしいの」
『らしいじゃないわ。好意だとか善意を向けられれば気分が良くなって、恨みだとか妬みだとかに晒されると元気が出るなんて幸せ者じゃない』
幸せ者じゃないが。何これ、つまりこれからは何か悪い想いや負の感情を抱かれると気分が良くなったり元気になったりするってこと?
「あー、なんつーか……ヤベェ奴だなリーフ」
「死ね、ウルザ」
「セルティさんが言っていた負の感情を集めると強くなるってことは変わってないってことかな?」
「これまでと違って、負の感情が分かるようになったみたい」
「クレスとの差ァ!こらテメェ貸し三つ分、俺にゃ頭上がん無ぇハズだろうが」
「心臓に魔石に回復薬、ちゃんと返したじゃない」
回復薬はウルザの財布からだったけど、買いに行ったのは私だもん。それに沢山あった魔石全部なくなったんだから過払い分があるくらいなんだから。魔石も全部出して、呪いの品以外は全部溶けちゃったんだから。全部溶けちゃった?
「あ!ちょっと待ってセルティ、アイテムボックスの中のお金とか着替えってどうなったの?」
『何言ってるのリーフ、言ったじゃない。全部溶けたわよ?』
「また急にどうしたヤベェ奴代表」
「死ね、ウルザ。ちょっと私、冒険者ギルドに寄ってから出掛けてくる。ごちそうさまでした」
食器を一か所に固めてまだ少し残っていたオレンジジュースを飲み込むと席を立ち出口に向かう。すぐにクレスが後を追って来たけど、構わず足早に暗くなった街中を進み冒険者ギルドを目指す。しばらくするとダッダッダとウルザも駆けつけてきた。
「おい、置いてく事ぁ無ぇだろ」
「リーフ、何かあったのかな?」
「どうも私、お金も着替えも全部溶けてなくなったらしいの。だから仕事してくる。二人とも破滅の園の時は、ありがとう。すごく助かりました」
遠目に冒険者ギルドの明かりが見える。まだやっててくれて良かった。歩みを早めようとすると二人が左右に並んだ。
「何言ってんだオメェ」
「そうだね、まるで一人で行くみたいに聞こえるんだけど」
「一人に決まってるでしょ。冒険者ギルドに行くんだから」
何をするにも、まず路銀がいるんだもん。破滅の園の骸骨王が言ってた自分も行かなきゃみたいな話から、きっと他にもあんなのがいるんだと思う。だから、まだ私は止まれない。まずは、やっぱり王都に向かいたい。だから、乗合馬車のお金も、そこまでの生活費も使える道具を手に入れるにも無一文じゃいられない。
「はぁ、おいクレス、この馬鹿に言ってやってくれ」
「ふふふ、そうだね。ねぇリーフ、一人で行かせるわけないんだ。だってほら、僕らは仲間になったでしょ」
冒険者ギルドの前に着いてもクレスもウルザも離れて行ったりはしなかった。破滅の園だけでも危ない目に遭って、この先だってきっともっと危ないことが続くんだと思う。
「クレスにもウルザにも何のメリットも無いでしょ?」
「つべこべ抜かすな。テメェの復讐が終わるまでついて行く、そう約束しただろうが」
「どこまでも一緒に行く、そう伝えたでしょ?」
ウルザとクレスが冒険者ギルドの扉を押し開けた。
「ありがとう」
前を向いてそう言えた時、負の感情によって湧く力とは別の温かさを感じることが出来たような気がした。




