赤の絶槍
暗いトンネルを飛ぶように抜けると炎で照らされた破滅の園に戻る。前を向くと骨の王冠を被った巻角のある羊の骸骨、骸骨王が腕を振るいウルザの頬を切り裂く、首を傾け傷を無視して鮮血が飛び散る中、ウルザが槍を伸ばすとドシンと槍先から衝撃が立ち骸骨王が足元の石畳を砕きながら後ずさる。
「十五秒遅刻だ。約束の倍かかってんぞ」
『あら、私は三十秒って言ったわ。言い掛かりよ』
「ウルザの言い掛かりって言われてる」
一瞬だけ視線を向け頬を緩ませたウルザが槍を構え直す。顔も首筋も肩も背中も、見えるところで血が流れていない所なんてない体でも、いつもの調子で喋りながら槍の刃先に熱気を纏わせ周囲を熱の揺らめきで染め直していく。
「てめぇは寝てたから知ら無ぇだろリーフ。俺は十五秒だっつたんだ、ほら、構えとけ」
「文句はセルティに言って、私知らないもん」
「だから、テメェに聞かせてんだっつーの、と。行くぞ、瞬身槍!」
『あら、お角違いよ。私は宣言通りだもの』
ゴゥっと槍先に炎を纏わせ駆けた足元に火の痕を残し、目にも止まらぬ速さで骸骨王に肉薄する。
大剣を構え直そうと柄を握り違和感に気付く、体にヒビが入ったように動きが悪い。関節は軋み、腕に、足に、手のひらに力が入らない。構え様にも構えられない体に、ようやく気付く。
セルティは限界ぎりぎりまで体を酷使して立ち回っていた。体に闇の魔力を纏わせようにも魔力の気配すら感じない程、力は枯渇している。体は痛まないのではない、筋肉が痛みを発生させる段を通り越して、正座で痺れる足のように全身が痺れる。
『戻ったところで役に立てないのは正しいわ。けれど、あのまま動けもしないと彼の負担も限界だったのよ』
「力も、魔力も……何もないじゃない」
無理やりにアイテムボックスの黒い沼を手元に発生させ、傷用から解毒用まで手に取れたものから口にする。込み上げる血の味を苦く渋くエグみのある薬液で押しもどしていく。
恨み言は無し。気を抜いて魔力も筋力も尋常じゃなく消費するセルティに賭けて、それでも駄目だったからって、責める権利なんて無い。私こそが油断を悔んで然るべきだもの。それでも足を引くために戻ったような状況にある自分を許せそうに無い。
「本当に、何しに戻ってきたの……」
骸骨王を火柱で焚き上げるように炎に包み、炎の中から放たれた拳を槍の柄で塞いだウルザが吹き飛ばされて戻ってくる。
「ハッ、辛気臭ぇ顔してんなリーフ!何も言ってくれんなよ、テメェの限界位分かってんだからよ」
込み上げる血の味を我慢してアイテムボックスから傷用ポーションの瓶を取り出してウルザに投げ渡すと、こちらを見もせずに受け取って飲み干した。
「足を引きに戻ってきたのよ。もっと責めたらどうなのよ」
「あ?そりゃ、もう少しマシな顔してる時にとっといてやらぁ。テメェこそ俺のコトもっと褒めたらどうよ」
「倒せそうに見えてたら、もう少し考えてる」
「クハハ、評価基準厳し過ぎだろ。悪ぃが、ちっと無理だ。けど見てみろ」
槍を腰だめに構えてから顎をあげ周囲の壁に視線を促すウルザに従い壁を見ると、ぼんやり光るダンジョンの壁も奥の暗い洞穴の方も霜が降り、場所によっては凍りだしている。
「賢者様の方は、倒す気満々らしいぜ」
姿勢を低くして駆け出すウルザを同じように姿勢を低くして駆け出した骸骨王が迎え撃つ。右手の指先に剣のように固めた黄色い魔力の塊で槍を弾くと、左の五指に纏わせた魔力の剣がウルザを襲う、槍を弾かれて崩れた体勢を利用して手首を蹴り上げ防ぐと、蹴った反動で地に足を着き炎を纏わせた槍で横薙ぎに骸骨王を打ち付ける。
「クレスが戻る!悔しいが俺がソレまで繋ぎきってやらぁ!!」
悔しいが、とそう言って口角をあげ命のやり取りを楽しむかのように傷口から飛び散る血も、振るう腕から跳ねる汗も気にならないかのように槍に腕に脚に炎を纏わせウルザが舞う。
悔しいと、そう口にすることすら烏滸がましい私が、力いっぱいに歯を食いしばらせても大剣を掲げることも叶わぬ腕が足が体が悲鳴を上げるだけで何も出来ない。骸骨王を睨み歯を食いしばる。こんな奴に勝てないなんて、ラピスに大口を叩いた私の現状がこの程度なんて……
悔しい
私悔しい
ただ悔しい
無力が悔しい
無能感が悔しい
弱い自分が悔しい
手が出なくて悔しい
剣も持てなくて悔しい
守られているのが悔しい
役に立てないことが悔しい
眺めているだけなんて悔しい
恨みをぶつけられなくて悔しい
私が前に出られないことが悔しい
力及ばず戦えない事が最高に悔しい
足元から負の感情を伴うことで現れた呪詛強化でも、感情に触発されてあふれ出た僅かな呪いの魔力で黒い霧が立ち上っても何も変えることは出来ない。
「ねぇ、セルティ。人間を辞めたら私も戦いに戻れるの?」
『フフ、えぇ勿論。言ったじゃない、いつか神とだって比肩させてみせるって』
バキバキと音を立て霜が降りた壁を砕いて氷の杭が生えてくる。ゆっくりと床を貫いて天井まで届く氷の柱が一本もう一本と数を増やしていく。ウルザの炎で熱せられた床だけを避けるように次々の現れる氷に囲まれていく。
「十分じゃない。戦いに戻れるなら、それで」
瞼を閉じて息を吐く。
瞳を開くと吐いた白い息が空気に溶けた。一面が氷に覆われ、炎の揺らめきが輝く幻想的な世界で視線に戦えない悔しさを乗せ、地に刺さる大剣を握り直す。
「よろしくね、セルティ」
◇ ◆ ◇ ◆ sideクレス=ウィズム ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
ドクンドクンと脈動するように魔力が空気を振動させる。
周りが見えない程の深い吹雪が止み、脈動する魔力の波がクレスを中心に周囲の吹雪も晴らしていくと分厚く積もる雪にも赤い幾何学模様が現れる。
「クレスさま、クレスさまストップ、ストップです!ほら、なんだか闇の気配もすごいですから、きっとリーフさま、ね?リーフさま生きてますから!!」
クレスは瞑目したまま杖を掲げる姿勢で固まっていたが、空気を揺らすほどの魔力波を止めると、眠りから覚めるようにゆっくりと瞼を開け、紅い瞳に魔力の光で輝かせた。
「……情けない」
「く、クレスさま、うぅ、よ、よかったぁ。やっと止まってくれたぁ」
服に掴まり引っ張っていたソフィがポロポロと涙を零しながら羽ばたきを止めクレスの背中に張り付く。クレスは銀に染まった髪を立ち上がる魔力で揺らめかせ、優しく微笑んだ。
淡く蒼い光となって可視化されるほど濃厚な魔力を纏った杖を、ゆっくり空にかざし、いつものような柔らかな表情で微笑む。
「昔よりずっと時間をかけて、ようやくこの程度なんだ。けど……」
「クレスさま?」
柔らかい微笑みから口角が更に深く上がり八重歯が目立つ口元に睨みあげるような目を破滅の園に向けると、喉を揺らしだす。
「くくく、クハハハハハハハ!莫迦が、排除した位で安心してるんだろ!」
「ちょっ、く、クレスさま!?」
雲間が晴れ、雲程遠い空にあるのに手の平で覆えないほど大きな魔法陣がクレスの嗤いに応えるように揺れる。
「アハハハハハハ!地の底で、冷気に震え恐怖に怯えろ!」
「クレスさま、やっぱり止まって、止まれてないから、止まってくださいぃ!」
地面から生えて来る氷の塔と表現しても遜色のない氷柱と同じ大きさで先端を尖らせた氷塊が降り注ぎ始めると地面に落ちた衝撃が重なり合いゴゴゴゴゴと地鳴りを響かせる。
クレスの袖を引きながらソフィが空を見上げると雲を晴らした魔法陣の振動が収まり、クレスが杖を振り下ろした。法陣からは光から生み出されるように先を尖らせた氷が姿を現していき、次第に雲の高さにあるのに手の平で覆い隠せないような大きさの氷山を逆さにした様なものが出現すると、重力に引かれ徐々に視界を塞ぐほど大きな氷山が空からの落下を始めた。
あまりの大きさに氷山を避ける空気が轟々と立てる風音が氷の柱が地面に突き刺さる地響きよりも大きく響く。
「消えて無くなれ……氷世崩壊」
岩山として崖のように立ちはだかり威容を誇る破滅の園が小さく見える程、一面を氷が埋め尽くすような氷山が地表に下りた一瞬、時が止まったかのような静寂が辺りと包みスローモーションのように破滅の園の入り口であった岩山が崩れていった。
「あぁクレスさま、神さまの試練って、こわせるものなんですね……」
ソフィがあまりの光景に目を虚ろにして現実逃避しかけた直後、深い雪の層を吹き飛ばし土がめくり上がる程の衝撃波が音を置き去りに周囲一帯を襲うと、クレスに掴まっている事も出来ない程の衝撃波と思い出したかのように鳴り響く爆音にソフィは飛ばされてしまったのだった。
◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
『まずは人であることの箍を外すわ』
セルティの言う事は何だかよく分からないけど大剣を握る手から呪いの力を籠めた時のような黒い湯気が立ち上がる。動かない体を覆う痺れとは違う、体の芯が熱くなるような感覚に覆われる。
「何でもいいわ、早いやつでお願い」
尚もバキバキと音を立て氷の柱が壁や床を砕いていく。壁や床を覆う青い氷の塊に赤い炎の揺らめきが反射し、氷の柱に隔てられた向こう側でゴウゴウと音を立て炎を纏うウルザが骸骨王に槍を振るうのが見える。
『フハハハ、貴様デハ我ニ届カヌ。マシテ人形ヲ守ロウ等、片腹痛イワ』
「ハッ、骨格標本みてぇ顔して良く喋んなぁオイ」
骸骨王が魔力の剣で固めた腕を振るう度に切り裂かれたウルザの鮮血が飛び氷の柱に赤い斑点を増やしていく。
吐く息が白くなるほど冷える中、セルティのお陰で身体が熱く動くようになってきている。ようやく大剣を地面から抜くことが出来た。
『まだよリーフ、動けるだけで邪魔をしたくないのなら堪えなさい』
ギリッと歯を食いしばる音が耳の奥に響く。大剣を握る手の平にも力が戻ってきているのが分かるけど、まだ全力に遠く及ばず全力でも及ばない骸骨王との戦いにこんな状態で戻ったって邪魔にしかならないことくらい分かる。
『フム、我ガ園モ限界ガ近イカ……躰ヲ得テ児戯ガ過ギタナ』
ウルザの方も向かずに振るわれた槍を掴むと槍に纏われていた炎も掻き消える。掴まれた槍に乗りかかるように跳び骸骨王の腕を蹴りつけるがガンッと鈍い音こそ立ったものの骸骨王はビクともしない。
「余裕じゃ無ぇかよ骨格標本さんよォ!」
『其ノ通リナノダカラ仕方アルマイ』
槍を掴んだまま骸骨王が指先に纏わせていた琥珀色の魔力で出来た剣が大きさを変え、私が見上げる程大きなウルザが更に見上げる程大きな骸骨王の半身を隠せる程の魔力剣に形を変え、一切重さなど無いかのように振るわれる。
「チッ、クソが!」
ウルザは悪態を吐き、骸骨王に琥珀の大剣を振るわれる瞬間、掴まれた槍の後ろに回り込むように跳び腕と足で槍の柄を支えた直後、ガギンと重みのある金属がぶつかる音と共にウルザが氷の柱を砕きながら吹き飛んで来た。
『破滅の園ノ核ト共ニ我モ向カワネバ』
先ほどまで槍を掴んでいた手をクレスが空けた空洞に向け翳すと骸骨王の動きが止まった。
戻りつつある魔力で引き抜いた大剣をアイテムボックスの黒い沼に沈めると、足の痛みを無視してウルザのもとに歩み寄る。倒れたままカハッと血を吐き出し目を開けるウルザと目が合う。
「悪ぃ、一瞬意識飛んでたわ」
「ねぇウルザ。先に逃げなさいよ。このままじゃアイツに殺されるか、生き埋めになって死ぬだけよ」
「ハッ馬鹿かリーフ。約束は違え無ぇ、男の意地に賭けてだ、ッと」
足を振るう反動で一気に起き上がると口の周りの血を拭い槍を握っていない左手を首に当てコキコキと首を振る。髪が跳ねる度に髪についた血が飛び散る。
「馬鹿はウルザでしょ。死んじゃうじゃない!」
「あ?死んで何が悪ぃ。約束を違えて生きる位なら燃え尽きて死ぬ。男だからな」
「男を全員馬鹿の仲間にするのヤメてもらえる?」
「いや辛辣だなオイ!ここは少し感動して労うトコだろ」
手元に出したアイテムボックスから傷用のポーション渡す。それで大丈夫になることなんて無いって分かってても、それしか出来ないから。
「……死なないで」
ウルザはポーションを頭からかぶると槍を抱えるようにしながら髪を後ろになでつけ、垂れるポーションを舐めとるとニッと笑った。
「おうおう任せとけ!ただまぁ、約束できねぇけどよ」
腰だめに槍を構えて槍先に炎を灯す。視線の先の骸骨王の手に洞窟となったダンジョンの奥から血の塊のような珠が飛んで来ると甲冑と剥き出しになった筋肉に覆われる胸部に押し付ける。
『サテ、破滅ノ園ガ齎ス恩恵モ我ガ物トナッタ』
骸骨王の眼窩に灯る赤い炎が強くなり緩く開いた口元からも言葉を吐くたびに炎がチラチラと外に漏れだす。胸に押し付けられた赤い結晶からは植物の根の様な模様が甲冑に走り薄っすらと光っている。
「……急いでくれよ、賢者様よォ」
言葉を止め、骸骨王がこちらを向いただけで呼吸が苦しくなるような重圧に襲われた。私の前に立つウルザが感じる重圧は更に重く大きいものなのだと思う。その重圧を撥ね退けるように槍の炎を強めウルザが地面を蹴ると凍った地面が砕け散る。
『まだよリーフ、これから貴女に溜めて来た瘴気や、魔物から奪った呪いを注いで立派な淑女に仕立てていくわ』
「分かってる、分かってるけど」
湯気が立つように黒いモヤを纏う拳を握り締める。骸骨王の魔力剣は密度を増したのか琥珀色だったものが紅く輝くようなものに変わり、魔力剣を振るう度にウルザが大きく傷ついて行くのが見える。
「目立つ宝石付けて色気づいたか骨格標本!」
『フハハ、最早立ツモ辛イ身デ良ク吠エル。ン?』
槍を紅い魔力剣で弾くと邪魔なものをどけるようにウルザを蹴り飛ばすと、体ごとこちらに向いた骸骨王と目が合った。
『気配ガ変ワッタカ?ヒトガタ如キガ何ヲ……否、先ニ殺シテオコウ』
足元に出したアイテムボックスの黒い沼から大剣を引き抜き左右に構える。壁に叩きつけられたウルザは槍を支えに立とうとしているが意識があるかも定かではない。
『チッ、頭蓋骨空っぽの癖に勘がいいわね』
「動くな、なんて言わないでしょ?敵うかは別にして」
『えぇ仕方ないわ。けれど時間は稼いで欲しいものね。ここから繊細な作業が必要になるの』
「十五秒で何とかなったりしない?」
セルティの答えを聞かずに駆け出す。大剣を握る腕も、駆ける足も痛みなく動く。違和感があるなんて些細な事は、重く厚く大きな剣を振るう上では取るに足らない問題でしかないもの。
こちらに歩み寄る骸骨王に大剣が届く少し手前で足を交差させ全身を雑巾のように捻り全力で大剣を振り回すと風を切り裂く音すら置き去りにして、大剣の全重量を骸骨王に叩きつける。
「砕け散れぇぇ!!」
ドシン!と丸太の杭を地面に突き立てたような重低音と振動で骸骨王の足元が砕けるが、骸骨王は私の大剣を二本まとめて片腕に纏った赤い魔力剣で受けきっていた。
『些カモ我ニ届カヌ非力トテ、其ノ気配ハ何ダ?』
大剣を止められてすぐに腹部に向けて蹴りを放つが意にも介さぬ骸骨王。腕が動くのが見えたので蹴った反動で距離を取ろうとするが、私と比べて頭四つ分は大きな骸骨王の半身ほどとなった赤い魔力剣は右腕から斜めに左腿まで深く切り裂いた。
「痛ッ、ぐぅ……換装、白」
『リーフ、出来るだけ避けて!攻めるよりも時間も稼いで』
避けたと思える程距離をとったところで切り裂かれた体。魔力も纏わせていたのに斬られたのは赤い魔力剣にとって私の纏う闇魔力での防御なんて無いのも同然だと言う事。回復の魔法を傷に集中させ止血する。
『ヒトガタ、其方、中ニ何カ居ルナ……』
「ヒトガタ、ヒトガタって私は人よ!貴方と違ってね!」
もうすぐ辞めるんだけど、と心の中で付け足して距離を保ったままウルザの反対側に向けて走る。骸骨王は魔力剣を霧散させると思案げに顎に手を置き私を睨んでいるが、時間稼ぎは私にとっても、何かしようとしているクレスにとっても好都合のハズ。
『我ガ主ニ近イ、否……マァ良イ、此処デ討テバ問題アルマイ』
片腕を深紅の魔力で覆い、ウルザを弾き飛ばしたよりも深い紅に染まる魔力で腕から大剣を生やすと骸骨王は悠然と歩きだした。凍る地面もひび割れる壁も意に介さず眼窩の赤灯を揺らし一歩近づく度に呼吸が苦しくなるほどの重圧を放つ。
『リーフ、何とか耐えて逃げ延びなさい。もう少しで変異が始まるの』
「何とかの部分、もう少し詳しくなんない?」
ガラッと骸骨王の背後で瓦礫の崩れる音がする。かき上げた髪が血の重みで落ちたウルザが槍を構えるのが見える。俯いたまま、杖にした槍に火が灯る。徐々に炎が大きくなっていき、ウルザの足元からも火の粉が舞い上がり周囲の凍った床を溶かす。俯いたまま腰だめに槍を構えたウルザの槍からは、これまでよりも更に大きな炎がゴウゴウと音を立てる程大きくなると顔を上げたウルザと一瞬目が合った。
「換装、赤」
『いい判断ねリーフ』
小さく呟くように炎竜のランジェリーの替えると、そっと左に持つ大剣をアイテムボックスに沈める。
『ヌ、未ダ立ツカ。愚カナ』
骸骨王が鬱陶しいとでも言うように背後で立ち上がるウルザに首を向け眼窩の灯を揺らす。
今!!右の大剣を両手で持ち背負うと、持てる魔力を全てを呪いと闇に変え大剣に籠め、前に倒れ込むと同時に歯を食いしばり全力で体を丸めるようにして大剣を投げつけた。
ゴウッ!と空気を裂くように大重量の大剣を放つと、流石に無視できずに骸骨王が深紅の魔力剣をあげて防ぐ。ガキンと音を立て大剣は弾かれたが、闇の魔力が弾けかれた骸骨王の周囲を暗く染め、これまでの痛みや悔しさを乗せた呪いで身体を重くした骸骨王の動きが鈍る。
「もっと闇の魔法使えれば良かったかな」
『いえ、十分よ』
瞬間、ウルザの足元が爆発した。ドンドンドンとジグザグに爆発と共に加速しているウルザを視界に捉えることは出来なかった。
骸骨王が闇の魔力を払うようにウルザに向き直ろうと深紅の大剣を振るうと同時、骸骨王の肩が粉々に砕け振るった腕が吹き飛んでいった。
「絶槍、――蜂窩」
ウルザが呟くと骸骨王の肩を砕き突き出された槍に向かい、ウルザが駆け抜けて来た爆発後から後を追うように炎が密集し、圧縮された炎が行き場を見つけたように槍先から爆風と共に火を噴いた。ゴゴゴゴと地鳴りのような勢いとともに肩を砕いた骸骨王を吹き飛ばし、凍ったダンジョンの天井を穿つと全体に広がる程の大きなヒビが入り岩の塊のような瓦礫が天井から落ち始めた。
「ハッ、どうだリーフ。俺の、とって、おき、だ……」
槍を手放し崩れるように膝立ちになったウルザからは威圧感も先ほどまで纏っていた炎の熱気も感じられない。火傷で皮の捲れた手の平をダラリと下げ、ウルザからは生気が感じられなくなっている。
「ちょっ、ウルザ!」
『落ち着きなさいリーフ!彼は気を失っただけよ!まだ終わりじゃないわ!』
右肩を失い、人であれば心臓付近まで穴を空けた骸骨王は、渦を巻く角も欠け、ヤギの頭蓋骨のような顔も半分を黒く隅の様にして、眼窩の灯も左側しか光らなくなっていた。それでも左の眼窩からは怒りに震えるように赤い灯が大きく揺れている。
『……殺ス、四肢ヲ裂キ、目ヲ抉リ、抜キ出シタ心ノ臓腑ヲ口ニ詰メ、息ノ根ヲ止メル』
「愚かだ、弱者だと見下して油断しておいて逆切れなんて、惨めなものね」
『リーフ!今煽ってどうるすのよ!貴女にはまだ時間が必要なのよ!』
決まってるじゃない、私を狙わせるのよ。ウルザがここまで戦って、クレスがダンジョンごと何とかしようとしてるのに、時間稼ぎで逃げ回るだけなんて出来るわけないじゃない。私の目的のために、私より二人が頑張ってるのを見てるだけなんて、耐えられるわけないじゃない。
たとえ、ここで終わったとしても、ラピスに顔向けできる私でいるために、私の出来る最大で戦い抜く。
「死んだらゴメンねセルティ」
アイテムボックスから大剣を抜き裂帛の気合と共に骸骨王へ飛びかかるが、残った左腕を一閃されただけでドレスが裂け腿から、横腹から血が噴き出す。大剣を防がれても何度も叩きつけるが、やがて骸骨王は余裕を持って大剣を紅い魔力を宿した拳で殴りつけ体制を崩した私の腹部に強烈な蹴り放った。地面を二度、三度と跳ね息も吸えない程の痛みと共に転がされてしまった。
『五月蠅イ、貴様ニ興味ナド無イ』
骸骨王も弱っているのか残る左手に細く突くことしか出来ないレイピアのような魔力剣を宿す。体制を立て直し大剣を構えようとするが間に合わない。
『先ニ死ンデイロ』
骸骨王が身を低くして飛びかかってくる。死を予感させる紅い細剣が迫るのがスローモーションに見えたその時。
「瞬身――」
槍を手放したウルザが視界に飛び込む。
音もなくウルザの左胸を貫いた紅い細剣は私の目の前で動きを止めた。