会心
ああ、ラピスに会いたいな。こんなところで、そんな格好で寝ないでってまた言って欲しい。口が下手な私の言いたいことを読んで察して口に出してくれる優しい親友に会いたい。
ママと一緒にパパの帰りを待って、いつもみたいに鳥のスープをすすって、16歳になった誕生日には全然飲めなかったお酒を17歳の誕生日に再挑戦して飲めるようになるまで付き合って貰ったら、今度こそはラピスとお酒を飲み交わしてみたかった。
遠く遠くトンネルの向こうでカキンカキンと音を立てリズムよく小さな体で大きな剣を振るう猫耳の女の子が見える。真っ暗になっている周りでメェメェと声をあげる羊たちが何故か背中を押してトンネルの向こう側へ押し戻そうとしているけれど、不思議なことに押されている方向と反対に、見える景色はどんどんと遠くになっていって、炎の揺らめきと小気味の良い金属音に誘われて、まわりを囲む羊の毛が布団のように温かくて、トンネルの向こう側が暗闇に閉ざされると、ふわっと体が軽くなるような心地良い感覚に包まれ意識を手放せた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
「ウラッ、豪炎槍!」
ウルザが槍ごと体に炎を纏い、大きな火の球となって突撃すると骸骨王は下顎を少し開き嘲笑うように槍を片手で止め、手先から炎に飲まれても、そのまま背中から斬りかかるセルティの大剣も反対の手に黄色いオーラを纏い止めた。
『フハハハ、諦メルガ良イ。貴様等デアレバ本来試練ヲ超エテ居タダロウ。ダガ』
「リーフが言うように舐めてかかって油断してる貴方みたいなのは、きっと足元を掬われて死ぬのよ」
止められ弾かれた反動で上がった大剣が重力に引かれ落ちる軌道を、体を捻り、足を出し、体ごと回転させ巻き込むと、渾身の力で横薙ぎに叩きつける。骸骨王も流石に両手を前に出し大盾のように魔力の壁を前に出し受け止める。
「やるじゃねぇかセルティさんよ!喰らえッ爆炎槍!!」
地に擦る程の低姿勢から飛び上がるような勢いをつけ、腕を前に出して空いた脇から肩を貫き首を刺す角度で槍を突き出す。骸骨王の足が浮くと同時、花火が上がったようにドンと体に響く爆発音と共に初めて骸骨王が吹き飛び、壁に衝突すると土煙をあげた。
「セルティさんよぉ、リーフがどうしたって」
「私が知りたいわ。体を返せないの、呼びかけても反応がないの」
ウルザが土煙に槍先を向けながらセルティの横に並ぶ、セルティもウルザが横にいる左手の大剣を土煙に向け右側は横に開き構えながら答える。
「魔力も間もなく枯渇して、活動限界になるわ」
「ほぉ、聞きたか無ぇが魔力が無くなるとどうなんだ」
「聞きたく無いと思っている通りよ」
パラパラと土煙の方から小石が落ちるような音が響くと、右手の大剣を放しアイテムボックスの黒沼から馬上槍を引き抜くとリーフが投げる以上の勢いで槍を投げつける。
「一分、いえ、三十秒アレ止めててくださらない?」
「ワケも分からずってんならお断りだ」
「内界に堕ちたリーフを起こして来たいの」
「十五秒だ、貸し二つ目だってリーフに伝えといてくれ」
炎を身に纏い、大きな火の塊となったウルザが目で追うのが難しい程の勢いで土煙に突っ込んで行くと直後に、ドシンドシンと体の芯に響くような音が鳴り響いた。
「フフ、答えも聞かずなんて強引ね。けれど、嫌いじゃないわ」
妖艶に微笑んだあと、セルティの憑依していたリーフの体は動きを止めた。炎が舞い、衝撃音が鳴り、ウルザの咆哮が響く中、リーフの体は瞬きもせず、瞳の輝きも失い、大剣も手から落とすと微動だにせず立ち尽くした。
◆ ◇ ◆ sideクレス=ウィズム ◇ ◆ ◇ ◆
辺り一面の銀世界、聳え立つ破滅の園の地上部は氷に覆われ吹き荒ぶ吹雪によって景色を一変させていた。
「クレスさま!クレスさまったら!!もう止まって、とまってよぉ……さむい、さむさむ」
髪を引き、服を引き、振られる杖に抱き着いて大きな声をあげ続けていたソフィも一向に止まる気配のないクレスに半ば諦めかけ、あまりの寒さにクレスの鞄の中に戻るとリーフが投げた石を包んでいるハンカチを引きはがし外套のように体に纏うと小さくなる。
「凍り凍え凍み征く氷雪、凍餓を嗤い凍死を悦び、累々嵩ぬる死屍に飽く羅刹、白輝氷雪塊る大地を、|壊し砕き洗い流して無に還さん」
一言一言発するたびに杖を振るうと赤い魔法陣を繋ぐラインが赤く輝き、一節一節唱えるごとに吹雪は勢いを増し、もはや伸ばした手先も霞むほどの吹雪が辺りを埋めていく。
「クレスさまが、聞いたことないくらい長い呪文となえてるんだけど、だいじょうぶなのかな……」
鞄の中から遠くを見るように諦めの表情でクレスを眺めると紅く染まった瞳を煌々と輝かせ、杖を掲げると、光の柱が立ち上がり視界を埋め尽くした吹雪すらも吹き飛ばし、はるか上空の青空が顔を覗かせた。
「クク……クフ……クハハハハハ!!」
「く、クレスさま!!?」
ソフィは突如理性を失ったように笑いだすクレスに驚き、カバンから大声をあげたが、最早クレスの目には何も映っていないかのようだった。凍えるように寒い白銀の世界で腕を広げて笑うクレスの声が止むと痛い程の静寂が訪れる。
「無くして亡くして失って、何も残らないのなら、何も残さなければいいんだ」
口角をあげ目を見開き、ぼそぼそと呟くようにそう言ったあと。すとんと、表情すら失い破滅の園に向け手を翳す。
ゴゴゴゴと搭のような氷の柱が次々と地中から生えては岩山のような破滅の園の地上部を削り、伸びた氷の塊の根元からは水が噴き出し溢れてくる。
「亡くなってません、しんでませんから、リーフさまたち生きてますから!!クレスさま、止めて!止めてくださいぃ!!」
鞄から飛び出て髪を引くソフィを意にも介さず、あふれ出てくる氷山と洪水を前にクレスが祈るように杖を掲げるとドクンドクンと脈動するように溢れる魔力が空を打つ音が響きだす。
◇ ◆ ◇sideリーフ ◆ ◇ ◆ ◇
めぇめぇ、めへへへぇ、と楽しそうに羊さんたちが馬車を引く。
蹄鉄の音でなく分厚い蹄がカコカコと小気味のいい音を立てる。青い空の下、四ツ耳族の街ペアレンテージへと向かう、いつもと変わらない農道。
収穫の終わった麦畑を牛程の大きさがある地竜に括りつけた馬鍬で土を起こす長閑な風景。
「ふぁ~……」
嚙み殺せなかった欠伸が出る。足を伸ばし座る荷台は不思議な形で羊さん達に繋がる部分は剣の柄のような突起が二本突き出ており、そこから黒い紐が羊さんの巻角に伸びている。
勝てぬ眠気に誘われ、体を傾けるとポスンと柔らかく温かい人肌が、もたれる体を支えてくれた。
「リーフ、こんな所で寝てていいの?」
目蓋を少し持ち上げると狐耳を立て、困ったような顔をしているラピスが髪を撫でてくれる手が心地よい。優しく柔らかい雰囲気のあるラピスには狐耳と同じ金色の髪が風に靡く様がよく似合っているように感じる。
「いいじゃない。もう私が出る幕なんてないんだもん」
羊さんが引く馬車に揺られ、ラピスの膝に頭を預けるように横になる。ペアレンテージの外壁を巡回する黒い甲冑に身を固めた衛兵さんが槍や剣を抜き身で手に持ちながら手を振ってくれたので振り返す。黒い甲冑の後ろには人間などひと飲みにしそうな頭が二つある大蛇がついて回るが大人しい大蛇から被害が出たことも、あんな集団に襲いかかる野盗の話も聞いたことがない。
「リーフが一番がんばってること、私ちゃんと知ってるよ?」
「どんなに頑張っても、出来る全てを出し尽くしても、命を懸けても、それでも私じゃ届かないの。ウルザみたいな技術も、クレスみたいな圧倒的な力も、セルティみたいな同じ体を使ってると思えないセンスも」
ラピスの膝枕から見上げた空を、自分の腕で塞いで閉ざす。ペアレンテージを出てから手を抜いたつもりだってない、ここまで全力を出し尽くしてきたつもりだった。けど、ここが私の限界だって、どこまでも強くなれるって言ってくれたセルティが私のままじゃ限界だって。
「ねぇ、リーフ。四ツ耳族って覚えてる?」
「何ラピス、覚えてるって。私達のことでしょ。こんな弱い種族他にいないんじゃない?」
「四ツ耳は滅んだんだって、だってそうでしょ?種族の終わりと共に呼び出す儀式は成功したんだから。もう四ツ耳族なんて種族なくなってるの」
膝に乗せた頭をラピスが優しく撫でる。目を塞いでいた腕で、その手を払うようにしてラピスを睨むと声を張った。
「私がいる!四ツ耳族が滅んだなら私は何なのよ」
ラピスは変わらず柔らかく微笑んだだけだった。払われた手でまた私の黒い髪と、ピンと尖がった猫耳の付け根を撫でながら前を向く。
「リーフは、リーフだよ」
何でもないように呟いたラピスの言葉に体が痺れるような感覚が走った。言い返そうとする喉に蓋がされたように言葉も出ない私に、変わらずラピスの言葉が続く。
「人見知りで、言葉が足りなくて、おかしな格好で居眠りをして。ふふっ。変に責任感が強くて、人のために頑張り過ぎちゃう。すっごく強くなった今だって、リーフはリーフだよ」
強く吹いた風がラピスの綺麗な金の髪を靡かせると同時、私の中のわだかまりも風に吹かれて飛ばされた気がした。
「ほら、リーフ。お迎えが来たみたい」
体を起こして前を向くラピスが指をさす方を見ると、風を纏うように空から落ちてきた赤い髪と紅い外套で蠱惑的な体を隠したセルティが見えた。
長閑な農道にドシンと地響きをさせて降り立つセルティは私を見ると、困ったように眉を寄せながら、でも口元を綻ばせ、はぁと溜息をつくと歩み寄って来る。
「どんなに落ち込んでいるのかと思って迎えに来たのに、すっきりしたような顔をされても反応に困るじゃない」
「迎えに来られたって役に立てないもん。けど、戻る」
羊さんが引く馬車だから羊車なのかなと思いながら荷台から下りてセルティの手を取り顔を見上げる。
「あら、役に立てるかどうかでここまで来たんだったかしら」
「いいえ、役に立つ立たないなんて関係ないもの。だって」
振り返ると、ラピスは風で跳ねた髪を耳に掛けながら微笑んでくれた。
「これは私の復讐、私の道だもの」
吹き抜けた風が暗く重い黒髪を揺らし、纏わりついていた迷いを吹き飛ばしてくれたように感じる。
「待っててラピス、必ず仇をとって報告するから、私が“災厄の悪夢”を討つ」
セルティの手を握ると急にトンネルに入ったように周りの景色が黒く暗くなる。反対側を見るとウルザが炎を纏い血に塗れ戦う様子が見える。最後に一目と、夢の中でも励ましてくれたラピスに振り向くと変わらず微笑んで小さく手を振るラピスが目に映った。
「いつだって応援してるから。またねリーフ」
そう呟いたラピスの声がいつまでも耳に残り、心の灯を強く燃え上がらせた。




