深層の洗礼
アイテムボックスの黒い沼から第三の試練が残した馬上槍を抜き出す。両の大剣は地面に刺したまま馬上槍を逆手で持ち上げ呼吸を整える。
「換装、赤。じゃあ扉開けて」
「何すんだ、それ」
「いいから開けて」
ウルザとクレスに奥へと続く扉を押し開けてもらう。全身を左足を上げ、右足を軸に体を出来るだけ捻る。扉の向こうは薄暗く奥が見えない作りになっている。
「せぇー……のッ!」
開け放たれた空間へ向かい倒れ込むのと同時、捻られた全身のバネを使い、右足も地面を砕く勢いで踏みしめ、ミシミシと痛む右肩、右肘の痛みも無視して全身全霊の力で馬上槍を奥の見えない空間に向かって投げつけた。
ゴゥッと空気を切り裂く音を立て、すぐにズシンと太鼓を間近で聞いた時のような衝撃が走った。
「暗闇で視界を塞いでいるのかな。灯」
クレスが部屋に向かい杖をかざすと、杖先から光の球が飛んで行き奥の部屋を照らすと、大きな牛の角を兜の左右から生やした牛の骸骨のような兜、片や膝からも長く白い棘を付けた赤を基調とした重甲冑が両手に大きな両刃を付けた戦斧を広げ、こちらに駆けているのが見えた。ヤギ甲冑のように鎧の外側に筋肉がついており、腕や胸などを大きく膨らませているので、見た目としては気持ち悪い。
「オオォォォォォ!!」
突き刺した大剣を抜き取り翼の様に広げ駆け出す。直前で体ごと横に回転させ両の大剣を打ち付けたが片腕の斧で防がれてしまった。もう片腕の斧を振り上げる牛骸骨の腕にウルザの槍が炎を纏わせて突き刺さる。
「ったく、どう考えても今のは俺と同時に出た方が良かったろ」
「知らないわ。誰かと一緒に戦ったこと何てないもの」
『あら、いつも私と一緒じゃない』
セルティが出る時も私の体だから結局一人で戦ってることに変わりはない。牛骸骨頭の甲冑野郎は体躯に似合わぬ速度で後ろに跳び下がると、さっきまで立っていた位置に氷の杭が突き刺さっていく。牛骸骨がシュウゥと音を立てたと思って目を向けると槍が刺さった傷跡が綺麗になくなっていた。
『我ラ深層ヲ守ル双璧ノ番人!卑劣ナル人間ヨ、決シテ生カシテ帰サヌ!』
「我らって一人しかいないじゃない」
大剣を握り直し姿勢を低く構える。牛骸骨は隙の無い様子で戦斧の先を入って来た扉の反対、奥の方へ向ける。薄暗い部屋の中、クレスがもう一つ灯と言って出した光が飛ばし奥を照らすと、赤を基調とした牛骸骨にソックリな蒼を基調とした牛骸骨が馬上槍に貫かれ壁に突き刺さっており、じわじわと光の粒子となって消え始めていた。
「あ、あたってた。うん、投げとくものね」
『ぶふ、失礼。く、あはははは。そうね、投げてみるものね』
「あん?狙って投げたんじゃねぇのかよ」
「奥が見えないんだから、狙えるわけないじゃない。こいつら大体部屋の真ん中にいるから、その辺に投げただけだもん」
クレスは左手で肘を抱え右手で口元を隠し俯きながら何かに耐えるように震えていた。
何よ、扉開けたら大体真ん中にいるんだから投げといた方がお得じゃない。ウルザも何で、そんな変な物を見る目してるのよ。
牛骸骨は赤い重甲冑からメキメキと音を立て、外側についている筋肉を先ほどの倍ほどまでに膨らませると、眼窩に浮かぶ人魂を強く光らせ全身から湯気を上らせだしていた。
『殺ス!神聖ナル試練ヲ穢ス愚カ者ヨ!死ヲ以ッテ償エ!』
両の手に握り締めた戦斧を広げ駆け出した牛骸骨の足を氷の杭が打つ。脛を守る赤いグリーブが凹み前のめりに転がるところ、頭を狙い炎を纏わせたウルザが突きにかかるが首傾け寸前で避けるが兜の右側についた牛の角が割れて吹き飛んだ。
「ふふふふ、はぁ笑わせてもらった。後はリーフに任せていいかな」
「オオォォォォ!!」
ウルザと同時に駆けだしたが遅れてバランスを崩した牛骸骨に向かい、二本の大剣を担いで飛び掛かる。ただでさえバランスを崩し倒れ際に首を捻り片腕を突いた牛骸骨、怨むように下から私を睨みつけ戦斧を掲げ大剣を防ごうとするのが見える。両手同時では無く、剣半本分、右から先に両の剣を振り下ろす。
ガイン、と鈍く重い音が立つと牛骸骨は片手を少し下げた、そこへ続けざまに大剣が叩きつけられると止められた音は立たず、片腕で防げなかった大剣はガシャンと音を立て牛骸骨の兜に食い込み、下がった戦斧の先から光の粒子が立ち上がり始めた。
『卑、卑劣ナ者ニ我ラ双璧ガ……無念』
「我ら我らって、一体しかいなかったじゃない」
「いや、片割れあそこに刺さってんだろ」
最初のヤツもそうだったけど、大体入ってすぐは無防備で突っ立てるだけのコイツらが悪いのよ。自分たちは転移直後を狙ってくるクセに、やり返されたら難癖つけるって何なのよ。
兜を砕いた牛甲冑が残した赤い魔石をアイテムボックスにしまい、奥の壁に突き刺さった馬上槍を回収する。馬上槍の真下に落ちていた青い魔石も回収して振り返ると二人が歩いてくるのが見える。
「その、あ、ありがとぅ」
『ふふ、何で尻すぼみに声が小さくなるのかしら』
俯いても顔に血が上ってくるのが分かる。今まで一人、いやセルティはいるけど、身一つだけだったから戦っていてお礼を言う場面なんて無かったけど、牛骸骨は私一人だと物凄く苦戦したと思う。ううん、もし青いヤツまで無事だとしたら私一人じゃ勝てなかったと思う。
「何かな、少し聴き取れなくて」
顔を上げると、いつの間にかそこそこ距離のあったクレスが目の前におり鞄から小さな魔石の嵌った手の平サイズの板を取り出し待ち構えていた。クレスのことだから音を保存するようなものとしか思えない道具を取り出すため鞄が開け閉めされたことで、妖精のような小さな女の子が、うぅん……と声をあげ目を覚ましたのが見えた。
「妖精さん、目覚めたみたい」
「ソフィは、妖精じゃなく天使ですよ。クレスさまの使いです」
「使いにした覚えは無いんだけどね」
クレスが鞄から顔をだしたソフィに返事をすると、ソフィは眉を八の字に歪ませ大きな瞳を潤ませた。この一瞬で吹き出す女子力、私も何とか手に入れられないだろうか。
「ソフィにはリーフを見つけて貰ったこと、とても感謝してるんだ。恩返しには、もう十分だから、自由にしていいんだよ。天使達が住まう天界に戻らなくていいのかな」
「そ、それが……その、も、戻れなくて」
潤ませた瞳から丸い粒のような雫を零し、指先を合わせるようにしている手元を見ながらグスッグスと泣き出してしまった。
『リーフ、私のせいじゃないわ。元々おかしくなっていたのよ、この子の居たダンジョン』
「ひぅ、闇、闇が」
『いい加減、慣れなさい。リーフの傍にいるのなら闇が増えることはあっても、減ることはないのだから』
「セルティの話だと、ソフィの居たダンジョンは元々おかしかったんだって」
ソフィの話をまとめるとクレスに助けられてダンジョンが暴走していたからダンジョンコアに働きかけて神の試練を閉じたらしい。ダンジョンコアは役目を終えて石になったのだけれど、自身が天界に戻る道が開かなかったらしい。その時には、天使としてクレスに恩返しをしなければと思ってここまでついて来たらしい。
「それに破滅の園は私よりずっと上位の天使さまが管理なさっているから、ここにくれば天界にかえれるかなって。でも、ここおかしくて、試練は、神様の試練はもっと神聖なものなのに、けど、いまのここは天界とのつながりどころか、や、闇の気配がつよすぎて……うぅ」
鞄を開けてクレスが背中をなでると、ようやくソフィは落ち着きを取り戻した。
「ま、一番奥まで行ってみりゃ分かんだろ。ただ、こっから先は大分危ねぇだろうけど、ソフィちゃんにゃ辛く無ぇか」
「いいえ、わたしも連れてってください。神の試練のダンジョンコア、わたしなら調べることができます」
「つーことなら、それでいいんじゃ無ぇかクレス。ここまで来たんだ、途中下車も寂しいだろ」
ウルザはそう言うと扉の前まで歩いて行った。クレスは鞄を大きくあけソフィを持ち上げるように掌に載せ私の目の前に持っていく。
「僕はいいんだけど、リーフは良いのかな」
「私はいいけど、安全を保障できるほど自惚れてもいないの。大丈夫?」
『そうね、ダンジョンコアの操作が出来るなら連れてくべきね。けれど、そうね責めて私を怖がらなくなって欲しいところね』
「うっ、だ、だいじょうぶです。わたし、役にたってみせます」
セルティを怖がりながらも拳を握り小さな体を前のめりにさせる姿が可愛い。なにこの子、すごく可愛いんだけど。抱き上げようと手を伸ばすと顔を青くさせ、クレスの鞄に飛び込んでしまった。鞄の中から顔を出したソフィは
「ダンジョンコアちかくまではカバンの中でバリアをはってジっとしているので安心してください」
というと顔も引っ込めて外から見えなくなってしまった。クレスも鞄をもとの位置にもどすと、それで良かったようで扉の方へ進んだ。甲冑どもの攻撃でついた擦り傷に手を当て治癒の魔法で治しながら扉の前に進むと、扉を押そうとしていたウルザがギョっとしたように扉から手を離して振り返る。
「リーフ、お前なんで生傷なんて出来てんだ?」
「何でって矢も槍も剣も全部避けるなんて出来ないんだもん、仕方ないでしょ」
「僕からも聞きたいんだけど、リーフここまでずっとそんな傷を負って来たのかな?」
「な、何よ。仕方ないでしょ。刃が当たれば切れるし毒が塗ってあれば目だって回るじゃない。言ったでしょ、私は貴方達みたく強くないの」
クレスは手で眼を覆うようにして俯き、ウルザは握った拳を額にあてるようにして歯を食いしばり目を瞑った。
な、何よ、自分たちが無傷だからって私への当てつけ?仕方ないじゃない、戦い方を覚えたのだって故郷を出てから、剣を握ったのだってそうだもん。これでも生き抜くために戦いながら工夫をし続けてここまで来たんだから。強くなれるよう頑張って来たのに文句を付けられる筋合いなんて無いはず。
「あーなんだ。リーフ、オメェそのデッケェ剣に魔力だかなんだか纏わせてっから俺ぁてっきり出来るもんだと思ってたんだがよ」
「あのね、リーフ。戦う時に魔力はどう使ってるのかな」
「魔力なんて使わないわ。敵が目の前にいるなら剣に呪いの力を乗せるのとアイテムボックス以外に使い道なんて無いじゃない。終われば怪我を治すときに使うけど、私クレスみたいに魔法使えないもの」
『使えるじゃない。闇の魔法と呪術が使えるなんて希少よ?』
文句を言いたげなクレスを睨むように答える。徐々に相手の体を倦怠感で覆い重くしていく呪術こそ重宝しているが、ぼんやり黒いモヤが出せるだけの闇魔法なんて使い道ないんだもん。
「オメェよく今まで生きてたな。いやいい意味でだ、そんな睨んでくれんな。あのな魔力でも気力でも何でもいいんだが、フツーそれで体を覆うんだわ。魔力が強けりゃ刃も矢も刺さりゃし無ぇ」
そう言うとウルザは槍を短く右手で持ち左手を突き刺すように結構な勢いで突いた。しかし、槍の刃先は左手の手の平を皮膚一枚傷つけることはなく止められていた。
「逆に武器に纏わせりゃ切れ味やら破壊力っつーか威力が強化されんだが自分の体じゃない物に魔力を纏わせるワケだから応用技術でよ身に付けるのが難しいんだが、こっちは出来てんだリーフ。魔力で身体を覆ってるヤツは、それ以上の魔力を武器に纏わせて戦や手っ取り早いかんな」
「魔力膜、普通は冒険者になりたての頃に覚えていくんだけどね」
何それ、何なのソレ、そんなの誰も教えてくれなかったんだけど。セルティだって何も言わなかったよ?え?何、それ出来たらこんな怪我しなかったってこと?
「……セ、セルティ?」
『良かったじゃない。避ける練習になったのだもの。命がけの甲斐あって、中々のものよ?リーフの回避技術』
猫耳の毛が逆立つほどの怒りから足元から呪いの魔力が立ち上がる。次の部屋に入る前に握った大剣に力を込めると剣先から呪いの魔力が蒸気のように立ち上がった。言葉にならない程の怒りのせいで潤む瞳から零れるそれをクレスがハンカチで拭きながらウルザもクレスも慰めの言葉をかけてくれていたが何を言われたのか覚えていない。
「ま、そんなもんだ。剣に纏わせられんだから楽勝だろ」
「闇の魔術だったかな。その魔力を纏うのがリーフには良さそうだね」
少しの時間を置いて落ち着いてから二人にコツを聞くと大剣に呪いの力を乗せるより楽に体の魔力を体の中で闇魔法に変えていく感覚を掴むまで数分と掛からなかった。セルティも故意にというより自分自身は気にしたことが無かったらしく悪気は無かったと言っていた。
「あ、ありがとう。うん、さ!進みましょ」
「何で、礼んトコだけ小声なんだよ」
「ふふ、今度時間を取って魔法も教えるよ」
小言を言うウルザを無視して奥に続く扉を押し開けた。ダンジョンの作りは分かって来ている。喋る強い奴と甲冑の大群が交互に来る。それも甲冑共は階を追うごとに強くなって数を増やす。案の定、扉の向こうは黒い甲冑、それも角や棘が増え手にする剣は装飾も入り、槍は石突まで鋭くなり、弓を持つ者は分厚い大盾に守られ、盾の前に剣、槍の奴が並び見るからに連携の取れた陣形を取っている。
「行こうか。最奥まで、まだ少しありそうだからね」
そう言ってクレスが杖を振ると氷の杭が幾つも照射される。寸分たがわず弓を持つ甲冑共を貫くと杖先に魔力を溜めバチバチと音を立てる電気の塊を放ち大盾を持つ甲冑の盾ごと大穴を空け戦列を崩す。
「ま、リーフに叱られ無ぇ程度にゃ急がねぇと、な!」
瞬身槍と小さく呟くと槍に炎を纏わせ見失う程の速度で剣や槍を持つ前衛の甲冑共を武器ごと砕き、多くの甲冑共が犇めき合う中に突っ込んで行くと強い炎を槍先に纏わせ炎の渦を思わせるような槍による斬撃の嵐で見る見る甲冑を光の粒子に変えて行く。
『二人とも頼もしい限りね。ウルザも人で無い血が混ざっているのかしら、人の域じゃないわね』
「私だって、魔力膜?とか言うので怪我しないなら、もっと攻められるもん」
大剣を握り呪いの魔力を纏わせる。大剣から黒い蒸気が立ち上ると同時に駆け出し槍を構える奴らに飛び掛かる。槍で防ごうとした甲冑は大剣の重さに耐えられず兜まで砕け光の粒子となって行った。着地と同時下から斬り上げるように振った一撃は剣を持つやつにいなされ、隙を縫って槍で突かれた。躱した際に頬を掠めたが魔力膜のお陰で痛みこそあったが切れるまでには至らなかった。
「こいつらッさっきまでのヤツよりずっと強い」
ウルザもクレスも意にも介さず狩り続けているが、クレスが凄い魔法で塵にした奴らは剣を振れば両断出来た。それが、こいつらは砕けこそするが両断出来なかったり、武器を壊せなかったりする。槍を避ければ剣閃が飛び込んで来るし飛んで回避しようとすると盾を持ったヤツに邪魔をされる。
『大分硬くなってきたわね』
「クッ、切られなくても当たれば痛いのに」
魔力膜は確かに怪我を防いでくれるみたいなんだけど槍も剣も当たれば痛むし盾で突進されれば視界がぶれるほどの衝撃に耐えられるわけでも無い。
「砕けろォォォ!」
大剣を二本揃えて横なぎにしても一体、二体位までは光の粒子に変えられても三体、四体目となると協力して槍を交差させたり剣を地面に刺し軌道を逸らしたり対策されてしまう。
私が数体を相手にしている間にクレスもウルザも次々と数を減らしていく。苦戦しながらようやく自分の周りの奴らを倒しきった時には、犇めき合っていた甲冑は、もうほとんどいなくなっていた。
「はぁ、はぁ……私だって強くなってるハズなのに」
『リーフは良くやっているわ。ほら』
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リーフ=セルティネイキア
生命力(HP)200 魔力(MP)150 体力100
攻撃力(力)200 防御力150 速度100
スキル:聴力強化 夜目 双大剣Lv7
両手剣Lv7 剣術Lv8 筋力強化大
呪詛身体強化Lv7 憑依Lv1
魔 法:アイテムボックス 治癒Lv5
呪術Lv7 怨念Lv7 闇Lv1
特 殊:大罪の化身
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「わぁ、何だか久しぶりに見るけど私物凄く強くなったじゃない!」
『そうね、でもそろそろ限界なの』
故郷を出たばかりのころに比べたら十倍にも二十倍にもなっている能力を見ると私も強くなれてるんだと感慨深いものがある。確かに物理面ばかり伸びているので、限界といわれると魔力膜みたいな魔力を使った技術も磨かなきゃなのかな。
「もっと工夫しなきゃクレスやウルザみたいにはなれないのね」
『そんなことないわ。工夫しても四ツ耳族と言う人の身では限界なのよ』
セルティの声には真剣みが加わっていた。大剣をアイテムボックスの黒い沼に沈め、少なくなった甲冑を狩り尽くしたウルザとクレスを追いかけ部屋の奥へ向かう。
裂傷こそ無いが痛む頬や肩に手を当て治癒術をかけていくと少しずつ痛みが引いていった。全ての敵を倒し終わりウルザが槍を振り、クレスが杖を光の中に収納するのが見える程近づいた時、セルティは静寂すら伴う様子で言い放った。
『ねぇリーフ。そろそろ人間、やめにしないかしら?』