慢心相違
「私から行く」
「いや、ソコはどう考えても俺だろ」
「僕が先行した方がいいと思うんだけど」
鉄の扉を押し開けた先にはダンジョンの入り口と同じ転移する魔法陣があった。ヤギ甲冑は深層の番人だったらしいから、ここから先が深層なんだと思う。私について来るって言うから、どう考えても私が先に行って魔物狩りしたいんだけど、ついて来るって言ってる二人が何で先に行こうとするのよ。
「入った瞬間から魔物が襲って来てくれるから私は早く狩りたいの!」
「いや、どこの魔境だよ。罠やら何やら調べんなら俺がいいだろ」
「ここに入った時、視界が開ける前に蛇が襲ってきたんだもん」
破滅の園に褒めるところがあるとしたら転移直後を狙う、冒険者撃退の真摯な取り組みと容赦ない強さのヤギ甲冑みたいな奴の配備に尽きる。私がダンジョン作る側なら入った瞬間殺しにかかる勤勉さは学ぶべき点があると思う。汚点としては最初の自称試練とかいう、よそ見して即死とかいう無駄配備じゃなかろうか。
「入ったと同時に見える限り吹き飛ばせば安全になるから僕がいくよ」
「そしたら私、強くなれないじゃない」
戦力的に正解でも成長的に不正解な回答を却下するとウルザが手を挙げて眉を寄せ渋々と言った様子で声をだす。
「分かった、俺を先に行かせてくれんなら、ガングリオンで小楯位あるステーキを奢ってやってもいいが、どうだ」
「急いでウルザ。次が詰まっているの」
ウルザの苦渋の提案にクレスは眼を見開き息を飲んでいた。なかなか出来る提案でもないのだろう。そもそも私はルル先生のいる宿以外のお店を知らないからガングリオンで向かう場所といえば冒険者ギルド、宿の二択しかない。そこだとそんな大きな肉でなかったもん。
ウルザがクレスの肩をポンと叩いて転移魔法陣に乗る。続いて私が乗るとダンジョンに入って来た時と同じように目の前が光に飲まれる。光が弱まり視界が開けてくる前にアイテムボックスから大剣を引き抜く、抜ききると同時、様々な気配と明確な敵意を感じ一本を横に回転させるように投げつけるとガシャンッガラガラと金属質の何かを巻き込んだ音が響きドシンと大剣が壁に突き刺さった振動を感じると視界開けた。
部屋に所狭しと剣や槍、弓を持った中身の無い動く全身甲冑。ご丁寧に黒で統一された甲冑どもの人魂の瞳が私を睨み付けてくる。
「換装、赤!」
『ふふ、二人のお手並みも拝見させていただきましょ』
もう一本の大剣をアイテムボックスから引き出し両手でぎゅっと握り構える。
「オラッ、たくリーフが正しかったってワケだ。転移完了前に襲ってくるなんて聞いたことも無かった、ぜ!っと」
槍に炎を纏わせて黒い全身甲冑共を叩き伏せていくウルザ。一振りで相手の武器ごと鎧を砕き、振った隙を狙うヤツに肩から突進し肘で浮かせ槍の石突で兜を撃ち落とし貫通させ地面に縫い付ける。
「疑ったんだから、肉にもう一品付けてくれてもいいんじゃッ、ない!?」
大剣を背負うように構え、腰だめに槍を持ち突っ込んでくる甲冑野郎に浴びせるように大剣を振るい槍も兜も鎧も同時に砕く。振り抜きざまに大剣を手放し飛んでくる矢を躱すとアイテムボックスの黒い沼を腕の前に出し、馬上槍を引き抜きながら短弓を持つ甲冑に向けて横薙ぎに打ち付けると、地面から足が離れ体を浮かした甲冑の兜を氷の杭が貫いた。
「もう一品は遅れたお詫びに僕からご馳走しよう」
手を振り氷の杭を五本同時に打ち出すと、どれも寸分たがわず弓を持った甲冑の兜を貫き動かなくなった甲冑共は光の粒子となって消えていった。クレスは手元に出した光の中から白銀の杖を取り出すと杖に大きな氷を纏わせ馬上槍の様な形にすると目で追えないような速度で私に槍を向けた黒い甲冑に突撃し胴を貫いた。
「ウルザの知ってる店より美味しいデザートがあるお店を知ってるんだ」
「オイッこのクソ賢者聞こえてんぞ、テメェ要塞時代の街しか知らねぇだろ!」
「伊達に賢者ではないと思ってくれたら良いよ。甘くみずみずしい果物に、溢れる程の生クリーム、南国から仕入れたカカオを混ぜた茶色いお菓子は脳を蕩けさせる美味しさだよ。これでも交易都市のアドバイザーでね」
いくつか氷柱を撃ち出しながら隣に歩み寄ったクレスはにこにこと南国のお菓子や要塞都市に流通している果物、水で薄めない切り出した果物の果汁だけで作られるジュースの話を語った。チラッと前を見ては再生成した氷柱を撃ち出す。ウルザも氷柱が突き刺さり吹き飛ばされた個体が周囲の甲冑にぶつかり連鎖的にバランスを崩した甲冑共の隙を突き次々と仕留めていく。
一瞬生クリームの載った何かが頭をよぎり緩みかけた気をクレスを蹴りつけて引き締める。バシンと大きな音を立て蹴りが当たった太ももを押さえ杖を手放し蹲るクレスを睨む。
「真面目にやれ」
『ふふっ、手加減してあげないのねリーフ』
余裕があるのか何なのか知らないけど、いくら強いからって、クレスにとってコイツら甲冑野郎共が弱いからって、命がかかっている事実は変わらない。
「換装、黒」
慣れない馬上槍をアイテムボックスに沈め手放した大剣を拾う。大剣で蹴散らし、クレスの氷の杭を警戒し甲冑野郎共も攻めあぐね機を窺うように一歩また一歩と退いていく。
「貴方達が私より遥かに強いことは認めるわ、けれど」
投げて壁に突き刺さった大剣を手に振り返りクレスを睨み付ける。離れたところでウルザは嬉々として全身甲冑共を相手に文字通り火を噴いて暴れている。
「舐めて掛かって、下に見て、騙され罠に嵌められて、今よりずっと弱かった私に伸されたんでしょ?」
壁に刺さった大剣を抜き放ち呪いの魔力を纏わせると大剣から黒い蒸気が立ち上る。剣先をクレスに向け力を込める。
「反省すべきよ。いくら強くても、慢心すれば死ぬもの」
スライムだって酸で私を二十秒で溶かしきるらしいし、コボルトが放つ矢でも肌を切り裂くんだから心臓に刺されば生きていられない。地竜に咬まれれば私の首は体とお別れしちゃうし、ゴブリンの魔道士が放つ火の球に当たればこんがり焦げた焼き黒猫だ。
叩いても蹴っても効かなかったクレスでも気を抜いて力を抜かせれば気絶させられたんだからヤギ甲冑みたいなのが突き刺せば死ぬ。
「私は貴方達みたいに強くないけど、強くなれても相手を舐めて掛かったりしない。命を奪う相手なら尚更、何をしてくるか分からないもの」
大剣を両手に黒い蒸気を足元からも立てクレスを背に槍を振るうウルザを見やる。駆け出す力を足に溜め肩越しに振り返りクレスに目を合わせ
「遊び気分が抜けないなら、そこで眺めててくれる?私はこれでも必死なの」
放心したようなクレスをキッと睨んだあと前を向き床を砕く勢いで力を込め甲冑共を蹴散らすウルザの横に跳び込み、剣や槍といった武器も小楯や大盾といった防具も大剣の重さに物を言わせ差別することなく砕いていく。
「ハッ勇ましいじゃねぇかリーフ、だがまだ甘ぇ!武器に振り回されてんじゃねぇぞ!」
「脳筋は黙ってくれる!?我流でここまで振り回してるのを褒めるべきよ」
『失敬ね、私が手憑り足憑り教えてるじゃない』
当たるだけでゴブリンの頭が爆散するような重さの大剣なのに紙切れのように扱うセルティしか見習う相手がいなかったんだから、よくここまで大剣振り回してると褒められて然るべき。
ウルザは両手で甲冑を貫いたかと思えば、引き戻した槍を再度突き出す時には片手で伸ばし間合いを読み違えた相手の兜を砕き、伸びた体を狙う甲冑にあえて背を向け隙を見せると次の引き戻しで槍に炎を纏い、これまでの速度と全然違う目にもとまらぬ速度で隙を突いて来たヤツを振った槍で切り裂いた。
「クハハ、褒めて強くなんなら褒めてやらぁ!振った後の引きを意識しな、ちったぁマシんなる」
一突き一殺、一振り一殺と当たれば必殺の動きで暴れ回るウルザは言うだけあって無駄が無い。炎を纏い、能力にものを言わせた脳筋な戦いだと思っていたが、荒々しさこそ感じるものの、その実動きにも体力にも無駄のない戦いを繰り広げていた。砕いても砕いても奥の部屋の扉が見えない程、これまでのどの部屋よりも敵の数が多い。
「ご教授ッどうも!」
振り抜いた後、重さに負けそうな時には大剣を手放して対応していたし、大剣に引っ張られるままに体を捻り次に繋げていたけれど、大盾を持つ甲冑の盾を弾き飛ばした右を強く引き左の大剣を浴びせた。いつもなら両方を振り終わり重さに負けるけれど、確かにここから右が繋げ易いことに気付かされる。
私の動きを見ていたのか、剣の振り易さに気付いた時、八重歯を見せてニッと笑うウルザと一瞬目が合った。
『的確ね。勢いよく倒しているし心強いわ。ただ』
セルティの声が続く前にヒィィィンと高音が耳に届くと、次いでガシャンガシャンと金属同士がぶつかる音が相次いだ。クレスが放つヤギ甲冑を一撃で沈めた雷を固めたような電気の塊が次々と撃ち出されていく。
「おわっ、ちょ、危ねぇだろ!クレス」
『ふふ、私は彼にも期待してるの。とてもね』
ウルザが足元に炎を纏わせ甲冑共から大きく退避すると、地面に着弾した雷撃が幾何学模様を残し、他の地面に着弾した同じ模様と繋がるとバチバチと電気を放ち模様の近くにいた甲冑の足を止める。
風音だけを立て、突然現れるかのように私の前に移動して来たクレスは、先ほどまでの弛緩した空気では無く、鋭くもどこか妖艶な目つきで私を一瞥すると手にした杖を地に突き空気圧すら感じる魔力を解き放った。小さく「キャッ」という悲鳴と共に鞄の中のソフィは目を回し気を失った。
「穿ち貫き臓を灼き、踠き跑く遺志すら残さず、塵と消えろ――轟雷の大嵐」
瞬きをする間も無い程クレスの言葉が意志を持ったかのように目もくらむ光が天井から床、床から天井に何度も奔った。空気を裂くような轟音が来ると身構えると、振り向いたクレスが杖を掲げ、杖を中心に私やウルザを包んだ球状の淡い光の膜が音も衝撃も防いだようで、文字通り塵になる甲冑たちが光の幕の向こうに見える静かな空間でクレスが口を開いた。
「すまなかった。リーフの言う通り、気を抜いていた俺が悪い」
クレスが杖を真横に振ると私達を包む光の膜の外全てが光に飲まれ、足元から影が無くなるような眩い光の中、外の事など気にもしない様子で話し続けた。
「まだ全盛期に遠く及ばないけど、俺も本気で行く」
光の中、蒼髪蒼眼のクレスの髪が銀に輝き浮き立つように、眼が深紅に輝いたように見えた。光が収まると先ほどまでと変わらないクレスが再び柔らかな表情を取り戻したようにも見えた。
「時の回廊を解除しないと制約も多いんだけどね。……叱られるなんて大戦期の彼らとクロくらいにしかされた事無かったんだけど」
光の膜が消え去ると、オーブン窯を開けたような熱気が風となって押し寄せた。ダンジョンの壁からは焼けたようなシュウシュウと言う音が立ち、先が見通せなかったほどいた甲冑共はコアも鎧の破片も残さず一体もいなくなっていた。
「叱られて胸が熱くなったのは初めてだ。ふふふ、さぁ先へ進もう」
爽やかな笑顔を向けるクレスの顔を見るのが気恥ずかしくなり熱の篭る床を踏みしめ鉄の扉があった奥へ向かう。少し遅れて槍を肩に担いだウルザが歩き出した。ソフィは間近で受けた魔力の圧力と強力な魔法に驚きまだ鞄の中で気を失ったままだった。
「先の先のその先で、誰の邪魔も無く君と共にあれるなら、一刻も早く先に進もう」
リーフが先に進むのを見つめる瞳を朱く染め、狂気を孕んだ視線で呟く。ウルザがクレスを睨み付け口角をあげる。ウルザに応えるようにクレスも笑みを深めた。
「テメェがイイトコの坊ちゃんじゃなくて良かったぜ、俺が勝っても罪悪感が無ぇ」
「クフフ、お互い様だろ。俺は彼女と共にあれれば他の何がどうなったって気にならないんだ。それにイイトコの坊ちゃん相手なら罪悪感があったのか?」
「あー、それはそれで無ぇな」
笑い声をあげ隣に追いついて来たクレスの背中をウルザが叩く。
「だがよ、そーゆー人間臭ぇトコがある方が信頼できっからよ。ひとつこれからも頼むぜクレス。ま、さっきみたいなので巻き込んで俺まで殺すのだけはナシでな」
「巻き込まないさ、リーフの仲間でいる内は、だけどね」
瞳を蒼く戻したクレスがそう返すとウルザが一層大きな声を出して笑った。声に反応して、奥の扉の少し手前でドシンと大剣を地面に突き刺すとリーフが二人を睨み付ける。
「遅い!じゃれ合うのは外でやれ!」
腕を組み猫耳を立て睨むリーフを見てクレスもウルザも困ったように笑った。
「おうおう姫様がお怒りだぞクレス」
「ウルザのせいでしょ」
ウルザが再び声をあげて笑うと、床に散らばる瓦礫を拾っては投げてくるリーフの凶悪な投石を避けながら二人は歩く速度を上げた。