黒猫探し
「ほぉ、するってぇとクレスさんも女を探して旅してるってことか」
「えぇ、どこかに留まったと思ったらスルリと居場所を変えてしまうので猫を探しているようなものです。ウルザさんは棺引きでしたか、私も一度お目にかかりたいと思う人物です」
「あぁ、あの腕っぷしに肝の据わり方から多分ダンジョンで喧嘩に明け暮れんじゃねぇかと思ってよ。地竜の巣じゃ満足出来ねぇじゃじゃ馬娘だ」
「クレス様、闇の気配が街の方で立って……また消えました」
二人の頭の上を飛んでいたソフィは、クレスの手の平に着地すると申し訳なさそうに報告した。ソフィの話では決して見間違えることがない程の存在感らしいけど、どうも気配を消すことが出来ると判明している。
「あえて気配を残すようなことを……とりあえず街に戻ろう」
「お、そんじゃあ俺も一緒していいかい?俺も街に戻ってギルドマスターさんとやらに聞きてぇことがあんだ」
「えぇ、もちろん。ウルザさん程の実力者が同行していただけるのなら心強い限りです」
「ハッ、全く護衛なんて必要なさそうな気配させてよく言うぜ」
リーフが地竜の巣から破滅の園に向かっている頃に出会った二人は地竜の巣から街に戻っていた。セルティが地竜の巣から破滅の園までの間、黙して語らず気配すら立てていなかったことなどこの二人どころかリーフですら知り得ない。
「クレスさんに、ソフィちゃんっつったか?出口吹き飛ばしてくれた礼に飯でも奢らせてくれ。何も要らねぇなんて寒ぃこと言ってくれんなよ」
「それでは、ご相伴に預かりましょう。ソフィのことは街では隠しておきたいので、出来れば個室で」
「私、カバンでじっとしてますよ?」
「それじゃあ楽しく無ぇだろ。地竜の巣に案内してくれたソフィちゃんあっての偶然だ。俺を立てて任せてくれ、な?」
ウルザがクレスの肩に座るソフィの頭をグシグシと撫でる。唇を尖らせ「ならば仕方ありませんね」と髪型を手ぐしで整える様子を見て二人で笑うと街へ戻った。
要塞都市の検問所にギルドカードを見せて通って行く。クレスは衛兵に幻想銀のカードを見せ、ウルザは話しながら衛兵に目もくれず金のカードを見せ街に戻った。ウルザの表情は明るい。
「おうおう任せろ。地竜の巣じゃ、たんまり稼がせて貰ったかんな」
「地竜の巣に魔物はいなかったのでは?」
「クハハ、それがよ生きてる地竜こそいねぇが地竜の犬歯も肉も取り放題、それにコレよ」
「……魔導鉱石、ですね。それも純度が高い」
マジックバッグになっている革の鞄から金属鉱石を見せた後、カバンを閉じる。
「他にもあんだが、宝箱どれも取られてなくてよ。労せず大儲けってワケだ。困ったのは出口が見えたのに外が見えなかったことだったんだが、それもアンタが解決してくれたからよ。ちっと待ってちゃくれねぇか、ギルドで金に換えてくる」
「僕もギルドマスターに尋ねたいことがありますので一緒に向かいましょう」
冒険者ギルドに入るとウルザは買取窓口に向かい、クレスは受付嬢に声を掛けギルドマスターと話したい旨を伝えた。程なくギルドマスターがカウンター越しにやってくる。
「クレス様、いかがされましたか?」
「ちょっと気になってね。棺引きが、どこへ向かったか知りたいんだ」
「棺引き様ですか、本日であれば地竜の巣を確認に向かっているか街中では?金級認定が正式に通達されてすぐダンジョンとも考え難いですし」
「ギルドマスター、リーフ様をお探しでしたら温泉街の宿をあたるのが良いかもしれません。以前、宿を聞いた時に大きなお風呂と可愛いメイドさんがいるところと仰ってましたし」
「そうだ、鍛冶屋に聞けば大剣を届けているから宿名を知っているかもしれません」
「ありがとう、宿をあたってみるよ。僕たちも宿をとっていないからね」
カウンターを後にするとウルザは売却が終わっていたたらしく壁にもたれた姿勢を直し手を挙げた。
「用は済んだのかい?んじゃ飯に行こう。鞄の中の嬢ちゃんもいつまでもそれじゃ窮屈だろ?」
ウルザが少し声を潜め鞄に目をやると閉じた鞄の隙間から外を覗いているソフィと目が合ったようでニッと微笑んだ。
「買取のおっちゃんの話じゃ個室で飯も酒も美味ぇトコが温泉がある大きな宿の方にはいくつかあるらしい。お貴族様も通う店が並ぶそうだからよ、そこいらで一杯どうだい」
「えぇ、棺引きは温泉宿にいるそうですから丁度いいかもしれませんね。そこの鍛冶屋さんが場所も把握しているそうです」
「おお!やっぱりツイてんな。いやぁ助かるぜクレスさんよぉ」
冒険者ギルドを出ると鞄の中からコンコンと叩く音がする。クレスが顔の高さまで持ち上げるとソフィが手のひらを小さな口にあて声を潜めながら「温泉街の方か分かりませんが、あちらに強い闇の残滓を感じます」と小さな手を隙間から出し指さした。
鍛冶屋に場所を聞いてから温泉宿に向かう途中、再度ソフィから同じ指摘があったので高級ランジェリーショップに入る。来店の女性客は二人を見ると顔を赤らめ下着もそっちのけでウルザとクレスに魅入っている。程なくモノクルを掛けた鷲鼻の店員が二人の前に現れる。
「お客様、お贈り物でございましょうか」
「そうですね。それも悪く無いかもしれません。最近の来客で最も変わったことを起こした、その子に向けて、その子の選ぶような品を」
そう言うとクレスは間を置いて店員の目を見て微笑み金貨の詰まった袋を開いて見せた。
「少々お待ちくださいお客様、準備してまいります。」
鷲鼻の店員はモノクルを掛け直すと紅が濃く塗られた唇を三日月型に歪め奥へ下がって行った。ヒュウっと口笛を吹かせウルザがクレスの横に立つ。
「やるねぇ、口が上手ぇじゃねぇかクレスさんよ」
「ふふ、最も変わったことを起こした人が棺引きとは限りませんけどね」
「いや、間違いねぇだろ。俺の勘がそう言ってる」
「あの様子から最近来たことは間違いありませんね。それではお暇するとしましょう」
「あん?見ねぇのか?ありゃ何か隠し玉があるって感じだったぜ?」
店の扉を開けざまにクレスがウルザに振り返る。
「飾ってある下着を見た所で面白くもありませんから」
「クハハ含みがある言い方じゃねぇか」
「僕も男ということです。さぁ食事にしましょう。折角です、棺引きが使っているという宿をとってというのはいかがでしょう」
口角をあげ目線で答えるとウルザと共にソフィが指さす温泉宿へ向かう。どうもこの辺りに似つかわしくない程の闇の残滓があるとのことだ。ギルドの受付嬢が話すとおり大きなお風呂がある高級宿につくとウルザが受付に向かう。
「おう、ここで二部屋とりてぇんだ。俺達ゃここに泊まってるリーフっつー大剣使いの身内でよ、この宿で待ち合わせる約束なんだが部屋は空いてるかい?」
数日分の宿泊費にあたる金貨を積みながら屈託のない表情で問いかけると、その整った顔立ちもあり受付に出ていた女性従業員は頬を染めながらいろいろと話した。どうも長く滞在しているらしく多くの従業員は敬遠して話したことがないらしい。ただ、ルルという専属のメイドがいるとのことで、食事の手配と共に後で話を聞きたい旨を伝えたところ二つ返事で了承を得られた。
クレスが部屋代は支払うと話したが固辞したウルザと共に、クレスの部屋となるリビング付きの客室で食事をすることにしてルルを待つ。
「ククク、ここで間違いねぇ。やっぱツイてるわ今日」
「闇の残滓は感じますが、呪術の類は感じません。……おいしいですしね、このたまご。温泉卵はじめてたべました」
「ふふ、僕は神の試練官が食事するところを見るのが初めてだね。ソフィは食べたり飲んだりできるんだね」
「できますよ。身にも骨にもならず魔力になるだけですが」
半身ほどもある卵に小さじを槍の様に刺し食べるソフィを眺めているとコンコンコンと居室が叩かれ「失礼します」とやや緊張気味の声と共にドアが開かれた。ノックと共にソフィはクレスの鞄の中に戻る。
「および頂いたと伺い……わぁ、本当にイケメンが二匹……失礼しました。お呼びと伺い参じました」
メイド服に身を包んだルルは本音ダダ漏れの挨拶を済ませ二人のテーブルに食事を並べていく。話を聞くと今日は非番だったそうだが、受付の子が気を利かせ呼んでくれたらしい。
「リーフ様を追ってこられたんですね。ふふふリーフ様が聞けば喜ぶと思いますよ」
「ここに来りゃ会えると思ったんだがなぁ」
「しばらく戻らないって話してました。何でも、すぐに行きたいダンジョンがあるとか、金級じゃなきゃ入れないとこだって話してました」
「そうかい、ありがとよルルちゃん」
食事の配膳を済ませたルルはウルザがチップだと渡した銀貨を多すぎると中々うけとらなかったが半ば強引に受け取らされ配膳台と共に退室していった。
「食事も済ませたし、僕は少し出かけるよ」
「クク、待てよクレスさんよ。おめぇも行くんだろ?」
椅子を傾けながら愉快そうにウルザが問いかける。
「棺引きと、あんたが探すリーフにゃ共通点がある。だろ?孤高の賢者様よ」
「気づいていたのか僕の事」
「そりゃあもう、まさかと思っちゃいたが憲兵にカードみせた時に確信したぜ」
「僕の探しているリーフかもしれないし別人かもしれない」
「抜け駆けってこたぁ無ぇんだ。目的が何であれ、俺もあんたもリーフに危害を加えるわけじゃねぇんだ。それに、ここらで金級っつったらあそこだろ」
「破滅の園、僕の知る限り国内有数の難関ダンジョンだね」
「そうさ、だからよ。協力しねぇかい?俺ぁ役に立つぜ、前衛としてな。俺達が競ったって仕方ねぇだろ?選ぶのはリーフなんだからよ」
ふっと口角をあげクレスが手を差し出す。
「思ったより食えない男だったわけだ」
「クハハ、あんたほどじゃねぇよ」
握手を交わす二人を卵をほおばりながらソフィだけが眺めていた。




