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帰路を想うなかれ

 破滅の園(ガーデンオブルイン)の入り口部分、その様相はこれまでのダンジョンとは別格だった。私よりも太い鉄の柱が岩山の外壁まで何本も伸ばされ下り坂となっている先は、薄っすらと光を放つ壁面のせいで奥の方まで見渡せる。その壁面には幾何学的な紋様が刻まれ時折紋様が周囲より一段明るいぼんやりとした光を放つ。

 一本道を下っていく間、特に何もない空間が続き行き止まりに輝く魔法陣の台座が設置され近くに“帰路を想う者よ去れ”と刻まれた石碑が建てられている。


『リーフ、進んでも無駄にはならなそうよ、ほら分かるかしら?』


 猫耳を立てて魔力の流れに集中する。この台座に乗ると、どこかに移動するんだと思うけど特に何も感じない。


「何かあるの?衛兵さんがいるから他のダンジョンから魔物が入るなんて無理じゃない?」

『本来ならそうなんでしょうね。けれど、この魔法陣おかしいのよ。本来対でしか存在しないのに、こちらから向こうに向かう流れの他に向こうへの繋がりを感じるもの』

「そんなの全然わかんないんだけど」

『もっと呪い呪われていけば、いずれ分かるようになるわ』

「分かるようになる方向に全然希望がない気がする」


 ゴロゴロと大剣の台車を引き台座の上に立つ。魔法陣が輝きを増して体が浮遊感に襲われる。視界が光に飲まれても目を瞑らず、二本の大剣の柄を左右それぞれの手の平で握りしめる。

 災厄の悪夢が居たとして、最善を尽くしても、命を賭しても、あらゆる何もかもを投げ売っても、まだ私が届かないことくらい分かってる。でも、私の故郷を滅ぼした時、あいつは何度も「ようやくだ」と繰り返し四つ耳族全てを殺し尽くしたと宣った、だとしたら力技だけで押し倒すような真似をせず、何をするにも策を弄し目標達成のためには単独での計画だけで行うような稚拙な頭では無いはず。

 回りくどく(いや)らしく粘着質な思考で、一つ計画が崩れた位では揺れない基盤を築き、その上力でも圧倒するのなら。仕組む計画一つひとつに傷を付け、毒を塗り、他の計画ごと整合性が取れなくなる位に邪魔をしてやる。


「今はまだささくれのような傷しか残せなくても、化膿させ、爪を剥がし、指を腐らせ、骨を毒し穢した血潮で、いつか必ず心の臓腑まで灼けるような痛みと苦しみで満たしてやる」


 目の前の光が薄くなると同時に視界一杯に迫った大蛇の頭に引き抜いた大剣を叩きつける。刃筋も考えず鉄塊として、重量に物を言わせ頭を垂らさせ地面に脳漿で花を咲かせた。 

 乙女のように驚きなどしない、ここが地獄の釜となっていることなど最初から分かっていたのだから、ただでさえ要塞都市ガングリオン領最難関ダンジョンだというのに受肉した魔物を移動させているんだから、量に物を言わせた何かをやろうとしていること位分かって来たんだもん。


 潰した蛇の丸太ほどもある体がのたうち回る。その尾を掴み膂力に物を言わせこちらに目を向ける魔物の群れに投げつける。炎竜の赤揃えが熱くなり、思った以上の勢いで飛んで行った。大蛇の死骸に巻き込まれた魔物ごと他の魔物が食らいつく。バキバキと骨まで砕き飲み込まれる音が響いた後、破滅の園は静けさを取り戻した。


 人々が憩う公園程もあるフロアは、魔物の量が多くて壁の色が分からない。牛頭の大男、赤い体の馬、六本足の大蜥蜴は地竜よりも大きく、さっきのより大きな二つ頭の大蛇、人を乗せられそうな百足に私よりも大きな蜘蛛の群れ、どれもこれもが私の方を向いてその眼を輝かせていた。


「換装、黒」

『ふふ、ふふふふ』


 ここに居る魔物たちで、再び惨劇を繰り返したかったんでしょ。


 街を焼き

 人を食わせ

 血で川を作り

 死体を積み重ね

 悲鳴で覆い尽くし

 逃げ惑う様を嘲笑い

 恐怖する様を楽しんで

 足早に逃げた人を射殺し

 逃げ遅れた人には火で炙り

 身を寄せ合う人に魔物を(けしか)

 命が尽きるその時を眺めて(わら)



 大剣から黒い湯気が立ち上る。握りしめた柄からはギシリと指が食い込む音が響くと、駆けだす脚に合わせるように黒いドレスがはためいた。


「潰してやる!」


 大剣の剣閃が、いつか見たセルティの剣閃をなぞる様に淀みなく美しい銀線を描いた。時間を置き、どちゃりと音を立て、大男の体から牛の頭が地に落ちた。大男の体を潰すように襲い掛かって来た大百足の顎を右の刃筋で受け止め、片手で背負い投げをするように勢いをつけた左の大剣で首を切り落とす。


「お前の描く計画が、何一つ上手くいかないように!」


 地を這うよう来たスライムが飛ばした酸が首元を掠めるとジュウと音を立て焼けたような痛みが走るけど目を瞑るのも耐えて赤いリンゴのような核を蹴り砕く。飛ばされた蜘蛛の糸を屈んで避けると立ち上がりざま剣で掬い上げるように蜘蛛を両断。斬った蜘蛛の体がズレて崩れる前に蜘蛛を踏み台に後ろの蜘蛛に飛びかかると背中に二本の大剣を突き刺した。


「嗤い声を枯らして、歯を食いしばらせて」


 犬頭をした子供のような人型の魔物、コボルト達が一斉に放った矢が頬や腕を掠める。飛びかかろうとした眼前を赤い地竜が火を噴いて塞ぐ。離れたところから杖を持ったゴブリンが杖先に火の球を掲げ矢と変わらない速さで飛ばしてくる。魔物たちが俄かに連携した動きを取り出したのが分かる。


「予備の予備の計画まで潰し尽くして!」


 火の球を放つゴブリンに向かい大剣を投げつけると火の球を爆発させ上半身を消し飛ばした。猫耳がぴくりと反応すると大剣に体を寄せ、背後から魔力を纏い振るわれた鉄槌を受け止める。衝撃で漏れる息を噛み殺し体に巻き付けるように大剣を回し鉄槌を持つ人型の馬頭に叩きつけるが鉄槌で防がれてしまった。馬頭に体を向けると背後から蜘蛛の糸が、蜘蛛の糸に顔を向けて躱すと後頭部を狙うように矢が飛んでくる。避ける動作で足を回し迫る大蛇を蹴り飛ばし、蜘蛛の死骸を掴んで馬頭に投げつけると同時に間合いを詰め、蜘蛛の体に重ねるように大剣を突き入れ馬頭の頭蓋骨ごと壁を打ち砕く。


「悔しさで、苛立ちで、不快さで!」


 突き刺さった大剣を抜く隙を突こうと迫る剣と鎧を纏ったトカゲ人間の頭に振り向きざま拳を突き刺す。ぐちゃりと脳に届いた感触を確認することなく、剣を刺した壁に跳び飛んでくる矢を躱すと、剣を引き抜き勢いをつけ糸を吐きかける蜘蛛を叩き潰す。


「お前の顔を歪めてやる」


 大剣の剣身に身を隠し赤い地竜が吐く炎にタックルの様に立ち向かう。剣を持つ手が焼ける痛みに耐え炎の中を進み、剣身が地竜の口に当たると同時に横へ飛び熱せられた大剣を突き刺す。


「換装、赤!」


 剣に刺したまま地竜を持ち上げると剣を振るい矢を番えるコボルトに投げつける。再び奥から火の球を放つゴブリンが現れたのを目の端に捉えると暴発して上半身が消し飛んだゴブリンに投げた大剣を取り戻し構え直す。


「換装、黒!」


 周囲に体が重くなる呪いの霧を撒きながら走る。


『ふふ、あははははは、素敵!素敵よリーフ!やっぱりこうでなくちゃ、こうでなきゃ貴女らしくないもの、アハ、アハハハハハ』


 二本の大剣を手に魔物の中に突っ込むと辺りを銀線が舞った。光の軌跡が通った後には赤黒い華が壁一面に咲き乱れていった。

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