予期せぬ邂逅
買い物を終え地竜の巣に来てみると小高い岩山に空いた入り口には鉄の門が備え付けられていた。私が持つ大剣よりも厚みがある鉄の門は鉄柱を米の字に打ちつけてあり、その縁も同じく鉄柱が打ち付けられていた。上中下の三段階で閂がされており、いずれも太い鉄塊の閂で見るからに頑丈そうだった。また、門の前にいくつか幾何学的な模様と文字が掘られた石板が供えられており、鉄の扉に白く淡い光を照射させている。
「これで簡単には出てこれないはず!」
思わずグッと拳を握ると口角が上がってしまう。呪詛強化に頼り予めそこら中に呪いを撒き、触れあう度に恨みを乗せて呪い続けたのに全っ然ッ!効果が出なくて、その間にも殴る、蹴るが止まらなかったあの戦闘力。最初から全開で来られたら強くなった今でも対処できるか……それが槍を持っただけであの威圧感。受肉トカゲの代わりに封印してもらってよかった。
『でも良かったの?一週間たったら一度開けてなんて頼んでおいて』
「だって、死んじゃうじゃない」
洞窟の中は地竜の肉もあるし、水たまりもあったし死なないと思うけど、あんまり長いと死んじゃうもんね。セルティは不思議そうにしてるけど、ウルザが襲い掛かって来たのは身内のための復讐でもあるわけだから私にも非があったわけで、死なせちゃうと後味が悪いんだもん。
「それじゃ、準備も出来たし行こっか」
『そうね、どこのダンジョンでも怪しさはあったけれど、最も怪しいものね』
破滅の園。ここの冒険者ギルドから、そこへ向かう人はいない。王都から本当に強い選ばれた者だけが異変が無いかの確認に来るらしいけど、ここ最近そんな話も聞いたことない。それと冒険者証が金以上でないと入れないらしく私に許可が下りたのも地竜素材を売った時だった。
『ランジェリー、それぞれ特性が異なるから場合によっては装備切り替えたいわね』
「どれも付けるだけで恥ずかしいのに付け替えるの?」
『それがいいわね。…どう?これで分かるかしら?』
★淫魔エイブラハムのランジェリー黒
・呪い効果強化 ・呪詛身体効果増幅
☆淫魔エイブラハムのランジェリー白
・魔法による被害軽減 ・治癒力強化
★炎竜のランジェリー深紅
・攻撃力強化 ・体力強化
「あ、分かりやすい」
『あくまで補助的だけれど、いずれリーフに馴染んで一層使いやすくなるわ』
「でも、ダンジョンやら戦闘中に下着変えるとか無理じゃない」
『私が補助してあげるわ。アイテムボックスの応用ね、ほら』
「ひゃっ、ちょっ」
スカート越しに股を押さえると普段使い慣れたソレが消え、違うものになったことが分かる。気づけば膝上までのオーバーニータイプのタイツに黒いガーダーベルトまで付けられ、ブラも肩ひも位置まで完璧に調整されて先ほど買ったものに入れ替わったのだと分かった。呪いのドレスの胸元を少し引っ張ると黒のブラに入れ替わったのが見えた。
「ちょっこれ、これだめ。私がいいって言った時だけにして!」
『臨機応変に付け替えた方がいいじゃない』
「だ、だってこれ、セルティがやろうと思えば下着なくなるんでしょ!?」
『やろうと思わないから大丈夫よ。私が使う体でもあるのだから』
「ダメ!許可した時以外セルティが勝手に脱ぐのも変えるのも禁止!」
時々スイッチが入ったように指示を出すセルティの事だから、獣耳狂いを誑かす際に何かしらしでかさないとも限らない。用心に越したことはない。例え魔法で一瞬であっても全くの同時ではないなら人前では絶対に使いたくない。
『それじゃあ、そうね。合図にしましょう』
「それがいいと思う」
『換装、そう言ってくれたら付けえるわ』
「うん。とりあえず、換装!普通のに替えて」
『え?嫌よ。効果もなければ可愛くもないんだもの。言ったじゃない、私が使う体でもあるのだから、あんなダサいもの着けたくないの』
聞かないってありなの!?合図で取り決めても聞かないって、とセルティに抗議したけど結局戦闘に効果的な時だけだと諭されてしまった。
地竜の巣から破滅の園に駆けて向かう。ここが怪しいと感じたのは他のダンジョンについては冒険者ギルドでも「受肉したやつが出た」とか「ダンジョンの近くに魔物が増えた」とか「棺引きが出るようになってからダンジョンがおかしい」とか噂が聞けたのに、調査が入っている破滅の園だけ噂もないし棺引きの目撃情報がない。そもそも地竜の巣に行くパーティーも少ないのに、地竜の巣でセルティが言う異変があったのなら、もう残るは最難関ダンジョンしかないと思う。セルティも『トカゲに耐えられたのだから大丈夫よ』と言ってくれてるし。
破滅の園はガングリオンから地竜の巣の方にある岩山群の奥、高い崖の麓にある。この自然の要塞である岩山群と要塞都市ガングリオンが王国を外敵から守る盾となっている。破滅の園は高い岩肌の割れ目の周りをいくつもの魔術的な結界で覆い、その外側を柵で囲んだ上で衛兵まで立てられている。
「ここから先は破滅の園しか無い、用がないのであれば立ち去られよ」
数時間駆け、ようやく大きな岩壁に裂け目があるのが見えるところまで近づくと衛兵が口元に手をやりこちらに声を張り上げた。そのまま駆け続けると衛兵は近くの小屋に向かい警笛を鳴らす。衛兵の顔が見えるほどに近づくころには小屋から数人、甲冑に身を包み槍を携えた兵士が出てくる。
「止まれぇ!ここから先へは許可なき者を進ませる訳にはいかん!」
止まれと言われたので止まると、数人の兵士に槍を向けられ囲まれる。アイテムボックスを地面に出し、黒い沼のようなところから大剣入れを引き出す。
「おのれ面妖な!貴様何故ここに参った!」
「そこのダンジョンに入りたくて」
「ふざけるな!ここは破滅の園、王の許可を得た者か金級に至る名のある冒険者しか立ち入りを許さぬ死の淵だぞ!自殺なら他所でやれ!」
「そこのダンジョンに入りたくて、ほら」
冒険者証を見せる。銀製の冒険者証だけど、金カードが用意出来たら交換になるって聞いてるし、金級と同じ扱いだって聞いてたんだけど、あれ?これ私めちゃくちゃ怪しまれてない?
「銀、それも新しいものではないか」
「仲間はどうした小娘、物見遊山の仲間は」
「ヒラヒラした衣類に台車を引いてだと?冒険者ギルドから来る奴は舐めているのか?」
数的有利に立って相手が私みたいな小娘一人、槍をチラつかせればビビるとでも思ったのかな。地竜の巣で遭った大変な目を超えるかもしれないって、装備まで整えて覚悟を決めて破滅の園まで来たっていうのに。
「ギルドマスターからは、入っていいって聞いてたのに」
衛兵の一人が台車に近づき、もう一人が槍を持ち替え近づいてくる。
「どこから出したか分からん奇術で、こんなハリボテの剣を出しおってからに。誰が持てるんだこんな剣、見かけだけは威勢がいいな」
「よく見れば可愛い顔をしておるな。どれ」
槍を持ち替えた衛兵が刃では無い反対側、石突を呪いのドレスに引っ掛けスカートを持ち上げようとした時に、槍を掴み睨み付ける。
「換装、赤い奴」
力を入れ木製の槍の柄を握り砕くと大剣入れを引き寄せ大剣を抜く。鍛冶屋で調整してもらったからか、手に良く馴染む大剣を左右それぞれに引き抜き振り向きざまにこちらに向けられていた槍にただ当てる。質量の暴力で当てられた槍を手から落とす衛兵、槍を離さず握ったまま尻餅をつく奴と、それぞれに違った姿勢で固まっていた。
「報告すればいいわ、リーフとかいう小娘が勝手に入って行ったって」
スカートを持ち上げようとしたヤツは尻餅をついて私を見上げていた。せめて衛兵らしく、要らんことをしなければ良かったのに。大剣を地面に突き刺し、そいつの足を持って剣を振るうように大剣入れを調べようとしたヤツに投げつける。大剣と比べたら酷く軽い衛兵は大の字になってブーメランのように飛ぶと調べにきた奴に当たって一緒に地面を転がっていった。
「報告すればいいわ、リーフとかいう小娘に襲われたって」
大剣を引き抜き、槍を跳ね飛ばし尻餅をついている衛兵に刃先を向け歩み寄る。視線に呪いの魔力を乗せ、手から剣に呪いの魔力を行き渡らせ、刃から黒い湯気が立つ。
「報告すればいいわ、報告すればいいじゃない。報告できるまで無事でいられたのならだけど」
地面を蹴って低く飛びかかる。しばらく伸びてもらえる位には叩いておきたい。そう思って刃の向きを変え峰で弾き飛ばそうという段になって最初に声を掛けてきた、硬い口調の衛兵が大声を上げた。
「待ってください!待って、待ってください!お、お名前をもう一度」
声の方に顔を向けたまま勢いが消えずに振られた大剣は、直撃させないようにしたけど衛兵の被る鉄兜を弾き飛ばし、剣風が髪をなびかせた。尻餅をついたまま、その衛兵は口の端から泡を吹き大の字に倒れた。しかし、声を挙げた衛兵はそんなことお構いなしに尻餅姿勢から正座に座り直し手を前に出す。
「もう一度、もう一度お名前をお聞かせ願いたい」
「……リーフ」
「リーフ様、ご報告を受けております。リーフ様は金級と伺っております。どうぞ、どうぞ我らに構わずお通りください」
「だって、あなた達が止めるから。それにあの人、スカート引っ掛けようとまでして」
「それについては我々でも十分に反省させておきます、申し訳ない。いやいやリーフ様お人が悪い、わざわざ銀のカードを見せるなどというお戯れを」
急に態度が変わった衛兵の話を聞くと、リーフという冒険者が金級に昇格したこと、いずれ破滅の園を訪れることの連絡はあったらしいけど、カードの発行が間に合ってないことや衛兵たちが聞いていた情報と私の見た目が違った行き違いとのことだった。詰所となっている小屋でお茶を頂きながら散々に謝られ通行許可を得られた。そもそも普段は事前連絡のある騎士団が調査に来る以外に冒険者など来ないことから張り切ってしまったとのこと。お互いの行き違いがあったとまとめてくれたので投げた衛兵さん当面詰め所で療養になりそうだったから職務が滞らないように怪我用ポーションを渡そうとしたけど固辞されてしまった。
和解の後、衛兵さん達の見送りを受けて破滅の園に足を踏み入れた。
◆ ◇ ◆ ◇ sideクレス=ウィズム ◇ ◆ ◇ ◆
「……同名の者はおるのですが、クレス様がお探しの人物では無いと思われます。もう一度お聞きしてよろしですか?」
「何度だっていいよ。夜空が降りたように柔らかな黒髪は星々が照らされるように輝き、美しい蒼炎の瞳は心の穢れを払拭するような光を湛え、か弱くも繊細な肢体は見る者の庇護欲を掻き立てる。リーフは僕にとって、そんな娘なんだけど」
「はぁ、それで名をリーフと、そう仰るのですよね?」
「その通り」
「残念ながら別人のようです。当ギルドに所属するリーフ様は、いつも返り血で染まった黒髪に、目が合った者を悪夢に落とす葬園の瞳で心に傷跡を残し、受肉したオーガを引きずり回す膂力で恐怖心を掻き立てる。当人に知られぬよう棺引きと暗喩され恐れられておる娘です」
「そう。さすがに名前が同じだけの子ならいそうだもんね。ありがとう。そうそう、この辺のダンジョン少し気になることがあってね。調べて回ってもいいかな?」
「どうぞどうぞ、クレス様に許可が出ぬダンジョンなどあろうはずがございません」
冒険者ギルドから出ると鞄の中からソフィが顔を覗かせる。そのまま要塞都市ガングリオンの要塞壁から外にでる。
「クレス様がお探しのリーフ様と棺引きと呼ばれるここのリーフ様は別人のようでしたね」
「残念ながらね。でも魔の気配を持つことは確かなんだ」
「クロ様と同じ魔の者……でしたか」
「やはり一度地竜の巣を見て見ようと思う」
街中では鞄に隠れていたソフィを肩に乗せ、再び風のように走り抜ける。クレスの中では引っかかるものがあった。ギルドマスターが話すリーフも少なくとも黒髪の女性で瞳に何らかの特徴があること、棺引きという魔を匂わせる二つ名であること、これらは召喚したクロが人の姿で力を得たら可能性の一つとして……と想像させる材料となったからだ。
地竜の巣に着くと辺りから忌むべき気配を感じ取った。ソフィが話す魔の気配が確かにあったというものではない。それも確かにある。でもこれは違う。
「これはクロが悲しみにくれた時の残滓」
無謀にも強大な敵と対峙し怪我をして帰ったとき、クロはいつも悲しそうに鳴いた。僕が解けぬ毒に苦しんでいる時、身を寄せ蒼い瞳から涙を零してくれた。この感じはクロが悲しんでいた空気。ここでクロが、いや、リーフが悲しみに暮れたのだと思うと……体の奥底から魔力が炎のように湧き出てくる。
「この辺一帯、吹き飛ばしておこうかな」
「クレス様!?」
何故リーフがここでこんなに強い感情を発露させたのだろう。少なくとも何かがあったのだ、悲しみに染まるような何かが、もしギルドマスターが話すリーフが僕の探しているリーフなら
「地竜の巣に入れなくて困っていたんだね。鉄の扉に、封鎖の術式かな?これで困ってしまったんだね。大丈夫、こんなもの二度と設置できないように入り口を広げておいてあげるから」
空中に光る魔法陣から杖を取り出し地竜の巣に向ける。杖先から幾何学模様の魔法陣が出るとパチパチと電気を帯びた球が丸く形づくっていく。球が人の頭ほどの大きさになると帯電の密度が増し光が強くなる。
「荷電粒子弾」
光の尾を引きバチバチと音を立て電気の塊となった玉が弾丸のように鉄扉に当たると鉄扉を支える岩肌事吹き飛び土煙を巻き上げる。拍子遅れでドガンと大きな音と、地響きが伝わり、土煙が晴れるとぽっかりと地面に空いた穴と階段だけが残された状態となった。
「ひゃービックリしたぜ、おい、何だ今のはよ。まぁ何にしても助かったにゃ違ぇねぇか」
地面に空いた穴から軽い口調の赤髪の男が現れた。男は吹き飛んだ入り口を見ても特に臆することなくクレスに向かって手を挙げる。
「いやぁ帰りがけに入り口が閉じててよ、あんたのお陰だろ?助かったぜ。俺はウルザ=ストームっつー、傭兵……は、もう辞めたから、ま、冒険者だ。ありがとよ」
「たまたま入り口を開けないといけなかっただけですが、お役立てできたのなら良かった。僕はクレス、クレス=ウィズム。同じく、冒険者みたいなもんです」
ウルザの差し出した手にクレスが応え握手が交わされる。目的を同じとする二人が出会った邂逅の瞬間であった。