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兆し

 目覚めた時には陽は既に真上に昇っていた。お風呂に入ってルルと話して眠ったのも陽が傾き始めたころだったと思う。夕飯まで大分時間があるような頃に眠ってしまったので、ほぼ一日寝ていたことを自覚する。


「何だか色々やらかした気がする」


 ウルザの姿と威圧感を肌で感じ、街に戻ってから色々掛け合ったけど、そもそも洞窟の入り口塞いじゃったらウルザと言えど死んじゃうんじゃないかな。空気孔と食料のお供えくらいは頼んであげた方が良い気もしてくる。


『そうね、ちょっと無理し過ぎたのか情緒不安定ではあったわね』

「冒険者ギルドの偉い人に話したあと、強面の鍛冶屋さんお願い聞いてくれなかったけど大丈夫かな」

『冒険者ギルドが何とかしてくれたじゃない』


 コンコンと扉を叩く音に気付くとルルが入ってきた。その後ろから二人の男性が大剣入れを押しながら入って来たが、大剣入れを置くとぜぇぜぇ言いながら出て行ってしまった。


「すみませんリーフ様、鍛冶協会長様から手入れを終えた武具をお預かりしていたのですが、私だけでは運べなかったので」

「ありがとうございます。そっか、昨日コレ置いてったんだった」

『手入れまでしてくれたようね』


 重い体を起こし、ベッドから出ると大剣を引き抜く。血まみれだった刃は綺麗に洗われ、砥がれた大剣は新品の時よりも綺麗になっており刃先に至っては顔が映るほどに磨かれていた。大剣自体の色味が少し暗くなっている気がするけど、柄も握った感触から違いが分かる。


「すごいキレイになってる。ルルさん、ありがとう。アイテムボックス!」


 大剣入れごと足元にアイテムボックスの黒い沼を出し沈めておく。体こそ重みがあるが魔力も戻ったのか増えたのか負担感をあまり感じなかった。


「???リーフ様???今のは?」

「アイテムボックスっていう魔法、便利だよね」

「恐れ入りますが、わたくしが存じているアイテムボックスは鞄などの容量を増やすだけのものなのです。リーフ様の魔法は、どこに仕舞われていらっしゃるのです?」

『普通に亜空間よ?肉体と精神の繋がりに亜空間付与するじゃない。リーフの場合は精神と魂の方に接続させた私の特別製だから死んでも使えるわよ』

「よくわかんない」


 ルルは普段悲鳴を上げる状態とはまた別の困ったような顔になる。そもそも魔法が使えなかった私に魔法のことを聞かれても分からないんだけど、セルティが魔法を教えてくれるって言って使えるようになったのだから魔法は魔法なんだと思う。


「何でも入るのでしょうか?」

『生きているものは無理ね。リーフの魂が干渉するもの』

「生き物でなければ大丈夫らしいの」

「重いのでしょうか?」

『空間が違うのだもの、重さも時間経過もないわ』

「全く。時間経過もしないんだって」

「リーフ様、非常に希少な魔法だとお見受けいたします。あの、魔法陣や呪文、巻物などの媒体もご利用なさっていらっしゃいませんが、そもそも魔法なのでしょうか?」

「魔力を使ってるから魔法なんだと思う」


 なるほど、と困ったような顔になるルルを見て思う。やはり、こういった反応が女子らしさなのだろう。私も学んでいかねば。普通に話すだけで女子感が出るなんて……昨日普通に話すために殺意に身を任せた私との差が大きすぎる気がする。

 眩しいものを見るように手をかざし眼を細めているとルルは考えを変えたようで笑顔を取り戻した。


「魔法に疎い私でも何だか能力を当てに色々スカウトされそうとおもったのですがリーフ様なら何ともなさそうですね。それはさておきリーフ様、今日のお買い物は大丈夫でしょうか?」

「うん、今からでも大丈夫」

「魔物素材の換金などされますか?」

「お金は多分あると思う」

「多分?ですか」

「故郷を出てから数えたことないけど、これまで足りてきたもの」


 ルルは唖然として固まった後、眉根を寄せ指で揉むようにしながら困ったように声を出す。


「リーフ様、地竜の核を簡単にあげてしまう事などから少々感じてはいたのですが、その、誠に申し上げにくいことではあるのですが、買い出しの前に私から女子力の第一歩をご指導させていただいてもよろしいでしょうか」


 女子力指導と聞き寝かせていた猫耳が跳ね起きる。復讐も大事だが、それで人生が終わるわけでは無いのだ。戦闘力と肩を並べ身に着けるべき大いなる力、その一歩と聞くと心も弾む。


「ルル先生、よろしくお願いします」


 目を見開き佇まいを直す。猫耳で魔力の流れまで聞き零すまいとしっかり立てて聴力に集中する。すると


「リーフ様、いえ、リーフさん!女子力の第一歩は常識にあり!」


 ビシッと音がしそうな勢いでルルが胸を張り私を指さす。第一歩は常識にあり、何となく深さを感じる、これが女子力の深淵、その入り口なのか。


「いいですかリーフさん、人は生きていく上で全て自給自足でもするのでなければお金を利用します。当ホテルにご宿泊いただいているのもお金を支払えているからです。普通、冒険者は自身の資産と今後の活動計画から武具の整備、新調、住まいの確保を行うものです。むしろ今までどうされて来たんですか?」


 考えてみたら私、故郷を出る時には廃墟となった家屋から適当に貰ってきて、それも半分ぐらいになった頃からはウルザの財布で何とかなってたんだよね。


「ガングリオンに来てからは冒険者ギルドの受付嬢さんに言われた通り、ダンジョンで魔物倒したら持って来てっていうから、持っていったら宿代には足りてたみたい」

「足りてたみたい……とは?」

「袋でくれたから袋ごと宿の受付で出したけど、そういえば最初のダンジョン分しか出してないけど足りてるのかな」

「あの…最初のダンジョンって」

「狼とかが出るところで、なんちゃらの園。そこ最後の部屋までいって、魔物全部倒して取れたもの全部ギルドに持ってったの、どうしたのルル?」


 ルルは手で目を覆うと唸るようにしながら「ちょっと先生、第一歩で挫けそうです」と呟いた。

ルルの補足から人獣の園、練兵の塔、怨霊の祠で全魔物を狩り尽くし、綺麗だからとっておこうと思った魔石以外のものは全部冒険者ギルドに納めたこと、ギルドの偉い人から今度錆びないカードを用意してもらう約束になっていることを説明すると、また目を覆い「錆びないカードって人外魔境の金級じゃないですか」と呟いていた。

 買い物前に一度、資金を確認しようということになり、袋のまま放り込んでいたダンジョン素材納品報酬と魔石を取りだすことにした。目線の高さでアイテムボックスを開け、お金と魔石を全部吐き出す。ゴブリンや単眼狼、ゾンビなどの汚い魔石はギルドにポイしてきたが怨霊の祠の大きな霊体が出す青や水色の魔石や地竜の魔石がゴロゴロと落ちルルの腰くらいの高さの小さな山を作った。

 

『足りないなら、また採りに行けばいいんじゃないかしら』

「そうね、足りなくてもどうせ次もまた拾ってくるもん」

「リーフさん、いえ、リーフ様、これで足りないって何か企業買収でもされるんでしょうか」


 ルルは、大切な物を抱えるように怨霊の祠産の青魔石を抱える。


「私は専門家ではありませんが、これ一つでも普通の家庭であれば当面生活には困らないと思います。少なくとも数か月は」

「ガングリオンは物価が安いの?」

「リーフ様、その、普通小指の爪ほどの魔石でも一食分にはなります。ゴブリンやオークなどの魔石ですが私一人ではとても敵いません。冒険者はパーティーを組んで魔物を倒し利益を分け合いますよね?」

「そう?独りでも一緒だよ?」

『リーフには私もついているもの』


 現にウルザだって単身地竜の巣に乗り込んでいた。あの様子から地竜どもに後れをとるとはとても思えない。一匹もいないと分かるとさっさと出てきてしまわないか心配になる。


「リーフ様、いえ、リーフさん、今から常識の話をしましょう」


 それから一般的には冒険者とはパーティーを組んで活動すること、魔石は魔道具と呼ばれる道具に魔術的要素を取り組む際に利用することや魔術媒体として利用されるため高価であり魔力の強さが魔石の大きさに比例する事、属性などから色合いが変わる事、発色の良いものは価値が高いことを切々と説明された。

 また、お金についても金貨、銀貨は他国でも使える事、この国の金貨は金含有率が半分程度であることの説明を受けた。


「一般的に夫婦二人で金貨二枚もあれば丸々ひと月は余裕をもった暮らしができます」

「もしかして、私そこそこお金持ちなんじゃないかな」

「そこそこ何てもんじゃありません!金貨だけで九千枚はありましたよ!?」


 ルルが数えてくれたが金貨が九千枚、十分の一の価値を持つ銀貨が大体四百枚、その十分の一の価値である銅貨も百枚弱あった。とりあえず旅の資金に困ることはなさそうだと分かっただけでも良かった。


「リーフ様、よくそんな金銭感覚で一人旅やってこれましたね。どんな子ども時代を過ごせばそうなるのでしょうか……リーフ様、実は貴族様だったりされます?それか冒険者になられる前は豪商の娘だったとか」

「ううん。普通の家の普通の子だったよ」


 普通の家で、両親と暮らしていたんだったよね?お金持ちなんてことは無かったはず。だって銅貨のお小遣いじゃ足りないってお母さんに言ってたもん。お母さんに?お父さんだったかな?あれ?ママって呼んでなかったかな。パパもママのことママって……


『リーフ、お金が足りるならそろそろ買い物に出たらどう?』


 ハッと我に返ると、ルルに買い物に行く事を提案する。ルルも快諾してくれて街中に向かうことになった。この宿屋、ルルが言うには高級な部類のホテルらしく周辺では質の高い衣類を扱う店があるらしい。ルルおすすめのお店をめぐりたいと伝え宿を出る。地竜の巣は塞がれていると考えると久しぶりに浮ついた気持ちで買い物に出られた。



◆ ◇ ◆ ◇ sideクレス=ウィズム ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



「ここが最奥のハズなのだけれど様子が何だろう、強い違和感がある」


 怨霊の祠には魔物一匹出てこなかった。ダンジョンは時折踏破された際に機能を停止させることがある。しかし、魔物がいないのは最初リーフがダンジョンを先行している証拠だと思っていた。怨霊の祠はダンジョンそのものから集中力を乱す音波や恐怖心を煽るような風音、威圧感などを放ち侵入妨害があるため機能停止がないからだ。


「リーフに会えなかったのは残念だけど、ダンジョンの管理者にはお目見えできるのかな」


 白金に輝く杖で床を突く。蒼く淡い光が硬質な地面に波紋を立てるように広がっていく。


「いつ以来だろう、前はクロと一緒に綺麗でしょって見せられたんだけど、やっぱり一人で仕上げても全然感動がないな」


 杖を降ると杖先から空間に波紋を立てるように円形の魔法陣が展開されていく。青い光が円を描き内側に幾何学模様が浮かぶ魔法陣は、その魔法陣の中心からまた外側に小さな波紋が立つ違う幾何学模様を描き展開させていく。前に後ろに、右に左に多重展開したものは外側からクレスが見えなくなるほど展開されると上に向きを変え重力を思い出したかのように淡く光る地面に落ちる。

 落ちた魔法陣は平面に落ちたことで重なり合い、複雑な模様を描き外円から別の魔法陣に向かい光の道を伸ばす、魔法陣同士が近い場所、クレスに最も近い点、遠い点で円形に他の魔法陣と繋がり合う。


「結構、綺麗だって自信があるからリーフに見てもらえたらロマンチックだったんだけど」


 杖で再度地面を突くと平面になった魔法陣と同じ模様をしたものがクレスの目線まで浮かび上がり複雑な模様をしたものがクルクルと回りだす。球体になりながらも中は青い宝石が煌くような光を放つ。球体となった上下に大中小と平面的な魔法陣が現れると、地面の輝きが増し、兵士の訓練所ほど広い怨霊の祠その最奥の部屋は幻想的な淡く青い光で満たされる。クレスは杖を両手で祈るように構えると目を瞑り集中すると、杖を掲げ声を張り上げた。


“聖域展開”(サンクチュアリ)!」


 クレスの声に合わせ地面に落ちた魔法陣から光の柱が立ち上ると球体となった魔法陣を飲み込む。飲み込まれた魔法陣から光が波紋となって広がり最奥を光が満たし怨霊の祠が放つ空気の重さも集中力を乱す音波や威圧感も何もかもを消し飛ばした。


「ここは悪魔の巣かと思ったけど」


 怨霊の祠は空気を変え、最奥は清浄な空気で満たされた。壁面は淡く蒼い光を放つようになり、クレスの前には背に白い光の羽を持つ手の平ほどのサイズの女の子が現れた。女の子は空中で白のドレスを纏った身体を抱え、目を虚ろにさせ何かに怯えるようにサイドポニーにした黄金の髪を小刻みに震わせていた。


「どうも、ここは神の試練の方だったみたいだね」


 天使のような妖精のような女の子を魔法の残滓で青く光る手の平に乗せて撫でる。怨霊の祠を聖域化せしめた清らかな光で撫でられ、小さな女の子は落ち着きを取り戻したのか、ようやくクレスに気付き大きな瞳をパチパチと瞬かせた。


「それで、神の試練を課した天使さんは、どうしたのかな?」


 ふっと柔らかな笑みを向けられた天使は頬のみ血色がよくなったように桃色がさし意識を取り戻したかのように口を開く。


「ゆ……ゆうしゃさま……かっこいぃ」

「あはは、勇者と呼ばれたことはないかな。僕のことはクレスでいいよ。君はここの管理者なのかな?」

「は、はい!あたし、自我を持つ智天使として、怨霊の祠をつかさどっていました」

「いました?」


 手の平の天使は思い出したように眼が虚ろになり再び震えだす。


「怨霊の祠を踏破したひとに、神の恩恵として呪いへの耐性を付与があたしの役目でした。それが…こないだ来た女の子に付与しようとしたら…あ、あれは何だったのでしょう、闇が闇があたしを飲もうとして、いや、いやだよ、あたし」


 瞳を潤ませ始めた小さな天使の髪を淡く光る手の平で撫でて落ち着かせる。


黒髪の(・・・)女の子が来たんだね。それで、どうなったのかな」

「女の子は、あたしを覆うような闇のせいであたしに全然気づかなくて、闇に飲まれるって目をつぶってたら耳元で、大人しくしていてねって闇が囁いたんです。気づいたら怨霊の祠自体が暴走してて試練の怪異(モンスター)が生まれなくなってて、あたし、あたし闇にのまれたのかも、ここに縛られて出られないし、天界にも戻れなくなってて、ここで永遠にひとりなのかなって」


 話し出したら涙を零しだしてしまった天使の目元をクレスは小指の先でそっと撫でた。


「もう大丈夫だよ。ここで君に怖いことはもう起きないから、君を縛る呪いはもう消えたからね」

「ありがとう、ありがとうございますぅ、ヒックすっごく、すっごくこわかったんですぅ」

「ふふ、もう大丈夫だから。でもお願いがあるんだけどいいかな?」


 小さな天使は黄金のサイドポニーを手櫛で整え手の平で正座をするように佇まいを直す。


「もちろんです!なんなりとお申し付けください」

「君の事は僕が守るから、僕の前に来た女の子を一緒に探してくれないかな」


 小さな天使は桃色から顔を赤く染め、背中にある輝くような純白の翼をバタつかせ声が出せないのか正座のまま上半身全体を何度も頷いた。


「ありがとう。そうだ、君のこと何て呼んだらいいのかな」

「智天使のイレギュラーでしかないあたしに名前などございません」

「そうだろうと思った。じゃあ僕がつけてもいいかな?」

「命の恩人である、ゆ、ゆうしゃさまに名付けて頂けるのならよろこんで」

「智天使の智からとって、ソフィア、そうだね、ソフィなんてどうかな」


 ソフィと呼ばれた小さな天使はクレスの手の平から少し浮かぶように舞い上がり、お辞儀をするように腰を折った。


「ソフィは、ただいまからクレスさまのお供として必ずや、お役立ちしてみせます」

「よろしくね、ソフィ」

「はい!」


 輝くような笑顔を見せたソフィを肩に乗せ怨霊の祠を出る。怨霊の祠はクレスの浄化と管理者の離脱により完全に機能を停止し祠の入り口から広がる異空間は消え去り、ただの洞窟となった。異空間を失った怨霊の祠から排出されクレスはソフィと共にダンジョンの入り口に戻る。足元に散らばった同じくダンジョンから排出された手つかずの宝物を杖を振り光の中に沈めるとクレスは歩き出す。


「さぁソフィ、闇の気配がする方は分かるかな?」

「もちろんです!あれほどの闇、太陽の位置をさがすのとおなじくらいかんたんです」


 地竜の巣を指さすソフィを横目にクレスはそっと身体強化の魔力を身に纏う。風の防壁も用意しクレスがソフィに負担を掛けないように徐々に速度を上げて走り出すと、やがて森の景色が緑と茶色の絵の具をのばしたような目にもとまらぬ速さとなった。


 リーフがウルザの気配に怯え、地竜の巣付近で身を潜めていたとき、もう一つの脅威に気付いたセルティが気配を潜めリーフが早く街に戻るよう誘導していたことをリーフ自身は知る由もなかった。

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[一言] 記憶が薄れていってるのかな 怖いですね(。´Д⊂)
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