興味が無ければ覚わらない
「どうしたらメイドさんのような女子力が身に着くの?」
「ふぇ?女子力ですか?」
ふぇ、とかキャッという反応に圧倒的女子力を感じていることを伝え、私もいつか大恋愛の末に溺愛されたいという夢を話す。
「この反応は狙っているわけでは無いのですが……そうですね、女子力となるかはさておき、練習としてリーフ様にはまず、私の名前から憶えて頂くなんていかがでしょう」
「名前?」
「そうです。人の名前を聞くことは、あなたに興味がありますよって証になります」
言われてみたら、私、故郷を出てからセルティ以外の人だと獣耳狂い、妄想野郎、女の敵位しか名前を知らない。四つ耳族の故郷でもそうだった。そうだ、私の故郷、何て名前だったっけ。
「まずは相手のことを知ることで、リーフ様も理想のお相手様とお近づきになれるのではないでしょうか。ともあれ、苦手であれば練習を経るに越したことはございません」
『なかなか良いことを言ってるわね』
メイドさんの笑顔に我に返る。疲れで思考がとびとびになる中でも女子力の手がかりは地竜のコアより余程貴重で逃す訳には行かない。
「なるほど。じゃあ改めて、メイドさんは何てお名前なんですか?」
「私めはルルと申します。当ホテルではリーフ様の専属となっているのですよ?お気づきでしたか?ふふふ。リーフ様お固いので、何とお呼びすれば?とお伺いするのがよろしいかと」
「なるほど、参考になりますルル先生」
「あはは、失礼いたしました。先生だなんてやめてください。さて、髪もお背中も血糊すべて取れましたので湯あみの方ご堪能下さいませ」
髪を流し、背中を流してもらうと湯船に浸かっている間ルルさんは脱衣所で待機していてくれる。最初何するにも怖がられていたけれど、ついに名前で呼べるまで交流を持ててしまった。故郷でも名前で呼び合うなんて少なかった気がする。湯船の温かさにウルザへの恐怖もトカゲ狩りの疲れも溶けて行った気がする。
風呂を出て体を拭きつ拭かれつする中、少し回復して来た魔力で小さくアイテムボックスを開けると地竜のコアを取り出しルルに渡した。
「女子力指導の授業料と、これまでの迷惑料として受け取って」
「あの?これは?」
「地竜の魔石」
「い、い、いただけません!!こ、こんな、あのリーフ様?これが何か分かってますか?」
「地竜の魔石」
「魔石、それも竜!失礼しました、興奮してしまい」
「呪いのドレスよりはいいと思うんだけど」
「そんなドレス着たら死んでしまいます!」
私は服の重みも感じないし自動修復自動洗浄機能付きでセルティからも魔法金属の鎧に匹敵するとお墨付きなんだけど、ルルは未だにドレスは怖いらしい。部屋に向かいつつ、まだまだ沢山あるから大丈夫なこと、血まみれにしてしまった後にベッドメイキングをさせてしまったことなどで説得し受け取ってもらった。
「すみません。こんな高価な、これで故郷の弟の学費も父の治療費の目途も…」
ルルが豊満な胸に抱えるように魔石を抱いて、ほろりほろりと涙を流す。次に泣くことがあれば参考にしよう。
「そうだ!リーフ様、もしよろしければ、近々お買い物に出かけませんか?私、合わせて休暇を申請いたします」
「寝て、起きたら、いつでも」
ウルザを封印して貰ったら食料などを買い込んで次のダンジョンを目指すのだから、何もなくても起きたら買い物にいく予定がある。
「リーフ様、女子力は下着からです!リーフ様のお手持ちが少ないこと、わたくし存じております。御召し物こそ呪いを除けば一級品ですが、それ以外は白の綿の下着が数枚と同じく靴下が数枚、血染みが抜けない白いワンピースが二枚しかございません。それではいけません!」
女子力講師のルル先生が熱弁を振るっていたので、あいまいに返事をしたまま、私の意識はベッドに吸い込まれてしまった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「息が落ち着いたところに早速本題で申し訳ないがガングリオン鍛冶協会長の貴殿に頼みがある」
「はぁ、ったく俺としたことが見誤ったわ。ああした手合いは久々よ。そんで頼みってのは、あの嬢ちゃん絡みかい?」
「そうではない、とは言い切れない。地竜の巣を即時封鎖する。既に冒険者ギルドから遣いを出し魔術協会は先に現地に向かっている。貴殿らには、その後物理的に封鎖を頼みたい」
鍛冶屋の店長が座る椅子の前に近くの椅子を持ち冒険者ギルドのマスターも腰かける。
「無理に塞いじまったら体持った魔物が暴れ出すんじゃねぇのかい?地竜なんてもんが這い出て来ちまったら、まともに戦えんのかい?」
「既に受肉していたそうだ。もっとも受肉した個体を含め地竜の巣に魔物は一匹もいない」
「それをあの嬢ちゃんが?」
「そうだ、棺引きが通った後は魔物はみんな棺の中、聞いたことないか?」
「聞いたこたぁある。剣を研ぎにくる奴が減ったなと思ってよ常連に声をかけた時にな。なんの冗談かと思ってたがな」
「実際には魔石を抜いて受肉個体であっても素材を含め死骸は放置すると報告を受けている。依頼系のクエスト受注なしで地竜の巣を踏破する以前から既に金級昇格予定だったが、あまりに早すぎて登録用の純金製カードが王都から届いていないんだ。実力は飛びぬけている。地竜の巣は百体ほどの地竜がうろつく高難易度のダンジョンだったはずだが、少なくとも受肉個体を二百程狩り尽くしたそうだ。もう一匹もいないとの口添えでね」
鍛冶屋の店主は眉間に皺を寄せ、リーフに凄んだときのように冒険者ギルドマスターを睨む。
「ならもう何も出て来ねぇだろ。なんで塞ぐ」
「棺引きが言うのだ。アイツが出てくる前に今すぐ封印しろと。それも私財を投げ売っても構わないと言ってね」
「あの嬢ちゃんがかい?」
「だから、ここに来たのだろう。言われただろう?地竜の巣を塞いで欲しいと。アイツが何を指すか知りえないが、棺引きが恐れる程の何かがあるのだ」
「あぁ、おかげでこの有様だ」
店主が鍛冶場に視線を送ると数人いる職人たちは未だ青い顔をして気を失っている。悪夢でも見ているのかうなされている者がほとんどだ。
「今すぐに、だ。頼めるだろうか」
「仕方あるめぇ、あんたらは嬢ちゃんが暴れ出したら止められるのかい?」
「緊急避難マニュアルに対処法として有事の際は職務放棄を可とし命を守る行動を最優先するように、可能な限り距離をとるように、と追記したところだ」
「ハッ、お貴族様の脅しよりタチが悪ぃな。分かった、すぐにこいつらを起こして向かおう」
「恩に着る」
冒険者ギルドマスターは立ち上がりがけ懐から地竜のコアを取り出しカウンターに置いた。
「別でキチンと報酬は支払うが、これは棺引きからの個人的な報酬だそうだ」
「巣を塞ぐ鉄扉だけじゃ釣りに目がくらみそうだ。金額に見合う仕事で返さねぇとな」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ sideウルザ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ここもか……」
ウルザは地竜の巣を探索するが、地竜の一匹も出てこない。しかし、違和感は地竜の巣という高難易度ダンジョンにも関わらず魔物が出ないことだけではない。
「うはは、何で宝箱どっこも取られてねぇんだこれ」
地竜の死骸は頭が爆散しているものから縦に裂けたものまで、激戦を物語る材料がそこかしこに見られたが、ダンジョンの醍醐味、宝探しが一切されておらず本来奥に進むほどに質の良い道具などが得られるのに、ここは深く潜っても受肉した地竜以外の損害がない。
最初こそ数日分の携行食料に困れば戻ろうと考えていたが、転がる地竜も腐敗がなく新鮮だったので焼いて食うだけで携行食料も節約できる。
ベルトにはマジックバックという見た目の容量以上に荷物が入り内容物に限らず一定の重さが維持される鞄を通してあり、見つけた宝箱の中身や素材を詰めていく。
「リーフを追ってきたが、この辺の地竜の鮮度から最奥までにゃ追いつけるか?」
槍を構えると転がる地竜に突き刺す。ドスッと音を立てると槍先から炎が舞い上がり地竜の肉を焼く。槍を抜いて構え直すと八の字を書くように振りぬき焼けた肉を刺し手元に寄せると齧りながら奥へと進む。二日ほど歩いては宝箱を探し、宝物を鞄に詰めては地竜を焼き、食べてはまた歩いた。魔物がいないことを確信すると途中仮眠を取ることもあり、このまま行けば遠からず最奥まで着くだろうと考えて歩を進める。
「上等の傷用ポーションに解毒剤、魔力の宿った金属塊に気味の悪ぃチョーカー、派手なナイフに水が沸く水筒、火とコレは風か?の魔石、ぼろ儲けだな」
ウルザは入り口に工事が入っているなど露とも思わず肩に槍を担ぎ上機嫌に歩いていた。