四者四様
「要塞都市を囲む深層ダンジョンコアの書き換えはこれで終わりだ」
『ふむ、我が主よ。これで王都を攻めるのだな』
「いいや、まだだ。私には王都でやらねばならんことがまだあるからな」
『ほぅ、冒険者共も攻めあぐねる魔物共でも主を王に出来そうだがな』
「フハハハハハそれもそうだろう。だが、どうせなら、お前に部下を用意するため役立ってもらうというのも悪くはなかろう?」
『ふははは、流石我が主と認めただけはある』
「私の覇道、その礎となるのだ。逃げ惑う愚民を魔物どもが迎えることで、恐怖も絶望も血も骨も魂も我らの手勢を増やす程度には集まろう」
ガングリオンを囲むダンジョンの中でも最難関とされる破滅の園、その最深部の床を抉りダンジョンの管理者が依代とする核に手をかざす。セルティネイキアの寵児とされる悪魔が核に宿るダンジョンの管理者を服従させ眷属化することでダンジョン内部の規則を自由にできるようになる。破滅の園の核を黒く染めあげるとダンジョンそのものが自身の命令に従うようになる。
地竜の巣には限界を超えた繁殖命令を与えると同時に同族以外への攻撃性を最大とした。ダンジョン内部の魔物にダンジョンコアの力を与え実体化させたのでダンジョンから溢れるのも時間の問題だろう。地竜共がガングリオンを混乱の渦に陥れるまでに、各ダンジョンの深部に潜む魔物を破滅の園に集めておき、ダンジョンごとにコアが使い潰されるまで魔物を受肉させ一斉にダンジョンから溢れさせる。狂化させた魔物への命令は2つ、王都に向かうこと、人間を襲うこと。
「贄の仕掛けを施しておき魔物が王都に向かう頃に、私自らの手で王都を混乱に陥れる。四つ耳族共の巣とは規模の桁が違う混乱を貴様にも見せてやれるだろう」
『ふふ、ふははははは、主よ!貴様に出会えた僥倖には我らの怨敵である神々に祈りを捧げたいとすら思えるわ』
◆ ◇ ◆ ◇ side リーフ=セルティネイキア ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「ぜぇ……ぜぇ……」
襲い来る地竜がいなくなるまで狩り尽くすと、これだけ大変な思いをしたのだからただ働きも嫌なので討伐証明となる地竜の魔石を集めて回る。ある程度強い魔物は魔力結晶を臓器の付近に作る。地竜は心臓の付近に作るため仰向けになるように蹴っては胸に剣を突き刺し紫色の石ころを拾い上げる。
『このトカゲたち受肉してるわね』
「トカゲなんだからっ、肉くらいっあるでしょ!」
蹴り上げては仰向けに転がし、大剣を刺した傷口に手をつっこんでは石を拾い車輪付き大剣入れの道具箱に放る。手つきが手慣れているのは100体を超えたあたりから数えるのを止めた程度には作業を繰り返しているからだ。
『いいえ、本来ならダンジョンの魔物ってダンジョンコアの魔力から出来ているから魔力の篭った部位や核を残して体なんて消え去るのよ』
「うがぁぁぁぁぁ!!何それ!?今まで!ひとっつも!そんなとこ無かったじゃない!!」
黒い靄を体から立ち上げると転がる地竜の死骸を次々両断していく。捌いた数が数だけに正確に魔石の上あたりで上下に体を分けられた地竜からはコポコポと音を立てて血が流れ一面が血だまりと化していく。
『そうね。でも街を出たばかりのリーフ程度の魔物であれば受肉も大したことないのだけれど、拳大の魔石を蓄える魔物をこれだけ受肉させるとなると異常なのよ』
「消えろぉ!素直に!死んだら!!血肉も残さず塵に還えれ!!」
大剣の勢いが増し心臓から上が質量の暴力を受け爆散していく。リーフの怨みが呪いとなり、呪いが黒い靄を生みあたり一面の空気を重くする。
『だから喜びなさいリーフ』
「何を!?」
『貴方の怨敵が近くにいることを』
血だまりの中、両の大剣を地に下ろし瞳の奥が蒼く燃えるように感じた。
◆ ◇ ◆ ◇ side クレス=ウィズム ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃、孤高の賢者クレス=ウィズムはリーフの魔力を感じ取り地竜の巣ではなく、その一つ前に潜っていた怨霊の祠を前に自身に精神魔法耐性を付けるべく防御魔法を展開していた。
街で魔力の強い冒険者たちと接触し付近のダンジョンについて詳細を聞いた結果とリーフの魔力残滓を感じられる点から怨霊の祠に向かう可能性が高く、容易に突破できないことから中にいる可能性を感じたのだ。
怨霊の祠はレイスをはじめとした亡霊系が判断力を落とし思考が定まらなくなり、やがて精神が錯乱するような魔法や呪いをかけてくる他、腐食死体であるゾンビや腐食こそ少ないが動きが鋭いリビングデッドが毒素を撒きながら襲ってくる。屍どもを倒しても撒き散らされた毒素と昏く濁った思念が新たにレイスなど霊体を生み、倒した者への恨みを募らせて付き纏ってくる。洞窟内には魔剣や闇の宝珠、呪具などが隠されており一攫千金を狙えるところではあるが錯乱した精神を癒すことは外傷を癒す事よりもずっと難しく時間がかかる。冒険者がいくら挑戦心に溢れていても精神を侵され今後の活動にも支障を来す怨霊の祠には、まず近づかない。ここに来るのは一攫千金を狙わざるを得なくなった者か、余程の愚か者に限られるのだ。
「だけどリーフなら猫の時から魔の気配を察知できたし魔力を纏って霊体にだって爪を立てられたもんね。出来れば精神的に少し弱ってて攻略も難航してくれてたら僕の好感度も上がりそうなんだけれど」
うっすら発光しだした体で背丈ほどある白金の杖を掲げ軽くストレッチをすると怨霊の祠に足を踏み入れていく。
「思い通りにならないところがクロらしさでもあるからね」
そう呟いて闇の中へ姿を消した。
ほどなく、一匹も魔物が出ない異常を察することになるが最奥に着くまでの間、リーフがいないことに気付くことはできなかった。
◆ ◇ ◆ ◇ side ウルザ=ストーム ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「よう、あんたらの話聞いたぜ、この街最強のパーティーってなぁ。あぁ何、そう身構えねぇでくれ、俺はメルトキアから来たウルザって者で、ただ質問があるだけなんだ」
「その槍に、その気配で身構えるなと言われても無理があるだろう」
ウルザは冒険者ギルドの買取窓口で沢山の荷を下ろす男に声をかける。ギルドの受付嬢が話すにはガングリオン最強のパーティー、そのリーダーとのことだ。重厚な鎧と厚みのある両手剣、さながら重戦士といった出立の男はウルザの声掛けで眼光を鋭くする。
「いや、これからソロでダンジョンに潜ろうと思って、ちょっとばかし気合が入ってるだけなんだがよ。あんたらに聞きたいのは、ソロで行ける限界ってどのダンジョンになんのかってことよ」
「ソロ?そもそもダンジョンに単身で向かうなど無謀だ。我々ですら、そんな馬鹿なことはしない」
「まぁまぁ旦那ァ、自分試しっつーか、訓練の一環よ。そんでも最強パーティーの考えってのは参考になるだろ?ほら何ていったか棺引きなんてのもいるって聞くし」
そう聞くと、これまで眉をしかめるように話していた男の口角があがり声が明るくなった、
「ハッ馬鹿な。あれは気狂いの類が偶々生き残っているに過ぎん。今日にでも死ぬだろう」
「お、知ってんねぇ。なんでそう思うんだい?」
「地竜の巣だ。あそこに昨日一人で入ってから帰って来ていないらしい」
「そんな無謀なのかい?」
「地竜だぞ?小型とは言え竜の一種だ。手出しさえしなければ害は少ないとはいえ、一人で入れば良い餌にしかならん。我らでも容易く選ばんダンジョンだ」
「そんじゃ、おススメは何処んなる」
「人獣の園か練兵の塔だろう。前者はゴブリンやオークなど、後者は武具を纏ったゴブリンやリザードマン等が主だ。いずれにせよ、ダンジョンは挑戦する者が多いと深くなり、深くなれば相手も強くなる。挑戦しやすく自己を試すのであれば、まして単身でとなれば、それらの中層が限界だろう」
ウルザは礼を述べると軽く男の肩を叩きギルドの出口へ向かう。ウルザが去ると遠巻きに見ていた軽装の男が買取窓口に近づいた。
「リーダー、なんだったんですアイツ」
「分からん。しかし、恐ろしく強いぞ」
「何でです?確かに槍は立派でしたけど」
「気づいていないのか?あの男、我らのことなど歯牙にもかけておらんぞ」
「あはは、そんなことはないですよ。最強のパーティーって呼んでいたじゃないですか」
「そうだ。我ら黄金の剣の名も、我が名も一度も呼ばずにな」
「どういうことです?」
握りしめていた手の平を開くと光の反射から汗を握っていたことが分かる。
「我らの事も、そこらの冒険者と変わらず覚える気など無いのだろう。お前も覚えておけ、勇者とまでは言わないが、時々ああいったおかしなヤツが出てくる。生き残りたいのであればプライドなど捨て変に食って掛かるなよ」
地竜の巣、そこに一人で向かうのだろう。黄金の剣のリーダーは確信をもって遠くなるウルザの背を見送った。