落とした悪夢から目覚めたならば
「美味しい!この果物なに?超美味しい!超だよ超!セルティ聞いてる?」
『えぇ聞いてるわ。分かったから落ち着く事を勧めるわ』
「わ、こっちの何これ?ふぁ~宝石みたい。美味しいこれ、この果物も美味しい!」
『さっきのはパインの仲間で、今のは巨峰の仲間よ。落ち着いてリーフ』
「何?セルティも食べたいの?セルティってどうやったら味わかるの?」
『貴女が感じている味覚なら私も望めば感知出来るわ。そんなことよりもリーフに悲報をお伝えしなければならないのだけれど、いいかしら?』
「へぇ、そうだったんだ。悲報?なにかあった?」
『えぇ、周囲を見渡せば私の言いたい事も伝わると思うの』
巨峰とかいう宝石のような玉を口に含みながら周りを見回してみる。不思議なほどに私の方を見ている人が多い。寝かせている獣耳を少しだけ使って声を拾うと、くすくす笑いなどに交じって病気だ何だと囁かれていた。
こうして私は、食の都ハウスブルクで個人的に二度と行けない店を順調に増やしていた。
どこのお店も目がパァっと開くほど美味しいのだ。四ツ耳族の都市では自給自足が基本の為、根菜や芋類、麦が中心だし肉と言っても成長の早い鳥肉しかない、猪や牛のお肉なんて誕生日にお願いしても出るかどうかだ。
「こんな美味しいものが沢山食べられる街なんて……」
何故一人で来ているのだろう。
こんな幸せな気持ちにしてくれる街なら、いつか家族と来たかった。いつか少ない友達と旅行の計画を立ててみたかった。それもこれも全てアイツのせいで出来なくなった。美味しかった、楽しかったを素直に受け止められないのも、アイツのせい。
『そういえば、さっきのお店で他店より美味しいお肉が安く食べられる場所を聞いていたのだけれど、リーフ。行ってみない?』
「行く!」
素直に受け止められなくても、美味しい楽しいに行ったっていいよね。私が悪い訳じゃないんだもん。
『こっちよ。少し小汚いらしいけれど安いお店だものね』
「節約は出来るに越したことないから大丈夫」
『あの建物の裏手って聞こえたわ』
街はずれ、石壁づくりの薄汚れた建物は窓も無く、とても大きかった。人が横に並んでも十人は通れるのではないだろうかと言う鉄の扉が目についた。何かの工場だろうか。セルティに言われるがままに裏手に回る。そこには小さな木造の小屋のような建物があった。
「いらっしゃいませ」と小屋の窓から身を乗り出す男性に肉が安く食べられると聞いた旨を告げると「どの部位がいいでしょうか、ついて来て下さい」とのことで、小屋から出て来た男性について石造りの建物にある通用口と書かれた扉をくぐった。石造りの建物の中の狭い通路は薄暗く、冷やりとした空気は狭さと相まって重苦しく感じた。
「いやぁ今日は、牛や豚だけじゃなく、いい羊が入って、さっきシメて肉にバラしたところだったんですよ」
「シメて?バラした?」
『卸し元が一番安いものね』
「羊飼いの老人が亡くなりまして、兼ねてより売買の交渉をしていたのですが愛着が強いらしく一匹も売って貰えなかったんですよ。今日は、その羊たちで一倉庫一杯です。いやぁお客さん運が良かったですね」
もっと考えるべきだった……
セルティが食べるわけじゃないのに勧めるなんて違和感に気付くべきだった。男性が扉を開けると吊るされた肢肉が多く見られた。
「ここでは安価で試食できますからね。気になった肉があれば声をかけて下さい、羊肉ですが子羊などは棚にもありますので」
そう言い残すと男性は去って行った。
私は肉が吊るされた部屋で一人残される。奥には棚があり近づくと断頭された羊の頭と目が合った。
『ふふふ良いわぁ……聞こえるリーフ彼らの声、食の都と聞いた時から来たかったのよ』
「何も聞こえないし……何かあっても聞きたくない」
羊の頭から黒い霧が私に向かってくる。掌へ吸い込まれるように消える霧。メェメェという声が耳に響いた。頭には羊たちの映像が流れてくる。髭を生やし長い杖を持つ老人。一頭一頭を気遣い優し気に撫でる。風景が緑に彩られる頃「暑いだろうお前たち」と声を掛け、刈り過ぎないように気を使いながら行う毛刈り、風景が寂しくなるころ「寒くはないかいお前たち」と敷く草を増やしたり、子羊が生まれれば、一週間でも一か月でも羊小屋で共に過ごした。羊たちは老人が大好きだった。
時折老人は訪問客に怒鳴っていた。増える羊を売ってくれとの内容に「お前は子供が増えたら売るのか」と、本当に家族として育った羊たちだったのだ。だが老人は歳を重ね過ぎていた。また妻も先立ち、一人息子は羊飼いを継ぐつもりは無かった。老人が亡くなると息子は土地を売り、羊たちを売ったのだろう。牧草地の遠くを黒服の参列者が歩いた次の日、縄で連なり石造りのここで果てた。もっと老人と過ごしたかったという思いを残して。
『はぁ素敵、獣の念なんて大したものじゃないと思っていたのに、この子たちの想い確かに頂いたわ』
「……私しばらく羊食べられない気がするんだけど……」
『前向きに考えるのよ。私たちが、この子たちの理解をしてあげられたのだから、ここにもう恨みも憎しみも無くなったの、この子たちの魂を留める理由を無くしてあげたのだから、きっと浮かばれるわ』
「どういうこと?」
『簡単に言ってしまえば、私たちが邪気を抜き取れば抜かれた方は浄化されるしリーフは強くなれる。人間世界では何て言うのかしら?一石二鳥?ウィンウィン?』
「恨みや呪いを晴らして……浄化……聖女様みたいに……」
私にも聖女様のような活躍が出来るということなのだろうか。この街に来るまで血と死と呪いに塗れていた私にも、誰かに必要とされるような存在になれるのだろうか。
『聖女?ふふふ、無理よ。リーフ、よく考えて?聖女とやらでは、とても貴女のような呪詛は吐けないもの。それに浄化じゃないわ、吸収よ』
「い、いいじゃない少しくらい夢みたって」
『少し余裕が出てきて分かったけれど、リーフって割と乙女よね』
「割とって何よ!私は普通に暮らしてたら、普通の女の子だったんだもん。そうよ、ここ一か月そこそこがオカシイのよ……」
『強くなって復讐を果たしたら普通に戻れるわ、きっと』
だから折角の屠殺場、中に入ったのだし見て回りましょう。そう続けたセルティに従った。毒を喰らわば皿まで。あの悪夢からしたら肉になる畜産動物を見た程度で、どうこうなるほどヤワじゃない。
まだ生ける動物たちが不安を抱え待機している待機所や、血抜きの為に半分だけ首を……とにかく、全カ所回った。セルティは『思ったより爽やかね、もっとかと思ったのに』と呑気なことを言っていたが、自宅では鳥を〆た経験位しかない私にとっては、四足の大きな動物を〆ると言うのは、なかなかに衝撃を受ける場所であった。それに、こうしたところがあるからこそ、こうした仕事をこなしてくれる人が居るからこそ暗い気持ちを抱かずに美味しい食事ができるのだと感謝も出来た。
『ほら見てリーフ、やっぱり来て良かったでしょ?』
リーフ=セルティネイキア
生命力(HP) 35 魔力(MP)40 体力 35
攻撃力(AT) 40 防御力 35 速度 45
スキル:聴力強化 夜目 両手剣Lv3 拳術Lv8
筋力強化(中)呪詛身体強化Lv6【憑依Lv1】(←New)
魔 法:アイテムボックス 治癒Lv4 呪術Lv7 怨念Lv6
【闇Lv1】(←New)
特 殊:大罪の化身
「魔法は……まぁいいとして、憑依って何?」
『こういうのよ』
突然右手が挙がる。上がった右手と右足を軸にクルリと回る。回り終わるとともに左足が床を叩き左手が腰に添えられる。何に対してか分からないが一人でフィーバーなポーズをとらされた恥ずかしさだけが込み上げてくる。
『そろそろ丈夫になって来たし、私にも体貸して貰おうと思って』
「え?嫌です」
『抵抗されると厳しいの。でも、あの赤髪君みたいなのにも勝てるように私の動きを真似る訓練をしていけば、色々役立つわよ?』
「なら約束して。勝手に憑依ってやつを使わないって」
『えぇ構わないわ。合議で行きましょう。私たちは一心同体なのだから』
そう、一心同体なのは間違いない。否応なしではあったが、あの日からセルティは私の中に在る。今なお不思議な感覚は無くならないが、不思議と無理やり私をどうこうしてこなかったし、私の体の中に居るのに私には捉えられなかった情報を掴んでいたり、戦闘に移動中にと頼りにしている自分が居る。
セルティと闇魔法といっても今は黒い炎みたいなものが指先から出せるだけで使い物にならない事や、スキルと魔法は邪気を吸う以外にも使って行けば強まる事を聞きながら屠殺場を後にする。余談だが屠殺場で怨念や恨みを吸収した後、いくら洗っても落ちない臭いや、どれだけ磨いても落ちないシミなどがキレイさっぱり消え職員を驚かせていた。帰りがけに、羊肉を塊で結構な量を買い込んだ。
『ふふ、私の知る乙女は、あれを見た後肉は食べないわよ?』
「感謝して食べてこそって話ししたのセルティでしょ。軟弱なだけが乙女じゃないの」
『あははリーフ、貴女モテないでしょ』
「ば……馬鹿にしないで、わ、私だって……」
『憑依も覚えたし、守らせたいと思わせて馬鹿を手繰る方法も教えてあげるわ。私に任せておけば、貴女の理想の王子様だって手玉よ』
「お……お願いします」
『しばらくは剣に槍なんかも教えていくから、頑張りましょう。私を呼んだ男を倒すには修行も必要だものね』
「よろしくお願いします」
『やけに素直ね、気持ち悪いわ』
「何でよ!いいじゃない、復讐だけで終わる旅よりも、恋と冒険が少しくらい彩ってくれたって……私は本当に普通の女の子だったんだから」
『過去形なのね』
「うるさい」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「お頭、本当に出て行ってしまうんで!?」
「あぁ何度も聞くな。決めた事だ」
赤い髪を風に靡かせウルザ=ストームは顔に深い傷を刻んだ壮年の男に告げた。
「赤鯱の事はゴンズ、お前に任せる。腕っぷし、人を見る目、お前なら俺の後を任せられる」
「とんでもございやせん。王国騎士団長ですら“絶槍のウルザ”と呼ぶお頭の後を継げる奴ぁこの街にも、いやこの国にぁ居ませんぜ」
「ハッ、ステゴロで女に負けるようなヤツだ。そんな大したもんじゃねぇよ」
「けれど、お頭ぁその女を追っていくんで?」
「おう、惚れた女だ」
「地位も名誉も金もあるのに……それほどの女なんですかい?」
「あぁ俺の全てをくれても惜しく無ぇ。代わりにリーフの全ては俺が貰うがな」
前を見据え睨むような視線に緩み頬を見てゴンズは悟る。もう傭兵団などではウルザの事を縛れないのだと。
「おっとゴンズ、赤鯱だけじゃ無ぇこの街の奴ら全員によ、女にぁ手を上げるなと徹底して躾とけよ。俺も、もう女にゃ手を挙げ無ぇと誓ったんだ、赤鯱を名乗るなら俺の最後の命令を聞くように言っておけ」
「はい、そこは抜かりなく。この街の治安回復にも努めます……お気を付けて」
リーフは言っていた「傭兵団全員、私を追うのを止めるように」と。だが俺はお前を追いてぇ。なら話は単純だ。リーフを追いたければ傭兵団を辞めてしまえばいい。
「もう俺は赤鯱でも傭兵団でも無ぇ、ただの冒険者だ」
ウルザは馬に跨り街を出る。食の都ハウスブルクに向けて。
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◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇
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