その頃、故郷で
食の都ハウスブルクへは夜には着いた。どうも他の乗客たちは宿の予約や、そもそも家があるらしく夜にも関わらず迷うことなく街の中へ消えて行った。
ハウスブルクは外灯が多く立てられているため、夜でも浅い時間ならば夕食を楽しめるように外出のしやすい仕掛けが施されているが、今はもう灯されている外灯は駅馬車の停留所だけであった。
「暗い……どっちに行けば宿があるんだろ」
『歩いていればあるわよ』
「こんな暗いなか歩きたくない……」
『そう?じゃぁこれでどう?』
スキル:聴力強化 【 夜目 】 両手剣Lv3 拳術Lv7
筋力強化(小)呪詛身体強化Lv4
「あ、見える見える凄い!……こんなスキルつけられるならウルザから逃げる時につけてよ」
『無理よ。これあの赤い子のおかげで付与できたんだもの』
「ちょっと待って……あんなに苦労したのに夜目が効くだけ?他には?」
『無いわ。使い切ったもの。便利でいいじゃない夜目』
私の中で、最も苦戦したあれが……暗くても良く見えるだけにしかならないのは結構ショックだった。
「痛かったのに……」
『リーフ?勘違いしては駄目よ。貴女を強くするのは怨念や瘴気、恨みや呪いみたいな邪気よ?いい汗かいたって私は何も付与してあげられないの』
確かに、聖女様の嫉妬とかの時は何もしてないのにステータスアップが何割って勢いで数値増えたもんね。聖女様の嫉妬半端じゃなかったってことなんだね。魔物は倒せば瘴気が残るから倒せば強くなるって分かるけど、あんな戦い大好きみたいな馬鹿を相手にしても文字通り一銭の価値もないってことね。成長的には一銭の価値も無いけど、持ち物は現実で大きな価値があるので美味しく頂きましたが。
「はぁ……てっとり早く強くなって、あいつを殺して早く帰りたい」
『帰る場所なんて無いじゃない。ここまでも軒並みホームグラウンド化出来てないわ』
「うっ……それは、そうなんだけど。旅もしてるんだし……その、す、素敵な出会いがあって……とか」
『あったじゃない。スライムの川なんて中々見られないのよ?それに聖女の嫉妬なんて一生に一度噂を聞くことすらあるかないかの体験よ』
「違うでしょ?どう考えても、その、お……おう…」
『オーク?大丈夫よ。今なら素手でも張り合えるから』
「違うでしょ?どう考えても。その、私にも、王子様的な人が……その」
セルティは沈黙していた。
「な、何よ。た、旅もしてれば、いるかもしれないじゃない。出会えるかもしれないじゃない」
私だって考える。故郷はもう無い。笑いあった友達も、挨拶を交わした知り合いも、苦楽をともにした家族も、何もかもが無い。それは、どれだけかかっても何をしてももう戻ってはこない。そんなことは復讐すると誓った時から分かっている。そんな想いに足を取られるほど弱ければ復讐なんてせず蹲って泣くだけの生活を選んだと思う。だから、戻らないものを願うことはしない。
私は同じ年の仲間で集まるとチビだった。それに口も達者ではない。普通に見てるだけでも睨んでるよう。ただ話に加わろうと、あっちに耳を向けこっちに耳を向け、獣耳がよく動く、故に動物扱い、故に黒猫に由来するクロという渾名。
友達は渾名が可愛いって言ってくれていたけど、スタイルも良くなく、コミュ力も高くないチビ。男の子たちからの人気が無い事など把握できている。だから私は仲の良い友達が男の子と仲良くなったり付き合ったりしているのを、ただ見ているだけだった。
けれど、復讐のためとはいえ頑張っているのだ。戻らない過去を望むのでなく、復讐の向こうにある夢を見てもいいじゃないか。種族10万人分の無念を晴らすのだから、10万人分幸せになったっていいとすら思える。だから、王子様とお姫様の恋物語のようなロマンが私にあったっていいじゃないか。
「言われたいじゃない。あ…貴女の為なら、どうとかこうとか……ちょ、セルティ聞いてるの?」
『ブフ、あ、あらゴメぐふ…ちょ、今は話しかけなフフ、あは、駄目我慢が』
普段からは想像もつかない程に頭の中を笑い声が埋め尽くした。姿こそ見えないが地面に蹲ってまで笑いを堪えていたのに、耐え切れずに地面を転げまわるように笑う声。私は四つ耳全てが真っ赤になるような熱さに襲われながら夜の街で宿を探し続けた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その頃、滅びた四ツ耳族の都にて――
「もっと早く……何故俺は……もっと早く来れなかったんだ」
レイドは蒼と緑の混じる瞳から涙を零し天を仰いでいた。
「レイド、これはお前のせいじゃない……」
「それでも、それでも……さ」
薄桃色の髪を振るように舞い歌うローザ。辺りから立ち込める死の気配がローザの舞の一挙手一投足により薄らいでゆく。歌声が響く端から空気が和らいでいく。傷から痛み腐敗していく死臭、あるいは獣に食い散らかされた死体から立ち上る瘴気は近づくだけで吐き気を催すようなものであった。
ローザは凄惨な死が彩る四つ耳族の都を、涙が落ちようと、嗚咽で声が詰まろうと舞い続け、そして浄化の歌を歌い続けた。街中を浄化し尽くすまで、夜が来ようと陽が昇ろうと続けた。やがて浄化が終わりエレオノーラが死体を火炎で焼き尽くすとローザは倒れるように眠った。
「カイト、俺は……俺はこの虐殺を許せない!」
蒼と緑が燃えるように交わる瞳に力が籠る。もうレイドの瞳に涙や悲しみは無かった。あるのは救世主としての使命にも似た決意。
「あぁ俺もだ。この惨状を見て許せるはずが無ぇ」
「私もです。こんなこと、こんな酷いことをした犯人が今も生きていると思うと」
「この惨状を引き起こしたヤツは強い。俺たちは、今よりも強くならなけらばならない」
「あぁ、その通りだ」
「ええ私たちには、こんな世の中を変える強さが必要です」
ローザを背負いながらレイドは仲間たちに語り掛ける。
「これは提案なんだが聞いてくれないか?」
「なんだレイド、何か良い案でもあるのか」
「俺たちは救世の名の下に集った光の戦士、そう呼ばれている。今まで色んな冒険をして来たし、どんな戦いも乗り越えてこられた」
「そうですね。皆で支え合ってここまで来れました」
「そうだ。決して一人では、ここまで来ることは出来なかった」
レイドは二人と目を合わした後、意を決して告げた。
「一人でこの地獄を乗り越えようとする、俺たちに負け無い強さを持った人がいる。彼女が復讐を望むのであれば、俺は彼女を仲間として迎えたい」
カイトとエレオノーラはお互いの目を見合わせた後、ニッと笑って頷いた。




