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バロウル -超心霊的医術-  作者: 茜丸大悟
前の章 イデオロギー黙示録
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蛇の卵 その1

死体状態に関する現場の考察が入ります。

猟奇やグロの境目は人によって曖昧ではありますが、念のためご注意ください。

 刑事という職業は実に因果な商売だなとマークスが呪ったのは、結婚記念日を丁度一週間前に控えていたタイミングで猟奇殺人の担当官に任命されたのが原因だった。

 よりにもよって今日という日はプレゼントの下見の予定を入れていたというのに、事件が原因でキャンセルせざるを得ない訳だから、苛立ちが募るのも仕方のない事だろう。

 付け加えるなら現場がゴミ溜めというのも最悪な点の一つだった。


 そう、死体が転がっていたのは生ごみ袋の山の上。

 生ごみといういうものは、時間が経過すれば経過するほど悪臭を強く放ちだす。

 真夜中に現場で調査を行うのならともかく、日が昇り出してからの調査は匂いが漂い始めて実にたまらない気分になってしまう。

 その上高く昇って暖かくなるころには、中身がすっかり傷みだして耐えがたい腐臭に包まれるのだ。最悪の気分である。

 下水道の次に気分を害する現場だなあと、マークスはハッカドロップを口に放り込みながら現場に足を踏み入れた。


「重役出勤とは珍しい事もあったじゃないか、マークス」


 歳は三つ下だが、配置先の勤務年齢でいえば相手の方が先という、いまだにどちらが捜査の主導権を握るかの役割が定まっていない相棒が、マークスの姿にいち早く気づいて声をかけてくる。

 もう少しゆっくりと歩いて現場の周辺をじっくり眺める予定だったが、見つかってしまったものはしょうがないと、マークスは少し早足になりながら近づく。


「昨日言わなかったか? 今日は妻への贈り物を選ぶ予定があったって。まあ、ぶち壊しにされたんだが」

「ああ、それはお気の毒に……繁華街から急いでこっちに向かってきたんだな、本当にお気の毒様。記念日までにもつれ込む前に、この(ヤマ)がさっさと片付く事を祈っておくよ」

「まったくそうなってほしいものだな。それで、どんな具合だ? ヴィンセント」


 相棒のヴィンセントは無言でiPADを手渡す。開かれた画面には現在進行形で更新され続けている鑑識班(CSI)の鑑識結果が表示されている。

 せわしなく入力され続ける文字配列が、いつ見てものたうち回る蛆虫の群れにしか思えずにマークスは嫌気が刺すが、文句を伝えたところで改善されるとは到底思わないので、我慢して目がくらまない程度の速度で先頭部分まで遡る(スワイプ)


 死因は絞殺。死亡推定時刻は推定午前一時から二時半。死亡後現在の位置に輸送・破棄されたものと推察す。

 薬物反応無し。抵抗痕無し。両手を拘束していた痕有り。首にかかっていたままにされていた、市販のビニール縄と推定。

 被害者の身元は不明、身分を証明する物品は所持されておらず、現在照会中。

 現時点で判明していること。男性、ヒスパニック系。推定三十代、結婚指輪無し。

 発見者は市に委託された回収業者の請負人三名。三名共に犯罪歴は無し、薬物反応無し。


 ずらずらと並ぶ捜査情報に目をやりながら、おやとマークスは疑問を浮かべる。


「連絡では猟奇殺人と聞いていたが、ずいぶんと()()()()()じゃないか。俺はまたてっきり生きたまま内臓でも引きずり出されて(バロられて)、中に塩酸でも流し込まれて殺されたのかなあって思ってたよ」

「そんなこと考えるのはあんたくらいだよマークス。おっかない事ばっかり言うなら今度担当変わってもらうからな。……もうちょっと下のところに、被害者の検分があるよ。ほらっそこだ」


 まだ読んでいる途中なのに、横から指でぐいっと下に流された(スワイプされた)もんだから、マークスは少しむっとした。

 野郎、人がまだ読んでる途中になんてことを。

 だがそんな文句も飛び込んできた文字を見れば言葉をなくしてしまう。


「……は?」

「な、これって十分猟奇殺人だろ?」


 たった三行の書かれていた文字列だけで、マークスも事の異常性が理解できた。


 ――両目の眼球の破損を確認。生体反応有り。生前の段階で摘出されたものと推察。

 ――要解剖の結果、眼窩底部位にて眼球の痕跡を確認。癒着していることから押しつぶされたものと判断する。

 ――追記、眼窩底より剥離させた結果、()()()()()()()()()()()の存在を確認。


「あのさあ……つまり、そのだな」


 片方の手の指で、iPADと自分の目を交互に指さしながら、マークスはヴィンセントと顔を合わす。


「視神経だけ引きずり出された後、ぺしゃんこにされたっていうわけか?」

「いいや、順番は逆らしいぞマークス。眼窩底――目ん玉の穴のうち、鼻側に当たる骨の部位に向けて潰された後に、視神経をだな……」

「うげぇ」


 買い物のために朝早くに目覚めて朝食をとっていたことが何よりも幸いだったとマークスは思った。

 これがもし食後すぐに聞かされてしまった報告だったなら、たまらず酸っぱいものがこみ上げてきたかもしれない。

 嫌な想像を働かせるのは中止して、マークスはハッカドロップをせわしなく舌で転がして、口内環境と思考回路をリフレッシュさせる。


 だがそれはそれとして、なるほど、確かにこれは猟奇的かもしれない。あごひげをさすりながらマークスは唸る。

 合理的な理由が思い浮かばない。少なくとも、手間暇かけて目玉をあれこれしている以上は、猟奇的な犯行だと判断せざるを得ないだろう。


「視神経は――まあ、多分バロって抜いたんだろうが、眼玉そのものはどうやって潰されたんだ? バロウルじゃ……無理、だよなあ?」

「CSIの友達とさっきまで通話してたんだが、バロウル専門家じゃないからはっきりとした事は言えないらしいけど、通常のやり方じゃあこうはいかないって話みたいだ」

「通常のやり方……ってのは、どんなだ?」


 ヴィンセントは両手でジェスチャーを取りながら説明する。


「いいか、バロウルってのは生体電流と霊的なパワーを応用して、患部を引きずり出す技術ってのはお前も知っての事だと思う。東洋医学を赤裸裸にしたブラウ男爵の狂気のたまものだが、つまるところ結局は電気の力だ、電気」

「バイオリズム等に干渉して霊体構造が云々ってやつだろう。空想科学だかオカルトじみた話だが、実際できてるんだから納得するしかない現象だな。それで?」

「透過するにはバロウル液が必要だ。これさえ用いれば、人体のすべての部位をすり抜けることができる。だがバロウル液だけじゃあ、人体の身体をすり抜けることしかできない」

「だからバロウル手袋を使うわけだ。で、そこにちびちびと特殊な周波数の電流を流すことで、内臓を掴めるって寸法だな。そのくらい救命処置講習の先生から飽き飽きするほど聞かされたよ」

「その通り! バロウル手袋に、人体とは相反する波長の疑似的生体電流を通わすことで、正しく患部に干渉してその部位を掴み上げることができるというわけだ。ここまでは、いいな?」


 マークスは黙ってうなずく。

 それを確認するとヴィンセントは、何かを掴み上げるような動作をしつつ説明の続きに入る。


「バロウル手袋の電流が流されている患部は霊的に独立した状態……正直俺もよく理解はできちゃいないが、身体本体とは霊的に隔離されている状態だと理解してくれればいい。で、この状態の患部は、もう片っぽの方の手袋で、こう――プツン、とちょん切ることができる。身体からな」


 左手の親指と人差し指で何かを摘まむジェスチャーをする。

 ちょきん、ちょきん。ちょん切った。


「電流の流れている状態の右手袋側だと、今みたいにちょん切ることはできない。霊的隔離作用による固定効果の影響下にあるので、掴んだり持ち上げたりすることはできるが、患部を変形させたり握りつぶしたりとかは、出来ないわけだ」

「少なくとも、犯人は右手袋で目玉をぺしゃんこにしたわけじゃあないってわけだな」

「そうなる。だが左手側で潰すことはできるかと問われれば、これもどうやら無理らしい」

「何故だ? 少なくとも、患部をちょん切ることには成功したわけだろう?」


 当然の疑問にマークスは首をかしげる。

 ヴィンセントは説明の続きに入る前に、右手で作った握りこぶしの上に左手を乗せたポーズを取る。


「プリンで想像してみて欲しい。指で真っ二つにちょん切るのは簡単だが、キレイにぺちゃんこになるまで潰すのは難しい。なぜならこんな風に――」


 ぐっと左の掌で握り込むと同時に、右手の握りこぶしを開き、指と指の隙間から右手の指をにゅるりとはみ出させる。


「――変形して溢れ出るからだ」

「それは、電流の流れている右手袋側を、こう、お皿代わりにしても不可能なのか?」

「今回はプリンで例えたが、実際は液体を素手で望んだ形状に変形させることが出来るかどうかって話に近いそうだ。バロウル手袋の電流による固定化と、バロウル液の透過現象の合わせ技による変形作用だ。マークス、お前素手で水を正三角形の形に変化させたり、真円の球体に整えること、できるか?」

「いびつな形ならがんばればできるかもしれないが、きれいな形となると、無理だな」

「俺も無理。多分ほとんどの人間には不可能な行為だろう。でだ、被害者の目玉はだな、眼窩底にムラなくぺちゃんこになってへばりついていた。物質をこう、ぺちゃんこにするっていうのは相当な圧力をかけなきゃできない芸当だ。どこかの工場でプレスするならともかく人間様の手の力だけで、目玉をきれいな形状を保ったまま潰すなんて芸当、普通できないよな?」


 マークスは自慢の推理力を働かせてみた。

 果たしてプリンを手の力だけで半分の大きさになるまで潰すことはできるだろうか。

 液体を空気の抜けたゴムボールみたいな形状になるまで押し潰すことができるだろうか。


「不可能だな。ああ、普通に不可能だ」


 頭の中でぐちゃぐちゃに握りつぶされたプリンだったものが出来上がる。

 四方八方に飛び散った液体の飛沫が思い浮かぶ。

 だが被害者のまさに頭の中では、想像しきれなかった現象が見事に発生したという。


 お手上げだ。降参の意思表示。

 マークスは両手を広げて首を振る。

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― 新着の感想 ―
[良い点] バロウルという摩訶不思議な設定を盛り込んでいるにも関わらず、それにあぐらをかくことなく見事な文章とストーリーを構成していると思います。かといってただの飾りともせず、バロウルをきれいに組み込…
2021/06/11 00:22 退会済み
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