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バロウル -超心霊的医術-  作者: 茜丸大悟
前の章 イデオロギー黙示録
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地獄の三重奏 看護師編

 先生の手腕に今まで疑問の余地を挟むことが無かったのは、結局バロウルがあったからこそなんだって今日はっきりと理解できた。

 正確には、医療用バロウルキット。それと霊的経絡ガイドシステム。

 接続されたディスプレイ画面を眺めつつ、ガイダンスの音声に従って指を動かせばいいんですもの、誰だってコレ(バロウル)があれば今日から名医だわ。


 私はため息をつく。

 少なくとも、先生ははっきりいって()()()()だ。

 間違いない。

 だけどそれって、この先生にはじまった話じゃないかもしれない。ひょっとしたら他の先生方も、みんなみんなバロウル任せのヤブ医者かも。


 だとしたら、最悪だなあ。

 ううん、違う、私は大丈夫。

 少なくとも、私はバロウルできるから。

 巻き爪を、特殊培養した形成爪と交換したことあるから、私。


 それに全部が全部、ヤブ医者ってわけじゃないし。

 外科なんかはもう全部バロウル医者だろうけど、内科とか、リハビリテーション科とか、献血とか……それにほら、獣医とか!

 バロウルは、現在の技術では人間にしか適応できてないから、人間以外の動物、猫ちゃんとかワンちゃんとか、鳥とかウサギとかは従来の方法で施術してる。

 だけどなぁ、例えば自分が突然何かの病気とか怪我とかしちゃって、そして何故か突然バロウルできない体質になっちゃったとして……獣医に駆け込む自分の姿を想像すると、ヤになっちゃう。


 ふふっ。思わず笑い声がでちゃう。

 いけないいけない、我慢しないと。

 患者さん押さえつけているのに、笑ってる姿なんて見られちゃったら、後で何言われるか分かったもんじゃないし。

 軽く唇を噛みながら、患者さんを見下ろす。とっても痛そう。実際痛いんだろうなあ。

 あっまた顎を閉じそうになってる。だめだめ、しっかり開いていなさいよ。


 というか先生。やっぱりやり方知らないのね。

 私がずうっとずうっと幼いころの記憶だけど、確か歯の治療をする時って、口を閉じさせないためのサポーターみたいなものをはめさせて、それから施術に入ってたような……そんなような気がする。

 あと確か歯石も取らなくちゃだめだったよね、うん。バイキンとか危ないし、歯を抜くときに邪魔になるし。


 けど今からそんなこと伝えても、一本抜いちゃってるわけだからもう遅いよね。

 第一患者さんの前でその事をバラしちゃったら、これって医療ミスになっちゃうんじゃない?

 そんなことしちゃったら、この病院がつぶれちゃうかもしれないじゃない。

 だめだめ、お仕事が無くなっちゃうのだけは絶対にダメ。それだけは阻止しないとだから、患者さんには我慢してもらいましょ。


 と、いうか。

 先生、レントゲン撮るのも忘れてる。

 バロウルだったらシステムが自動的に判断してくれるから、レントゲンの必要が無かった事を覚えてなかったのね。

 私も忘れてたけど。ふふっ。


 あーやだやだ。便利なツールを手に入れると、人間は堕落していくっていうのがよくわかるわ。

 多分歯石なんかも、親知らず抜く前にガイド機能が「それではまず歯石を指先で拭い取ってください」なんて指示してくるんでしょうね。

 それがないもんだから、先生、すっかりいつもやってる施術の順番の事、頭から抜け落ちちゃってるみたい。


 怖いなあ、もう。

 私、絶対先生の施術だけは受けないでおこ。

 まあどこの医者もほとんど変わらないかもしれないけどね、ふふ。

 いけないいけない、笑っちゃダメ笑っちゃダメ。

 もう一度、今度はさっきよりも少し強めに唇を噛んで表情を改める。


 それにしても、昔ながらの施術っていうのはこんなにも痛そうなやり方ばっかりなのかしら? 涙をこぼし声にならない悲鳴を漏らす患者さんの姿を見下ろしながら、背筋に冷たいものを感じて身震いしてしまう。

 マスク越しにも伝わる悪臭に、男の人の汗の臭い。

 冷や汗なんだか脂汗なんだかわからないけど、妙にべたべたする手や肩を押さえながら、ちょっとだけ想像してみる――無理無理、理解したくない。

 子供を産む痛みとどっちが辛いんだろうとか、怖い事ばかり浮かんじゃって、想像だけでおしっこもらしちゃいそうになる。


 きっととんでもなく辛いんだろうなって事だけは判るから、それ以上は理解しない様に務める。

 他の事を考えなきゃ。けどすぐに別の話題が思いつくわけでもなし、自然と現在の状況を確かめる感じに思考が向かっちゃう。

 二本目の親知らずは、逆さまに生えてるわけじゃないみたいだけど、下の歯と違ってどうやら()()みたい。

 特に歯根――歯の根っこの部分が末広がりな形になってて、中々苦労してるみたい。


 でもまって、確か研修で受けた説明で、昔のやり方だと歯の頭の部分を切断して取った後、根っこの……ええと、そうそう歯根膜! あごの骨と歯の間にある歯根膜って靭帯をざくざくっと切断してから抜くって聞いたような気がする。

 先生はその手順を忘れてるから、こんなに苦労しているんじゃあないかしら?

 っていうか、さっき引っこ抜いたところ、まだ縫ってないから……血が……うわっすっごい溢れてる。


 どうしよ。先生に伝えたほうがいいのかしら?

 だけどどうやって伝えればいいのかしら。

 先生、やり方間違っていますよ、とか?

 だ、だめだめ! そんな言い方じゃあ先生の気分を害しちゃうじゃない! それに患者さんに医療ミスよって伝えてしまうのと一緒よ。

 そんなんじゃあ、訴えられちゃう!


 じゃあ……どうすれば……?

 ………………。

 ………………。

 ………………。


 うん、そうよ。

 私は何も気づかなかった。

 いいえ違うわ、先生のやり方が正しいの。それが正解。


 それにほら、一緒になって患者さんを押さえているベテランの先輩も何も言ってないじゃない。

 きっとこのやり方が正しいのよ、間違いない。

 だからきっと大丈夫。

 これが正しい施術なの。


 けど先生。

 これだけは一言言わせてね。


 この病院、全身麻酔の設備ってなかったのかしら?

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