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バロウル -超心霊的医術-  作者: 茜丸大悟
終の章 バロールの夜明け
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アプリケーション その9

 関係が少しだけ打ち解けてきた二人とは対照的に、パスカーレの方は実に不機嫌極まりない雰囲気を醸し出していた。

 どこか咎めるような視線で、実際彼女は諫める文句を口にする。

 意外にも、それはマークスに対して向けられていた。


「ヴィンセントさん。この前から再三申し上げているのですが、自分の事をマークスと名乗るのはお止めになってください。認知バイアス障がいを引き起こして自己認識が狂う恐れがあります。もちろん貴方が己の事をマークスと名乗ることで、ある種の自己保存を図っていることは理解できるのですが、心療内科の担当医としてはそれを勧めるわけにはいきません」

「いいえ先生、何をおっしゃっているのですか。これは私の願望です。主治医の意見でも、受け入れる事の出来ない価値観というものも当然あるのです。これが私の正しいと思う選択の結果なのですよ」

「勝手な自己判断で完結するのは困ります。患者は必ず主治医の言い分を聞き留める義務があるのですから。もし私の診断が気に入らないとおっしゃるのであれば、担当医を変えるなり第二の意見(セカンドオピニオン)を求めて他の医院へ駈け込んでみてください。間違いなく他の先生方も、私と同じ意見を申し上げるはずですよ」


 鼻白む恭二を置いてけぼりにして、二人は口論を始めてしまう。

 名前がどうたら、自己の認識がどうたらと、又聞きだけでは恭二も事態の深刻加減はさっぱりだが、どうにも精神障害の話であることだけは理解が及ぶ。

 言ってしまえば感謝の念を何より大事にしたい刑事さんの情の部分と、心療内科医としての正論とのぶつかり合いというわけだな。恭二は簡潔にそう捉えた。

 どちらの言い分も判るのだが、それはそれとして自分の取材を差し置いてまで口論を続けられるのは戴けない。

 そんな自分勝手な理由で恭二は両者の言い争いに割って入る。


「お二人さん、お二人さん。そういったお話は病室内でやってはくれませんかね? このままじゃあ、俺の取材記事は医者と患者の口喧嘩ってタイトルにすげ変わってしまいますよ」

「ですって、女医先生。この話は此処で打ち切りにしましょうね?」

「くっ……! これだから記者ってやつは……自分の取材を優先するのだから……! いいでしょう、いいでしょう、いったん保留して差し上げます! ですが、次回の面談まではなるべく死者の名前を名乗るのはお止めになってくださいね! それから、今回の取材中はヴィンセントという呼称で統一させてもらいますからね! 貴方も、彼の事はヴィンセントと呼ぶように! いいですね?」


 しぶしぶといった感じでパスカーレが折れ、それでも通すべきところは何とか押し通した形で話はまとまった。

 名前の呼び方一つで取材を受けてもらえるのならばと恭二は至極万々歳の結果だが、マークス――もといヴィンセントの方は未だに不満が燻ぶっているらしい。

 それでも不満を口にしないのは十分大人な態度かもしれないが、何がそこまで彼に呼称を固執させているのかで、恭二の好奇心を刺激してしまっていた。

 いくら何でもここまで押し通そうとするのは変である。

 日本人だからアメリカ人だからといった感性の違いでもなければ、男女の違いでも決してない。

 やけに固執するヴィンセントの方がおかしいのだと、それくらいの事は精神学を学んでいない恭二にだって理解できる。


 そもそもが、()()()()・ヴィンセント・ロウというのが間違っている。

 普通なら、間に挟んでヴィンセント・()()()()・ロウと改名するのが一般的ではないだろうか。

 或いは短くヴィンセント・マークスという命名も悪くない。自身ならそのように名を改めるだろうと恭二は考えた。

 中断するよう願い出た身である以上追求などは行わないが、それでも恭二はヴィンセントという男の()()な執着心にうすら寒いものを感じていた。

 方向性こそ違えども、どこかオリヤが纏っていた雰囲気にも似通っている。

 恭二は忘れ去りたい嫌な相手を思い出してしまい、ぶるりと震えた。


「で、では……そうですね、まずは先生の方から取材をさせていただきますね」

 

 恭二は逃げを打つことにした。

 名前の事は話題にしない。

 主に話しかける相手も()ではなくパスカーレを中心に。

 できうる限りの保険を打って、心の平穏を保つ努力に勤しんだ。

 幸いパスカーレは理知的な性格をしている為、一度機嫌を直してもらえば、取材も滞りなく捗った。


「まず最初に申し上げておきますが、執刀医のドクター・ブロイヒとの直接取材はお断りさせて頂いております。先生は緊急外来医も兼任しているチーフドクターの一人です。十分な休憩を取れる貴重な休憩時間を取り上げるわけにはいきませんので。また、現在はさらに並行して疑似的双生化移植法の論文も書き上げていらっしゃるので、時間的余裕がありません。アメリカ国内の記者クラブですら会談をお断りしている状態で、国外からやって来た医療報道専門外の記者と合わせるわけにもいきませんので」


 開幕一番釘を刺されてしまった恭二だが、もとより取材不可の件は承知済みだった。

 その上さらに自分には医学的知識が高くない事もしっかりと自覚を持っている。

 仮に執刀医のドクター・ブロイヒとの会談に加わることが出来たとしても、まず間違いなく他のプロフェッショナルな記者たちとは記事の質で敵わない事も理解していた。

 とはいえそれは、あくまで同じ土俵で争った場合の話である。

 ベースとなる部分は同じであっても全く別のテーマで戦えば勝機もある。上手く調理を施せば、同じ食材であったとしても別種の旨い料理を作り上げることができる。

 恭二は死の淵から復活したミラクルマンこと全身バロウル移植者の、術後の経過を心療内科カウンセラーからの視点で描く事で他を凌駕しうる記事を書きたいのだ。


「まったく、レオンの奴さまさまだな。まさかあいつの知り合いに、ミラクルマンの関係者がいるだなんてな」


 思わず日本語で独り言をつぶやいてしまう恭二に対し、パスカーレは眉をひそめ戒めた。


「ごめんなさい、日本語で質問するのはやめてくれないかしら? 貴方の母国語は難解だから、まったく意味が通じないわ」

「あっこれは失礼を。なに、少し質問の内容をまとめていたところですよ。大丈夫です、ちゃんと英語で問いかけます」


 そうしてようやくミラクルマンことマークス・ヴィンセント・ロウの闘病生活とその後の物語が語られることになった。


「まずは術後の経過の報告だけれど……以外にもかなり順調だったわ。いいえ、むしろ順調過ぎたくらいかも? 普通バロウル手術というものは、移植した両者が共に約一か月ほど生存し続けていなければ、治癒力が少なからず低下してしまうものなのよ。恐らくバロウル連絡線が関わっていると思われるのだけれど、何故そうなのかは未だ推測の域を出ないわね」

「一般病棟に移った後は、はっきり言ってしまえばガタガタね。本人を前にして言う事じゃ無いんでしょうけど、自殺しないでくれて本当に助かったわ」

「そうよ、お薬は今も全般ダメ。頭痛薬一錠だって飲ませられないわ。――この言いつけ、きちんと守ってる?」

「イングマール法案に抵触しないのかって? あれは人を傷つけた犯罪者から、その部位を取り上げて被害者に与えるっていう法案よ。ドナー登録者であったマークスの場合、そもそも適用外だわ」

「立ち直ったきっかけは、ピーター少年のおかげかしら。そう、さっき貴方がいびってた、彼の貢献。ねえ、そういえばずっと尋ねたかったのだけれど、貴方はどうして一目散にピーターの元へ駆けつけることが出来たのかしら? 私の事を振り切って、真っ直ぐ一直線に向かったでしょ? あれ、今から思い返してみても、不思議でならないのよ」


 パスカーレは曖昧な質問に対しては、言葉少なにしか答えを返さないのだが、逆に詳細に尋ねれば、きっちりと事細かく説明してくれる習性を持っていた。

 きっとある種の職業病なのだろうと恭二は内心その様に判断する。

 患者たちが曖昧な内容を説明する度、ふわっとした答えを返すかズバっと切り捨てるように端的に話す癖がついているのだろう。

 逆に詳細な悩みを相談されれば、それに対して事細かな診断とアドバイスを口にしているのだろう。

 最初にコレだ、とはっきりとした質問さえ飛ばしておけば、あとは勝手にしゃべってくれる。

 恭二にとっては理想の取材相手に見て取れた。


 対して、ヴィンセントの方はいまいち乗れない手合いの輩であった。

 何と尋ねてみようとも、曖昧な答えしか返ってこない。


「覚えてないな」

「先ほどパスカーレ先生が仰った内容が全てだな」

「その解釈で構わないだろう」

「だから、覚えてない。しつこいな、あんたも」

「好きに捉えてくれ」

「特には」

「ああ」


 もはや反応が渋いといったレベルですらない。日常会話にすら難儀するのではと思えるくらい、術後の経過に関する質問の受け答えが悪かった。

 段々面倒くさくなってきたのか少なからず苛立ちも感じ始めていたようで、返事ですらぶっきらぼうに、あるいはあからさまな無視も決め込まれてしまっていた。

 パスカーレからしてもこの態度は想定外だったのであろう。途中戒めるような言葉を吐いたり代弁することが多くなっていってしまった。

 次第に険悪になっていくムードに歯がゆい思いを抱きつつ、これ以上の取材は難しいと判断し切り上げる事にした。

 今はきっと、腹の虫が悪いか精神の調子が宜しくない状態なのだろう。そう強く自分に言い聞かせながら恭二は時間を理由に解散する旨を二人に伝えた。


「すみません、時差酔いもあって少し眠気が来ちゃいまして、そろそろ意識が限界のようです。もしよろしければなのですが、この続きはまたの機会にお願いできますか?」


 何処からどう聞いても嘘くさい言い訳ではあったのだが、二人はその提案を受け入れた。

 ヴィンセントの方はどういった面持ちで了承したのかを図り知ることは出来ないが、パスカーレの方はあからさまにヴィンセントの容体を心配していた。

 彼女が話したヴィンセントの全体像と、現在の彼の精神状態は余りにも剥離し過ぎていた。

 自分の事をマークスと呼べなどという妄言といい、何らかの精神障害を疑っても仕方がない状態だった。

 きっと彼女はこれから病院に戻って他の先生方と相談だろうなあ。恭二は心の中で同情する。


 しかし彼も同情ばかりしていられる身分でもなかった。

 ピーターに対するややもすれば恐喝ともとれる強引な取材に続き、本命であったミラクルマンへの取材も頓挫してしまったからだ。

 立ち去る二人を見送って、大いに狂ってしまった取材プランをどうやって挽回するべきかと、恭二は肩を落としていた。

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