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バロウル -超心霊的医術-  作者: 茜丸大悟
前の章 イデオロギー黙示録
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地獄の三重奏 患者編

注意、今回本文中に抜歯描写が差し込まれております。

表現が苦手な方、親知らずを抱えたままの読者の方はお気を付けください。

 気分は実に最悪だ。さっきから奥歯のじんじんとした不快な違和感がぬぐえないし、頬の表面はびりびりとした妙なむず痒さがびりびりびりびり痒い痒い痒い。

 今まで治療をほっぽっていた自分の不摂生さと、一度もバロウルする機会が無かった運命を呪うばかりだ。


 もう嫌だ、今すぐにでも逃げ出したい。

 かといって逃げ出したところで、この虫歯とはおさらばできそうもない。

 バロウルできない体質だか何だか知らないが、やれないっていうならそりゃあもう昔ながらの野蛮な方法で抜き取るしかないじゃないか。


 そんなことを考えているとドクターがスタッフを二名連れて戻ってきた。

 なんだなんだ、仰々しい。

 何、気分はどうだって?

 当然最悪だ。過去最悪の気分だ。


 ……何、質問の意味が違うって?

 麻酔を打たれたら気分が悪くなる体質の人もいるから尋ねているって、だったら最初からそう言えって。

 アーアー、無いです無いです、吐き気も頭痛も無いっての。

 ちょっと皮膚がビリビリするだけの話だけだって。


 医者ってのはずいぶんおしゃべりな野郎なんだな。

 笑うなっての。俺は笑えねえんだよ。

 俺は黙って言われたとおりに口を開く。

 二度目の麻酔といくらしい。

 俺は目をぎゅっとつぶって針に備える。


 ――チクッ!

 痛い。痛いけどさっき程じゃあない。これなら耐えられないほどじゃない。

 なるほど麻酔ってやつは最高な発明だ。最初にぶち込まれた注射針に比べりゃあ、ちょっとしたひっかき傷みたいなもんだこれは。


 ただ麻酔液っていうのか、流し込まれる違和感がすごい伝わる。突っ込まれている感覚がかなりすさまじい。

 流れ込んできた液体が広がって、首根っこ近くがひんやりとしてくる。

 不思議なもんで歯の根っこ自体は痛くもなんともねえんだが、首周りの皮膚が過敏になっているのを自分でも感じる。

 麻酔ってのは、わけのわからない技術の塊なんだなあと呑気な感想を浮かべながら、俺は言われるがままに口をゆすぎ、もう一度寝っ転がってはい開始。


 口を精一杯に広げて待機。

 目をつぶって恐怖と痛みに備えて――あがっ!


 じゃくっとした水っぽい音がしたと思ったら突然の熱!

 あごから首にかけてが突然の熱!

 痛みと電流が走る感覚! 頬が持ち上がり、顔全体の肉がぎゅうううと顔面中央へとせまりゆくこの感覚!

 痛い! とんでもなく、痛い!


 痛みが突き抜けて俺を襲う。

 看護師が俺の頭を押さえつけ、医者は顎に指を食い込ませる勢いでがっしと掴み、俺の口の奥へ向けて暴力をねじり込む!

 じびゅぎじゅぐじぶちゅとした不協和音が俺の耳朶を叩いて鳴りやまない!


 暴力が! 拷問が!

 俺の奥歯から頭上の彼方まで突き抜けて止まらない!

 息をすると苦しくて! 息を止めるとなお苦しい!


 こんなにも痛みで苦しいと、鼻で息を吸うことができなくなるだなんて俺は知らなかった。

 こんなにも痛みで苦しいと、口で息を吸うことがさらなる苦痛を招くだなんて聞いてない。


 口を閉じたい。

 悲鳴を上げたい。

 だけど医者という名の暴力が俺を束縛してそれを許さない。

 今度はドリルに切り替えて、俺の奥歯にヂュミミミミィン。

 焦げ臭い、石灰が焼けるような不気味な薫りが鼻に突き抜ける。


 痛いのと臭いのとで二重の拷問だ。

 情報量の多さに自然と涙がにじみ出る。

 ついでに鼻の頭に脂汗もにじみ出る。

 ひょっとして、わざとやってるんじゃあ――え、何だって? 逆子?


 どうやら不運続きは止まらないらしい。

 俺の親知らずはほとんど逆さまに生えていて、抜き取るのに非常に手間がかかるらしい。

 まったくもって自分のことながら驚くほどに運が無い。

 ちくしょう、バロウルさえできればこんな苦しい目にも合うことはなかったのに、あんまりだ。


 あれこれと細部の説明をしてくるが、そんなもん痛みがひどすぎて全く頭に入らない!

 何が言いたいのかさっぱりだ!

 だが医者の方が説明したという事実だけで自己満足しているようで、俺がきちんと理解しているかどうかだなんて全く考慮していねえ。


 医者は再びの拷問を始める。

 ――ヂュミミミミン。ドリルの音。

 掘削されていく俺の何か。焦げ付く臭いに金臭い味。

 焼け焦げているのは俺の骨なのか飛び散った血なのか、はたまた親知らず周りの歯茎の肉なのか。


 俺は全力で耐えようとするがどうしても震えを抑えきれず、肩をびくびく、腰をびくびく、膝をがくがく、頭をがくがく震わせて、どうにか痛みの流れから逃れようともがき続ける。

 だが痛みの野郎(ヤツ)は執拗に俺を責め立てる。

 ズゾッモゾッズモモモォッという不可思議な普段なら絶対に耳にすることのない無機質な異音が亜頭蓋骨の中で反響する。

 唾液は恐ろしいほど出ているのに、ガリガリとした乾いた異音が聞こえるのが不思議だ。


 やがて医者はドリルを引き抜き――うお、いやおいまてなんだそのペンチみたいなのはあれかそれで俺の歯を引っこ抜くのかおいちょっとまて少しだけ少しだけ休憩させあっあっあ。

 抵抗むなしく全力で押さえつけられる。

 組み伏せられた俺の口内へ末恐ろしい器具が。


 ――ズゴッ。

 ――ゴッ、ゴッ、ゴッ。

 ――ゴゾッゴゾリ、ぐじり、ゴジュリ。

 ――みりみりみり……ぞもっ、ごじゅり。

 ――ぺきっ。


 あごの骨でも砕いて引っこ抜こうとでもしているんじゃないかって音に交じって、医者の「あっ……」という声を、俺は運悪くも聞き逃すことができなかった。

 なんだよ、なんだよ、なんなんだよ!

 なるほど、逆さまになっているから仕方なく歯の根っこ部分にあたるところを掴んでぐりぐり引っこ抜こうとしたところ、根っこがぽきりと折れたと。

 ………………いやいやいや、そんな、歯ってそんなに簡単に折れるものなのか?

 問いかける間もなく医者が再び手に取ったのはまたドリル。


 ジュビィ、ビキビキビキッ!

 ブジグジュブゾゾゾゴゴッ!


 何が何でも歯を抜き取るために、ありとあらゆるものをドリルで削ったり砕いたりしているのだろうが、どうしてここまで野蛮で暴力的な行為を昔の人間は耐えていたんだ。

 なんか、もっとこう……何かあるだろうが。

 あ、だからその為のバロウルか。

 だがその肝心のバロウルができない人間の事は置いてきぼりか、クソッ! クソクソォ!


 第一このドリル。怖い。不安でならない。

 ちょっと手元が狂うだけで、歯肉やら何やらを縦横無尽に抉ってずたずたに引き裂いてしまうんじゃあないかって思うだけで、漏らしそうになる。

 いやもう正直音だけで怖い。ヂュミミミミン、グビビビビンという音だけじゃなく、それに交じって歯の砕ける音に焦げ付く臭いが立ち上るとなると、正直もうここが地獄なんじゃないかって思えるくらいの拷問にしか思えない。


 なんかもう――もうちょっとなんかあっただろう?!

 昔の人には恐怖心ってものが無かったのか?!


 痛みや苦しみに耐えかねて、俺の思考はあっちやこっちに飛んでいく。

 痛みに慣れてきましたね、だと?

 違う違う、疲れて抵抗できなくなってきただけだ。

 身体に力が入りすぎて、筋肉がこわばってしまっただけだ。


 そんな俺の無言の訴えに――痛くて声が出せないので、眼で抗議を伝えようとしたのだが、どうやら医者にはうまく伝わらなかったようで、満足そうにうなずきながらペンチ的なブツを手に取る。


 ――ミシミシ。

 ――ミリミリ。


 何かがねじられる音がする。

 何かがこそぎ落とされる音がする。

 そのたびに俺の視界の色彩が歪み、色味が褪せたり黄色くなったりする。

 舌の根本が飛び上がり、喉奥へ引っ込んでしまうんじゃないかってくらい飛び跳ねているのが自分でもわかる。

 医者はそれにも構わずペンチをこねくり回し、俺の顎を掴む手のひらにさらに力が込められる。


 やがて、どのくらいの時間を要したのかは正直俺にも解らないが、ぐぽっともむこっとも付かない異音とねちゃあとした瑞々しい音に交じって、ようやく歯が引っこ抜かれる感覚が駆け巡る。

 同時に襲い掛かる乾いた痛み。

 もともと歯がすっぽりと収まっていた場所が、肝心の()()が取れてしまったことでぽっかりと大穴が開いてしまっている。

 そこに口内の空気が流れ込んでしまったわけだから、むき出しの傷口に砂でも擦り付けてしまったかのような激痛が走るわけなんだな、うん。

 俺は泣きながら自己分析した。


 ひとしきり泣いた後、これでようやく解放されるんだなと安心した。

 これで虫歯とも、憎い親知らずのあんちくしょうとも、この地獄の拷問官たちともおさらばできるんだと思えば、なんだか不思議なことに妙なすがすがしささえ覚える。

 ハグでもしてやろうか。そんな気分にもなってくる。


 だが俺が目を見開くと、そこに迫ってきたのは血にぬれた、あのペンチ。

 えっ?


 目を真ん丸と開いた俺に向かって、やつは言った。


「はい、では砕いた歯のもう残り半分をとっちゃいましょうか。そしたらその後は上の歯で、右の順番でぬいていきましょうねえ」


 いっそ、気絶でもできたら。

 俺の願いもむなしく、再びのゴリゴリが責め立ててきた。

※抜歯した後の部分を縫い合わせていないのは、医者が忘れているからです。

 何故なら彼は藪医者だから。

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