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バロウル -超心霊的医術-  作者: 茜丸大悟
前の章 イデオロギー黙示録
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地獄の三重奏 藪医者編

文体としては小林泰三をリスペクトしております。

 おやおやおや、初めまして、初診の方ですかな?

 いえいえ全くかまいません、当クリニックは初診の方でも大歓迎でございます。但し次回から飛び込みの受診はせずに、きちんと事前予約を行っていただけるのでしたらの話ですが。

 おほん、失礼。患者さんには本日以降のお話よりも、今現在の症状の改善の方が大事でございましょう。


 ええと何々……先ほど書いていただいた診察申込書によりますと、なるほど親知らずの虫歯でありますかぁ。

 それはそれは大変ですなあ。どれどれ、ちょっと見てみますので口を大きく開いていただいて……はいそうそう、そのままで、あーん。

 ……なるほど、見えてる範囲だけでもしっかり親知らずが覗いていて……ははあ、これはまたずいぶんと長い間我慢しておりましたなあ。

 見えてる範囲が真っ黒で、こりゃまたおおきなおおきな穴までぽっかり開いているじゃあないですか。これじゃあ、抜き取る以外の選択肢がございませんねえ。

 よろしい、処置開始と行きましょう。


 ではお一つお尋ねしますがね、利き腕はどちらでしょう? なるほど、では左手をお出しください。今から採血しますので。

 いえいえお客様、採血は必要でありますよ。

 バロウル液には患者の血液を混入しなければ作用しませんのでね、こうしてチクッと、あっ痛かったですか? それは申し訳ありません。が、しかし我慢してくださいね。ええっとともかく採血した血液を使うことでバロウル液が活性化し、心霊医術が可能になるというわけですよ。


 はい、お疲れ様でした。

 え、バロウルは痛くないのかって?

 いえいえお客様、まったく無痛の安心でございますよ。バロウルは実際安全、痛み一つとございません。

 ただし内臓を触られる感触とか、骨をなぞられる感覚がわずかに伝わりますが、不快感なんてものもほとんどありません。

 ああお客様不安にならないで。そうですね、例えるなら髪の毛を触られるような感覚だと申しましょうか。

 髪の毛を誰かに触られたとしても、そこに苦痛はございませんよね?

 それと同じことでございます、はい、はい。

 ですので本当にご安心ください。


 ……バロウル液の準備ができましたので、まずは椅子を倒しましょうか。

 あ、頭の下にタオルを敷きますね、バロウル液が垂れてしまいますから。

 では塗ります、少し冷たいですが我慢してください、はい、はい、はいっと。

 あとはこのバロウル手術用手袋を付けまして……え、なんですって? 間違った歯を抜いたりはしないのか、ですって?


 お客様、市販されているバロウルキットと違いまして、正規の医療用バロウルキットは霊的経絡ガイド付きの優れものでございます。

 お客様の体内を流れる生体電流や経絡秘孔――遠くインドなどではチャクラとも呼ばれるものですが、ともかく特殊な機能で生き物の身体の(かたち)をしっかりと認識し、該当する患部まで自動的にナビゲートしてくれる優秀極まりない機能が搭載されているのです。

 間違いバロウルなんてありえませんっ!

 まあ実際、間違えた部位を抜き取ってしまったとしても、元の場所に戻してしまえば問題ありませんから。

 あっはっはっはっは。


 ……失礼、笑えませんでしたか。

 すみません、私はどうも無神経なところがありましてね。

 はい、はい。黙って治療に専念することにいたしましょう、はい。


 ………………。

 ………………。

 ………………。

 ……あの、お客様。前言撤回するようで申し訳ありませんが、沈黙を止めて一つお尋ねします。

 今まで一度でも、バロウル行為をなされたことは――ああ、やはりありませんでしたかっ!


 いえいえ、問題はありません。

 いいえ違いますね、問題はあります、ありますが、お客様がバロウルなさったことが無い件とは違います。

 ええとですね、まずは順番にお話ししましょうか。

 先ほどの問答で、お客様はどうにもバロウルに関する知識が備わっていないと存じましたので、ひょっとしたら一度でもバロウルなさったことが無いんじゃあなかろうか……などと疑問に思ったものなのです。

 そしてそれは事実、その通りでした。そこまでは、問題ありません。

 問題なのは、次です。


 お客様はバロウル抵抗体質というものをご存じでしょうか?

 はい、いいえお客様、バロウル反対運動などという愚かな抗議活動の話などではなく、バロウルを身体的に受け付けない、特殊な体質の人間のことであります。

 その名の通りバロウル液に血液を混入し、正規の手法をもって医療行為を行おうとしても、手が――肉体を透過しない、すなわち超心霊医術行為を受け付けない体質のことであります。

 お客様はどうやら――誠に残念ながら、その、バロウル抵抗体質というものでありまして……これまで一度もバロウルしたことが無かったため、お判りいただけなかったことだと思われますが、本当に残念なことにバロウルを行えない体質だったようです。


 そうですね、はい。アレルギー体質などと同じようなものでして、生まれつきバロウルできない体質の方は世の中にごまんと存在するのです。

 学術的なデータを申し上げますと、都合一万人から二万人に一人の確率だとかで。

 はい、そうですね、割とびみょ~~~な数でございますねえ。はい、はい。


 ………………。

 えー、あー……そんなに悲観しないで下さい。

 ご安心ください。実際安心ですので、まずは心を安静な状態を保ったまま、お聞きください。

 要するに、バロウルができないのなら従来のやり方で処置を施せばいいのです。

 何せわたくしも医者の端くれ、この道二十年以上、しっかり勤め上げてきたのですよ!

 親知らずの一本や二本くらい……え、三本あるですと?

 ちょっと失礼……あ、ほんとだ。左の上下に右の下、それも全部が虫歯だったりなりかけだったりと、まったくもって大変だ!

 こりゃあもう全部抜くしかないですねぇ……。


 んっんー! えー、オホン。

 気を取り直しまして、はい、そうです。昔ながらのやり方で行きましょう。

 え、痛いのは嫌だ? 無痛でできるから抜きに来たのにバロウルできないならヤだ?

 いえいえいえいえお客様、虫歯の放置は大変健康によろしくありません。

 今すぐ今日すぐにとは申し上げませんが、早急に抜き取りませんと他の健康な歯や最悪あごの骨などにまで影響を与えてしまいますよ?

 そうなったらあとで後悔――え、ですからお客様は反バロウル体質ですので、無理なんですよ。当然他のクリニックでも同じです。どこのクリニックに向かわれましても同じ結果になります、はい。

 断言しますよ。

 絶対に無理です。


 ……はい、観念なされましたね?

 今日抜きます? それとも後日にご予約を?

 はい、当然ですよね。健康のためにはすぐに悪い部分を取り除いてしまうのが確実ですから。

 では、今から麻酔を用意しますので、少々お待ちを。


 ………………。

 ………………。

 はい、お待たせしました。では一本ズドンッと行きますので口をおきく開いて――え、ズドンはやめろ? その例えは怖すぎるですか。すみません、わたくしオトマトペというものの造詣が浅いものでして。

 まあ何はともあれ刺しちゃいましょう。はい、あーん。

 あっ痛くない痛くない痛くないですからあっお客様大丈夫ですからじっとなさってくださいまだ一か所しか刺しておりませんので我慢してくださいあっあっあっ。

 あー………………。


 ………………。

 ………………。

 ふぅ、みなさん、もう身体を押さえつけるのは十分ですよ。

 お疲れ様でした。注射は後程もう一回、全箇所に打ちますが――あっ大丈夫です、麻酔が程よく聞いておりますので、次の注射は今のような苦痛を伴うことはありません。

 麻酔は偉大な発明です。ご安心ください。

 はい、はい。

 ではしばらく安静にしてお待ちください。

 三十分ほど暇になるでしょうから、助手に暇潰し用の雑誌でも持ってこさせますね。


 ………………。

 ………………。

 ………………。

 ふぅ。あーーー困った困った。バロウル抜きの抜歯とか久々だよもう。もう何年やってないんだっけ? 十年か? まさか二十年ってことはないだろうけど、本当にひっさびさだなあ。

 腕が錆びついて無いことを祈らなければ……って、うん、何? 麻酔を打つ前に、まずは局部麻酔の塗り薬を付けてからじゃないのかって?


 ………………。

 はっはっは、残念ながらバロウルが出頭してから二十余年、こんな場末のクリニックに表面麻酔用のブツなんて、残っているわけないじゃあないかはっはっは。

 決して忘れていたとかそういうわけじゃあなくてだね、本当に、無いんだよ……ホントダヨ?

 だけどこのことは患者さんには内緒だぞ。君とボクだけのナイショだからね?


 うん、そうそう。

 おしゃべりじゃあない子はボク好きだなあ。おっと、セクハラ発言ととらえないでくれたまえよ? あくまで感想を言ったまでの事だから。

 うん、それじゃ、ちょっと休憩してらっしゃい。長丁場になるだろうから、休める時に休んでおいで。

 ボクはその間に抜歯手術のシミュレーションしておくから。


 うん、うん。

 大丈夫大丈夫。

 最悪ネットに転がってる動画で予習するからさ。

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