パイライフ その1
ベックマンは子飼いの娼婦の呼び出しに、気分をひどく害していた。
アガリの上前をハネている分、しっかり娼婦たちのケツを持ってやる必要性がある。
何らかのトラブル――例えば機材の不調だとか、急な月経の始まりで代役が必要だとか、とにかく様々な要因で問題が発生することがあるが、その程度のトラブルなら現場の判断で処理できる内容だった。
そう、彼が態々呼び出されるという事はは、そんなものとは比較にもならない大きな問題が発生した時と何時も相場が決まっていた。
つまりは――客側のトラブルだ。
今回の呼び出し内容は特に酷かった。
商品に消えない傷を残してしまっているからだ。
酔っ払っていたせいで乱暴を働く。
クスリをやっていた、あるいはやらせようとしてきた。
無理矢理変態行為を働こうとしてくる。
そもそも金を持っていない、あるいは支払いを拒否してくる。
この位の迷惑な客なら日常茶飯事なのだが、出合い頭に娼婦の目玉を抉り取る相手というのは初めての経験だった。
しかも、犠牲者は二人。まったくもって最悪の事態だった。
「ああ、ベックの兄貴! よく来てくれ――」
事務所の電話番の挨拶も無視して、ベックマンは部屋の奥へとずかずか進む。
彼が今目指しているのは地下室の最奥部。
防音対策の施された談話室だ。
「リサ、エミリー、二人とも待たせたな。こういう尋ね方をすると気分が悪くなるかもしれんが、怪我の具合はどうだ?」
「ベックマン! 扉を開ける時はもっと静かにしてちょうだい……傷に響いて痛いじゃないか」
「……それは、すまん」
ノックもせずに扉を開けるや否や、開口一番に身の心配をしたのだが、即座に怒りの言葉をもらってしまいベックマンは少しだけ安堵していた。
泣きわめいていたり、返事をするほどの気力が無いよりはよほど好い。
たとえ空元気であろうとも、誰かに対して怒りを抱ける間はまだ大丈夫だと、ベックマンは経験則で知っていた。
「右の眼をやられたのか……きれいなブルーの瞳だったのに、残念だ」
「あたしはまだいいよ。問題はエミリーの方さ。あの子は両眼を持ってかれちまったからね。今は鎮静剤で眠らせてるから大丈夫だけど、さっきまで痛い痛いって大暴れさ。まったく、最低のクソ客引いちまったね!」
「……そうか」
胸にチクリと痛いものが走り、ベックマンは顔をしかめる。
今時のマフィアは商品をとても大事に扱っている。
ベックマンもまたそのご多分に漏れない部類の人間だったので、リサとエミリーの損失には頭を悩ませていた。
「で、そのクソ客はどこだ?」
「そこのパーテーションの裏。男連中で囲んでぼこぼこにした後、ロープで縛りあげて蹴り転がされてたよ」
「よし。お前はここで安静にしていろ。俺は少しお話することがあるからな。ただ、まだ帰るなよ。その後治療してやる必要があるからな」
「どうでもいいから早くしておくれよ。ヤクすれすれの鎮痛剤でもやってなきゃ、あたしだって今にも気絶しちまいそうなんだからさ」
「……わかった、なるべく手早く済ませる」
ベックマンとしても長く苦しめるつもりはないのだが、今回は少し事情がある為、二人にはもう少しだけ堪えてもらうつもりだった。
本来ならすぐに医者に見せるべきなのだろうが、そうもいかない。
先に済ませる落とし前があるのだから。
「……よう、あんたがクソったれのタマ穿りか。何でまた女のコたちのアメちゃんに手を突っ込んでくれたんだい?」
全身を殴打され、ぶくぶくに腫れ上がった顔をしている中年手前の男性に向かって、ベックマンは気付けに蹴りを一発叩き込みながら問いかけた。
もちろん答えは期待していない。
イカれた性癖の持ち主にまともな返答は期待していなかったし、そもそも相手は猿ぐつわを噛まされている。
答えたくても返事ができない状態だ。
だがベックマンはそんな状態であろうとも、構わず問いかけ続けている。
相手の気力をへし折るための危害であり、メンツの為の暴力であり、そして彼女たちの怪我の治療の為今月の儲けが半分ほど吹き飛んでしまう事への怒りの制裁だった。
ベックマンは十度の取り留めのない質問を男に尋ね、十発のつま先を御馳走する。
吐いた。男は痛みに耐えかねて、さるぐつわ越しに吐しゃをぶちまける。
「なるほどねえ、それがアンタの答えってわけかい。よくわかったよ、よぉくな」
ベックマンは男の髪を掴み頭を持ち上げ、猿ぐつわを少しだけ緩めた後手を放し、顔を床にたたきつけるように放り投げた。
べじゃ、とも、べぎゃっともつかない肉と液状物質の奏でる音が響いた。
「呼吸はぎりぎりできるな? くれぐれもゲロを喉に詰まらせて死ぬんじゃないぞ。さて……おい、電話番!」
ひとしきり苛め抜いた後、ベックマンはパーテーションを潜り抜け、外で様子を伺っているだろう電話番の青年に声をかける。
青年は典型的な下っ端中の下っ端、運転もへたくそで読み書きもおぼつかない。度胸も腕っぷしもイマイチだが、何故かスケジュール管理だけは得意なチンピラの一人を抱えてやっているのは、何も親切からの行為ではない。
「な、な、なんでやすかね、ベックの兄貴。確かに電話を受けたのは俺で、女を回したのも俺ですけど、だけどまさかこんな頭のおかしい奴だなんて予想してなかったっていいますか、そのですねぇ――」
「あーあー、怯えるな。別にお前の責任じゃない事ぐらいわかってる。リサかエミリーから怒声でも浴びせられたのか――ああ、違う? じゃあただの自己保身か。タマの小さい奴だな」
「いえっいえその、すみません! 何だか判りませんけどすんませんっす!」
ベックマンがリサの方に視線を向ければ、彼女は目を抑えたまま黙って首を横に振る。
当然リサだって誰彼構わず当たり散らしたい欲求に駆られているはずだが、彼女はとてもいい女なのでそんな大人げないことは行わない。
これが年若い方のエミリーだったら、電話番の言い訳の言葉に釣られて怒鳴りつけていたかもしれないな――とは、ベックマンとリサ、二人の内心の感想。
とはいえ小心者も使い方次第である。ベックマンは便利に利用してやるつもりでいた。
「安心しろ、これはお前が理由で発生した問題でもないし責任もない。所謂ただの仕事上のトラブルだ。とはいえだ、人が怪我して血を流しているってのは別問題だ、判るな?」
「はっはっはははいい!」
「よろしい。ところで俺は、今丁度都合よくバロウルキットを持ち歩いているんだ。バロウル液と、手袋と、注射器と……まあ諸々詰め合わせた奴だな。お前、これどう使えばいいと思う? お前だったらどう使う?」
「え、バロウルを使うって、え? え? どういう意味で……」
ベックマンは無言で指をさす。電話番はつられてその先に視線を向ける。
指先で転がっていたもの、それは――
「げ、げぇぇッ!? こ、こ、この男にバロウルで拷問をしろって事っすか!?」
「違ぇよバーカ! お前なあ……そういう、蹴った殴った撃った埋めたの時代じゃねぇんだ、頭使え、頭」
「うす、すみませんっす……。でもバロウルの使い方って言ったら、怪我を治すとか内臓取り出すとか、あとはもう移植するとしか――……あ」
やっと気付いたのか。
そう言いたげにベックマンは真剣な面持ちで電話番の男を見つめる。
電話番の男は見る見るうちに顔を青く、あるいは赤くと色彩を鮮やかに変えながら、かたかたと、震える指を縛られた男とリサを交互に向けながら、ようやくベックマンが求める答えを口にした。
「こ、こ、こいつの目玉を、リサさんたちに移植しろ――そう言いたいんスかッ!?」
ベックマンは猫のように凶悪な笑みを浮かべた。




