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バロウル -超心霊的医術-  作者: 茜丸大悟
前の章 イデオロギー黙示録
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出産の殻 その4

「しかし随分と話題が横道に逸れちまったな。最初はマリーのバロウル出産の話だったのに、最終的には流行事情の考察に行き着いてるんだぜ。いっそこの事をネタに、バロウル経済改革ってタイトルで本でも書いたらベストセラーになるかもしれないなあ」

「どこ需要よ、それ。まあもし書くのなら連絡してね。印税の何パーセントかよこしなさいよね」

「ははは、冗談冗談。俺も言っててあれだが、そんな本あんまり売れそうには思えない」


 チェッ。もし成功したなら一生お金をせびろうと思ったのに。

 金づる候補を失って、少し残念な気分ね、まったく。


「しかし惜しい話だな」

「惜しいって、何がよ」


 あら、やっぱり書いてみるのかしら?

 私は少し期待してみるのだけれど、彼は全く別のことを口にした。


「何って、ブラウ男爵の事だよ。獄中死してなければ、今頃更に凄い発明をしてたんじゃないかって思わないか?」


 ああ、そういうことね。


「それもどうかしら。男爵は研究者って呼ぶよりもただの自分勝手な犯罪者だから、誰かの役に立つための開発だとか、こうすれば便利なんじゃないかって研究はしないと思うわよ? バロウルだって、黎明期はただ内臓を取り出す事だけで満足してたらしいし」

「えぇ……何だそれ、取り出すだけって、それじゃ何の意味も無いじゃないか」

「そうよねえ。ただ、バロウル開発の推移が裁判の時にFBIから提出されたのだけど、バロウルによって内臓の移植実験を始めたのは後期に入ってからだったらしいわね。中盤まで、ひたすら内臓を取り出すためのバロウル液の開発に終始してて、犠牲者たちの内臓をひたすら抜いたり戻したりの繰り返しで――」

「あーあーあー、待った待った、それ以上はもういい。聞きたくない。正直言って気分が悪くなる話題だぞ、それ」

「……そうね。あまり面白い話題では無かったわね。謝るわ、ごめんなさい」


 少し興が乗りすぎたかしら。

 マッドサイエンティストの気質があるとか思われなければいいのだけど、なんて事を考えていたら、彼は何を思ったのか私の事を押し倒してきた。


「だったら何かお詫びが欲しいなあ。気味の悪い話を聞かせてきたお詫びをさあ」


 ああ、そういう事ね。全く、男ときたら。


「あと一回だけよ。私明日も仕事があるし、貴方だって奥さんの実家に行くつもりなんでしょ?」

「オーケイ、あと一回ですねパスカーレ先生。俺のメンタルケアにご協力くださいねえ」


 そういうプレイ、私は嫌いなんだけど。

 その事を彼に告げようと口を開いた瞬間舌をねじ込まれてしまったので、私は何も口にすることが出来なかった。

 まあ、いいわ。する事はしてしまうんだから、彼の好きにさせてみるかな。

 ………………。

 ………………。

 ………………。


 そうして二人で汗を流した翌朝、彼は挨拶もそこそこにさっとシャワーだけを浴びて、私の部屋を出ていった。

 全くもってムードも気遣いもない男だ。

 まあ割り切った関係と呼べばそれまでなので、私の方は気にしない。

 気にするべきは彼と、彼の奥さんの方。


 おそらく彼は、このまま直通で奥さんの元へ向かうんでしょうけど、それだと多分、体の臭いで浮気がばれるんじゃあないかしら?

 行為の匂いはシャワーで流せても、身体を洗ったソープの香りは残るものね。

 普段彼が家で使っているそれとは異なる私の部屋の洗剤の香りを漂わせたまま向かったら…ああ、どうなるかなんて私は知ったことじゃあないわね、ふふふ。


 私は自分の食事を済ませ、エルポの分のご飯を用意してから着替えを済ませる。

 今日も仕事、明日も仕事。

 カウンセラーのお仕事は毎日続く。


 私は部屋を出る前に、ゴミ袋の口を括って手に持ち出立する。

 猫のうんちが溜まっていたので、出勤のついでに捨ててしまうつもりだった。

 ゴミ回収の時間はギリギリ間に合うか、間に合わないかのタイミングだけど、最悪回収車が過ぎ去った後だとしても構わず捨ててしまうつもりだった。


 本当は時間や規則を守るべきなんでしょうけど、一々部屋に戻るのって面倒じゃない?

 特に猫を飼っていると、ヤンチャしてゴミ袋を破って散らかしたりするから悪戯されない様に気を付けて置かないといけないし、何日も置いておくと猫のうんちで臭くてしょうがないし、こっちの気も知らずに毎日ぶりぶりうんちを排泄するしでもう大変。

 だからできる限り毎朝ゴミは捨てたい。絶対に捨てたい。

 手にぶら下げたゴミ袋をぶらぶらさせながら玄関の扉を開き外に出る。鍵はオートロックだから、いちいち施錠なんてしなくて良い分楽で済む。


 さて、ゴミ集積所に置かれたゴミはすでに回収された後かしら――小さめの庭を通り抜けて歩道に出たタイミングで、左から右へとゴミの回収車が通り過ぎていく。

 やだちょっと! 最悪のタイミング!

 歩道の脇に置いておいたら回収業者が持って行ってくれるのだけど、私の家の前を通り過ぎたという事は……今私が手にぶら下げているゴミを持って行って貰うためには、回収車を追いかけなくちゃいけないって事。


 流石にヒールで走るのは嫌だし、転びそうだし、何よりとてもみっともないからやりたくない。

 かといってこのまま何食わぬ顔でゴミを歩道に置いて、しれっと職場に向かうのも……誰も見ていないなら気兼ねなく置いていっちゃうのだけれど、人の目があると気が引ける。

 間違いなくバックミラーで目撃されそうだし、図々しい奴だなって思われるのは私も嫌だ。

 世間体ってやつじゃないけど、なんとなくね。


 しょうがないけど今日の所は捨てるのを我慢して、帰宅してから夜中に出そうかしら――なんて、玄関の鍵を開けようとしたら真後ろで車が止まる音。

 何かしらと振り返れば、先ほど通り過ぎたはずの回収車がそこにあった。

 運転席の窓から調子の良さそうな男性が、笑みを浮かべながら片手を振って私を見つめている。

 どうやら気を利かせてくれたみたい。バックで戻ってきてくれたのかしら?

 私はその好意に甘えることにした。


「ハァィ。麗しきマドモワゼル。宜しければ相乗りいかが? 今なら後ろのスペースが開いてるよ」

「ハロー。そうね、この子がクルマに乗りたいそうだから、ご一緒してあげてちょうだいな」

「ノリのいいお嬢様は素敵ですねえ。おいピーター、丁重にお受け取りしてエスコートしてさしあげな」


 ずいぶんと調子のいい男だけど、ゴミを持って行ってくれるのなら今だけは白馬の王子様にも見えてくるわね。

 でも減点。そこは自分が降りて受け取れば高評価を維持できたのに、別の職員にゴミ処理の役目を押し付けてしまうのはいただけないわね。

 変わりにゴミを受け取りに助手席から降り立った少年へと視線を向ける。


 ピーターと呼ばれた彼は、エメラルドグリーンの瞳が印象的な、まだあどけなさを残す少年だった。

 可愛さを残した美少年といった感じだけど、何だか冴えない雰囲気もあって、あんまり女の子にはもてなさそうね。

 ゴミを渡す時も、どさくさに紛れて手を握ってくる位してみればいいのに、さっと受け取ったかと思えばぽいっとすぐに回収口に押し込めて、はい終わり。

 欲が無いというかあっさりとしているというか、きっと女の子に興味がないのね、彼。


 まあ、これからお仕事だっていうのにナンパされるのも困るのだけど、一見向きもされないというのも結構悲しい。

 女としての魅力を否定されたような気分になって、朝から憂鬱な気分になってくる。

 私も今年で二十八歳。そろそろ本気で結婚相手を探さないと……なんて考えながら、ゴミの回収業者に軽く手を振って別れを告げて、駅へと一人向かうことにした。

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