21th Counselor Girl. その5
「判らんな」
マークスは相棒のヴィンセントに向かって呟いた。
今二人が訪れているのはマクスウェル心療内科の診察室の一室、担当医のパスカーレ女医の個室だった。
目玉を潰され視神経を抜き取られた変死体、キャラダイン兄弟のいずれかの捜査資料を収集する為、マークスたちは兄弟の医療面談記録の選別と複製を行っていたのだが、その最後の面談記録――事件前日である七月二十日の面談内容を見きってから、一言呟いた。
「判らないって何がだ、マークス」
ヴィンセントの問いかけに対し、マークスは髪の毛をくしゃくしゃと搔き乱し、次いで記録のコピーが終わった記録媒体を無造作に引っこ抜く。
はらり、と抜け毛が床に落ちていく様をヴィンセントは眺めながら、もう一度促すために口を開く。
「何が判らないというんだ、マークス」
「時系列の支離滅裂さにだ。最初が四十七年だから今から五年前……のさらに五年前、被害者が二十二歳の時にバロウルすることでうっかりテレパシーに目覚める。個人的にテレパシーってのは嘘くさくてしょうがないが、そこは置いておこう。で、そこから五年後、つまりは今から五年前、二十七歳の時になってそのテレパシー能力が暴走したから相談に来る。二年後、今から三年前、西暦で言えば2049年。キャラダイン兄弟が二十九歳の時、テレパシー現象がほぼ収まる。収まってしまう。その変わり弟の方はヘンテコな夢を見始めてしまう。そして三年後、今年、西暦2052年。三年間も見続けた悪夢にやっとこさ嫌気がさして相談をしにやってきた気長な患者が、相談したその日の深夜に殺害される。どう考えたって、妙な話じゃあないか」
指に絡まったままの髪の毛に気づいたマークスは、それを一本一本丁寧に指から剥がして床に捨てながら説明をする。
おいおい床に捨てるなよとか、解説しながら変な行動を取るな気が散るだろうとヴィンセントは内心でツッコミを入れつつも、さすがは刑事といったところか、マークスが掲げる不満点を立ちどころに理解する。
「つまりあれだろう。数年単位の悩みを解決する為やっとこさ病院に訪れた気長で気まぐれな被害者が、たまたま病気の相談をする為に通院した日の夜に殺されたのが気にかかる、と。しかも殺される前に目玉を丁寧に潰され視神経を抜き取られてから首を絞められた。マークス、お前さん時系列が変だって言うが、犯人のやってることだって支離滅裂だぜ」
「そこも、奇妙なところだ。態々手間をかけてまで視神経に執着してる、あるいは執着していそうな犯人が、突然殺しに掛かるにしたって、あまりにも奇妙なタイミングだ。いや、相談に向かったから殺されたのか? 相談した日に殺すために、前々から準備をしていた……か?」
「突拍子もない発想だが、一考の余地はあるかもしれないなあ。……ええと、主治医のパスカーレ先生としては、どう思われますか? 参考までに意見をおたずねしたいのですが」
面談記録装置が乗せられたテーブルを挟んだ反対側、機器を操作して複製モードの終了作業を執り行うパスカーレに向かってヴィンセントは意見を求めた。
彼女――パスカーレ・アレン心理相談医師は作業をする手を止め、少し考える様な振りをしながらマークスたちの側に移動し、お尻を軽くテーブルの縁に引っ掛けるように身を預けてから、重い口をようやく開く。
「私は刑事では無いのでそういった勘と言うものは持ち合わせておりませんが、たまたま、偶然、なんとなく――という答えでは、納得がいきませんか?」
「納得がいきませんなぁ」
ヴィンセントが反応するよりも早く、マークスが答える。
マークスは、まるでパスカーレ医師が犯人だとでも言いたげに睨みつけながら、しかし口をついて出た言葉はもっと別の何かを疑った内容だった。
「普通のコロシだったら、俺らもそう思う。たまたま、偶然、運がなかったんだろうなで意見が纏まる。だがコイツは、ちょっと特例の部類に入る」
「特例とは、一体何でしょうか」
「病気の内容だな。バロウルによる、テレパシー能力だと? バロウル連絡線だとか血族線だとか初めて聞いたが、要するにそれらの研究機関からすれば、この二人の兄弟は喉から手が出るくらいに欲しがりそうな研究素材だ。だが殺された、何故だ? 拉致するにもすでにその能力はとうに失われているときてる。もちろんバロウルを再度行えば復活するかも知れないが、だとしても間が空きすぎている」
「……刑事さんは、私をお疑いで? あるいは私がキャラダインさんの体験内容を、どこぞの研究機関に売りさばいたち仮定して、それが原因で殺されたとでも?」
「そんな! おいマークス、先生を疑っているのか!?」
気色ばむヴィンセントの剣幕に対し、マークスはあくまで冷静に、そして有無を言わせない強い断定の口調で言葉を返す。
「それは無い。間接的な関与は兎も角、この医者が直接殺しに掛かる理由は無い。テレパシーを再発させたいのなら、誘導してバロウルさせればいい。それだけだ。それが不可能なら適当な相手に身柄を売り渡せばいい。だがキャラダイン兄弟の片割れは死んだ。金の卵を産むガチョウを死なせるほど、馬鹿な人では無いだろう」
「それはどうも、とでも言えばいいのかしら」
「さあね。だが例えどこぞの業者が馬鹿な連中でサンプルをみすみす死なせる様な間抜けだったとしてもだ、ゴミ捨て場に投げ捨てるような真似はしない。そのまま自分たちの施設で処分すればいいからだ」
「な、なるほど」
おいおい相棒、女の色香に惑わされるのは勘弁してくれよと、口には出さずにマークスはヴィンセントに呆れた視線を向ける。
色恋沙汰には困ってなさそうな色男だとマークスは勝手に想像していたが、中々どうしてヴィンセントは惚れやすい奥手なやつかも知れないと悟り、少し忠告の意味も兼ねてもう一度突っ込んだ質問を切り出すことにした。
「で、あんた。双子の症例、結局売ったのかい? それとも月刊バロウルなんかに論文送りつけたかな?」
「その様な月刊誌は存在しませんよ。ただ……そうですね。論文そのものは、一度手を付けた事があります」
「ええっ! 先生、それは本当ですか!?」
相棒の間抜けな発言にこめかみを押さえ怒りを堪えるマークスと、うっすら苦笑を浮かべるパスカーレ。
対照的な二人の様相を三度見比べながら、ヴィンセントは困惑の表情を浮かべたままだった。
やれやれ、手の掛かる奴。マークスはため息をついた。
「一度は、ですよ。確かに面白い症例ではありますが、具体例が消失してしまっては論文としては片手落ちですね。何せ患者さんは協力的ではありますが、それはあくまで症状を消し去るためだけに従っているだけの話。私の個人的な研究の為にテレパシーの暴走状態を維持して下さい、なんて言ったら私のほうが殺されてしまいかねません。そんな訳で、サンプルの状態を維持できない以上執筆しても価値が薄い為、途中で書き上げるのを中断しました」
「は、はぁ……」
煮え切らない、歯切れの悪い返答をするヴィンセント。
呆れ果てたマークスは、使いものになりそうもない相棒を放っておく事に決めた。
「作りかけの原稿はどこに?」
「自宅のパソコンの中ですね。後ほど提出でもしましょうか?」
「いや結構、専門用語の多そうな資料を出されても、捜査のノイズにしかならんでしょうしね。……原稿の内容を誰かに打ち明けたり、ハッキングを受けた痕跡は?」
「誰にも打ち明けてはいません。患者の病状を漏らすのは職務規定違反になりますから。まあ、寝言までは保証できませんけれど。ハッキングは、機械に詳しくは無いため断言は出来ませんが、おそらくは大丈夫かと思います」
「フムン」
目まぐるしく思考を働かせてみたものの、やはり現状では個人か少数人数による犯行の可能性が高いとマークスは判断を下した。
この女にこの場で何かを吹っかけてみても、何の収穫も得られずただ時間だけを浪費してしまう事がマークスには理解できたので、市警署にこの音声データを送り届ける任務へと切り替える事にした。
「なるほど、よく分かりました。では今回は引き上げる事にしましょうか。また後ほど捜査に何か進展がありましたら訪れる機会もありましょうが、その時は宜しくお願いしますよ」
「お疲れ様です、刑事さん。お帰りの際は扉を出て左伝いにお進みください。夜も遅いため表玄関は施錠されているので、裏口から退去なさってください」
「そりゃどうも、では行くぞ、ヴィンセント」
「えっあっマークス待てって。ええと、パスカーレ先生も、夜分遅くまで捜査に協力していただき、誠に有難うございました。またのご協力を――ああ! 待て待てマークス置いて行くな」
先に部屋から出ていったマークスを追いかけながら、ヴィンセントは自分の背中に向けて発せられたくすくす笑いにかあっと全身が熱くなる思いをした。
気恥ずかしさにかっかする。赤く染まった耳を見とがめられまいかと気にしながら扉を閉め、廊下を早足で進むマークスの下へ小走りで向かう。
「おいマークス、先生にあらぬ疑いを向けてたろ、お前。失礼だぞ」
「公私混同、色恋沙汰にうつつをぬかす間抜けの代わりに仕事しただけだよ」
「べ、別にそんなんじゃあないぞ。いやお前、奥さんとの結婚記念日祝いがご破産になりかねないから、嫉妬してるんじゃあないだろうな」
「お前……俺が考えない様に、考えない様にってしてた事を……」
憤慨するのはお互い様だとヴィンセントが踏ん反り返るものだから、マークスも諦めてこの話題に触れることは止めた。
その代わり、キャラダイン兄弟を殺害したであろう犯人の所感を口にする。
「テレパシー能力が実在するにせよただの精神疾患だったにせよ、それ目当ての犯行であった可能性は未だに残っている。とはいえ犯行のやり口が素人すぎる、企業や研究機関の洗い出しは暇そうな奴に丸投げしておいていいだろう」
「おいおい」
「お前だって流石に個人か少数の犯行だって事ぐらい、予測がついているだろう? だが怨恨かと聞かれれば、それは違うと思っている」
「視神経を引っこ抜く手間暇を考えたら、あんたが頭の中で思いついただろうもっとおっかねえ拷問方法を行うだろうからなあ」
「おっかないとはなんだおっかないとは。だがまあ、あれだな……この事件はちと長引きそうだなぁ」
裏出口をくぐりながら、マークスは今年のプレゼントは送れないかもしれないなあと、一人気落ちするのだった。




