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バロウル -超心霊的医術-  作者: 茜丸大悟
前の章 イデオロギー黙示録
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バロンの列聖 その2

「ブラウ男爵が父に連れられて入った見世物小屋で行われていた演目は、心霊治療でした。ただし、後にブラウ男爵自身が考案した電気式超心霊医術(バロウル)ではなく、通例の心霊治療です。すなわち動物の内臓などを用いて見せかけ上内臓を引きずり出したかのように装った、偽物の、紛い物の詐欺行為です。ですが、まだ年端もいかない少年期のブラウ男爵には相当刺激的に見えた事でしょう。後にニューオーリンズ警察に踏み込まれた犯行現場の実験室には、幾度となくこの時の体験の感動を示したメモ書きが四散していたと調書には残されています」


 従来の心霊治療は今でこそ完全に廃れてしまったが、二十一世紀初頭の頃でも盲信する信者の類は多かったと言われている。

 確かに、聖書にもキリストが病人を癒した奇跡が記述されていて、これを心霊治療だとみなして信仰する人も大勢いる。

 だからこそ一概には市井で流行る旧式の心霊治療を完全に否定するつもりはないが――やはりおそらくは、その多くが詐欺や見世物の類であるだろうと僕は判断する。

 ブラウ男爵のバロウルと違い、彼らのやり口はいまだに科学的な証明がなされておらず、逆にトリックの部分が暴かれているからだ。


 ……だが。偽物で、紛い物のほうが幾分かマシだったとも僕は思うのだ。

 本物の超心霊医術(バロウル)のほうが、よほどおぞましい研究の成果だったからだ。


 僕は説明を続ける。

 その後の二度の見世物小屋でも、ブラウ男爵が心霊治療の見世物を見たがった事。あまりに強くせがむ息子に対して父親がしかりつけた事。ナシェイプタ氏があれは見世物であって、本当の超魔術などではないと説明した事。二人に腹を立て、ブラウ男爵が心霊治療を科学的に証明しようと決意した事を。

 そう。ブラウ男爵がバロウルを開発した切っ掛けは、あくまで親に対する自己主張の一環でしかなかった。

 それがあのような歪な形に歪んでしまった原因は……やはり、才能なのだろうか。


 僕は説明を続ける。

 兄に頼み込み曰く付きとされる黒魔術の本を入手した事。

 領地で三度発生した家畜の不審死に関する事。

 おそらくは、それにブラウ男爵が関わっていた事。


 何度目かの挫折と神秘学への失望、そこから科学的検知に希望を見出し勉学に打ち込んだ事。

 カリフォルニア大学に留学し、特に形成外科学で優秀な成績を収めた事。

 履修後、医院や企業に就職することなく、ニューオーリンズに居を移した事。

 これらすべてを口頭で説明した。


「そして、その地で彼の驚愕の研究が始まるわけですね」


 バロウル研究に打ち込む直前までの期間、いわば第二幕とでも呼ぶべき青年時代の説明を締めくくったのは、ドメリア司教の言葉だった。

 バリトンのよく通る声が響く。魅惑的な声だけれどもどこか嫌悪感を感じてしまうのは、やはりドメリア司教はバロウル肯定派の流れをくんでいるからかもしれない。


「驚愕どころではない。あれはもはや悪夢だ」

「悪夢などという言葉一つですべての論を封殺するのは宜しくありませんねえ大司教」


 声量こそ抑え気味だが、内容には嫌悪感という名の毒がたっぷり詰まった言葉を発したのは、例のごとくレオ大司教。

 諫めるように促しているのはパウロ司教。

 僕の目にも少しずつ、誰が肯定派で否定派なのかが解ってきた。


「この世に生まれたものに生まれながらの悪や功罪が結びついて誕生することなどありません。たとえそれが生き物ではなく人の手によって培われた技術であろうとも、です。神父、続きの説明をしてください。すべてを語りつくし、それによって生まれた子らの成長を見届けるとともに、育ち切った技術に新しい名と祝福を与えればよいのです」

「ヴェチェッリオ司教、それは……」

「おや、何かご不満でも?」


 罪人の子は罪人ではない。確かにそうだ。ヴェチェッリオ司教の言う言葉は確かにその通りだった。

 だけどニコラス大司教が苦言を呈しようとしたように、はなから祝福を前提とした()いは如何なものかと気色ばむ人もいる。

 僕も、口にこそ出さないがその一人だ。


「……まあ、よかろう。だが貴殿らの思惑通りに進むとは思わない事だな」

「さて何の事やら」


 じろりとレオ大司教が睨みつけるも、ドメリア司教もヴェチェッリオ司教も涼しい顔だ。

 政治劇の喧騒に胃がむかむかとしてくるが、僕は太ももに爪をぐっと立てて我慢する。


「ブラウ男爵の、その後の動向ですが……男爵が残したバロウル関連の資料及びその証明に至るまでの試行錯誤の方程式、最初期から後期にかけてのバロウル液の成分変化などが記されたメモ書きのその多くは、未だに連邦捜査局(FBI)が抑えたままであり、そのほとんどが一般公開されていないため詳しい経緯は不明とされております。ですが――」

「――待ちたまえ。君個人の働きによって調べたことは承知しているが、当然FBIに調査要請をした時には教皇庁の名も出したわけだよね? それにも沈黙を守り続けているのかね?」

「は、はい。公式の書式で嘆願しましたが、提出されたのは既存の資料に少し手の加えられた程度のものでした」

「フムン……」


 マイヤー大司教が何やら懸念された表情を浮かべられている。

 バロウルが台頭して以来、バチカンの威光が失墜しているのをもっと身近に感じておられるのは聖職者省の長を務められていらっしゃるこのお方なのだろう。

 教会財政の悪化は年々増していると聞く。儀礼用の香油代の捻出にも頭を悩まされていらっしゃるとも伝え聞いている。

 信仰の衰えはもはや世界規模で、プロテスタントも仏教も熱心な信徒が失われていく一方だった。

 表面上、信徒が横並びを維持していると思われるイスラームも、内情はすでに虫食い状態だ。


 かつてなら、たとえ米国のFBIであろうとも、バチカンの言葉には従う姿勢を見せたものだと言われている。

 カトリック・プロテスタントの違いこそあれ、アメリカは熱心なキリスト教圏だったはずなのだが、それももうきっと過去の時代の話なのだろう。

 ブラウ男爵によってもたらされた暗い夜明けに、すべての信仰のともし火が弱まっていくのを感じた。


 だからこそ――ブラウ男爵を()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()などという、あまりにも愚かで俗物的な考えが蔓延しているのだろう。


「神の御業を数式に表した事、それ自体を罪には問いませんが――」

「ならん、それはもはや偶像崇拝と同一だ!」

「ブラウ男爵が示したのは神に()()近しい領域までの事でしょう。神そのものを書き記したわけではありませんよ」

「そうだろうか。ブラウ男爵がやり遂げたことを鑑みるに、過去の聖人たちの行いにも調査の手を加えるべきでは――」

「それは早計でしょう。すべてを疑いつくしてしまうとなると、時間も予算も膨大な量が――」

「金銭か、貴殿はいつもそれに触れるな」

「何か言いがかりのようなものを付けられていらっしゃるが、現実的な問題として、教会財政の見直しの段階にも入っておりますからね」

「まてまて話が飛躍している。そもそもこれはブラウ男爵の列聖調査の可否を問う審議だ。予算の話は今度にして頂きたい」


 僕が薄暗く包み込んでくる現代の闇に眼が眩んでいる間も、枢機卿の御方々は激しく議論を続けられておられるが、力を失いつつある信仰を憂いての行いだというのに、僕にはまるで滑稽な珍騒動にも見えてくる。

 列聖すなわち聖人の認定とは、信徒の模範となるべき善性と徳が認められた者に授けられる地位と栄誉のはずである。

 それが今や……人気取りと延命のために執り行われる集金手段の一手段と化そうとしていた。

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