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バロウル -超心霊的医術-  作者: 茜丸大悟
前の章 イデオロギー黙示録
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バロンの列聖 その1

 僕は今、どうしてこのような身の丈に合わない場所に立っているのか。

 僕は今、どうしてやんごとなき立場の方々に囲まれた状態で、自らの手で作り上げた資料を読み上げねばならないのか。


 僕は今、どうしていいのかわからない。

 否定したい。否定してはならない。

 肯定せねば。認めざるを得ない。

 そうとも、僕は求められた聖務を果たし、今この場に居合わせているのだと自らに言い聞かせる。


 これは栄誉である。誇らねば。だが――ああ、それにしても、先ほどから喉がからからだ。しわがれた声が出ないだろうか、説明の途中で咳が出てしまわないだろうかと、喜びと不安がせめぎ合う。

 いずれにせよ……悩みや戸惑いがどうであれ、僕は求められたことを自らの言葉でもって語らなければならない。


「ではシモン神父。以前より君に頼んでいた、()()ブラウ男爵の所見を説明してもらおうか。君自身の手で」


 たっぷりと抑揚をつけた声で切り出してきたのは上座右手側三番目の席、ニコライ司教。

 僕の上司、敬愛すべき先達者、誰もが見習うべき正しき神父の姿の体現者。


「フン、私としては説明は要らんと思うがね。()は悪魔の使い、それ以上の言葉は不要だ」


 すかさず否定から入るのは、左手二番目の席。レオ大司教。

 苛烈な姿勢でバロウル否定派の一翼を担っているバチカンのタカ派。

 サタンや背信者などよりも、バロウルを毛嫌いしていることで有名な人物だ。


「そうは言うがねレオ大司教、手間をかけて調べてもらったものを黙殺するのはよくないよ。それに、今一度我らで()の情報を共有するのも、必要な行為だと私は思うのだけれど、どうかな?」


 すかさずうって出てきたのはサレジオ修道会からの代表、ドメリア司教。

 若き少年たちと共にいること、それこそが慈愛の姿勢だと教義を掲げるサレジオ修道会だが、近年ではついにイエズス会と同数にまで会員規模が膨れ上がった最大手の修道会だ。

 だけどその実情は、若い会員たちを中心に裏で蔓延しているバロウルの影響があるともっぱらのうわさだ。

 きっとお尋ねしても否定はなさるだろうが――今回の列聖調査のきっかけは、きっとこのお方が手を回した結果に違いないだろう。


「必要なものか。きゃつは父の大いなる御業を冒涜し、あろうことか歪めて広めた大罪人ぞ。そもそも談義に入ること自体が間違っている」

「今更それを言いなさんな。すでに協議に入ってしまった以上、あなた個人の好悪ですべてを断定することは適いませんよ」

「お前……」

「まあまあお二方。わたくしめはお二方と違って残念ながら彼に関しては詳しい知識を持ち合わせてはおりません。若輩者のわたくしのために、どうか説明を受ける機会を授けては下さりませんか」

「ヴェチェッリオ司教……」


 仲裁に入ったのは、ヴェチェッリオ司教。

 そのヴェチェッリオ司教のお言葉に同意するかのように、何人か頷く姿が見受けられる。

 パウロ司教、マイヤー大司教、それとバレンチヌス司教か。

 レオ大司教はとても不満げな表情を浮かべてはいるものの、それ以上の否定の言葉を口にすることは無い。

 司教・大司教の皆様方はお互いにうなずき合い、沈黙の下に同意。

 僕の方を見やる。


「……それでは、ブラウ男爵――ブラウ・ウィリアム・ストラット男爵の列聖協議に入る為の、僕が調べ上げた彼の生い立ちと功罪について、ここに説明させて頂こうと思います」


 十人の司教に求められるがままに、僕は説明(悪魔の証明)を始めた。


「ブラウ・ウィリアム・ストラット。ストラット男爵家の次男、アイルランド北西部のドニゴール県生まれ。兄であるピーター・ドナルド・ストラット男爵とは十九歳差の生まれ。兄からは、兄弟というよりもほぼ息子同然として扱われていたと伝えられております」

「ドゴニールか。奇しくもバロールの蛮勇と同じ生まれでありますな。まさか生まれはトーリー島かね?」


 ヴェチェッリオ司教が僕に問いかける。妙なところに食いついてきたものだと思うと同時に、確かにそこは気にはなるかと思い直す。

 何せバロールという言葉は、バロウルの語源の一つでもある。

 ドトの子バロル。猛打のバロール。トーリー島の怪物バロル。あるいは邪眼のバーロール。ケルトの物語に出てくるダナンの神の敵対者。

 邪悪な眼光で、多数の戦士を瞬く間に破壊し倒したとされる異形の勇将。

 その最後は、光の神ルーが放った陽光の槍ないし大岩によって、まぶたが開かれたその瞬間に瞳孔を貫かれて死んだとされる。


「いいえ、同じドゴニール県といえど彼の生家は内地の側で、ストラット男爵領は海に面しておりません。あくまで、生まれと寓話がかみ合わさった形で生まれた造語だと推察されます」

「そうなのか。いや、済まなかったね、説明に口を挟んで」


 構いません、とは口に出さず、説明を続ける。

 僕に求められているのはあくまでブラウ男爵の説明であり、それ以上の細やかな言葉は必要とされていないことを理解しているからだ。


「ブラウ男爵が超常現象に興味を示したとされるのは、齢六歳の頃。兄であるピーター卿が寝物語に語る祖先の伝承が切っ掛けとされております。祖先の霊の導きによって困難を乗り越えた。病に伏せる父の代わりに戦場に出た嫡男が、父の生霊に取りつかれたことをきっかけに勝利に貢献する。聖ゲオルギオスの霊なる導きによって災害を乗り越える……等々。ストラット男爵家の伝承は、他の貴族家と比べても特に霊的体験が多く伝わっており、これがブラウ男爵のオカルト嗜好のきっかけになったと推察されます」


 もっとも、オカルト転向はともかくとして六歳の子供に「お前の先祖は偉大であった」と心霊の絡む話を聞かせれば、大抵の子供なら夢中になってしまうのもおかしくはないな、とは口にしない。

 子供は思春期を迎えるまでは霊的なものを空想しがちだから、おばけに興味を示すのも、英雄に憧れるのも何ら不思議なところは無い。

 あくまで子供に聞かせてあげるおとぎ話。大人になるまでの間にいつの間にか失われてしまう、空想の世界。

 そのまま失われてしまえば、世界が変わることが無かったというのに。


「次に、ブラウ男爵に決定的な転機が訪れたのは十一歳の時でした。父エスメ卿が、かねてより親交のあったタイ王室傍流のナシェイプタ氏との交流旅行にブラウ男爵を同行させました。兄であるピーター卿が付き添わなかったのは、家業の関係です。ナシェイプタ氏とエスメ卿は諸国外遊を満喫しましたが、この時辿ったルートに関してはあまり大勢に影響が出ないため説明を省かせていただきます。問題とされているのは……外遊中に立ち寄った、三か所の見世物小屋でした」


 見世物小屋。フリークショー。遺伝や怪我などによって健常を損なった人間たちの大道芸所。

 身長が2メートル50センチ近い大男と、逆に80センチにも満たない小人症の男。

 身体が結合したまま生まれたシャム双生児と、身体の一部を失った人間。

 見るに堪えない醜い顔から奏でられる天上の歌声、脚だけで楽器を演奏する腕を縛り付けられた老人。

 猥雑で廃頽的な催しをこなす場所に、空想事に思いを吹ける多感な十一歳の少年を、親たちは連れ込んだのだ。

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