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バロウル -超心霊的医術-  作者: 茜丸大悟
前の章 イデオロギー黙示録
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蛇の卵 その3

 続けての聴取はケイナン・ライニー、オハイオ州出身の二十二歳。

 ケイナンの様子は一目で判るほど異常に動揺していた。ひどく怯えている。チラチラと、特定の方角ばかりに視線を向けては戻し、戻しては向けてと落ち着きがない。

 かと思えば両肩を抱きすくめて下を向いたままぶるぶると震えだす。


「なんというか……薬物依存者かアルコール中毒者の挙動だなあ」


 ヴィンセントは感想を述べるが、マークスはそれを否定する。

 これは報復を恐れるチンピラの挙動に近い。きっと誰か特定の人物に対して恐怖心を抱いていると判断した。

 だが、相手は誰だ? どうしてこのタイミングで?

 犯人に心当たりでもあるのか?

 判らないことはすぐに尋ねる。いつも通りの行動で、マークスは思いついた疑問をそのままぶつけてみた。

 果たしてケイナンは――意外にも、素直に答えてくれた。


「刑事さん……ピーターが、ピーターの奴が死体の目玉に指を突っ込んでたんだよ」

「いや、それは知らない。ただなぜだか分かんねえけどピーターの奴、一目散に死体に駆け寄って、顔をじいっと覗き込んでた」

「怖い、怖いんだよ刑事さん。あいつ、以前から目玉を欲しがってたんだ。だから多分、死体の目玉引っこ抜こうとしたんじゃないかな。けどそれができなくて……。どうしよう刑事さん。あいつ今日の事件で歯止めが効かなくなっちまって、職場とか身の回りの連中から、目玉を引きずり出すんじゃないかって思えてきて……」

「とにかく逮捕か何かしてくれないと、もう俺、俺……二度と職場には顔出せそうもなくて……怖いよ」

「え……死体を見つけた順番……? 必要なことなら話すけど、見つけたのはJJの方が先だったよ。間抜けが寝てるぜって叫びながら、死体の足が乗っかってたゴミ袋を蹴っ飛ばして、その後それが死体だってことに気づいて悲鳴をあげてた」

「住民がゴミを出す時間帯……? よくは知らないけど、前日の夜のうちから捨てられてて、臭くてかなわないからどうにかしろ、みたいな苦情の電話が多いって事務職の子が言ってたよ。ここら辺、人種の坩堝だからなのか、時間を守らない連中が多いんだ。そのうえ他人には無関心だから……死体に気づいたとしても通報しなかったのかも」


 肝っ玉の小ささには辟易するが、聞きたいことには素直に答えてくれのでマークス的には好感の持てる相手に思えた。

 恐怖に抗おうとするためなのか、かえって理路整然と話してくれるあたりが特にいい。

 もし今の職場に居づらいのなら市の職業支援センターに自分の名前を出してもいいと、気前よくサービス心を見せてやるくらいには気に入っていた。


「ピーターって奴――」


 二人は例の如くケイナンを聴取を終えた後、少し離れた場所で意見を交わし合う。

 マークスは本日二個目のハッカドロップを口に放り込みながら、ヴィンセントに向けて自慢げに話しかけた。


「相当()てるな。()()()やがる。犯人とまでは言わないが、死体に慣れていやがるな。事情聴取、俺の方が一本リードってところか」

「一本リードって何がだよ。お前あれだから、俺の話術がへたくそなわけじゃなくて、お前の相手が良かっただけだからな」

「だとしても、運は運よ」


 ハッカ臭い息を鼻から吹きつけながら、マークスは不敵に笑う。

 自分の有能な部分を相棒に見せつける行為には快感を伴うが、ヴィンセントも負けじと笑みを返す。

 なんだ――? 思わぬカウンターに備えてマークスは鼻白む。


 果たしてヴィンセントは、ある一点を指さしたまま、じっとしている。

 いったい何を見つけたのかとマークスはそちらに目をやるが、映ったのはただの一人の青年、いやまだハイティーンで少年期の真っただ中と表現してもよさそうな男の姿があった。


「しかしお前が妙に疑いをかけてるピーターだが、そいつはただの()()()()だぜ?」

「孝行兄貴ぃ……? なんだそいつ、有名人か?」


 一本反撃。人差し指を立てたまま、ヴィンセントはニヤニヤ笑いを浮かべる。

 まずい、うかつなことを口にしたせいで、ヴィンセントに捜査の主導権を奪われてしまいそうだとマークスは後悔する。

 特に市勢の事でマウントを取られそうなのが痛いと、表面上は平静を保ちつつも内心は大慌てだった。

 もっとも、ヴィンセントもマークスと同じ刑事という職業柄、相手の動揺を読む力は優れている。マークスの取り繕った態度など、お見通しであった。


「目の見えない妹のために日夜町中を駆けずり回って、片目だけでもバロウルしてくれる相手を探してる兄貴が居るって話、知らなかったのか? あいつが件の孝行兄貴さ」

「……知らん、初めて知った。それは本当に有名な事なのか――いやまて、その話お前の()()じゃないだろうな?」


 ヴィンセントがわざと挑発するようにオーバーアクションで説明してくるものだから、マークスは疑いをもたげてしまう。

 だが、丁度都合よく通りがかった同僚を引っ捕まえて、孝行兄貴を知っているかと尋ねてみれば、


「ああ知ってますよ、あいつですよあいつ。まだ十七のガキだっていうのに、泣ける話ですよ」


 マークス君、一本目のシュートは判定の結果、オウンゴールに。

 点差は2に開いてしまい、ゲームエンド。

 これで今回の事件は、ヴィンセントに捜査方針の決定権を握られちまったなと、マークスは悔しそうな顔を浮かべる。


「赴任してから一年も経つのに、町の有名人のうわさも覚えてないんじゃあ、今回のヤマはとても任られませんねえマークス刑事」

「うるせえ!」


 軽く小突いてやるつもりの左フックも華麗によけられてしまい、立つ瀬無しのマークス。

 妻帯者なのに大人げない。余計な一言を漏らしつつ、ヴィンセントは距離を取って身構える。

 完敗。マークスは八つ当たりするのも諦めて、とうとう降参する。


「分かった分かった、お前の勝ちだ。それでいいから、とっとと孝行兄貴の情報を話せ、ヴィンセント」

「それでは情報通のヴィンセント刑事から、マークス刑事にピーターの話を聞かせて進ぜよう。えー、孝行兄貴のピーターだが、あいつは毎日決まってド朝っぱらから散歩者を中心にバロウルを持ち掛けている変わり者で、苦労人だ。もちろん、誰一人としてバロウルに応じてくれない。そりゃそうさ、片目とはいえ視力は失いたくないもんな。それで、取引相手を見つけられないまま、そのまま出勤。日々のごみ回収業務に勤しんだ後、午後もバロウル相手を探す。日が暮れるまで。休みの日も、大抵は探す。休みなく毎日探し続ける。愛する妹ちゃんのために。それから日曜日には必ず教会で祈りを捧げ、妹の幸福を願った後は、次いで他の参列者たちに声をかける。文句はこうだ。『偉大なる主の億分の一でも慈悲の心があるというのなら、どうか僕の愛しき盲目の妹のために、片目を差し出してはいただけませんか』とな。……まあそんな嫌味ったらしい台詞は吐いちゃいないだろうが、教会で声掛けしてることと、何年もその習慣をこなしてるって部分は本当だ」

「なんだその説明口調は……それにしても、ずいぶんと詳しいじゃないかヴィンセント。お前、ひょっとしてそいつのファンか?」

「馬鹿言え、タイムズの特集で読んだだけだよ。因みに俺は、一度も声をかけられたことはない。お前は? ……って、聞くまでもないか」


 それはどういう意味だとマークスは睨みつける。

 噂話一つ知らなかったのだから当然声もかけられたことがないはずだ、という意味ならその通りだが、ひょっとして声もかけたくないくらい極悪人のツラ構えの持ち主だとか、日曜礼拝にも顔を出さない無神論者とでも言うつもりなのかと憤慨する。

 しかしそれはそれとして、そのピーターという男は偏屈狂じみた執念の持ち主だと、マークスは認識を少しだけ改める。

 だが努力の方向性が間違っているのではないかとも思えて仕方が無いようだった。


 バロウル交流の場に出るとか、もっといい方法があるのではないか――?

 しかし片方だけとはいえ全盲の目玉一個と釣り合う取引材料とは何だろうかと、少しだけ考え込む。


 例えば脚か?

 ――両足と片目じゃ流石に対等な取引と言えないか。かといって、片足だけ交換というのもなんだか都合が悪そうだ。

 それでは腕か?

 ――いや、さっき例にあげた脚もそうだが、何も腕一本脚一本をぶっ千切って取り換えるわけじゃない。

 おそらく機能不全を起こした神経を総とっかえでもするんじゃないかとマークスは想像する。


 きっととてつもなく面倒で、繊細極まりない作業工程があるはずだ。貧乏人じゃ間違いなく、そんな手術(バロウル)は行えない。

 かといって高額な手術を行える金があるなら、態々全盲の目玉の持ち主相手に取引なんて持ち掛けないかと、マークスはこの考えを却下する。

 そもそも神経が完全に死んでいなければ、バロウルを駆使してどうにか歩行機能を復活させられそうなものである。

 だとしたら、やっぱり取引に応じてくれる可能性はとても低く思えてくるのだった。


 案外、ままならないものである。

 それなら確かに、取引に応じてくれる相手はほとんどいなさそうだ。

 孝行兄貴と呼ばれる経緯に思い当たり、マークスはピーターの事を見直した。


「だが、それだったら自分の目玉と交換してやれば――ああ、そうかバロウル不能者(バロレス)か」

「おいっ!」


 ヴィンセントが怒鳴る。


「お前、それは差別発言だぞ。それをこんなところで大声で……。人権派記者にでもすっぱぬかれてみろ、お前何処にも居場所がなくなるぞ」


 バロウル不能者(バロレス)

 バロウル抵抗体質の人間を揶揄する言葉。

 多くはあざけりを込めて使われるこの言葉に対して、人権団体の反応は過敏に過剰だった。

 少なくとも、正義の大義名分を手に入れた市民から、マシンガンよりも激しく叩かれる(バッシング)ことだけは確実だ。


「別に差別的な意味を込めて言ったわけじゃないんだが……ああ、分かった分かった睨みつけるな、気を付ける。これでいいな?」

「お前なあ……結婚してるんだから、そういうところに気を付けろよ」

「……判った」


 妻のことを持ち出されると、それ以上の言葉が浮かばない。

 しかし、とマークスは性懲りもなく言い訳の文句を一言洩らす。


「表現そのものには文句をつけてくる癖に、バロウル反対運動家やバロウル排斥活動には突っついていかないのはなんでなんだろうな」

「排斥はともかく、バロウル反対しまーすって言うだけなら人権には引っ掛からないからな。個々人の価値観に訴えかけるだけで叩かれるようになったら世の中終わりだぞ」


 それもそうか。マークスは納得する。

 バロウル液を生成している工場でも襲撃したなら大問題だが、テレビ画面の向こう側で主義主張を訴えかけるだけなら気にする必要性もないかと疑問を取り下げた。

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