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バロウル -超心霊的医術-  作者: 茜丸大悟
前の章 イデオロギー黙示録
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蛇の卵 その2

「まあ、ここまで説明しておいて何なんだけど、ぶっちゃけて言えば目玉の潰し方なんぞ考察したところでさ、捜査に影響は出ないんだけどさ」

「おい……おい、お前それを言うかぁ……?」


 あれこれ気味のよいものでもない想像力を働かせていたというのに、突然すべての思考にダメ出しを突き付けるような意見に、マークスは思わず抗議する。

 が、ヴィンセントは意にも介さない。 


「だってマークス、お前さあ、1ドルの包丁のコロシと1000ドルの包丁でのコロシ、何か違いがあると思うね?」

「切れ味と身体を突き刺した回数とかが違うんじゃないか?」

「コワッ……! 発想が怖いなマークス。そりゃまあそういった面の違いはあるだろうけど、結局コロシはコロシなわけだろう? 捕まえられるかどうかの違いだけだ、犯人の猟奇性とかは二の次だよ」


 フムン、それもそうかとマークスは気持ちを切り替える。

 もう大分小さくなってきたハッカドロップを口内で転がしながら、空を見上げる。

 探しているのは市内に設置された防犯カメラだ。


 犯罪抑止と迅速な犯人確保を目的に、市警は多大な資金を運用して防犯ネットワークの構築に邁進している。

 下水道内と一部の私有地、設置可能な建造物の存在しない場所などを除いて、ほとんどすべてのポイントは押さえていたはずだがと、マークスは街灯やアパートの壁面を注意深く観察する。

 見当たらない。

 目に映るのは、アパート同士をつなぐ謎のロープとそこにぶら下がっている洗濯物の群れ。

 洗濯物? マークスの脳裏に疑問符が浮かぶ。


「……? なあヴィンセント、話題を変えるが……死体を遺棄した時間の特定がまだのようだが……この区画の防犯カメラシステムが設置されていないのが原因なのか? 辺りにまったく見当たらないんだが」

「いや、残念というか何というか、設置自体はすでに完了しているし、システムも正常に起動している」

「……何故だか嫌な予感がする。その先を聞いて後悔する予感をひしひしと感じる」


 ドンピシャッ!

 ヴィンセントは指鉄砲を向ける。


「お察しの通り、市民の洗濯物が原因で視界が遮られていたから、時間の特定ができない状況なんだ」

「クソッ! 監視オペレーターの連中は何やっていやがる! この洗濯物の列は昨日今日に始まった事じゃあないだろう絶対ッ! 警告状送り付けるなり市法違反でしょっぴくなりしとけよ!」


 担当オペレーターに怒りをぶつけた所で事態は好転しないが、職務怠慢な態度には苛立ちを隠せないでいた。

 ガリガリッとした不協和音が口の中で奏でられる。

 ハッカドロップをかみ砕いた音だった。


「というかここいらの住人、アメリカ国民じゃあないのか? 普通外干しとかやらんぞ。そもそもあれ、どうやって干してるんだ?」

「そりゃお前、ロープを輪っかにしてお互いの窓を通してだな……」

「ロープの片方を引っ張るともう片方が移動する、と。けどそれ、向かいの部屋に洗濯物が落っこちたりパクられたりしそうだな。……いやまて、最初にロープを通すのは、どうやるんだ?」

「……さあ……どうやるんだろうな。いや、マークス、俺に聞くなよ。疑問に思ったことをすぐに相談するのは美点だと思うが、流石に相手を選んでやってくれ。他民族の洗濯事情なんて、俺は知らん」


 それもそうかと納得しつつ、マークスは口の中に飛び散ったハッカドロップを舌でかき集める。

 そもそも犯人が眼球を潰した手法以上に、捜査には関係ない情報だ。

 正しく軌道修正せねばと、欠片ごとつばを飲む。


「付近の聞き込み調査はまだ途中の段階だけど、早朝に爺さんが一人、ごみ袋の上に人が寝っ転がっていたのを目撃したって報告が入ってる。時間は覚えちゃいないそうだが、とりあえず老人は朝が早いって通例にしたがって朝六時以前と予測されてる。よってそれより前の時間帯の半径数十キロ帯の監視カメラの映像を洗わせてる段階だそうだ」

「職務怠慢から一転して徹夜覚悟の激務か。糞オペレーター共め、いい気味だ」

「怪しい人間や車両の特定、その車の持ち主の照会なんかはまだまだ先の事になりそうだ。だから捜査の方針はまだ真っ白のままだ。どうする、適当に足で稼ぐかね? それとも今のうちに奥さんへの贈り物を選びに行くかい?」

「……いや、まずは一番最初の発見者からの情報が欲しい。案内してくれ」

「ラジャー」


 結婚記念日用の贈り物選びは魅力的な提案ではあったが、頭の片隅に常に事件の事柄を置きっぱなしにしたままの状態で、妻の事を想いながら選ぶ行為はマークスにとって耐えがたい行いだった。

 妻の喜ぶ顔を想像しながら選ぼうにも、きっと事件の光景が入り混じってしまい、幸福な家庭のイメージが歪んでしまうに違いない。

 それはだめだ。家庭環境に血生臭い事件の気配を紛れ込ませたくない。


 だから、済まないミザリー。マークスは心の底から懺悔する。

 今年の贈り物は、もしかしたら遅れて渡すことになってしまうかもしれない。

 だけど、事件が解決したら、必ず素晴らしい贈り物をしよう。

 強く強く誓いを立てた。

 妻を愛するが故の、苦渋の選択と誓いだった。






 第一発見者ジャクスン。

 マークスの印象では、現状の警察の対応に不満を持っているようで、イライラしているように思えた。

 警察を呼んだはいいが、あまりに長期間現場に拘束され続けるものだから、不安よりも窒息間の方が高まってきて苛立ちが募ったのだろう。

 とはいっても、通報からまだ一時間ほどしか経過していないはずである。キレるにしても少し早くはないかとマークスは独り言ちる。

 忍耐の足りない性格なのか、警察に不信感でもあるのか。

 あるいはまさかの犯人だったりするのか。


「お巡りは身勝手すぎるよ。いつまで人の事情無視して拘束し続けて、同じ質問ばっかり繰り返しやがるんだ」

「まあまあ、これがきっと最後の取り調べだから。これが終わったらすぐに解放してあげるからさ、機嫌治してよ。ほら、煙草吸うかい?」


 ヴィンセントがなだめながら煙草を勧める。

 この手の手合いは妙に耳障りの言い美声の持ち主であるヴィンセントが適任だとマークスは判断した。

 極力口は挟まず相棒に丸投げする。

 ヴィンセントは的確な話術で相手の高ぶりを押さえつつ、要所要所で口を挟みながら情報を引き出した。


「いつもは俺が午前の運転の担当をやってるんだが、今日はピーターのやつに任せた。理由? そんなん……ただの気分だよ、キ・ブ・ン!」

「死体に最初に気づいたのは、ケイナンとほとんど同時だったと思う。……いや、人が寝てるなあって言いながらケイナンが笑ったのが先で、俺も笑いながら寝坊助野郎の顔を拝んでやろうと近づいてみたら死体だって気づいたわけで……まあ、死体だってことに気づいたのは俺の方が先だったかも」

「通報? やったのは俺だよ俺俺、ピーターの奴が運転席から飛び出して死体の確認しにいったもんだから、慌てて交代して運転席に座って通報したんだ、無線機で。運転席についてんのよ」

「不審者? うーん……死体だ死体だって騒ぎ立ててんのに、ごみを捨てようと近づいてきたおっさんくらいか? そいつ? 知らん、近所の人間だろ。あんたら刑事のお仲間が、あっちで取り調べしてんの見たぜ」


 毒にも薬にもならない役立たずの情報ばかりでマークスは眉間を押さえた。

 特にどっちが死体を発見したかどうかという証言ですら、はっきりしていない状態だ。

 多分、質問されるたびに内容が変わっているな。マークスは確信する。


 それ以上のことは尋ねても意味がなさそうなので、マークスはヴィンセントの肩に手をやると、無理やり引っぺがすように連れ立って歩き去った。

 へらへらとした笑いを浮かべながら、ヴィンセントは取り調べ相手のジャクスンに手を振りつつ、されるがまま。

 ジャクスンはぽかんとした顔で二人が立ち去るのを眺めていた。


 何かの理由で無理矢理引っ張られる刑事と、おそらくその上司――と、勘違いさせるための演技。

 これは、質問が終わったら解放してやるという()()()を反故にするための、二人の常套手段だった。

 少し離れた場所まで移動すると、マークスはたっぷりのため息を吐く。


「うーん、イマイチ」

「それは俺の聞き込みがか? それともごみ処理業者の話の内容がか?」

「ご想像にお任せする」


 ひっでえ、それなら次はあんたの番だからなとヴィンセントが抗議すれば、何言ってるんだ、取り調べの類はお前の方が得意だろとマークスはまぜっかえすのだった。

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