第3話 娯楽が できたよ
完成した図面を片手に、ソロモンは正門館の研究所に向かう。
「フェネクスに強化してもらった耳の調子はどうだ?」
ヴィクトルは左手で、本来なら耳がある自分の側頭部を指差し、右手の親指を立てた。
「それならよし。後はフェネクスが言っていた条件についてだな」
各悪魔にいくつかの条件が設定されていて、どれかを満たせば強化が来る。問題は条件が何かだが、まぁ当然非公開だろう。ゲームバランスを気にする運営が許可するとは思えない。フェネクスは自分の条件を漏らしたが、達成済みだったから見逃されたと考えていいだろう。
「つまり、これからは条件を予想し意識的に条件を満たすように動く。こういう立ち回りも作戦に組み込める訳だ」
横を歩くヴィクトルは頷いた。
一体につき複数の条件ならゲームの進行上、達成不能になるケースを想定していると考えられる。ゲーム開始前には七十一回の強化と説明されたが、実際はその回数が減る可能性があるとは説明されなかった。
条件は不明だが、必ずどれかは達成不可能にならない条件になっている筈だ。
廊下を歩きながら黒髪を掻き、頭をフル回転させる。
予想する為の材料はある。フェネクス以外で六回強化された時の前に何があったかだ。
真っ先に思い浮かぶのは、他のプレイヤーの撃破だ。分かりやすくてそれっぽい条件。数日経った後だったがミウラを倒した後に来たからな。気になるのは一人目のミサチを撃破後に、大分日数が経った後に来た事だ。
一人撃破が条件じゃなくて二人撃破が条件だったなら説明がつく。
この世界に来た次の日に一回目の強化が来たな。ゲーム開始時から決まった時間が経過する、という条件が設定されている悪魔がいるかもしれない。
これは達成する前に決着をする可能性があるが、ゲーム中に達成不可能にはならない条件だ。もしかすると全ての悪魔に設定されているのかもな。時間を掛ければフル強化できるが、状況次第で早めることもできるって感じで。
研究所に着いた。いつもは機材の作動音や技術者達の声で騒がしいが、今日は静まり返っていた。今日は休日か午後からだろう。
目当ての一角、木材の加工等を行う場所だ。そこのテーブルに図面を置いた。
「できるだけ早く強化したい。フェニクス以外に特定のワードを俺が口に出すって条件の悪魔がいるかな」
ヴィクトルに話し掛けても両方の掌を上に向けて、さぁ? 分からないというポーズが返ってきた。
「可能性があるとすれば、フェネクスみたいに該当する悪魔に関係のあるワードかな。ソロモン王関連のワードの可能性もある」
独り言を呟きながら使えそうな木材が有るかを確認する。ここには加工時に半端な大きさになって使い道が無い木材が集められていた。
まあゴエティアの悪魔達の事はよく知らない。大半が名前すら知らん。世界史は高校でちょっと習っていたけど、ソロモン王とか古代イスラエルとかは詳しくやらなかったからな。
「エルサレム。中東の国だからイスラム教。ソロモン王の家族とかだったら絶対に当たらねーな」
適当な大きさの木板を見つけ作業用の机に置き、ペンと定規を道具箱から取り出す。
「天使の名前……はないか。むしろ他のプレイヤーのサポーターをやってそうだしな。イスラエルはヨーロッパに近かった筈、神話系で攻めるならギリシャとか北欧神話とかだな」
木板の大きさを測り、その長さからマス目と駒の大きさを計算して決める。結果を紙に書いて、その紙をヴィクトルへ渡す。
「駒を作るの手伝ってくれ。この紙に書いてある通りに木材を加工してほしい。その辺に有るヤツを適当に使えばいいよ。どうせ廃材一歩手前だしさ。多少小さくなっても構わないよ」
ヴィクトルは親指を立ててすぐに行動を開始した。
「不死鳥の悪魔がいるなら、ペガサスの悪魔とかグリフォンの悪魔とかもいるのかねぇ」
縦横九マスになるように線を引いていく。
「フェアリー、エルフ、ドワーフ、ヴァルキュリア。モンスター系の方がいいのか? ケルベロス、スレイプニール、ユニコーン、ハルピュイア、キマイラ。海関連で攻めるとすると……リヴァイアサン、クラーケン、ローレライ、マーメイド、セイレーンか」
只線を引くだけなので十分も掛からずに将棋盤が完成した。
「どれか当たらないかな。ラミア、メデューサ、ケンタウロス、ミノタウロス、ナーガ、ハヌマーン、シヴァ、アシュラ……アレ? インドの方に行っちゃったか」
主にゲームや漫画から仕入れた知識を、思いついた順に口に出す。悪魔が来ていないかと周囲を見渡すがそれらしい姿は無い。ヴィクトルが刃物で木材をカットする音が聞こえてくるだけだ。
「エジプト神話系でオシリス、アヌビス、ラー。いやこの辺は無しかな。フェンリル、マンドラゴラ、アルラウネ」
周囲に変化はない。
当たらないか。ま、そうだよな。もしかするとフェネクスだけの条件だったのかもな。
背もたれに体重を預け天を仰ぐ。あの悪魔達はきっと笑っているのだろう。
ヴィクトルが加工した駒に文字を書き、角の所にヤスリをかければ異世界風将棋セットが完成。一時間ちょっとで作ったにしてはまあまあの出来栄えだ。
「よーしヴィクトル。一局指そうぜ。その辺の椅子持って来なよ」
テーブルを挟んで正対するようにヴィクトルは座った。
「ルール見ながらで良いからな。俺からいくぜ」
ソロモン対ヴィクトルの将棋対決が始まった。先手はソロモンだ。
初戦はソロモンの圧勝。計五局指したがソロモンが全勝した。経験者と初心者だから当然の結果だろう。しかしヴィクトルは何も適当に駒を動かしていた訳では無い。
二局目でルールと駒の動かし方を完全に覚えた。三局目は素人目で見ても上手くなっていて、四局目は互角とまではいかないが大分粘った。五局目はソロモンが長考に入るほど押される展開が何度かあった。
「強くなるの早くないか? こっそり悪魔が強化に来たのかいヴィクトル」
冗談だが真面目に受け取ったのか何度も首を振った。
「なぁにぃ? 何か作ったのぉ?」
エウリーズが入ってきた。酒の臭いはしなかったがちょっと顔色が悪い。予想通りの二日酔いだ。
「俺の世界の遊びですよ。将棋って言うボードゲームです。駒の名前はこの世界風にしてみましたけど、ルールは同じです。ヴィクトルと遊んでたんですよ」
詰みの状態で駒が並んだ将棋盤を興味深そうに覗き込む。エウリーズの顔色が少しだけ良くなったかもしれない。
「一対一で勝負するゲームです。昼食を食べた後にやってみます?」
「あら? もうそんな時間? じゃ、そうしましょ」
食欲を刺激する匂いが流れてくる食堂へ、三人は将棋セットを持って向かった。




