第25話 開戦
プレイヤーは必ず特殊能力を持っている。勿論、自分の特殊能力以外は非公開だ。だが今回は相手の能力に当たりが付いている。
被害に遭った人の情報からアイツの能力は『身体能力の強化』で間違いない。シンプルで戦闘向きの能力だ。
俺の能力はまだバレていない筈。ヴィクトルはこの場にいないがなんとかやってみるぞ。
対峙する二人のプレイヤーは互いに様子見。女プレイヤーの背後では、慌ただしく城内を通り抜ける馬車が列を作っている。
ソロモンの傍らには柄に手を掛けた剣士セレニアと大剣を構えるガラン、ツンツン頭は武器を構えていないが戦う意思が籠もった目を女プレイヤーから離さない。
「あ~そういえば名前なんだっけ? あっ『ブス』でいいや。かかってこいよブス女、俺を倒さなきゃ勝ちにはならないぞ」
ブス女呼ばわりされ両手の拳を強く握り歯を食いしばる。ソロモンの安い挑発には沈黙が返ってきた。
「確か『ミサチ』とかいう名前だったでやんすよ」
「こんな悪党はブスって呼んどきゃいいんだよ」
「お前も……私の名前を馬鹿にするのかッ!!」
流石に堪忍袋の緒が切れたのか、青筋を立てて雄叫びをあげる。
「煽ったんでよろしくです」
ソロモンは正門館の入り口へ全速力。
「しくじるなよソロモン」
ガランがソロモンを庇う位置取りで立ち塞がる。
「逃げるのか!!」
「臆病者に追いつけないノロマが吠えてやがるぜ!」
突進してきたミサチに、ガランは強く地面を蹴って大剣を振り下ろす。
「邪魔だ!!」
いとも簡単に躱し大きな刃は空を切った。更にガランが薙ぎ払いを仕掛けるがこれも躱す。
ガランに反撃の蹴りを入れるが厚く頑丈な鎧はビクともしない。正拳突きの二連打にもガランは踏み留まる。
「チッ、お前は後で捻り潰してやる!」
ミサチはソロモンが向かった正門館へ走り出した。セレニアとツンツン頭は無視だ。
「作戦通りでやんすね」
「ええ予想通りの位置だわ」
セレニアは左腰のサーベルに右手を掛けた。直後、不自然な風がセレニアの髪を揺らし始める。ツンツン頭は右手を開いたり閉じたりした後、掌をミサチに向けた。
「俺っちに背を向けるとは迂闊でやんすよ」
向けられた掌の前に氷の塊が現れ撃ち出された。数泊遅れて、セレニアがサーベルを抜いて素早く振り下ろす。風の刃が、空気を切り裂き進んでいく。
氷の塊と風の刃、それはどちらも魔法による遠距離攻撃。頭に血が上って背を見せたミサチへ向かって飛ぶ、この世界の戦う力。
直前で気付いたのか強引に方向を変えて回避行動をとる。ギリギリのところで躱しきった。
背後から襲った二人を一瞥したが、ソロモンを優先するようでミサチは正門館へ突入した。
ソロモンは正門館の入り口から入ってすぐ横で待ち構えていた。無論逃げる気など全く無い。不用意に中へ入ってきた敵を奇襲する作戦だ。
命がかかった戦いに手加減は無用!
魔物の血をたらふく飲んだ問題児の魔剣。その漆黒の刃で躊躇無く斬りかかる。
ブロジヴァイネの凶悪さは折り紙付き、魔物の首を簡単に切断するこの剣なら当たれば一撃だ。
だが必殺の剣は届かなかった。刃が届く寸前で気付いたのか、バックステップで回避された。
何だアイツの反射神経……並外れているぞ。身体能力の強化には反射神経も含まれているのか。
剣を構え直し距離を取ったミサチと睨み合う。焦りで嫌な汗が出始めたソロモンに対して、ミサチは息一つ切らさずにマントを脱ぎ捨てた。
スカートではなくズボンの女性用ビジネススーツ。履いているのはパンプス。元の世界ではありふれた服装で特に気にしない格好。それはこの世界の人間ではないことの証とも言える姿で、本来戦う装備ではない。
故に、矢は簡単に貫くことが出来る。ミサチの意識から完全に離れた位置から放たれた矢は、動きを止めた彼女の右腕に突き刺さった。
「ナイスショット!」
「クッ何処から……」
怒りで顔を歪めて周囲を探るミサチはすぐに気がついた。
吹き抜けのエントランスホール、その二階部分に光る弦が張られた魔装弓を携えた者がいる。ヴィクトルだ。
手慣れていて迷いの無い動きで次の矢を番え放った。その矢は石の床に当たり跳ね返る。
「姑息で汚いわ! 群れたと思ったら今度は不意打ち! 本当に汚いわ!!」
「不意打ちぐらいで文句を言うなよ」
ここは俺の城だぜ? この城で敵を迎撃する作戦は城内を走り回りながら考えていたからな。弓で狙いやすい場所ぐらい把握しているさ。打ち合わせをちゃんとすればヴィクトルはしっかりやってくれる。俺が寝ている間に練習させていたしな。
ヴィクトルに魔装弓と矢筒を渡し、開門作業を終わらせた直後に移動するよう指示を出していた。独立していて自身の判断で動く『ソロモンズファミリア』の基本的な使い方の一つ。
「どいつもこいつも私をバカにして……目障りだッ!!」
刺さった矢を強引に引き抜き床に叩きつける。三本目の矢を難なく躱し、ひとっ飛びで二階部分へ上がる。
至近距離から放たれた矢をギリギリ躱し、ヴィクトルに鉄拳をお見舞いする。衝撃で上半身がバラバラになった。
二階から下を窺うミサチに、
「目的は俺だろ? ほらどうしたかかってこいよ」
「仲間が殴り倒されたのに余裕ね」
「ああソイツ仲間じゃないから」
最高の使い魔であり俺の相方、仲間以上の存在だ。殴られたからといって心配する必要は全くない。こっちに意識を向けさせれば、ヴィクトルが再生する事にまだ気付かれないかもしれない。
俺の不意打ちは決まらなかったとはいえ、この流れは作戦の理想的な形になっている。
「何だ? 怖じ気付いたのか? 丸腰の一般人は襲えても、武器を持ったプレイヤーには手が出せないってか」
野球をやって学んだ事の一つ、勝負事は冷静さを欠いたら負け。逆上させて相手から正常な判断力を奪う。そして必殺の一撃をお見舞いする。
呼吸を整え集中し右手の剣を強く握った。相手の動きから目を離さない。
ミサチは軽い身のこなしで一階へ飛び降りた。ソロモンは舌打ちした。
上から直接、俺に向かって飛び蹴りでもしてくればな。斬撃から逃げられなかったんだが。
作戦の肝は、身体能力を強化する能力を持つ相手に有効打を入れる方法だった。相手は遠距離攻撃の手段が無い、腕力が強いだけでなく動きが速い、というのは事前に分かっていた。
そこで考えたのは、初日で盗賊を討伐した時のように不意打ちを狙うことだった。チャンスは正門館に入った直後に一回、二階のヴィクトルの弓でもう一回ある。先にヴィクトルを黙らせに行けば、一階にいる自分へのダイレクト攻撃の動きに対して、カウンターを狙える。
結果はヴィクトルが腕にダメージを与えたが、本命の刃から逃げられ一階で再び睨み合いになった。
思っていたよりも動きが速い。特に反射神経が想定外だ。
剣を両手で握り直し剣先を相手に向ける。作戦は上手くいかなくてもソロモンの戦う気力は全く削がれていない。




